PRESENT 6








「俺が?」
不思議そうな顔をしたコックをみて、エースがニッと笑った。
「アンタの飯が食べてみたくなった。すげぇ旨いって、コイツがあまりにも自慢するからさ。なァ、うちに来いよ」
ちょっと待て。俺はそこまで言ってない。コックの取り柄は料理だけ、そう説明しただけだ。しかもなんだ、その顔は。もしかすると喜んでるのだろうか。そんなヘンな表情を見ると、俺まで複雑な気分になるではないか。





コックがスコーンとやらを焼き上げ、エースが両手でむしゃむしゃ食って、何故か俺も負けじと食ってしまった。最後の1個に俺は勝利して、また紅茶を飲んで一息つくとエースが話を切り出した。

「主に俺の夕食と朝食の用意。場所は俺のマンションだ。時間は今現在から11月2日の午前11時まで。その時間帯に於けるお前の権利をRORONOA.ZORO.COから譲り受けた。ここまでで何か疑問点や質問はあるか?」
簡単で明確な説明の最後をそう締め括った。
あんな未開の地で暮らしていたくせに、エースは俺よりもロボットの扱いがうまい。
少し眉を顰めたコックは小さく舌打ちすると、
「少しだけ時間を調整しろ。お前に権利が譲渡される時刻は今から20分後だ」
そう言うなり返事も待たず、足早にまたキッチンへと向かった。
「あれ?なんかしくじった?」
思ったより気が強いと、エースが面白そうに笑う。
そんな命令くらいでアレが簡単に扱えるなら苦労しない。ロボット3原則が半分しか適用されていない奴に、俺が今まで何回蹴られたか教えてやりたいくらいだ。


19分後、コックはキッチンから出てくるなり、
「メインは保温してあるから夜になったら食え。サラダはコールドに入ってる。残さずにちゃんと食うんだぞ。それに部屋はあまり散らかすな。俺の仕事を増やすな」
そう言い残し、きっちりと20分後にはスーツを着てエースとともに部屋を出て行った。



俺は自分だけの時間が出来た。
好きなだけトレーニングしても文句いう奴はいない。たまには外で酒を飲んで、女を買いにいくのもいいだろう。
だが、まずは刀だ。
俺はリビングでまた箱を広げた。リアルな重感と光沢。しっくりと、妙に手に馴染むのは何故か。俺は気が済むまで刀を検分した。
そして居合をして、身体を動かしたら急に眠気が襲ってきた。腹に溜まったスコーンの所為かもしれない。ヘンな競争心など出さねばよかったと、俺は腹ごなしにごろりと横になった。

ちょっと居眠りするつもりだった。なのに、目が覚めたら外はすっかり暗くなっていて、しかも夜半に近い。
何で起こさないんだ。文句を言おうとコックを呼びつけたけど返事がない。静まり返った広い部屋には誰の気配もなく、微かに設備から生じた機械音がするだけだった。
「…クソが」、そう独り言をいい、頭をぼりぼり掻きながら、風呂に入って汗を流し、キッチンに用意された飯を食ったが、ひとりで食う飯は味気なかった。
酒を手に、リビングのソファーに腰を降ろした。
煩いコックがいないことを幸いに、ストックルームから俺は適当に酒を選んだ。
奴は俺の飲む酒にまで口を出す。
この料理にはこのワインがいいだの、この酒を飲むならこのつまみがいいだの、とにかく細かい。酒などアルコールさえ入っていればどうでもいいではないか。
あまりにも部屋が静かなので、俺は3Dのリモコンに手を伸ばした。
適当にスイッチを押していると、大画面に映し出されたのはアダルト映像だった。
金髪の女が大声で「OH!OH!COOL!!」と喘いでいる。
そこで女を買いにいくつもりだったのを思い出したが、面倒になったのでやめた。もう風呂に入ったし、飯も食った。今更出かけるのは非常に億劫だった。
金髪女は胸がでかく、ケツもでかく、だが細いウエストでそしてセクシーで声が大きい。これで1発抜くのも悪くないと思っていたら、奇妙な既視感にとらわれた。何かに見覚えがある。
まじまじと画面を見て、ようやくそれが女の髪だと気づいた。
シーツにさらさらと散らばる金色の髪。長さこそ違えど、あのコックに色と感じがよく似ている。前に銃撃をうけた時、地面に倒れたあの男の髪に似ていた。
掌に蘇った髪の感触、重みとぬくもり。握り潰すようにぎゅっと手を閉じたがそれは消えない。

酒を口に含み、口端から零れたものを腕で拭い、リビングの隅に置かれた刀を見て、そしてまた酒を飲んで画面を消してから俺はコールした。
1回、2回、3回、4回、10回呼んでもエースはコールに応えない。おそらくオフモードにしてあるのだろう。ああみえて、昔から抜け目のない奴だ。
次に、コックにコールした。
3回目の呼びかけで、「何だ?」とヤツが出た。声を顰め、そして少しかすれ声だった。
「面倒なことになった」
俺がそれだけいうと、
「わかった。すぐに帰る」
すぐに切れた。

そのまま風呂場に行った。シャワーの根元部分、繋ぎ目に全神経を集中して俺は刀を3回振り下ろした。盛大な飛沫と共に湯気がもうもうと沸きあがり、あっという間に風呂中水浸し、それはそれは大惨事だ。
試し斬りにしては上出来だろう。
面倒な事態に間違いはない。だから嘘じゃない。
リビングに戻り、ゆったりとソファーに座った。これで落ち着いて酒が楽しめるはずだ。



予想よりも早く、コックが戻ってきた。
珍しく息を切らしているところをみると、かなり急いで帰ってきたのだろう。
「どうした?何があったんだ?」
俺を見て、そして部屋を見渡し、「風呂場が大変なことになった」、そう教えると、
「なんじゃあ、こりゃーー!」
風呂から怒鳴り声が聞こえた。
「なんでこんなことに…。つうか、俺を呼ぶ前にメンテナンスに連絡しろ!アホかあああ!!!」





10数分後、全身ずぶ濡れになった男が、
「とりあえず応急処置しといたが、部品がないから手におえねぇ…。明日、朝になったらメンテナンスを呼ぶ。しかし、てめぇはどんな風呂の入り方したんだ?」
あんな壊れ方するのは信じらんねぇ。いい年して風呂も満足に入れないのかと抜かしたが、寛大な俺はそんなことで怒りはしない。
「そんなびしょびしょの身体で出てくんな。床が濡れる。そのままお前も風呂に入っちまえ」
たまには俺が洗ってやる。そんな優しい言葉が出るくらい、実をいえば俺は心が広い。


まだ白い湯気が立ち込める風呂場で、俺はコックを洗った。大理石の縁に腰掛け、いつも自分がしてもらってるのと同じようにコックの髪を洗う。
「…いくらなんでも付けすぎだ、バカ」
「うるせぇな。洗ってもらってるくせに文句いうな」
「頼んでねぇ」
「いいから下を向いてろ。シャワーをかけるぞ」
頭の天辺から壊れたシャワーで髪を流す。濡れたからだろうか。金色の髪が色を変え、少し黄色味が濃くなった気がするのは。こうしてみると、あの女の髪に全然似ていない。
髪を洗い終えると、突然コックがぶるぶる頭を大きく振った。その飛沫が背後にいる俺にも降りかかり、
「うを!てめぇは犬かっ!」
思わず怒鳴ると、
「うっせ!こうした方が気持ちいいんだ!」
そう怒鳴り返したコックの濡れた毛先が、少しだけくるりと丸まった。一緒に暮らして3年にもなるのに、いろいろと新しい発見があるものだ。いや。もしかすると、今まで何も見ていなかっただけかもしれないが。

そして心優しい俺は身体も洗ってやった。だけどまたまたソープをつけすぎたか、今度は全身あわあわあわでまるで白い羊のようだ。
「ほら、前を向け」
「アホ。前くれぇ自分で洗える」
そう応えたコックの股間にブツがちらりと見えた。色が白いからか、そこまで色素が薄くて妙にリアルだ。そして体毛が少なく、金色の陰毛が申し訳なさそうにぽやぽやと生えていた。
「何だよ?」
俺の視線に気づいたコックが不思議そうに振り返った。
「お前のソレって使えるのか?」
コイツがセクサロイドなのは知っている。データにもちゃんとそう書いてあった。だが、俺の口から素直な疑問がでた。余計なことに、エースのことまで思い出してしまった。
コレか?と、コックは自分の股間に視線を落とし、
「勃つのかってことか?使ったことなかったしよ、自分でも自信はなかったが」
さっきは…。そう言いかけた男の顔面に間違ってシャワーをかけてしまった。どうやら手が滑ったらしい。もう一度いうが、本当に手が滑っただけだ。別にその先が聞きたくなかったわけではない。
「…何しやが…」
「ああ、悪ぃ。シャワーがぶっ壊れてるからな。じゃ、前はてめぇで洗え。俺は背中を洗ってやっから」
ごしごしと、白く筋肉質の背中を洗うと、
「……てめぇって」
「何だ?」

「…ヘタクソ」

そういって、小さく笑った。
初めてなんだから仕方ないだろう。誰だって最初は初めてだ。洗ってもらってるくせに、他人の好意に対して失礼だと文句を言いたいところだが、広い心を持つ俺はそれを口にしない。
ごしごしごしごし、心と力を込めて洗ってやる。

「ホントに下手だ…。いつもしてもらってることが、なんで出来ねぇかね…。すっげ、痛てぇ…」

よく見ると皮膚の表面が赤い。ひりひり痛いのか、いつまでも文句をいっていたが、ここまですれば汚れも落ちた筈である。





翌日。さっそくエースからコールがあった。
「…お前。何で、あのタイミングでコールする?まさか覗いてたのか?よもやなんか仕込んでたんじゃねぇだろうな。ったく…」
「誰がそんなことするか。だが見られて困るようなことを人のロボットにすんじゃねぇ。それに嫌がらせじゃねぇぞ。『面倒なことになった』と連絡しただけだ。文句ならコックに言え」
「契約は不履行だ。仕切り直ししてもらっていいんだろうな」
「残念ながらコックは明日からメンテナンスだ。報酬は別なものにチェンジしろ。だがコックの晩飯食ったんなら残りは半分だ」
「じゃ、残りは深夜から朝食までだな」
「だから、メンテしなきゃなんねぇんだ」
「いつ終わる?」
「残金を提示しろ」
「いや、奴でいい」
まったくしつこい男だ。なかなか簡単に引き下がろうとしない。
「なんでそんなに奴に執着する?あんなロボットなら何処にでも転がってるだろうが」
すると、エースが笑った。
「お前、気づいてないのか?」
何を?
問いかけようとしたところで、部屋にコックが入ってきて、
「出社の時間だ。今日の会議に遅れるわけにはいかねぇ。早く用意しろ」
そういって、俺にスーツを差し出した。いちいち出社のために着替えるのは大変面倒だけど、こういうことにもコックは煩い。
まだコール中の俺に向かって、「早くしろ」と催促する。2回無視すると蹴りが飛んでくる。もう奴の蹴りは避けることが出来るくらい俺は成長したが、エースとのコールが面倒になったので「また連絡する」と伝えて切った。
いや。もしかすると、俺は連絡を忘れるかもしれない。忘れっぽいわけではなく、毎日何かと忙しいのだ。だから、忘れないうちに適当な額をエースの口座に振り込んでおこうと考えた。少し多目に入れておけばいいだろう。
また何かいってくるかもしれないが、その時はその時である。
コックは自分が明日からメンテナンスに入るので、その前にいろいろ段取りすることがあって忙しいようだ。
そのメンテナンスだが、俺は今回初めて奴のカスタマイズをしようとしていた。





その3日後。メンテから戻ってきたコックの顎に、しょぼい髭が生えていた。
金色の髭がちんまりまばらに顎に生えている。それを奴はいたく気に入ったようだ。
「なんか男らしいよな?カッコイクね?だけどもうちっとあってもよくねぇか?」
それでも鏡を見ながら、撫でては軽く摘んだりしてコックはいたくご機嫌だが、俺は少し不満が残った。
「コールマン髭とかあんだろ?あーいうの付けてくれ。なんなら髭で三つ編みできるくらい長いのでもいい」
そう希望したのに、担当者から、
「なにぶんにも設定が19でございますので、あまり立派なものは如何かと技術から話が持ち上がりまして…。それでもお客様からのご要望を第一にと考えておりますが、いかんせん設定が19でして…。いくらなんでも三つ編みやコールマン髭は彼の風貌を損ねるのではないかと…」
非常に歯切れの悪い言い訳をされた。ようするに、しょぼ髭で我慢しろということらしい。もともと中性的な顔立ちだったが、髭が生えたことで今までよりも男らしくなったのは確かであり、今回はこれで手を打つしかないだろう。ないよりはマシだ。

「代わりと申してはなんですが、体毛を若干増量しました」
つるつるだった両足に脛毛が生えた。

そしてもうひとつ。
「眉毛にも手を加えてくれ。よく年寄りで眉にぼうぼう長い毛が生えてんのがあんだろ?あんなんとか、またはぐるぐる巻きでもかまわねぇ」
それを伝えたときも担当はかなり困った表情だったが、これは希望どおりになった。
「…お客様。今回はご指定通りとさせていただきましたが、出来ましたらあまり外見は弄らない方がよろしいかと…。決してお安くない商品でございますし、あまり奇抜なモノを付けるのは正直申してお薦めできません…。彼を丹精こめて製作した技術者が嘆いております…」
もうあまり弄ることは出来ないかもしれないが、その出来栄えに俺は満足だ。
そして、肝心の奴はといえば、
「…なんだ、こりゃ?何で眉毛が巻いてんだ?」
巷で流行ってんのか?見たことないが。そう首を傾げていたが、
「でもレディはくるくる可愛いの好きだしな。よく見りゃキュートだ。これで受付のカンナちゃんがますます俺に惚れたりして」
最後はケケケと喜んでいた。
ちなみに、奴が言うカンナちゃんとは俺の会社の受付嬢だ。そして、彼女がコックに惚れているなど聞いたことがない。この男はかなりの女好きで、とかく女のことになると現実と妄想の区別がつかないのは知っている。
ぐるぐる巻いたヘンな眉。
鏡の前で喜ぶコックを見て、こいつが馬鹿でよかった、アホに磨きがかかってようやく外見と中身が一致した、それなりに似合うもんだと俺も満足だった。
これならヘンな気を起こす奴もいないだろう。俺の脳裏を一瞬だけエースの顔が過ぎった。





その数日後は俺の19回目の誕生日だった。
食卓には好物が並べられ、食事の後はまた恒例のバースデイケーキと歌だ。ケーキはともかく、歌だけは何回聞かされても慣れない。別に下手というわけではないが、どうにも居た堪れない。あまりにも恥ずかしくて精神的に受けるダメージがでかいのである。
これだけは後日きちんと説明して正式に辞退した方がよさそうだ。

そして、奴がプレゼントを抱えてきた。
これまた恒例の、親父やおふくろ、じいさんばあさん、その他もろもろ。おまけに執事が贈ってくれたものもある。
「開けないのか?」
奴が訊ねた。
どうせ見なくとも中身は想像がつく。毎年毎年、贈ってくれるものにあまり変化がない。例えば、経済の本や花束は親父やおふくろ。それとか最新の健康グッズ。これはじいさんからだ。少し怪しげな健康飲料。これはばあさんから。いずれも俺より自分に必要なものばかりだ。いや、自分が一番興味あるものだからプレゼントしてくれるのかもしれない。
そして、腹巻。これは執事だ。
俺は子供の頃、ごくごく小さい頃の話だが腹が少しだけ弱かった。すぐに下痢をした。
「温めるとよいのですよ、坊ちゃま。私の生まれ育ったところでは、寝冷えして腹を冷やさないように『腹巻』というものをするのです。坊ちゃまのために用意しましたから、これでお腹を温めましょうね」
そういって、俺に似合う色だからと緑色の腹巻を用意した。
それのおかげか、または一時的なものだったのかはわからないが、腹は確かに丈夫になった。
繰り返すが、かなり幼少の頃の話である。
なのに執事は、「またお腹を壊したらどうするのです?さあ、ちゃんと腹巻をしないと」そういって、いまだに俺に緑色の腹巻をさせようとするのだ。毎年毎年、数枚の手編みの腹巻を贈られて、俺のクローゼットの一角は腹巻だらけだ。
だがたとえ善意とはいえ、善いことばかりではない。
あまり大っぴらに出来ない話だが。実をいえば、冬の夜はこれが手放せない身体になってしまった。
「冬は腹巻をちゃんとしないとお腹を壊しますよ。いいですか、お坊ちゃま。ピーですよ。ピーピー」
ピーピーピーと、子供の頃から呪文の如く刷りこまれ、しないと本当に腹を壊すような錯覚に陥ってしまう。湿度気温ともに家全体の空調は整っていて、夏も冬もないにもかかわらず勧める。
「冬の夜は特に冷えますから、忘れずに腹巻しましょうね。ピーになったら大変ですから」
逆らって外すと、朝から腹が痛いような気がする。神経性のものではないかと疑っているが、それが気になっていまだに冬場だけは外せない。
しかもだ、それをコックに気づかれてしまった。
「何だ、これ?帽子?」
最初は不思議そうに見ていただけだが、いつしかその用途を知ると、
「腹巻しねぇのか、腹巻。無理すると腹壊すぞ。そっかァ、ゾロコちゃんは腹が弱かったんだな。俺も食事に気を付けてやんねぇと」
ニヤニヤ笑い、夏冬問わずに俺に腹巻をすすめる。

需要はあるが、あまり嬉しくないプレゼントなのは確かだ。
そんなプレゼントの箱に興味があるのか、コックは「なァ、開けてみろよ」と何度もしつこい。
今日で奴と同い年になったわけだが、こういうところを見ると妙に子供っぽいところがあると知った。
絨毯の上におかれたプレゼントの山。
二人座り込んで、俺はリボンを解いた。
予想通り、いや予想を覆すプレゼントもあった。
ばあさんが贈ってくれたのは手作りの酒らしきものだった。おそらく酒と思われる液体の中に、蛇に似て非なるものの死体が漬け込まれていた。
禍々しい色と形状。両生類のような小さな手。どこぞの実験室に置いてあるホルマリン漬のようだ。
『非常に貴重なアシガラ属フンデタンタロ山椒魚を漬けこんだものです。お前の健康を願って贈ります。どうか健やかなる1年を。お誕生日おめでとう』
メッセージカードにはそう書かれてあった。

「…これを飲めと?」
「…かなり強烈だな…。だがせっかくの気持ちを踏みにじっちゃなんねぇ。食前酒に出してやるから」
「おいっ!余計なことすんな!」
アルコールが入っていれば何でもいいというわけではないようだ。


ひとつひとつ、リボンを解く俺の手をコックが見ている。
腹巻でお約束のように大笑いするコックを尻目に、すべての箱を開け終えてから俺は訊ねた。

「お前のは?」

青い眼を大きく見開き、不思議そうな表情で少し首を傾げて呟いた。

「俺?」

俺が頷く。別に深い意味があったわけじゃない。半分は嫌がらせみたいなもんだ。
だが、コックは予想外の行動に出た。
最初は自分の両手を開きじっと見て、チラッとキッチンに視線を向け、そして俺の頬に唇で触れた。

「は?」
「…いや。やるモンねぇし…」

だからといって、フツーは野郎の頬にキスなんかしないと思うのだが。
いったいどこでそんな行為を覚えたんだか、思い当たる節があるだけ妙に複雑な気分である。
コックの触れた部分がむずむずする。
こそばゆいような感じに、俺は頬をぽりぽり掻いたらそこだけ少し赤くなった。










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2008/1.11