PRESENT 7









翌年の初夏、19になった俺に振って沸いたのが結婚話だった。
仕掛け人はおふくろだ。
親父は、「いくらなんでも、まだ早いんじゃないのか?」そういっていたが、
「いいえ。親元を離れ、いつまでもふらふらしているとロクなことがありません。5のお嬢さんなんかどうかしら?よくよく見れば可愛い顔してると思うけど」
おふくろは俺にデータを送りつけた。
いずれも資産家の娘らしい。ぱっと見はともかく、よくよく見れば可愛いのかもしれないが、だが俺はまだ結婚する気などさらさらなかった。
それをおふくろにコールで伝えると、
「私は19で結婚したわ。お前を生んだのは遅かったけど」
そう言った。
「親父は35の時だったと聞いてるぞ」
「でも、私は19だったわ」
同じことを繰り返す。
俺は嫁にいくわけじゃない。別に19じゃなくともいいだろうと、おふくろに反論しようとしたら、親父からメールが入った。
『どうやら孫が欲しくなったらしい』
孫?
それこそ俺が生むもんじゃあるまいし、そんな理由で結婚を勧められても困る。それに今の技術なら50であっても、たとえ60、70でも充分可能ではなかったか。そんなに欲しいのなら自分たちで作ればいいだけのことだ。
「とにかく、俺はまだ結婚する気がねぇ」
おふくろにハッキリとそう告げて、親父には、
『頑張ってくれ』
そうメールした。
「そんなことを言って、御縁があるうちが花なのよ?とりあえず、会うだけでもいいからお会いしてみたら?」
なんの花だ?
会うのでさえ面倒だとおふくろに言おうとしたら、また親父からメールがはいった。
『何を頑張るんだ?話は戻るが、どうやらサロンの友人に孫ができたらしい。孫のベビー服をオーダーする友人がどうのこうのと言っておった』
可愛いベビー服を誂えたいが為に、俺は結婚させられようとしているのだろうか。
「話を聞いてるの?」
メールを打つ俺におふくろが返事を促す。すると、また親父からメールが入って、
『できれば可愛いベビーピンクやオフホワイトで揃えたいそうだ。最初は女の子で産み分けてもらうと決めてかかってた』
「返事をしなさい」
メールとコール、別々のツールを同時にこなすのは意外と難しい。メールに至っては、俺は手打ちで親父は音声変換。スピードが違う。
「ちょっと待ってくれ」
「そうやって、待て待ていってるうちに年をとっていくの」
これも親の義務なのだろうか?ただ孫が欲しいだけではないのか?何故19でここまで言われなきゃならない?ロボットにでさえつまらない焼きもち妬いて、男を選んだのはおふくろだっただろうが。
『まあ、孫の問題はともかく。かあさんはああなったらしつこいぞ。会うだけあってみたらどうだ?数打ちゃまともなのに当たるやもしれん』
だから、俺は何かと忙しいのだ。現に今も忙しい。それに、コックを選んだおふくろにまともな審美眼があるとは思えない。
『数を打てるほど俺は暇じゃねぇ』
親父にメールした。
「実は、この縁談にとても積極的なお嬢さんがいらっしゃるんだけど」
『いやいや。ああ見えてもかあさんの見る眼はなかなか確かだぞ。結婚相手に俺を選んだ』
聞きたくもない親の惚気までメールで送ってくる。
『それにお前のロボットを選んだのもかあさんだった』
音声なら即座に文句が言えるものも、メールは実にもどかしい。
「まだそのお嬢さんの詳しいデータは送られてこないけど、かなりの資産家らしいわ。お前の画像を見てとても気に入ったそうよ」
だから俺はうっかり間違ってしまった。
『承諾なく勝手に送るな』
『何を?』
親父からレスが返ってきてミスに気づいた。
「今度の休日にでもどうかしら?」
だから、俺は忙しいのだ。
「いや。よく聞いてくれ。俺は」
『お前が忙しいのはわかってる。あの会社でここまで利益を出せたのは上出来だ。そろそろ企業としてグループ化を図ってもいいんじゃないのか?』
「オメガに住んでいるらしいわ。少し遠いけどあの星なら文化も科学も発達してるし、それに結婚したらこちらに住んでもいいとまで仰って下さってるのよ」
『アレは便器会社より高かったが』
いつまでそれを言うつもりだ。
「1回くらいならいいでしょ?」
『悪い買い物じゃなかったな。エネルギー分野はこれからも目を離すな。柳の下に、もう一匹くらい泥鰌がいるやもしれんぞ』
とても大企業のオーナーとは思えない台詞である。あれで利益を出したのはまぐれではないのか。そうそうあるとは思えない。
『とにかく、あの分野は注意しろ。絶対に目を離すな』
なんで、そうしつこいのか。
『情報を生かせ。気を抜くんじゃない。何が起こるかわからないからな』
くどいにも程がある。
「わかった、わかったから」

俺はまた失敗してしまったようだ。手と口を間違えた。






「どうでもいいが、せめて人間の女にしてくれ」
その日の夜、見合いが終わった夜のことだ。俺はおふくろにコールした。
オメガに住むその女の名はローラという。会うなり「あんた、私と結婚して!」、そのまま俺を小脇に抱え、教会へ駆け込もうとするのを振りほどいて必死で逃げた。すごい力だ。それに何故かウェディングドレスを身に纏っている。誰にも言えない話だが、俺は怖かった。
「どうやら彼女はある呪いにかかってるんですって。運命の王子さまならその呪いが解けるかもしれないと先方さまが言ってらしたわ。ロマンチックでしょ?もしかするとお前が王子さまかもしれないなんて」
「…イボイノシシにそっくりだった」
「あらまあ」
どうやらおふくろは本人の画像を見ていないらしい。
さすがにアレじゃ送れなかったのだと思う。

あの日、先方が指定する場所までコックが送ってくれた。
その場で奴とは別れ、次に走って逃げているところでまた会った。
「急げ。後ろは振り返るな」
血相を変えて乗り込んだ俺をみて、コックがちょっと驚いた顔をした。
車内に設置されたディスプレイに、背後から走ってくるローラの姿が映し出された。
「…なんだ、アレは?」
地面の摩擦によるものか、背後に大きく煙を巻き上げ、人とは思えぬ速度で、凄い形相をしたイボイノシシのローラが追いかけてくる。白いウェディングドレスが風力で飛ばされんばかりだ。
「まさか、アレがお前の見合い相手?」
さぞや笑われるだろうと思ったら、コックは少し顔を引き攣らせ、
「…レディなのにすげぇ速さだ。つうか、人間なのか?人としてありえないくらい速いぞ」
そして、
「…怖っ」
いきなり速度を上げた。どう好意的に解釈しても、ホラーとしか思えない出来事だった。






「今度は大丈夫」
自信ありげにおふくろが薦めてきた画像をみて、俺はすぐに断ることが出来なかった。
「由緒ある家柄のお嬢様なんだけど、今は軍にお勤めなんですって。結婚しても働きたいというのがあちら様のご要望なの。同い年だけど、しっかりした方のようだからお前にいいんじゃないかしら」
見合いは1回だけという約束。そう反論するのを忘れてしまうくらい、その女はある人物に似ていた。

短めの黒髪に漆黒の瞳。
メガネをしたその女は不思議そうな表情をした。
「何か私の顔に付いてます?」
「アンタにゃ双子の姉妹がいるのか?」
いや、この女は確か同い年のはずだ。俺は聞き直した。しかし、くいなに似ている。
「生き別れの姉とか」
「はァ?聞いてませんけど…」
「その顔、パクリか?」
「え?パク…?」
「お前の顔だ。パクリだろ?」
「失礼な方ね、あなたは!私が誰に似てるか知りませんけど、パクリとかいうのやめていただけますか!」
怒ったその表情までもが似ていた。
もっと文句を言いたそうだったが、軍の上司から緊急のコールが入って席を立った。申し訳なさそうな顔で謝罪し、そして足早に去っていった。


女の名はたしぎという。
軍に勤務していて、階級は軍曹。剣術の使い手でもあるらしい。3回目に会った時、剣道で手合わせをした。2戦とも俺が勝って、女は悔しそうに唇を噛み締めていたが、俺は複雑な気分だ。勝ってもあまり嬉しくなかった。

そんな女と、何故か縁談がまとまってしまった。双方、両親達の努力の賜物といってもよいだろう。かなり積極的だった。もちろん、親がである。こういうことに俺は詳しくないのだが、断る理由が見つからないということが結婚承諾になるのだろうか。断らなかっただけで簡単に話が纏まってしまった。
だが俺の生活は今と全然変わりがなさそうだ。
女が望んだのは別居状態での婚姻関係だった。職業のせいもあるのだろう。俺が女の元に通うという条件を提示された。
今時の婚姻形態は自由だ。
同居、別居は個人の自由。結婚式とやらも宗教が絡まなければ何も問題ない。無駄な金と手間がかかるので式を挙げる方が珍しい。
婚姻証明をデータで送っただけで、後は何もすることがなかった。
居住に関していえば、俺は同居でもいいと考えていた。『夫婦はこうあるべき』など、たいそうな理由じゃなく、親父やおふくろが当たり前のように一緒に暮らす環境で育ったからだ。
だが、相手がそれを望まなければ、それはそれで仕方のない話である。
何も変わらないまま、残された行事は旅行だけだ。新婚旅行だが、これも行く行かないは自由だけど、コックがその段取りをしてしまった。

「今までまともに休ませてやれなかったもんな。ゆっくりして来い」
そういって、セキュリティーレベルがもっとも高いと評判のリゾートアイラインドを予約した。コックは同伴するつもりがないようだ。

その旅行の前日。移動中の俺に女からコールが入った。
それはそれは申し訳なさそうに、「B-31地区で事件が起こった。旅行は無理かもしれない。また改めて謝罪するが、こちらの勝手な都合なのでこの結婚は断ってくれてかまわない」、こういう内容の連絡が入った。背後がかなり騒然とした様子だ。男の怒鳴り声が聞こえるとコールが切れた。
B-31、そこは低所得者層が主に住む地区だ。今まで幾度か暴動が発生している。
コックにその旨を伝えると、奴はいきなり眉を顰めた。
「B-31?そりゃまずい。おい、ちょっと様子を見にいくぞ」
その隣の地区に、コックがまた買収をすすめている会社の工場があった。
軍による規制を潜り抜け、途中から徒歩でその地区に入った。
俺がここにくるのは初めてだ。コックは下見で数度足を運んでいたらしい。
「こんな場所にあるが、この会社の技術はなかなかのモンだ」、奴が自信ありげにいうのだから確かなんだろう。
B-31地区に隣接したところにある、その工場のまわりもかなり騒然としていた。
爆薬のにおいと粉塵。低く雲が立ちこめる曇り空に、サイレンが不安を伝えるように鳴り響いていた。
「ここは大丈夫だろ?既に軍が来てる」
その軍の中に、見知った女がいた。
俺が足を止めると、コックも気づいたようだ。二人で建物の影へと移動した。俺たちが居ることに気づかれたくなかったからである。野次馬根性丸出しのように見られるのが嫌だった。相手は勤務中だ。

「事件中心部にでもいたんかな?可哀想に、煤だらけだ」
顔だけ覗かせ、女を見てコックが呟いた。煤だらけの顔に、酷く疲れた表情。確かにこれじゃ旅行どころじゃないかもしれない。
「アレって上司か?」
大声で、「たしぎ!!」、そう呼びつける声を聞いて、コックが俺に訊いた。だが俺は女の職場のことを全然知らなかった。
葉巻を口に咥え、モクモクと白い煙を吐き、素肌にジャンパーを羽織っている男だ。胸板の厚い、立派な体格をしていた。
名を呼ばれ、女が慌てて駆け寄った先はまったく違う別の男だった。
「メガネをしろ」、そう言われ、また謝りながら慌てて上司らしき男のもとへと駆け寄った。少し天然が入っているようだ。
怒鳴られ、悔し涙を拭う女に、「ちゃんとメガネはしとけ」、そういって男が指先でメガネを顔に戻した。背を向けたままの女の頬が妙に赤くみえるのは熱でもあるのか、または泣いたからか。

「……俺の考えを言ってもいいか?」
コックがぽつりと呟いた。
「……きっと俺も同じだ。言わんでいい…」
「……なんつうか」
「言うな」
「…お前、無理っぽい?」
「……」
「前回の強烈な見合い相手といい、今回といい。お前って女に縁が…」
思わず首を絞めたらグェと鳴いた。まるで家鴨みたいだ。






どこまでも青い南国の海。
コックが用意したそのリゾート地に、俺はそのコックを同伴して出かけた。せっかく取れた休暇である。利用しないのは損だ。
家にいれば仕事させられるに決まっている。
「すげぇ…」
大きく透明な窓から見える海と雲。コックは眼下に広がる海に目を奪われている。どうやら海を見たのは初めてらしい。
リゾート用に仕立てられた茅葺屋根と椰子の樹。幾部屋もある大きなコテージの中は細かい象牙の装飾が施されていた。確かに高級リゾートなのだろう。

どこまでも、どこまでも広がる青い海。
ゆっくりと白い雲が流れてゆく中、俺は昼寝と鍛錬に勤しんだ。
コックは派手な色のシャツを身につけ、毎日どこかに出掛けている。おそらく女でもナンパしてるに違いない。だが、キンキンの金色の髪にちゃらちゃらした派手なシャツ、どう見てもチンピラのような男に引っかかる女はいなかったようだ。よくそれで俺の女運がどうこういえたものである。


連日、空はぴかぴかの快晴だ。
そんなある日、俺とコックはクルーザーで沖に出た。
四方、見渡す限りの青い海。空に浮かぶ白い雲。太陽が目に痛いくらい眩しい。
俺はデッキに寝そべった。
「ひと泳ぎしてくる」、そう言葉を残して、コックの姿が見えなくなった。
太陽が俺の身体を焼く。
頭がぼうっとするくらい暑いが、でも気持ちいい。熱をもった身体に潮風が心地よい。
空は高く、そして青い。雲が風に流され、耳に響くのは波の音だけだ。

それはどのくらいの時間だったのか。
喉の渇きを感じた俺は、酒を取に船内へと入った。キンキンに冷えたビールがたまらなく旨い。冷たいビールが喉から腹まで流れるのがわかる。2本を一気に飲んで、もう1本を飲みながら、そしてもう片手に2本持って俺はデッキへと戻った。左手の2本は自分とコックの分だ。ロボットだから酔わないけど酒は嫌いじゃないはずである。

「おい、ビール持って来たぞ」
声をかけたが、返事がなかった。
何故、返事がないのか。こんなに狭いクルーザーなのに。
その時、コックの台詞を思い出した。ひと泳ぎすると言っていたではないか。
俺は周りを見渡した。
広大な海原。透きとおった深い青。ところどころ、小さな飛沫が白く弾ける。空は明るく、太陽が眩しい。まるで此処には自分ひとりしかいないんじゃないかと思うくらい、海が広い。
しばらく待ったがコックは浮かんでこない。
もう一度、呼んだ。
「コック!」
やはり返事がなかった。
腹に溜まったビールがやけに重く感じる。そしてひんやり冷たい。一気飲みなどしなければよかった。

俺は操縦室にいき、パネルで現在地を確認した。大丈夫だ。船は流されていない。計器に狂いがなければ、停泊状況には何も問題なかった。現在地をメモリーに残し、またデッキに戻った。
30分。いや、1時間以上経っているか。うとうとしていたので時間は定かでない。
もう一度、四方の海を見渡し、俺が海に飛び込もうとする寸前、
「呼んだか?」
水面から、黄色いブイのようなものが、ぷかりと浮かんだ。
「…てめぇは、河童か?」


俺は船に戻ったコックの頭を1発ぶん殴った。
「なにしやがんだ!」、そう怒鳴って俺に放たれた蹴りを腕で弾く。
「クソ生意気なことすんじゃねぇ!いきなり人をブッ叩いたくせに。おとなしく蹴られてろ!」、また喚き蹴ろうとする男を、頭からデッキの床に叩きつけた。
「…何か怒ってんのか?」
甲板にごろりと転がったまま、何も言わない俺にコックが独り言をいいはじめた。
「ちっとばかり長く潜り過ぎてた?前に、俺は水陸両用だって説明したよな?いや、びっくりするくれぇ海の中ってキレイでさ。あんな世界があったんだな。すごかったぞ。底からみると海面がきらきら輝いて、海草の周りにゃ魚が泳いでた。てめぇも潜ってみろよ。本当にすげぇぞ」
俺がいつまでも返事をしないでいると、
「…なァ、なんか言えってば」
チッと舌打ちして、身体を起こすと、おもむろに濡れた髪をぶるぶる振るわせた。
だから、それをすると俺に飛沫が飛ぶだろう。なんてアホなんだ。
調子にのって焼きすぎたか、肩が少しばかりひりひりした。放っておいたら少し赤くなって、それを見たコックが夜に薬を塗った。頼みもしないのにだ。
アホだ。コックだけでなく、キンキンの太陽も、馬鹿みたいに真っ青な空も海も、むかつくくらいアホだ。

帰りの機内で、コックは大きな窓から海を見ていた。
よほど海が気に入ったのか、白い雲に隠れ見えなくなるまでずっと目で追っていた。口にこそしないが、態度で丸わかりだ。
それから俺はコックと海に行っていない。
意地悪とか、もちろん嫌がらせでもなく、俺は何かと忙しいのだ。繰り返し念を押すが、断じて悪意ではない。






俺の結婚生活は1ヶ月で終わった。
正確には、婚姻証明書をデータで送っただけで、既成事実などなにもないままピリオドが打たれた。
「結婚できる状況でないのに、申し訳なかった」、女から頭を下げられ、俺はそれに承諾した。双方の両親にはいろいろ言われたが、とっとと手続して婚姻関係を解除してしまった。今時はさして珍しくもない話である。


その年の11月。今日で俺は20歳になった。
例年の如く、コックはケーキを用意した。ちゃんと説明したから歌はなかったが、ケーキにはまた『ZOROCO』と書かれた。
そして去年と同じように、ふたりで絨毯に座って俺はプレゼントを開けた。
ひとつひとつ。リボンを解いて中を確認して、それをコックは興味深そうに見ている。こんなプレゼントを開けてどこが楽しいのか、俺にはまったくわからない。

全部開け終わって、何気にコックを見ると目が合ってしまった。
青い眼でじっと俺を見て、そして、また頬にキスをされた。どうやら、これをコックは俺へのバースディプレゼントに決めたようだ。
だがそれをされると頬がむずむずする。
そう、ならばちょっとだけ顔をずらせばいいだろう。

「へ?」
眼を大きく見開き、コックがまぬけな声を出した。
唇を少し離して、
「どっちかってぇと、こっちの方が正式なんじゃねぇのか?」
何が正式かと問われると返事に窮するが、とりあえず俺がそう言うと、
「そういうモンか?」
コックが2回瞬きして、
「そっか。誕生日だしな」
そして、また唇を合わせた。困ったことに、今度は唇がくすぐったい。

「…おい。フツーは目ぐれぇ閉じんだろ?」
「…てめぇだって開けたままじゃねぇか」
「…俺の誕生日だぞ」
少しムッとした表情をして、金色の睫がピクリと動いた。ゆっくりと、目の前で青い瞳が目蓋に閉ざされていく。それを確認して、俺も静かに目を閉じた。










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2008/1.22