さようなら、ザジ 14









グランドラインに戻ればまた戦闘に明け暮れる日々だ。
久しぶりに見た仲間は強くなっていた。
ルフィは相変わらずケタ外れの強さで、新技も数多く増えている。
ウソップは狙撃手として命中精度がますます高まり、針の穴を狙うような正確さは曲芸に近い。
ナミの天候棒は前よりも威力を増した。いかなる場所でも竜巻やタイフーン、ブリザードなどを巻き起こし、他にも様々な自然現象を操ることができる。どうやら彼女は完璧にそれを使いこなしているようだ。
それを作ったウソップが、
「さすが、俺様。アレにそんな機能までついてるとは夢にも思わなんだ」
感心しているところを見ると、使い手による努力と才能の問題かもしれない。

その2年後、ゾロは久しぶりにロビンに会った。
「久しぶりね、剣士さん」
優しげに、そしてにこやかに彼女は笑う。
「アンタも元気そうだ。とても…」
そんな年には見えん。ナミで学習したゾロは語尾を変換した。
「とても?」
「…とても、いい女になった」
ふふふと笑う顔は昔のままだ。前から落ち着いた感じではあったが、しっとりとした、確かにいい女になっていた。
その会話を聞いていたナミが、
「アンタもそんなことが言えるような年になったのね。10年前じゃ考えられなかったわ」
へええと、感心した表情だ。
「でも、私はまだ言ってもらってないけど?せっかくだから聞いてやってもいいわよ?」
「いいや。口に出さないだけでいつも心では思ってる」
べっぴんだ。それと可愛い。可愛い?可愛いというには少しばかり年を食いすぎてるか?後は何だ?おい、なんて言って欲しい?ゾロは心を無にして、とりあえず褒めとけ、と少ない語彙から言葉を探したが、なかなか適切な単語が見つからないのは、やはり本心からではないからだろう。
「……アンタ、どうせなら、私の眼を見ていいなさいよ」
「悪ぃ。まだそこまで人間ができちゃいねえ」

椅子を蹴飛ばし、怒りながらナミが部屋を出て行くと、
「……お前、ホントに勇気があるよな」
いきなり何処からか声がした。そして、
「だけどアレ、俺ンだから。いくら褒めてもやんねえぞ」
しししと笑う。
くれるといっても、アレはいらん。だが本当に勇気があるのは俺じゃなくて、お前だ。それにしても懐の広い男だとゾロは思う。
テーブルの下から顔を覗かせ、隠れて盗み食いしていたらしい船長の口から、立派な骨付き肉が飛び出している。



新しい船はサウザンドサニー号という。
いつしかサニー号を母船として、ゾロとウソップが率いる船が左右両脇に並んだ。
戦闘時は特攻としてゾロの船が先頭をきり、ウソップが後ろから援護射撃をする。いくつかのフォーメーションはあるが、主にその体制をとることが多い。
船にいるのは最低限の乗組員だけだ。航海士兼コック兼戦闘員をかねた男が他に2人いるだけで、ウソップの船も同様だった。
だが、人数こそ少ないが精鋭部隊だ。
島に上陸したときは、母船から船長が真っ先に飛び出る。危険とか偵察などとは考えないで、おそらくは期待と好奇心、そしてただ単に降りたいからに違いない。


久しぶりにグランドラインを離れ、サウスブルーへ行った時はゾロの船だけの単独行動だった。
あの島へ、懐かしいあの酒場に寄りたいと思って探したが何故か見つからなかった。探すと見つからなくて、なのにどうでもいい時は簡単に辿り着いてしまう。
その時、ゾロは33歳であった。

そして1年後、今度はノースブルーへと向かった。
相変わらず寂しい海だ。
冷たい空気とどこまで透きとおった氷の海。うす曇の空に細かい雪が舞う。
あれから数年経つが、この海の状況に変わりはないようだ。
冬になれば、雪が荒れた町や村を白く覆いつくす。そして人々はひっそりと家にこもり、また春を待つのだろう。
あの冬の夜、戦火に巻き込まれて街を追われた人々はどうしているのか。たったひとり、歩いていたあの子供たちは無事に育ったのか。
天から降る雪がまるで氷の欠片のようだ。
ゾロは久しぶりにザジを思う。
あの街から船に戻るとき、はぐれないように握ったザジの指先がとても冷たかった。自分の掌に包んだ手が小さかったと。





「なァ。何でそんなに他所の海ばかり行くんだ?」
ある日のことだ。なんとなく一緒に海を見ていたら、船長がゾロに訊ねた。
『鷹の目』を探す。これの他にももうひとつ理由がある。
自分たちを見つけてもらうためだ。そうゾロは説明した。
『誰に?』とあえて訊かないのは、理屈じゃなく持ち前の勘のよさかもしれない。
そうか。と一言いってそのまま海を眺めている。
「ルフィ。お前が最終目的地に向かわないのは何故だ?」
今度はゾロが問うた。
さほど大所帯ではないが、『麦わら海賊団』の名前は有名だ。
今、海軍からはまるで親の敵のように、叩いても死なない不死身のゴキブリの如く嫌われている。しかも皆にかけられた高額な賞金額を狙って、新たな敵が絶えない状況だ。戦えば戦うほど自分たちも強くなるが、正直言えばこんな状態はキリがない。
何故、グランドラインの最終地を目指さないのか、ゾロはその疑問を口にした。

「待ってるんだ」
俺はずっと待っている。青い海のはるか遠くを見ながらルフィが答えた。ゾロが黙っていると、
「ここにはいねぇが、ビビは今もずっと仲間だ。メリーの意思はコイツに宿っている。だけど足りねえ」
船縁に腰掛け、船長は足をぶらぶらさせながらつぶやいた。
「そうか」
ゾロが水平線の彼方に眼をやり、返事をすると、
「お前も『鷹の目』となかなか出会えねえな」
「ずいぶんと前のことだが、実は偶然会ったことがある。なんつうか、いろいろタイミングが悪くてな、そんときは奴に剣も抜いてもらえなかった」
「お前も待ってんだな」
しししと船長が笑う。
待つ。
ただ待つなど、昔なら考えられなかったことだ。どんな流れも気にすることなく生きてきた。たとえ激流に逆らっても突き進んできた。だが、今ならば解かるし、ルフィもそれを知っている。
人生において、そういう時期があることを。
船長はそうやって自分のことも待っていたのだろうか。

「海は広いよな」
「ああ、広い」

『海はとてつもなく広い。もしかすると二度と会えないかもしれねえ』

ゾロは自らの言葉を思い出した。
あれから7年の歳月が経っていた。




それから2年後のことだ。
今、サウザンドサニー号はイーストブルーを目指している。
そこはルフィ、ナミ、ゾロ、ウソップが生まれ育った海だ。
温暖な気候に恵まれた海である。
初期メンバーのクルーたちはここの出身が多い。ゾロもこの海で生まれ育ち、19歳までずっと過ごした場所だ。
今回、この海に来たのには訳がある。
ウソップがカヤを迎えにいった。この海賊団に、優秀な医者のひとりとして、そして人生の伴侶として。
ウソップは35歳にして人生最大の賭けに勝利した。電伝虫の向こうで彼はナミにこういった。
「いやあ、成り行きでな。しかし、35の俺が仲間で一番最初にこうなるとは夢にも思わなかったぜ。夢といえば、俺ァまるで夢を見てるようだ。朝起きるとカヤが『目が覚めた?コーヒーをいれておいたわ』なんて微笑むんだぞ!カヤがっ!あのカヤがだ!信じられるか、ナミ?『あなただけの為に』なんつってな!窓辺にはいい匂いの花が置いてあってな、『まあ、やっと咲いたのね。とてもきれい』ってカヤが微笑むと花まで…」
突然電話が切れた。ウソップがかけ直すと、
「何だ?故障か?いきなり切れちまったぞ」
「電伝虫が嫌がってるんじゃないの?それ以上聞きたくないって。で?花もコーヒーもいいから用件だけいいなさい」
迎えにきて欲しいとウソップがいった。
「はい?自分で帰ってくればいいでしょ?ゾロじゃあるまいし」
「そうしてぇのは山々だが、愛しのキューティカヤ号が……」
それはウソップの船の名前である。
海王類に船を齧られ、嵐でマストが折れ、竜巻で帆が破け、海軍に追われ砲撃されてボロボロになって、シロップ村に辿り着いたときはもう修復できる段階ではなかった。
ウソップは涙ながらにそれを語る。そして、
「カヤが新しい船を用意してくれるって言ってくれたんだが、男としてそう何回も女に船をもらうわけにはいかねえ。断固としてそれだけは駄目だ!」
その男気にナミは、
「で、私たちに迎えにきてもらうって言ったわけね」
「……面目ねえ」
「そして、アンタはキューティカヤ号の替わりに本物のワイフカヤを手にしたと。ついでに私たちを待っている間、甘い新婚生活を楽しもうとか?いいこと教えてあげましょうか?ゾロも船を壊したの。どうやら何か勘違いしたらしいのよ。ゾロの身体は放って置いても治るけど、船はタダじゃないのにね。で、今はサニー号に乗ってるわ。大変よね、ゾロも。生きてる内に借金の返済ができるのかしら?ねぇ、ウソップ。どう思う?」
そして黙り込んだウソップに、
「コツコツと借金返済しようと思わないほうがいいわ。アンタももう、どうこうできる段階じゃないから。一攫千金を狙って頑張ってね」
大きな励ましの言葉をかけた。

サニー号はイーストブルーを進み、シロップ村へと着いて二人を乗せ、またグランドラインへと向かった。
















ザジは客船に雑用として乗り込んで、そのほんの数ヵ月後にはそこで9歳の誕生日を迎えた。
その日はいつもと同じに過ぎていったが、今までそれを祝ってもらったことがないので、別に寂しいとは感じることはない。
朝起きるとまず厨房にいって湯を沸かす。身体よりも大きな鍋を火にかけ、それが沸く間にじゃが芋や玉葱など野菜の皮むきをする。
コックたちが厨房に集まるとそこは戦場だ。
怒声が響き渡り、鍋釜が飛び交い、手際が悪いと怒鳴られ、または叩かれながらザジは厨房を駆け回る。
夜になると、疲れてもう目が開けていられる状態ではない。風呂に入る体力もないまま寝てしまうことすら度々あるくらいだ。
そのまま夏を過ごし、朝起きるのも苦痛なくらい寒い冬を船で迎え、まだ小さなザジの手はあかぎれで赤く腫れ上がった。
9,10歳とその船で雑用として働き続け、11歳になったある日のことだ。
その日、午後に遅い昼食を食べていると、ザジの眼から突然涙が出てきた。
パンを食べていると、何故かぼろぼろぼろぼろ涙がこぼれてくる。
隣で一緒に食べていた男が、
「どうした?何で泣いてる?」
不思議そうな顔で問いかける。だが、訊かれてもザジは理由がわからない。ただ無性に涙が出てしかたない。
「何でだろ?」
「何でって、訳もなく涙が出るのか?」
ヘンな奴だと男が笑った。
理由はわからない。上手く説明できないが、悲しくて泣いているわけではないのは自分でもわかる。
嬉しいのだ。ただ目の前にパンがあることが嬉しいとザジは説明した。
「パンがあってよかった……」
「何だ、そりゃ?お前はパンで泣いてんのか?」
男がゲラゲラ笑うと、もうひとりの男が、
「可笑しくねえよ。こんな海の上じゃいつ何時何が起こるかわからねえんだ。コックが食い物に感謝してなにが悪い?食いモンを粗末にする奴ァ、碌なもんじゃねえ」
感謝して当然だと、ぶっきらぼうに言った。
「……いや、悪気があって笑ったわけじゃねえ。ザジ、悪かったな…」
涙は拭いても拭いても堰を切ったようにあふれ、温かいスープの上にもこぼれる。
「しょっぱいけど旨いよ」
泣きながら笑うと、隣の男が困った顔で苦笑いした。

その時期、ザジは暇さえあれば海を見ていた。
青い海の、その遠くに船を捜してしまう。
ゾロに渡された紙を握り締め、麦わらのドクロマークを頭に描きながら海を見る。
だが、不思議なことにどんな船でも見つけると心が躍った。
「船だ!」と、大きく手を振り、そんなザジの姿を他のコックたちは笑った。
「小せえガキかよ?恥ずかしいから手なんか振ってんじゃねえ」
「まるで俺らが人攫いみてえだろ?」

そして毎晩のように同じ夢を見た。
夢の中で、ザジは腹が減って仕方がない。そして次第に自分はやせ細ってゆく。
どこにも、どこを探しても食べ物がなくて、唯一口に出来るのは岩の窪みに溜まった雨水だけだ。
自分が小さく萎んで、干乾びていくのがわかる。
例えようもない恐怖と、飢餓感。
栄養失調によるものか、くすんでしまった髪の毛がぱらぱらと抜け落ちる。
そっと顔を触ってみると、眼窩が大きく窪み骨でごつごつして、皮膚はぽろぽろと何かがこぼれ落ち、その表面はまるで木肌のようにがさがさだ。
手足は老人のごとく細かい皺がよった枯れ枝で、指は骨に薄汚れた薄い皮だけがついている。正直言って、少し気持ち悪い。
心配になって、たまにそれを動かしてみた。そっと手を開いて、また閉じて、軋みながら指が動くとザジは嬉しい。
まだ、大丈夫。
自分は生きていると。

四方を海に囲まれた小さな岩山で朝を迎える。夢の中でも朝はやってくるのだ。
這うようにして水を飲んで、また海の彼方に船を探す。
しとしとと降る雨と、
スコールのように叩きつける激しい雨、
じりじりと肌を焼くように照りつける太陽を浴びて、
そして満天の星空を天井に、ザジは岩山で眠った。

夢には何故かたまに見知らぬ男が出てくる。
老人といっていいかもしれないその男には立派な髭が生えていて、肋骨が浮いた身体には片足がなかった。訊けば自分で食ったという。そして、それが自分の所為だとザジは夢の中で知っている。

朝になるとザジはいつも自分の手を、腕を、足を確認する。
見て、触って、動かして、夢でよかったと安堵しながらも、満たされることのない飢餓感だけは残る。すると、眼の前のパンに涙がこぼれてしまうのだ。
そんな時、ゾロが傍にいなくてよかったとザジは思う。悲しくて泣いているわけではないが、めそめそしてる姿は見られたくない。もう小さい子供じゃないと、認めてもらいたい自分がいるからだ。

ザジは物心ついたときからたまに不思議なことがあった。
夢か現実か区別がつかないことだ。
ゾロと一緒に過ごした時期には、別の場所で暮らす自分がいた。
名前もそうだ。
『ザジ』という名前と、もうひとつ『サンジ』という名前を持つ自分がいる。それを初めて自覚したのはノースで暮らしていたときだ。
誰かがその名前を呼んだ。
その時はうっかり返事をしそうになったくらいだ。だけど、それが自分に向けられたものでないことをザジは知っている。
幼少の頃よりあったことだが、ザジはそれに不安を感じてはいない。そういうものなんだろうと、当たり前のようにそれをとらえていた。
それは、おそらくゾロに育てられた為かもしれない。
ゾロは現実主義者であり、実際のところ男らしいといっていいくらい、大雑把なところがある。
ザジは自分からそれを言ったことはないが、口にしてもおそらく言われたであろう。
「そういうこともあんだろ。あんま気にすんな」
子供の頃からゾロが全てで、その後姿をみて大きくなったザジもそれに近い考えをもっていた。



12歳のとき、ザジはその船を降りた。
船が客船としての役割を終え、乗員が全て解雇されたからである。
その港で、今度はまた違う客船を職場にしようとしてザジは探し歩いた。
12とはいえ、まだ充分に子供なのでそう簡単に雇ってくれる船はない。すると、前の船で一緒だった男が声をかけてくれた。よく隣で食事をした男だ。ぼろぼろ泣いたことを笑われたり、厨房では怒鳴られ、よく馬鹿にされもしたがその男が船を見つけてきてくれた。

「奇特な船でな、てめぇみてえなガキでも雇ってくれるそうだ。迷惑かけねえよう、頑張ってこい」
何故そんな親切をしてくれるのか不思議に思い、男に訊くと、
「お前さ、オールブルーを探してんだろ?そんなのは夢物語だといつも他の連中に馬鹿にされてたよな。だがな、実は俺もあると信じてる」
「アンタも?」
「ああ。噂じゃどうやらグランドラインにあるらしい」
グランドライン。
それはゾロがいる海だ。大剣豪を目指し、その海にゾロはいる。
「お前もでかくなったら行くといい。で、教えてくれよな。俺たちにも」
夢じゃない。本当に奇跡の海があるんだってことを。そう言いながら、
「その前に、ちゃんとした料理人にならねえとな」
じゃねえと、せっかくの食材を料理できねえだろ?と、男が笑った。


13の年に、ザジは煙草を覚えた。
みんなに早く認めてもらいたいと、自覚はなかったが理由はそんなところである。
煙草が吸えるくらい、もうこんなにも大きくなった、もう庇護されるだけの子供じゃないと、咳き込みながら煙草を吸ううちに、それはいつしか彼の一部になっていった。
その船で、ザジはいつしか雑用としてでなく、次第にコックとして頭角を現した。
何故か料理の手順がわかるときがある。
身体がそれを知っているかのように動く。
『おい。そんなクソまずいスープを誰に飲ませるつもりだ?』
『余計なことをすんなっ!おめぇは食材を殺す気か?』
いつもそう怒鳴られているような気がしてならない。そして、
『チビナスが。ひよっこのくせに一人前の口をきくんじゃねえ!』
そう語る男の名前をザジは知っていた。

赫足のゼフ。
レストランの名前は『バラティエ』

いつの日か、本当にあるのかどうか確認しなければならないと思う。








「おい、ザジ。この前の島で面倒な客が乗り込みやがった。食いモンにいちゃもんつけやがる」
海を見ながら甲板で煙草を吸っていると、同僚のコックがそう声かけてきた。時間があれば遠く青い海に船を探してしまう。
「どんなヤローだ?」
ザジが問うと、男が面白くなさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「どっかのお偉いさんらしいぞ。偉そうな態度とりやがって、生意気にもべっぴんの女連れだ」
「へぇ。そいつァ、教えてやんねえとな」
口元に煙草をくわえながら、ザジはニッと笑った。白い煙が彼の後ろへと、ゆっくり流れてゆく。
黒いスーツ姿のザジはとてもコックにみえないいでたちだ。

「ひとつ。この船の食いモンに文句をいっちゃなんねえ」

「ふたつ。どんなに偉い奴でも所詮、ただのクソお客様だ」

「みっつ。キレイなおねえさまは、みんな俺のモンだってことをな」

「おいおい、みっつめは違うだろ」
そのコックがツッ込みいれると、
「まずはそんなたわけ者に、コックからたっぷりとお仕置きだ。そして」
お美しいおねえさまとおデートといくか、そう言うと、ザジは煙草を海に弾き飛ばし、軽やかな靴音とともに船内へと向った。
「殺すなよ」
「殺しゃしねえよ。半殺しだ」
物騒な顔で笑うその視界に、黒く小さな点が浮かんで見えた。白く雄大な夏雲と、どこまでも青い海の水平線の間に船をひとつ見つけ、ザジはまた心が小さく踊ってしまった。
どうやらその癖だけは直らないようだ。


ザジは来年の春、19歳になる。










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