PRESENT 9









翌年の3月。
もうすぐ4月になろうという日のことだ。危険を冒して買い取った会社が、ようやく技術開発に成功した。
永久機関のエネルギーを既存の機械に変換する技術である。
それに関してはいくつもの会社で同時開発されている。別に専売特許ではないが、問題はどれが選ばれ生き残るかだ。
関連会社の朗報により、一時的に株価が持ち直した。



「なんで、そうならそうと言わないんだ?駄目だったらそれまで、なんて甘い考えだったんじゃねぇだろうな」
会社は博打じゃねぇと、コックが俺を睨んだ。
「言えば反対しただろうが」
「当たり前だ。例えば」
子供の将来の為にと、せっかく母親が溜めておいた金を、『とうちゃんが倍に増やしてやるからな。待ってろよ坊主。今晩はステーキだ』、なんてことを抜かす親父がいたとする。全部なくなるのがわかってるのに、黙って見てる奴はいねぇのと同じだ。
そんな嫌な喩えをもちだした。前にみた昔々のドラマとかいうやつの影響だ。
この後、『うるせぇ!』と親父が母親を蹴って、『この、甲斐性なし!ひとでなし!』、そして泣き崩れるというのがお約束の展開らしい。これを一緒に観ていたとき、
「お前って、一歩間違えばこの親父だよな。だって人の話聞かねぇし」
俺の傍でソファーにごろりと寝そべって、スクリーンに顔を向けたまま、コックが眠そうな顔でそういった。
どこが?なんで?と問い質したいのを我慢して、
「眠てぇのか?寝てぇんだろ?遠慮なく寝ろ。いいぞ、ずっと眠ってろ」
俺は背後から奴の首に腕を回し、キュッと締めたら「んが」と呻いた。ちょっと残念だ。家鴨の方がよかったのに。
ついでに、こんなつまらないことまで思い出してしまった。
今更だが、この男は褒めて人を伸ばすということをしない。貰ったのは蹴りばかり。あながち気のせいではないはずだ。
一時的かもしれないが倒産の危機から脱して、おまけに社内のネズミ駆除もできた。





しばらくして、親父からコールがきた。
俺からめったに連絡しないので、こうして親父から連絡がないとなかなか話す機会がない。
「どうなることかと思ったが、どうにかなったな」
会社のことだろう。これでも少しは心配してたのか。
「一応、どうにかなった」
答えると、「泣きつくかと思った」、なんてことを抜かしやがった。
「誰が泣きつくか。だが、俺が助けを請うたらどうにかしてくれるつもりはあったんか?」
「いや。いくら親子とはいえ、ビジネスに関しては別だ。ちゃんと忠告しておいたから、自分でどうにかするもんだ」
忠告?いつ、そんなものを貰っただろうか。まったく記憶がない。
「ちゃんとしたぞ、特別に。お前の見合いがどうこうの時に、言っておいただろうが。エネルギー関連から目を離すなと」
あの時のメールを思い出した。しかし、アレをあの状態で忠告と受け取とれいうのは、かなり無茶ではないのか。それに親父のせいで返答を間違え、見合いするはめになったのだ。
「思い出したか?あれも親心だ。お前を突き離すのも親心。お前の成長を願う、辛い親の役目だ」
あのD兄弟の祖父と親父に血の繋がりを感じる。獅子の子育てのようだ。谷底に転がり落ちても救いの手は求めないほうがいいだろう。





永久機関への変換装置関連で、技術と営業の努力が功を成し大企業と契約がまとまった。そうなると流れが一気にうちにやってきて、その年の秋にはほぼ独占状態である。
知名度と企業ランクがレベルA−まで上がった。もちろん経営状況も安定した。
そういったことに関して、自覚と配慮が足りなかったといえばそれまでだ。後になって思えば、前回の経験を生かしきれなかった。

俺とコックはエアポートにいた。
シグマへ偵察に向かうためである。出張は大変面倒だが、そうそう不満ばかり言ってはいられない。半分お飾りだがそれでも俺は社長で、しかもコックが煩い。
そのコックが搭乗手続きにいっている間、そこで珍しい奴に出会った。俺が専用ラウンジへ向かう途中だった。
「お久しぶり。元気だった?って、聞くまでもなく、見るからに元気そうね。筋肉が」
鮮やかなオレンジ色の髪を軽くまとめ、ミニスカートと高めのピンヒール。颯爽としたいでたちである。憎まれ口も健在だ。
「俺の筋肉に挨拶はいらねぇ。おめぇも出張か?」
「ううん。休暇で友人のところにいくの」
そう言われてみれば、仕事の格好じゃない。
これから友人がいるオメガへ行くとナミがいった。そして、何故かニッと笑って、
「あなた、前にお見合いしたんですって?」
俺の背中をいきなりバンと叩いた。どれを指してるのかわからないが、どうしてこの女がそれを知ってるのか。訊く前にもうひとつ背中を叩かれ、
「聞いたわよ、ローラから。あなたは顧客だから残念ながら何も言えなかったけど、知ったときはビックリしたわ」
俺は思い出した。忘れたくても、あまりにもインパクトが強すぎた。
「…アレか。あれはまだアレか?イ…」
イボイノシシのままかと、ダイレクトに訊くのは躊躇いがある。どこからどう見てもイボイノシシだったが、ああ見えても一応は女だ。いや、女には見えなかったが、それでも不用意な発言はできない。俺が言葉を濁すと、
「アレって?」
無邪気な顔でナミが聞き返した。たんに察しが悪いのか、または故意か、判断に困る。
「呪いは解けたのか?」

ナミの話によると、いろいろ試したがダメで、もう全然ダメダメで、親が藁にもすがる思いで『祈祷』というものを受けさせたらしい。
怪しげな場所で怪しい姿をした祈祷師とやらが護摩壇で拝み、そして奇声とともに頭から塩湯を何度もかけられ、塩辛い湯が口にまで入って、何がどう効いたのかはわからないがローラの呪いは解けた。人間に戻った。

「彼女が残念がっていたわ、あなたのこと。男前で、ちょっと野生的で。画像を見たとき、一目惚れしたんですって。あまりに何回も言うから、どんなにいい男なのかと思ったらあなたなんですもの」
ナミが笑う。微妙に失礼なことを言われたと思うのは気の所為か。
「とってもいい子なのに」
彼女は大切な友人だと、少し穏やかな表情になった。そして、
「何で断ったの?」、返答に困ることを訊かれた。
イボイノシシはさておき、男の俺をひょいと小脇に抱えたまま全力で走れる女だ。見合いの席で何故かウェディングドレスを身に纏い、突然求婚したかと思うと、強引に教会へ連れていこうとする女だ。追いかけてくるときのあの形相と速度。
男には怖すぎるだろうが。
「とても情熱的なのよ、彼女は」
何事において積極性と行動力があり、でも夢見る少女のような可愛いらしい一面もあるとナミは付け加えた。物は言いようである。
「せっかく呪いも解けたんだから、もう一度考え直したら?」
そんな気はさらさらない。だが、呪いが消えてどんな姿になったのだろうか。俺はローラの元の姿を知らなかった。いまさら別にどうこうしようとは思ってないが、何気に訊いてみた。
「いい子よ」
「そりゃ、さっきも聞いた」
すると3秒くらい考え、小さく頭を傾げた。
「…そうね。体格のいいお嬢さん?」
ナミは言葉の選び方が上手い。


別れる間際、思い出したようにナミが振り返った。
「そうそう。おめでとうをいわなきゃ。これであなたの会社の企業ランクも一気に上がったわね」
そして、
「ここまでエネルギーの供給比率が変わるとは思わなかった。まさか全面的に入れ替えなんて」
小さく肩をすくめ、
「ロボットの動力交換の際も、初期化は避けられそうにないのが残念だわ。ローラのこととか、忘れたくないことがいっぱいあるのに」
人混みにナミの後姿が消えていった。



俺はちょっとぼうっとしていたのかもしれない。傍からもそう見えただろう。迂闊にも周りを注意するのを怠った。
エアポートに大きな爆音が響いた。
耳を劈く音だ。ビリビリと壁が震え、同時に警報が鳴り渡る。
それが音のトラップだと気づいた時、俺の頬をするどい何かが掠った。焼き付くような感触、そしてじわっと熱くなる。
11歩だ。
手にしているケースを盾に一気に間合いを詰めて、7歩めでそれを投げつけ、予定通り11歩目でそいつを壁に殴り飛ばした。
目的が俺だとわかれば、とるべき行動は限られてくる。周りに気を張り巡らし、残りの刺客はざっと3人とふんだ。
セキュリティをどう潜り抜けたかわからないが、こいつ同様おそらく飛び道具を持っている可能性は高い。
2人目を床に叩き潰し、一人は逃げて残りのヤツを捕まえて胸倉を掴んだ。面倒を避けるため、とりあえず腕は折っておく。奴の持っていた改造型クロスボーが床に転がった。
「何処からの依頼だ?」
素直に答えるわけはないと思ったが、いきなり蹴りを入れてきた。悪あがきというか、確かにそれなりの威力だが、俺が何年コックの蹴りを貰ってると思ってんだ?
そいつの折れた腕を捻じ伏せ、当て身を食らわすと、突然肩に激痛が走った。
面倒なことに、敵はこいつらだけじゃなかった。
もうひとつ面倒なことに、殺気と気配を完全に消すことができるくらいのレベルで、厄介なことに武器を持参している。俺は丸腰だ。
その時、男の声が聞こえた。

「残りはひとりじゃねえ!右後方に気をつけろ!」
走ってくる、黒いスーツ姿が視界に入った。
わかってる。なんでそう分かりきったことをお前はいちいち言うんだ。
コックがひとり蹴り飛ばしたのを確認して、俺は床に転がるクロスボーを手に、背後の敵に狙いを定めた。

コックが走ってくる。
飛ぶように速く。そして俺の近くまで来たとき、ちらりと背後を気にした。何かを見つけたようだ。そして戻って攻撃するよりも、奴はまた俺の盾になることを選択した。
コックの身体が影になって見えなかったが、何か攻撃を仕掛けられたのはわかる。
身体を仰け反らせ、覆い被さるように俺に倒れこんだ。コックの身体の隙間を狙って、ガンを敵に放ったのと同時だった。

「大丈夫か?」
俺にそう呼びかけ、コックは起き上がろうとした。背中にはザックリと大きな切り口が見える。床に転がる丸い金属の刃。傷が痛むのか苦痛に顔を歪め、おまけにバランスがうまくとれないらしく、コックの身体は起き上がるどころか次第にずり落ちていった。
その胸倉を掴み、
「……てめぇは」
殴ろうと、振り上げた俺の拳を別の手が覆った。

「何やってんのよ、アンタは!」
ナミだった。物好きなことに、わざわざこの騒動に戻ってきたらしい。どうしようもなく湧きあがる激しい憤り。その手をナミが止めた。
「どいてろ!おめぇにゃ関係ねぇ!」
「怪我してるのよ?それなのにアンタは殴るわけ?」
そして俺から引き離すように、コックを抱き起こして声をかけた。
「サンジくん、大丈夫?」
ナミの腕の中でうっすら目を開くと、
「…え?ナミさん?なんで?もしや、ここって天国?」
そう寝言をいって、
「…俺はナミさんの胸で死にたい」
たわわな両胸の間に、幸せそうな表情ですっぽり顔を埋めた。ナミはその頭を両手で掴み、そして無情にも途中で手を離した。
ゴン、と床から大きな音がして、コックは完全に気を失ったようだ。
ナミ曰く、「料金次第ではその相談に応じるって、サンジくんに伝えといて。でもお安くないわよ」





そんなアホの姿を見ても、俺の気持ちは治まらなかった。
修理から戻ってきたコックが、
「何で直さねぇんだ!クソやろう!」
いくら喚いても、背中の傷を直すつもりはない。
「てめぇと同じ傷物になっちまっただろうが!これってお揃い?てめぇは腹で俺は背中。意外と仲いいよな、俺らって。って寒い!寒すぎる!傷でリバーシブルなペアルックする気はねぇぞ!いいから直せ、コンチクショー!」
なにがペアルックだ、大たわけが。ますます修理する気がなくなった。こいつは口が悪すぎる。
「ちゃんと修理しろ!見ろよ、このデケェ傷!」
捲られたシャツの中から、うっすら赤く生々しい傷跡が見えた。
俺があえて修理しなかった箇所である。「出来るだけリアルに傷跡を残してくれ」そうメンテに伝えた。

「バカが…。自分が何をしたか忘れねぇよう残しておいたんだ!俺を庇おうなんざ、何様のつもりだ!」
俺が怒鳴ると、お約束のように怒鳴り返してきた。
「てめぇは自分の立場を考えろ!この物騒な業界じゃ出た釘は叩かれんだ!あんなとこにいつまでも突っ立ってやがって…。ご丁寧にチャンスをくれてやってるのと同じだ!」
こいつが間違ったこと言ってないのは知ってる。だが、どうして俺が腹を立ててるか、この男は知らないのだ。

「おめぇに庇われるのを望んでいない。これは理解できるか?」

「俺はロボットでお前は人間。立場の違いは理解できる」

「お前の存在を否定するつもりはねぇ。だが、俺の自我を潰すような行為だけはやめろ」

「てめぇが怪我をしてもか?」

そういって、俺の肩に視線を送った。
こんなのは怪我の内にはいらない。放っておいてもすぐに治る程度のものだ。

「てめぇが17の時も同じことがあった。何故、今回はそんなムキになる?」

「今の俺は17の俺じゃねぇ」

そのまま俺が口を閉ざすと奴も黙り込んだ。平行線のまま怒りの一部はいつしか諦めへと形を変え、俺の口から小さな溜息が漏れた。コックも溜息をついてるのが見え、妙に複雑な気分だった。





22歳の誕生日。
毎年毎年毎年毎年、ここ数年間ずっとコックと一緒に誕生日を過ごしている。小さいガキじゃあるまいし、誕生日を特別だと思ってるわけじゃないが、いったい何の因果だろうか。
毎年毎年、親や親戚から贈られるプレゼントの山。コックが運んできて俺が開けるのも恒例行事。だけど、どんなに長い間いっしょに暮らしても、分かち合えないものがある。どうしても譲れないものもある。

誕生日のプレゼント。リボンをほどきながら、ひとつひとつ中を確認した。絨毯の上に散らばるいくつもの箱と様々な色のリボン。
最後のひとつ。そのリボンの結び目は固かった。
どうやって縛ったんだ?嫌がらせか?知恵の輪かこりゃ、と思うくらい固く複雑に絡まっている。だんだんイライラしきた。こんなものを律儀にほどく必要があるのだろうか。すっかり面倒になって引き千切ろうとしたら、コックが「俺がやる。貸せ」と手を出した。
コックの指が水色のリボンに絡まる。絡まったリボンをほどこうと摘んだり捻ったりしながら、ひとりごとを言った。

「てめぇのプライドは俺に庇われると簡単に潰れるのか?」

そうきたか。
「言い方を変えてやる。お前、俺に庇われる自分を想像してみろ」
すると、ちょっと沈黙した後、
「想像した。実に嫌な気分だ」
歯に布を着せない表現とはこういうのを指すのか。率直すぎる感想だ。
だが。そうコックは前置きした。
「それは俺が人間だった場合だ。同じスタンスならこんなに嫌なもんはねぇが、でも現実は立場が違う」

「誰が『もしも』の設定で想像しろと言った?バカかてめぇは」

「事実違うんだから、現実に置き換えても無駄だ。しかも想像はあくまで想像だしな。それにしても、この結び目が…、クソったれ」

「よこせ。もう一度やってみる。だが、いくら立場は違くても嫌なことには変わりねぇだろうが。理解しろとはいわねぇが、ちったァ譲歩しろ」

「バカ?なァ、やっぱバカだろ?理解しろとはいわないが譲歩しろだ?なに虫のいいこと言ってやがんだ。おまけにそこを引っ張ったらよけいほどけなくなる。やっぱ、俺に貸せ」

「おめぇにバカ呼ばわりされるいわれはねぇ。強いていうなら、バカに理解を求めた俺がバカだった。想像力の足りねぇお前に想像しろと無理難題いって悪かった。嫌なもんは嫌でなにが悪い?されたくないことを、嫌といってどこが悪いんだ?それにしても、お前はコックのくせになんて不器用なんだ。もういい、俺がやる」

「実をいうと、てめぇが嫌がろうと喜ぼうと、そんなのは関係ねぇんだ。俺は自分の立場でしたいようにやってるだけだからな。お前の身体が傷つくようなら、俺は盾になる。それに、馬鹿のひとつ覚えのように引っ張るだけじゃ、リボンはほどけねぇ。てめぇの100分の1だけ不器用な俺がやってやる。よこせ」

「ようするに、おめぇはおめぇの好きなように、俺は俺で好きなようにと、この結論でいいんだな?今度お前が俺の前に立ちはだかったら、『邪魔だ』と、ぶん殴ろうが投げ飛ばそうが俺の勝手と」

「そうそう。『危険があぶない!ゾロコちゃん!』と、俺がお前を庇うのは俺の役目だから、邪魔はさせねぇ」



「………まだ、ほどけねぇのか?」

「………今やってる。これがなかなか固くて…」

結び目がどこまでも固く、どうにもこうにもほどけない。コックがリボンを押して引っ張ってぐるぐる回してる。取り上げ、刀でブッた斬りたいのを我慢した。

「俺がお前のスタンスで考えられねぇように、お前に俺の立場を理解してもらおうとは思ってねぇ。そもそも全然違うしな。だが、それじゃダメなのか?」

ぼそぼそ言いながらも、コックの指はリボンをほどく糸口をようやく見つけたらしい。頑なな結び目のひとつが緩んだ。

「いいとかダメの問題じゃねぇんだが。そもそも俺自身の問題でもある。だけど譲るつもりはさらさらねぇぞ。おい。そこじゃなくて、こっちを緩めた方がいいんじゃねぇのか?」

「こっちから緩めねぇと、ここが外れねぇだろうが。なんにせよ、てめぇの問題なら自分で解決しろ」

何重にも絡まったリボンが少しだけほどけた。男二人がかりでこの有様だ。いったい、どんな結び方をしたのか。

「ボケ。俺の問題だが、てめぇの行動が原因なんだ。おい。俺は名案が浮かんじまった。しっかし、おめぇはどん臭ぇ。そこまでほどけてるのに、なんでまた絡ませるんだ?もういい。俺がやる」

「ケッ。てめぇだって余計絡ませてんじゃねぇか。その名案とやら、いいたけりゃ聞いてやってもいい」

「おめぇの眼は節穴か?そう見えるだけだ。ちゃんとほどけてんだろうが。そこまで聞きてぇんなら教えてやってもいいぞ」

もう少しでほどけるのに。なんでこう結び目に規則性がないんだ?

「俺は誰にも負けねぇ。もっともっと強くなる。てめぇなんざ、二度と俺の前には立たせねぇ。敵にいかなる隙も与えん」
ずっと胸に秘めていた決意。これを口にするのは初めてだ。
するとコックは眼を大きく見開き、そして、「随分と前向きな解決案だ」そういって、ゲラゲラ笑った。
笑いたけりゃ笑え。どれだけ笑われようと、俺は俺のしたいようにするだけだ。

後もう少しだ。
ここを先にほどいて、この穴に通してこことここを緩めれば。
どうにかやっと先が見えたのに、
「だああああああ!イライラする!違うだろ!ここを先に通せばすぐにほどけんだろうが!」
コックが痺れを切らし、癇癪起こして怒鳴った。どんだけ短気でアホなんだ!
「もうちょっとだってのに、手ぇ出すんじゃねえ!」
「だから、ここが先だろっ!」
「そこじゃねぇ!こっちからだ!」
俺の手とコックの手。4本の手と指先が奪いあうようリボンに絡まり、どこをどう引っ張ったのか。

ようやくリボンがほどけた。



忌々しい水色のリボン。包みを毟り箱を開けると、中には腹巻が入っていた。そして、メッセージカードには、
『貴方様は幼き頃より辛抱強く、たいそう賢い御子であらせられました。御社のご発展を報道等で拝見するにつけ、私はそんな健気で愛おしい頃のお姿が思い出されてなりません。恥ずかしながら、思い出しては涙する日々を送っております。こんなにもご立派に成人されましたこと、貴方様は私の誇りであります。今の私ではこんな形でしかお役に立てないのが残念ですが、一編み一編み心をこめて編みました。お誕生日おめでとうございます。お坊ちゃまの健康を心より願って』
細いペンで丁寧にそう書かれてあった。執事からの贈り物だ。
正直言うと、コックに大笑いされるかと思った。涙を流し、転がりまわって笑うかと。だが、
「じゃあ、最後は俺な」
穏やかな顔で、膝に置かれた俺の両手を取った。
「この手に」、そう手に語りかけるよう、重ねるように握って、コックが視線を落とした。

「お前が、お前の望むものを、手に入れられんことを願う」

俯いたまま、顔の半分を金色の髪が覆う。
繋がった両手を確認して、俺は眼を閉じた。
さまざまな感情が、めまぐるしい速度でぐるぐる回る。今まで知らなかった感情もある。それが漏れないよう、溢れ出さないようにと、瞼を固く閉ざしてその手を強く握った。





11月の末。永久期間へ移行するためのエネルギー切替がはじまった。そして、アンドロイドの無期限製造停止が政府から公表されたのは、その年末のことだった。










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2008/2.17