さようなら、ザジ 1








性欲。それに『愛』と名前をつけたのはサンジだった。


「だってよ、男だぜ?そりゃあ、男にしとくのはもったいないくらいの美形かもしれねぇが、でもよ、ついてんだろ?立派なのが。お前、実は真性のホモ?違うだろ?なのによ、蹴ったりぶん殴ったり、馬鹿だアホだと罵りながら、仲が悪いのにこうなっちまうのは、だからこれは」


愛だ。


男なのは確かだろう。立派かどうかは別として、ついてる。美形かどうかの判断もつかないが、でもどう見ても男だ。そしてたぶん自分は真性のホモではないはずだ。コックとの関係は想定外だった。
薄暗い格納庫の中で、マット代わりの粗末な毛布の上に寝転んで、ゾロは考える。
『愛だ』と言われ、正直言えば、『なんだ、そりゃ?』と問いたい気分ではあったが、ゾロはそれを否定しなかった。
同い年で背格好もさほどかわらない、しかも喧嘩ばかりしている男との行為で受身の役割を取らされているサンジには、どんなものであれ理由は必要だろうと思ったからだ。
否定して、『ならば、もうしない』と言われるのも嫌だった。だから、
「そうかもしんねぇな」
曖昧な言葉で濁しながらサンジを引き寄せ、金色の髪に鼻先を埋めた。
すっかりと手に馴染んださらさらとした触り心地も、骨ばってはいるがしっぽりとした抱き心地もかなりいい。口を開かなければ、文句さえ言わなければもっといいのに。ゾロとしてはその程度で、やれさえすれば『愛』だろうと、ただの『性欲』だろうと、なんの問題もなかった。


二人は仲が悪いくせに、出会って比較的最初の頃に身体を重ねた。慢性の女日照りという状態からの逃避というか、脱出というか、およそ互助会のようなものから始まった関係だ。
同じ船に乗るナミ、ロビン、ビビは女性としての容姿、身体、資質、いずれをとっても文句のつけようがない。だが下半身の問題となると話は別である。

ビビは15歳で王女様、しかももう船を降りてしまった。たとえ船を降りてなくとも、王女様では恐れ多くて手は出せないだろう。お遊びでは済まない相手である。
ナミは18歳だが狡猾で守銭奴、別名『1億ベリーの女』だ。おそらく、それくらい払わないとやらせてくれない。
ロビンは28歳で落ち着いた感じの大人だ。土下座して、涙しながら懇願すれば、もしかすると気の毒に思って相手してくれる可能性はある。が、いくらなんでもそこまではしたくないのが本音だ。

要するに、後腐れがなさそうで、良心も痛まず、手短なところで利害が一致したふたりはそういう関係になった。
サンジは受となることに、最初から納得した訳ではない。口論の末、『ならば、やめるか?』まで話が進み、ようやくしぶしぶと妥協しただけである。
それなりに苦痛もあるらしく、初めの頃はかなり文句も言ったが、回数をこなすうちに身体の喜びも覚えたようだ。腰が蕩けそうな快感にサンジは戸惑い、コックの媚態にゾロは煽られて、そのまま二人の関係は続いている。





ある日のことだ。
行為の後、サンジはタバコをふかしながらゾロにいった。

「知ってるか?愛は『愛するほう』と、『愛されるほう』に分かれんだと。愛には役割分担があるんだとさ」

ゾロは毛布の上で、うつらうつらしながら話を聞いている。また阿呆が何かロクでもない事をいいだした、とぼんやり考えながら。
あれの後は非常に眠くて、いつも眠いが、いつにも増して眠くて困る。コックは眠くならないのか、絶対自分の半分くらいの睡眠しかとっていないはずなのに、ゾロは不思議でならない。

「だからさ、俺は『愛されてもかまわない』と思ってんぜ」

半分寝惚け眼で聞いていたゾロだが、さすがに眼が覚めた。
サンジがいうには『ゾロが愛するほう』で、『サンジは愛されてやってもいい』、ということだ。
いくらコックが不本意ながらの受身とはいっても、あまりに傲慢で、身勝手な言い分ではないか。だが、そういうからには、コイツにもそれなりの然るべき感情があるはずだ。

「お前、もしかすると俺に惚れてんのか?」

身体を起こしてサンジに問うと、何を今更といった顔で、

「いや。惚れてんのはてめぇだろ?自覚がねぇのか?」

おまけにタバコの煙を顔に吹きかけられた。
そうなのか?いや、いつからそういうことになってたのか?
その言い分がかなり癪に障り、タバコは煙いし、ゾロは仏頂面でシャツから見え隠れするサンジの乳首を摘んでぎりぎりと捻った。
「い、い、いでえええッ!」
胸を押さえながらサンジがゾロの広々としたデコを引っ叩くと、パシーンと景気のいい音がして、
「い〜、い〜っ!」
額を押さえて蹲り、喧嘩になってゾロの眠気も吹っ飛んだ。





ある島に辿り着いた時のことである。
そこは小さいがとても綺麗な島で、ナミの指示により2組に分かれて行動した。
1組は島の情報を集めに、もう1組は探索に動く。
サンジはナミ、チョッパー、ウソップと行動を共にし、ルフィ、ゾロ、そこへ2人が暴走しないようお目付け役のようにロビンが同行した。
2日後、皆が船に集まった時、ゾロの姿がなかった。

「ごめんなさい…。暴走する船長さんに気を取られていて、つい見失ってしまったの。おそらく山の中で迷子になっていると思うんだけど…。あの山は立入禁止の上に、山賊まで出るらしいわ。大丈夫かしら?」
「そりゃ確かに心配だな。山賊が…」
ウソップが呆れたように溜息をついた。いつもいつも、毎度の恒例行事とはいえ、何故に子供じゃあるまいし迷子になるのか。
『ゾロ探し』はサンジ、チョッパー、ウソップの3人の中からアミダ籤でサンジがハズレを引いた。ルフィが外されたのは、これ以上面倒にならない為であろう。


サンジは街中を抜け、山中に入ろうとすると何人かの島の住民から止められた。
ある男は、
「山には恐ろしい山賊が出る。身ぐるみ剥がされ、しかも身体の皮まで剥ぎ取るって噂だ」
ある老人には、
「いかん。やめたほうがいい。山にはこの世のものと思えぬほど、恐ろしい怪物が出るという噂がある」
脅かすように止められ、また、ある老女からは、
「何もないただの山だ。行っても何もないから、いかん方がええ」
素っ気なく、だが「行かないほうがいい」とはっきりと止められた。


サンジは胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。昼を少し回ったばかりだ。今から山に入ったとしても、うまくすれば夕方までには戻れるかもしれない。最悪は野宿だ。
サンジにとって怖いのは山賊や怪物ではなく、山に巣食う虫たちである。できれば野宿だけはしたくない。


何の変哲もないただの山だった。
いくら歩いても、山賊や怪物の気配はなく、廻りの木々がさわさわと風に揺れているだけだ。
本当にこの島は美しい。
光の反射が違うのか、煌めくように色が美しく、乾いた空気は音を澄んで響かせる。色鮮やかで、音が綺麗な島だ。
サンジは一服する為に切り株に腰をおろし、タバコと共にスーツの胸ポケットから懐中時計を取り出した。
銀の細いチェーンがついたアンティーク時計だ。カチッ、と小さな音を立てて蓋が開くと、側部についた小さな螺旋を回した。
耳に馴染んだ美しい旋律が鳴り響いた。

オルゴール付きのこの時計は、昔ゼフにもらったものだ。
16歳の誕生日に、
「チビナスのくせに、ガタイだけでかくなりやがって」
早く一人前になれ、こういって手渡された。
誕生日に限らず、人からプレゼントをもらうのはこれが初めてで、
「ケッ、ジジイからもらってもなァ…。お美しいレディからならともかく」
憎まれ口を叩いたが、それでも嬉しかった。それからというもの、いつも肌身離さず持ち歩いている。
乾いた空気の中で流れる硬質なメロディはいつにも増して美しい。掌に乗せたまま、サンジは来月に控えたゾロの誕生日を思った。
何かプレゼントをしてやろう。
人からこうしてプレゼントをもらえるのは嬉しいものだ。たとえ感謝の言葉はなくとも、少しでも喜んでもらえればそれでいい。


草薮ががさごぞと動き、山の斜面からいきなり芝生が生えた。
「こんなところで、おめぇは何してる?」
「そりゃ、こっちの台詞だ。変なのが移ると大変だから、てめぇはそれ以上俺に近寄るな」
ぱちん、と音を立てて蓋が閉じられ、サンジが立ち上がる。
「風に乗って音が聞こえてきた」
「これのか?」
「ああ」
そうか、と薄く笑って、
「みんな待ってる。帰るぞ」
「少しぐれぇ時間があんだろ?」
ゾロはサンジを誘った。


少し先にある大きな樹。柔らかそうな下草が生えている、心地よさそうな場所だった。
行為の最初にするキスを、いつしか二人は覚えた。
柔らかい舌を絡ませ、唾液を交わらせながらゾロはサンジの身体に愛撫を施す。手に馴染んだ身体は、どこをどう触れば感じるかを充分すぎるほど知っている。膝の上にサンジを置いて、下から突き刺した。

「…なァ…。綺麗な音が聞こえる…」
ひとりごとのように呟いたサンジの頭上には、大きな樹が風でさわさわ揺れている。それだけで、ゾロには他は何も聞こえない。懐中時計の音かととも思ったが、どうやら違うようだ。さすがに耳に馴染んだ音を間違えることはないだろう。
「どこから聞こえる?」
「さあ…?でも、聞いたことねぇ音楽だが…」
どうやらメロディがついているらしい。今度は音でなく音楽とサンジはいった。会話をかわしながら、尚も下から突き上げると、
「い…い…。すげ…いい…」
その音楽を指していっているのか、または行為自体をいっているのかゾロには解からなかったが、珍しく、というより、初めてサンジは「気持ちがいい」といった。
硬くしこりのような小さい乳首をこすり、首を舐め上げると身体が快感に震える。肌理細かな白い肌の表面が、ぴりぴりとさざめくように波打つ。最後はゾロの頭部を強く掻き抱いて、自ら腰を動かして達した。

下草の上にサンジの身体をおいて、まだ繋がったままの場所を擦りあげる。いったばかりの身体には刺激が強いのかもしれない。涙しながら身を捩って呻くのを見ると、

――いつもこうだったらいいのに。

ゾロは思う。1〜2度、精を吐き出させた後のサンジはゆるい。湯上りのような赤い顔で、ゆるゆるでくたくたになって、すっかり身を委ねたような状態になる。
行為中のサンジには女とは違う、女にはない艶があるのをゾロは知っている。

髭が生えていようが脛毛があろうが、たとえペニスがあってもサンジに漂う硬質な色気。こういった関係にならなければ、それは一生わからなかった筈だ。
白い肌が鮮やかなピンク色に染まっていくのをゾロは上から眺め、大きく仰け反る身体の奥深くで弾けた。

「ずっと聞こえていたな…。アレは何だ?」

サンジの疑問をゾロは無視した。










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