さようなら、ザジ 2









この島ではログが溜まるのに20日ほど必要だ。
だが、ただのんびりと時間が過ぎ去るのを待っていられる状態ではなかった。資金が残り少ない。そこでナミはひとつの提案をした。

「ね、みんなでログが溜まる間、バイトでもしない?」
「バイト?」
「そう、バイト」
「何で?」
「お金がないから。決まってるでしょ」

「面倒くせえ。賞金首でもとっ捕まえ方が早ええんじゃねえのか?」
「いればね。そんなのいないわよ、この島には。アンタたちの手配写真すらどこにも貼ってなかったわ。自分の首でも狩る?」
「お宝はなさそうなのか?」
「欠片でもあればバイトなんてセコイこと言わないわよ。何も匂わないのよ、この島は」
「なァ、冒険は?」
「そんな場合じゃないでしょうが!」
「じゃあ、肉は?」
「それこそ知るかっ!食いたきゃ働きなさいよっ!」
最後に、
「できるだけ自分のことは自分で養ってね」
私のお金をこれ以上減らさないでと言われ、各々仕事を探しにでかけた。

ルフィは港へ行って日雇い人夫の仕事を見つけてきた。報酬はそこそこだが食事だけは不自由させない、腹いっぱい食わせるという親方の条件によるものだ。よって、いつ解雇されるかわからない状態である。
ナミは小さな経理事務所のバイトを見つけてきた。
「おめぇにぴったりだな」、ウソップの言葉に、「あら。お茶酌みと電話番しかしないわよ。所詮バイトで高額もらえるわけじゃないし。賃金以上のことは、たとえコピー一枚でも嫌よ」、きっぱりと言った。
サンジは街のレストランで住み込みのバイトを決めてきた。ウソップは板金工場、ゾロはどこぞで用心棒の仕事を見つけてきたようだ。
こんな穏やかそうな島でも多少の争いはあるらしく、抗争時以外は寝ていてもいい、この条件で引き受けた。優雅な3食昼寝つきだ。
ロビンは図書館で司書のバイトを見つけ、トナカイであるチョッパーはこの島で動物のお医者さんになった。もちろん、動物の言葉を解せるからだ。
こうしてクルー達はしばしの間、分かれて行動した。





日が経ち、出発の前日から当日にかけて船に仲間が戻った。
ナミは経理事務所でいくつかの脱税と粉飾の証拠を掴み、顧問先の会社から多額の口止め料をせしめたようだ。やらないと言っていたコピー取りでそれを見つけた。
「秘守義務があるんじゃ…」、同じ義務を持ったチョッパーの言葉に、「カンケーないわよ。だってバイトだもん」と答え、
「それってゆすりか?」、ウソップに問われて、「そうとも言うわね。でもあまり人聞きの悪いことは言わないで。ただの恐喝よ」、笑って答えたがそれに突っ込みをいれる者はいない。
ゾロは稼いだ金を全て酒で飲み干し、ナミから「大酒呑みの甲斐性なし」と、ある意味男らしい烙印をもらった。
手先の器用なウソップはそつなく仕事をこなし、いろいろな部品まで大量に貰ってきたようだ。
「これで『お片づけネネちゃん2号機』を作る」と宣言して、仲間から嫌な顔をされた。
ルフィは大飯食らいが祟り、すぐにでも解雇されるかと思いきや、食事以上の働きをして親方にたいそう気に入られたようだ。
「是非、孫娘の婿に」と言われるほど引き止められたが、その孫はまだ5歳であった。
「もらっとけ、ルフィ。くれるなら5歳でもいいじゃねぇか。恋人を自分好みに仕立てるなんざ、男の夢だろ?」
自分の願望を述べたサンジの意見は、
5歳じゃ邪魔になるだけだ。足手まといになる」、ゾロにすげなく却下された。
「サンジ、おめぇはどうだった?お前くらいの腕だ、店で引き止められたろ?」
ウソップが話しかけるとにこやかに笑った。



「え?オールブルーの情報を手に入れたんか!」
だから船を降りる、とサンジが嬉しそうに笑う。
「は?なんで?皆で一緒だろ?おめぇの夢が叶うんだ。見届けてやりてぇじゃねえか」
「ウソップよぉ、てめぇは鼻に似合わず優しいなァ…。だけどよ、だいぶグランドラインを逆行することになるんだ。そこまで皆に迷惑はかけられねぇよ」
おい!鼻だけ余計だろ!ウソップがお約束の突っ込みをいれたあと、チョッパーが目をきらきらさせてサンジを見上げた。
「迷惑じゃないぞ、サンジ!俺もオールブルーが見たい!」
小さなトナカイのピンク色の帽子に手を置き、
「正確な場所が把握できたら此処に戻る。不確かな情報かもしれねぇだろ?そしたら、皆で行こうぜ」
笑顔のまま答えた。

「おおよそで構わないんだけど、どこら辺なのかしら?」
「それがさ、俺も良く知らねぇんだよ。でもその情報をくれたヤツが途中まで一緒に行ってくれるっていうからさ。心配してくれんのかい、ロビンちゃん?ほんっとに優しいよなあああ!」
ハートを撒き散らせ、抱きつこうとするのを首根っこをつかまれナミに止められた。
「ガセネタじゃないの?今まで立ち寄ったどの島でも、そんな情報はひとつもなかったわよ?」
「俺が働いていたレストランで一緒のヤツが教えてくれたんだよ、ナミさん。オールブルーはコックの憧れだからな。盲点だったぜ、こっち関係でもっと重点的に聞き込みすれば話は早かったんだ」





「戻ってくんだよな、サンジ?」

ただ黙って話を聞いていたルフィが訊ねた。
「当たり前だろ?」
「絶対か?」
サンジの返事は笑顔だった。
そうか、と船長がようやく破顔したあと、
「じゃあ、コックは?肉は?飯は?サンジが居なくなったら、戻るまでの間の飯はどーすんだよっ?」
アンタの心配はそれかっ!ナミに叩かれ、「ナミの飯は高い」と言ってまたぶたれた。



「自分勝手な都合なんだ、皆には迷惑かけねえよ」
そう言うなり、サンジは外から一人の人物を招き入れて仲間に紹介した。
年のころは278。屈強そうな身体を持った男だった。
「海賊船に乗りてぇんだと。これでもコックなんだぜ」
バラティエの闘うコックさんを彷彿とさせる人物だ。戦闘要員としても不足はないとのサンジの推薦を貰った男は、樽を鼻息で軽々と吹き飛ばしてクルー達から喝采を浴びた。手鼻をかむように、片鼻を押さえて重い樽を吹き飛ばし、両方の鼻息では2個の樽が海まで吹き飛んだ。

随分手回しがいいとナミは思う。船に新しいコックを入れる、要するにサンジはすぐには戻ってこない可能性があるということだ。それでもナミは訊いた。
「ねえ、サンジくん?戻るときはどうする?」
「え?」
「途中まででも迎えに行った方がいいわよね?船のほうが早いし」
「ああ…。そうだな、じゃあ、俺がナミさんの電伝虫に連絡するよ」
心配させて悪いね、ナミさん。その張り付いたような笑い顔が、何故かナミは気に食わなかった。
ロビンは何も言わず、ただその様子を見ているだけだ。
ゾロはこれから少し不便になると思った。もちろん下半身問題だ。自分で処理しなければならない。
新しいコックに対しても不満はある。
勝手に一人で全部決めて、樽を鼻息で吹き飛ばしたからなんだ?と言ってやりたい所だ。まだ未知数だが、戦闘力にも問題が出るかもしれないと考えた。



サンジがひとり男部屋へと降りてゆく。そして戻ったとき、手にあるのは小さな荷物がひとつ。バラティエを出るとき持ってきたものである。
それひとつでサンジはバラティエを去り、今度はメリー号を降りる。


「おい、まさか、今すぐに降りるつもりか?」
ウソップに問われてサンジは笑う。
「なァ、明日にしろよサンジ…。そんなに急いで降りることもないだろ?」
チョッパーにも笑顔で返事を返した。
「悪ぃな。明日出発なんだよ、こっちもさ。今晩中に用意しなきゃなんねえものもある」



「じゃ、またな」



簡単な言葉ひとつでサンジは船を降りた。

「早く帰ってこいよな!」
「ゾロじゃあるまいし、迷子にはなるなよ!」
「必ず連絡してね!」
「サンジ!サンジ!絶対、帰ってこいよ!」
仲間の掛け声に振り返ってニッと笑い、大きく手を振った。

随分とガキ臭ぇ顔してやがる。その顔を見てゾロは思う。
子供の頃からの夢が叶うからだろうか?
夢に向って、スキップをするように、足取りもかろやかに、サンジは去っていった。
ボリボリと頭を掻きながら、ゾロは鍛錬の為に船尾へと向った。

色々なことが、いまひとつ面白くない。
例えば、何も相談されなかったこととか。自分には最後まで何も声をかけなかったこと。別に何を言って欲しいという訳ではないが、アレを『愛』だと言ってたくせにと、今更ではあるが恨み言のひとつも言いたくなった。
おまけにあのガキ臭い笑い顔が気に食わない。
コックはかなりガラが悪いくせに、笑顔だけは子供っぽい。不覚にも可愛いと思ってしまったことすらある。その笑い顔が、いつにも増して子供じみて見えたのは気の所為か。
ゾロは鍛錬中にそんな疑問を抱いた。











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