さようなら、ザジ 17









船がグランドラインへ入った。
今はとある島で遺跡の調査をしているロビンの元へと向かっている。だか、そのロビンと電伝虫で連絡がとれない。
「どうしたんだろ?」
チョッパーが心配そうに呟いた。ナミが、
「今度はロビン?なんでこう上手くいかないのかしら……」
溜息をついたが、船長は相変わらずおおらかだ。
「心配ねえよ、ロビンなら。ゾロやサンジよりしっかりしてるしな」
偉大なる航路で、その年が明けた。





サンジがゾロに懐いてる。
本人が言うには『ザジ』だが、その名前で呼ぶのはゾロしかいない。いくらコックが怒鳴ろうと、ルフィはサンジと呼ぶ。
「わかったわかった」と言いながら『サンジ』と呼んでいる。
ナミが「サンジくん」と呼ぶと、「はァい!ナミさん呼んだァ?」尻尾を振らんばかりに喜ぶくせに、ウソップが呼ぶと「何だよ?人の名前くれえ、ちゃんと呼べよな。鼻が長いからって何でも許されると思うなよ。飯抜きにすんぞコラ」、脅す。
「俺ァ、お前よりずっと年上だぞ!少しは気遣え敬え尊敬しろ!」
すると、「お鼻様」と慇懃無礼な態度をとる。


「おいゾロ!おめぇはどんな育て方をしたんだ?生意気なんてモンじゃねえぞ、ありゃ!」
ゾロに文句を言うと、
「奴ァ昔から生意気だったぞ?それに若いときは無駄に突っ張るモンだ。おめぇもいちいちムキになって相手すんなよ」
そういうが、コックはゾロのときこそ一番態度が違う。

鍛錬の後には必ず飲み物を用意して、見張りの当番だといつもリクエストを訊く。
「ゾロ。夜食は何か希望あるか?おにぎりが好きだったよな?なァ、具は何がいい?」
それだけに限らず、
「ちゃんと洗濯モンは出しておけよな。一緒に洗うから。臭うし溜めこむんじゃねえぞ」
そして、
「それと、洗ったモンはロッカーに入ってるからな。風呂から上がったら忘れずに着替えろ。聞いてるか、ゾロ?同じ服を着るなよ?」
歯を磨け、顔を洗え、タオルは洗ったキレイな物を使えと、甲斐甲斐しい。
どうしたんだって思うくらい、お前は嫁さんかってくらいゾロの面倒を見ている。
「……よく仕込んだよな、おめぇも」
「何が?」
「いっそサンジを嫁にしたらどうだ?」
「アホ」
蔑むような眼でゾロに素っ気なく言われ、
「言ってるこっちだって寒いわ!だけどよ、贔屓だよな?どう見てもえこ贔屓だ!」
ウソップはどうも納得がいかない。

カヤに愚痴をいったら、
「大人げないわ。仕方ないじゃないの、好きでそうなったんじゃないから。そんな風にいったら可哀想よ。それに自分を育ててくれた人に懐くのは当然でしょ?」
やんわりと諭された。サンジはカヤに対しても態度が違う。
食事のときは「マダム」、時には「カヤちゃん」と大変懐いている。
年下の男に『ちゃん』付けで呼ばれ、カヤも悪い気はしないらしくサンジのことを弟のように可愛がっている。それもウソップは納得がいかない。
理由はわかるが、
昔は自分より2歳年上だった筈なのに、
あんなにも仲が悪かったくせにと思ってしまうのである。





サニー号はいつも様々なトラブルに巻き込まれる。
島に上陸すれば船長は必ず揉め事を起こす。海ではいつも海軍に追われ、名を揚げたい海賊が頼みもしないのに近寄ってくる。
「ゴキブリホイホイか、この船は?」
ザジは呆れ返った表情だ。海賊になったことに後悔はないが、ここまでトラブルばかり巻き込まれると考えていなかったらしい。
トラブルが集まってくる船。それを『ゴキブリホイホイ』と喩えた。
ロビンの元へ着くまでにも幾つか大きな事件に巻き込まれ、予定よりも大幅に遅れて着くと、そこに彼女の姿はなかった。
そこで遺跡発掘の責任者に、
「もしもアンタらが来たら、これを渡してくれと頼まれた」
そういって、小さなメモ用紙とログポースを手渡された。
紙に『ここに移動した。来て欲しい』旨が記されていて、ログポースはそこに至るまでものらしい。
「ロビンと連絡は取れたのか?」
「ううん、まだ…」
船長の問いかけにナミは少し心配そうだ。





船は次なる島を目指して進む。
ザジはその航海中、19歳になった。
ナミやカヤなど仲間から祝われ、その日、今までで一番嬉しい誕生日を迎えた。

ロビンの指定した島へ着いたとき、またそこにロビンの姿がなかった。そこで渡されたものに、
『ごめんなさい。間に合わなかったの。おそらくロングリング・ロングランドの方角だと思う』
とだけ記されていた。

「ロングリング・ロングランド?あそこよね?」
「何が間に合わなかったんだ?」
詳しいことは何ひとつ示されていない。ナミとウソップはその紙を見て疑問を口にした。
「いいじゃねえか。行ってみりゃわかんだろ」
まあるいライオンの上に乗り、ルフィが海のはるか遠くを見ている。
「大雑把というか、いい加減というか…」
ナミの小さな溜息を無視して、
「お!白いイルカだ」、ルフィが遠くを指差した。
「どこだ?どこにいる?」、ウソップが辺りを見渡すが、イルカの姿なぞ何処にも見えない。
「ほら、あそこだあそこ」と、指差す方向に眼をやれば、空と海がまじわった境目に小さな波しぶきが見えた。
「アレが白イルカだってのか?つうか、お前さ、視力いくつ?」
「視力?たぶんフツーだ」
「いや。フツーの奴にあれは見えねえと思うぞ…」
「そういえば、前にイーストブルーでサンジくんを最初に見つけたのもアンタだったわよね。アレも見えたの?」
ナミは昨年のことを思い出した。あの時も船以外、乗組員など肉眼で認識できる距離ではなかった。だがサンジを見つけた。
「ん?アレはなんとなくだ」
あんま褒めんな。照れ臭えとルフィが笑う。
『ますます人間離れしてきた』と評判の船長ではあるが、揺るぎない強い意思と共に、第3の眼も持っているらしい。





その頃からコックの様子が少しずつおかしくなった。
キッチンでナミとウソップに紅茶をいれていた時のことだ。いきなり思い立ったように廻りをきょろきょろ見渡した。
確認するかのようにキッチンを見て首を傾げ、ナミを見ては眼からハートを飛び散らせ、ウソップを見てまた首を傾げる。
それを数度繰り返し、
「何だ、アレ?」
「さあ?きっとなんか思い出してんじゃないのかしら?」
二人は顔を寄せ合い、ひそひそと囁きあった。
ザジとゾロの関係に微妙な変化がおとずれたのも、その時期からだ。
そして微妙な変化が露骨なものに変わるのに、さほど時間はかからなかった。


「おい、ザジ」
呼ばれれば素直にゾロの元へ行く。そして文句をいう。
「気安く俺を呼ぶんじゃねえよ。つうか、何で俺は呼ばれてほいほい来ちまうんだ?」
「呼ばれりゃくんのは当たり前だ。どうでもいいから、酒」
「ああ、酒ね。これなんか旨いぞ」
と鼻歌混じりにゾロに酒とつまみを用意してから、ふと気づいたように、
「あれ?なんで頼まれもしねぇのにつまみまで……」
チクショーーーーッ!何で俺がお前に?と頭をかきむしって喚き散らす。


ある天気のいい日のことだ。
ザジは毛布を干した。それを男部屋へ運ぶと、
「天気が良かったからな。みろよ、毛布もふかふかだぜ!」
いきなりその毛布にゾロを包んで一緒に丸まった。
「な?気持ちいいだろ?昔はずっと一緒に寝てたよな?いつも毛布がぼろぼろでさ。少し臭ったしよ。お前、ちゃんと干してた?」
毛布に包まって、ごろごろ床に転がりザジが笑う。
ゾロにぎゅうと抱きつきながら、照れ臭そうにへへへと笑う。
太陽の匂いがすると、毛布でなくゾロに抱きつく。
すると突然、
「あ?あれ?何でてめぇが俺の毛布に包まってんだ?」
キショ!気色悪ぃーーーー!寄るな!離れろ!!とゾロを蹴る。
ゾロはどうリアクションをとっていいか解からない。うっかり可愛いと思ってしまった後に猛烈な蹴りを食らい、寒イボ立てて罵る男の扱いが解からない。
出来れば関わりたくないが、ザジはそれでもゾロに擦り寄ってくるのだ。
甘え、懐き、笑い、そして罵る怒鳴る蹴る。
かなり分裂症気味だ。


ウソップが工場分室にて作業をしていたときのことである。
青空の下で細かい作業をするウソップの元へコックがやってきた。何故か隣に腰掛け豆の皮を剥く。
「なァ、ウソップ。夕飯何がいい?」
「ん?何でもいいぞ。別に好き嫌いねえしな」
「……そうか。あれ?てめぇさ、キノコが嫌いだったよな?」
「キノコ?ああ、昔はな。今じゃ食えるようなった」
ふうん、とまた豆を剥く。
ウソップに寄りそうように隣に座ったまま、おとなしく黙々と皮を剥く。
これは何だろうとウソップは不思議に思いながら、だが何故か懐かしい気持ちが込みあがってくるのであった。
コックが船に戻ってから、もう10ヶ月近く経とうとしていた。





海で戦闘を繰り返し、島に着いて食糧補給をしながらログを溜めて、するとまた船長がトラブルを引き寄せ、ようやくロングリング・ロングランドに辿り着いた。
樹も動物も長く長く、どこまでも細長い島。
見渡すかぎり何もない緑の平原に、ぽつんと1軒の家が建っていた。
中に入って声をかけるが、どうやら誰もいないようだ。
「懐かしいな。爺さん元気かな?」
「また島を回ってるんじゃないの?」
「いや。年寄りだったから、もう別の世界に旅立っちまったかもしんねえ」
「ああいうお年寄りって意外と長生きするんだ。『殺しても死にゃしないよ』ってドクターくれはも言ってたぞ。お前ら失礼なこというなよ」
「…や。お前の方が失礼だと思うが」

そして狭い部屋の小さなテーブルに一枚の紙を見つけた。
「ロビンの字だわ」
書かれた文章をナミが読み上げた。

『本当にごめんなさい。急遽、アラバスタの方角へ戻ります。途中で合流できれば』

「アラバスタ?」
「いったい、何だってんだ?」
「…どうしたんだろう、ロビンは」
すると、船長が腕組みして低く唸った。
「………アラバスタか」
珍しく考え込んでいる。その姿に仲間が不安げな顔をした。
「…どうしたんだ、ルフィ?何かあるのか?」
「…ビビがいるわ」、ナミが呟き、そして、
「そろそろ10億ベリーを回収してもいいかしら?あ、勘違いしないで。さすがに利息までつけるつもりはないから」
「そうだ!あの宮殿だった!あそこの飯、すっげえ美味かったよな?」
ようやく思い出したのか、ルフィが晴れ晴れとした表情で笑う。



サニー号は今アラバスタに向かっている。

「あの眉毛のあんちゃんだが、どっか具合でも悪いのか?」
ある日のことである。船大工のフランキーがチョッパーにこっそり訊いた。
フランキーが言うには、
『赤くなったり』、『青くなったり』、時に『突然、大声で叫んだり』、『頭を掻き毟ったり』、そして『溜息をつく』らしい。
「サンジは訳ありなんだ。きっといろいろ思い出してんだと思う。でも今度診察してみるよ」
「そうしてやってくれ。いやな、いきなり夜中にガバッって起き上がり、朝まで溜息つかれるとこっちも気になって眠れやしねえ」
「夜中に溜息?なんか悩みがあるのかな?」
「あるんじゃねえか?『はああああああああ………』ってよ、そりゃあ長い溜息でな、こっちまで『はああああ?』ともらい溜息がでそうだ。そりゃあもう切ねえというか鬱陶しいというか。お前、聞いたことねえか?アレ」





ザジは夢を見た。
そこは狭い部屋で、いろいろな荷物が置いてあって見覚えがある場所である。
ランプの灯りを絞り、ほんのりと黄色い光の中でゾロと抱き合う夢だ。
噛み付くようなキスをして、ゾロの胸の傷を舐め、そのまま唇を股間まで這わせる。
硬くなったものを口に含み、手で扱き、舌と唇で愛撫して、頭上の息が荒くなると乱暴に髪を掴まれ引き剥がされた。
「…いて。毛が抜けて、てめぇみたいにハゲちまったどうすんだ、ボケ」
「うっせ。いいから足を広げろ」
「ホントにてめぇは情緒がねえな」
ほら、と大きく広げられた足の片方を、ゾロは自分の肩に乗せた。
「誰の情緒がねえって?アホ。そりゃてめぇだ。簡単にぱかぱか股を開きやがって」
「てめぇ相手に恥じらいは必要ねえよな?」
違いねぇと、ゾロは狭いアヌスを無骨な指で弄った。
ザジがゾロにしがみついて唸る。
指の本数が増えるたびに強く歯を食いしばり、ゾロの首に深く顔を埋めてうめき声をあげる。
そして「もういい。いいから挿れろ」と呟くと、
「気持ちいいくせに」
勃ってる、わざわざ口に出してそれを教えた。
「…へ。若くて敏感だからな。鈍いてめぇと一緒にするな」
そう憎まれ口を叩くのを無視して、ゾロはペニスをその中へと沈めた。
「おめぇを黙らせるにはこっちの方が手っ取り早い」
確かにそうかもしれない。
声を抑えるのに精一杯で、文句をいえる状態ではなかった。そしてゾロの動きは遠慮というものがまったくない。
深く、どこまでも深く身体の奥を抉られる。
浅く深く、角度を変えながら突かれて、苦痛の中からじわじわと快感が押し寄せてきた。
「……やべ。…声が出る」
すると口を塞がれ、唾液を交わらせて弾ける時を待つ。



眼が覚めると、ザジは飛び上がるように身体を起こした。
びっしょりと寝汗が服に纏わりついて気持ちが悪い。そして股間はズキズキと痛いほどだ。
夢を追い払おうと頭を振って、強く髪を掻き毟り、だが股間の昂ぶりがそれを忘れさせてくれない。
すると口から溜息が漏れるのだ。

海よりも深く、どこまでも長い溜息が。
夜明けまでまだ時間がある。朝日が昇るまで、ザジから長い溜息が漏れた。










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