PRESENT 5








胸と腹に2発。ぽっかりと穴が開いてしまった身体に必要なのは、やはり人間の医者でなくメーカーのメンテナンスだった。

「傷そのものには問題ございません。このタイプは自動修復機能も備わっておりますので。ただ問題があるとすれば」
内蔵されている核にあたる部分の、ごく小さな箇所が損傷してしまった。
これが量産品なら問題はなかった。その部分をただ交換すればいいだけで、だが、あれはああ見えてかなり精密に出来ているらしい。
その核とやらはただのパーツでもデータでもなく、熟練した技術者による造形物で、よくわからないがとてもとてもデリケートな部分なので、微調整を兼ねてこれからは年に1度メンテナンスが必要であると担当者が説明した。
問題はそれだけではなかった。

「こちらをお薦めした立場としては大変申し上げにくいのですが…」
そのメンテ料金が高かった。そこに高額な稀少金属が含まれているからだ。
メンテ1回の料金で量産品のロボットなら2体、2回すれば4体は買えるくらいの価格だ。くどいが、3〜4回のメンテナンスで、ショールームに並ぶ最高級のアンドロイドを買ってもお釣りがくるのだ。

「新しい物を購入するならばあれは下取りしてもらえるんだろうね?」
一緒に説明を聞いていた親父が訊ねた。
「もちろんでございます。それなりの額で下取りさせていただきます。限定品ですので、多少問題はあったとしても購入者はすぐに見つかるでしょう」
担当が胸を張って答えた。それを聞いた俺は、
「あれがか?」
思わず口についてしまった。あんなのにまた買い手がつくのかと、心の底から不思議に思ったからだ。そんな俺の疑問に担当者が答えてくれた。
「お使いになられてもうすぐ2年になりますが、如何でしたか?」
如何も何も、あれは立派な欠陥ロボットだろうと返事しようとしたら、
「ロボットらしくございませんでしたでしょう?」
そう俺に問いかけた。
「性格といい身体といい、人間と何も遜色ない、どうみても人間のような。そう思ったことはございませんか?」
食事をしない、赤い血が流れていないのが不思議だと思ったことはないか。そして、
「だからこそ限定品なのです。他の高級ロボットもほぼ人間と変わりないとはいえ、あそこまで人間臭くはありません。そういうコンセプトに基づきあの作品は生み出されました。実験的なものではございますが、当社の最新技術を駆使した最高傑作であると自負しております」
担当は説明した。

「どうする?あれはお前の会社名義だ。下取りするもメンテするもお前の好きにしたらいい」
そう俺に訊いたあと、親父が担当にいった。
「だが、新品にするなら値引きからさらに2割引。メンテ料は5割引にしたまえ」

しつこいようだが、金持ちがケチというのは本当の話だ。
そんな親父をもって、俺は頼もしくもあり、また恥ずかしくもある。そして二時間に渡る交渉の結果、向こう5年間はメンテ料3割5分引で話がついた。まさに時は金なりだ。
こんな話をコックが聞いたらどう思うか、それを想像して俺は少し笑ってしまった。
自分が値切られたことに眼を三角にして怒鳴るか、または親父と一緒になって値を叩くかどちらかだが、おそらく後者だと俺は思う。
俺からすればどう見ても欠陥ロボットだが、飯だけはまともなのがせめてもの救いだ。
最後、親父が別れるときに、
「アレにして良かった、お前が無事で何よりだ」
視線も合わせず、まるで独り言みたいな低い声だった。俺はといえば、何故か返事ができないで、親父に背を向けまま黙ってその場から立ち去った。
メンテは3日間で終わる予定である。それくらいなら俺も会社も問題ないだろう。
阿呆だが、近頃はあんなのでもいないと困ることが多い。私生活はもちろんんのとこ、社内で謀反を企む者の処分や事後処理もしなければならない。考えるだけで頭が重くなる、実に面倒な話である。





その翌月、俺は18歳の誕生日をまた奴と二人で過ごした。これで3回目だ。毎年毎年同じ祝われ方で心底うんざりだが、さすがに俺も少しは慣れたのか、その年初めて奴のケーキを食った。正確には自分のバースデイケーキだ。
旨いといっても差し支えない味だったが、それを口にする予定はない。
そしてその翌々日、剣道の稽古が突然休みになった。すぐに連絡があったらしく、不在だった俺は奴から話を聞かされた。
不幸があったからだ。
剣道仲間のひとりが、階段から落ちるという不慮の事故で突然亡くなったという連絡だった。
名は『くいな』という。師範の娘である。
自分たちの中で一番強く、俺がずっと目標としていた剣士だった。
それを聞かされてからというもの、腹の奥がまるで胸やけしたかのような、じりじりじりじり鈍い痛みを放ったままになっている。



葬儀のあった晩のことだ。
背中を洗った後、コックが俺の頭を洗った。奴は機械は使わずにいつも手洗いだ。その晩は何故か大量の泡で洗って、俺の頭は巨大なアフロになって少し間抜けな状況になってしまった。
そしてそれを洗い流す時間が、これがいつにもまして長かった。
ざあざあざあざあ、いつまでもシャワーを流しながら、
「ちゃんと眼ぇ瞑ってろ。シャンプーが眼に入っちまう」
バスの淵に腰掛け、俺の頭を洗いながら奴が話しかける。
温かな湯が頬を伝い、耳から鼻から顎から滝のように落ちていくのを感じながら、俺は俯いたままずっと黙っていた。
「いくらなんでも泡をつけすぎたか?さっきマリモヘッドになっちまって、アホみてぇに巨大でさ、あ、失敗した、記録しときゃよかったかもな」
そういっては、何が可笑しいのかコックがアハハと笑った。
本当にバカな男だ。いくらなんでもつけ過ぎなんだと、てめぇはいまだにロクにシャンプーもできねぇえのかと文句言ってやりたかったが、頭から降り注ぐシャワーの湯が心地よかったので俺は勘弁してやった。
実はもうひとつ理由がある。黙っていたのはシャンプーがちょっと沁みたからだ。いわれた通り、ちゃんと眼を閉じていればよかったかもしれない。





翌年3月。俺は剣道トーナメントで優勝した。
その日は珍しく親父やおふくろまで来て、余計なことに実家の執事までついて来て、優勝の瞬間には人目もはばからずにおいおい泣いたという。
思春期の頃マスの掻き方を教えてくれようとしたり、便所までついてくることもあったが、人に喜んでもらえるのもそう悪くないかもしれない。
皆に囲まれ、祝福されながら俺は少しだけくいなのことを想った。奴が生きていたら優勝できただろうか。

同じ年の5月。俺はまた奴と喧嘩した。
俺たちの喧嘩はほぼ日常だ。恒例行事のようなものだが、今回は仕事上のことだった。
奴の長くてくどい説明に、ちょっとだけ上の空で返事したら、書類の角でおもいっきり俺の頭を叩いた。厚さ5pはあろうかと思われる書類のファイルだ。
「痛てぇぞポンコツ」
文句を云う俺に、
「眼が覚めたかボンクラ」
奴がにらみ返してきた。
「寝てねぇ」
「嘘こけ」
そして最後は、
「おい」顎でトレーニングルームの方を指し、
「ケッ、上等じゃねぇか」
そのまま勝負になった。
結果は5分5分だ。いや、どちかかといえば64。見方によっては73くらいの割合で蹴りを食らったような気がしないでもないが、
「お?」と、不思議そうな表情で俺の拳をよけ、
「つっ…、てめ、いつの間に…」、たまに当たることもあったり、
「俺の食いモンがいいから?ちっと育てすぎちまったか?」
痛烈な蹴りを放ちながら見当はずれなことまで抜かし、結果的にはまた俺は負けてしまったけれど、でも絶対にこっちが押していた筈だ。
少し忌々し気に、、
「成長期っちゃあなどれねぇもんだ…」
そう低く呟いていた。その時、また当たり前の事実に改めて気づいた。俺はこれからも成長するが、奴は成長しないのである。
俺は今年19歳だ。





11月に入ってすぐのことだ。
父方の遠縁にあたる奴からコールが入った。
ポートガス・D・エース。
ガキん頃、俺の家に遊びに来ても泣かないどころか、逆に過激な攻撃まで仕掛けてきた兄弟の兄ちゃんのほうだ。
弟はモンキー・D・ルフィ。
異母兄弟だがふたりは仲が良く、一人っ子の俺は少しだけ羨ましかったのを覚えている。
もうちょっと近くに住んでいればもっと行き来できたとおもうが、残念ながら彼らは遠方に住んでいた。遠方というより、正確には辺境といったほうがいいかもしれない。
辺境にある惑星の、そのまた未開の地に兄弟で住んでいた。この兄弟の祖父は政府の役人だ。で、父はずっと行方不明で実は反政府軍のリーダーらしい。でもって、子供たちは未開の地で得体の知れない動物に囲まれてと、まったくもって訳がわからない家族である。
たくましく育て。という祖父の願いにより、この兄弟は人里離れた場所で育ち、数年に1度くらい帰ってきては俺んちにもやってきた。
あまり文明から離れていると、先祖がえりするからだろう。別に毛深いわけではないが、動物じみた勘と獣並の適応力、弟は猿よりもすばしっこい。
いつもどんな食事をしているのか、奴らが来ると実家のコックが、「お客様はどれくらい滞在なさるご予定でしょう?実は食料の調達が…」、そう頭を抱えていたのは知っている。

「見つかったぜ」
そうエースから連絡があった。
「実はある山中で埋蔵金が見つかってな。その中に入ってたようだ。こっそりと闇ルートに流れる前に俺が抑えといたから」
待つこと1時間。足踏みしたいのを堪えてじっとそれを待った。


綺麗だ。
流れるような線と白く輝く刃。力強く且つしなやかである。エースが持ってきてくれたのはある業物だった。
刀が欲しいと、前にこっそり依頼しておいたものだ。規制が厳しくて正規ルートじゃ手に入りにくいが、奴なら鼻が利くし裏ルートにも精通している。
我慢できずにエントランスでそれを広げていると、奥から声がかかった。
「客か?」
ああ。と俺が返事をすると、コックがエースをチラリと見た。
「アンタもそんなとこにいないで上がったらどうだ?お茶でもいれるから」
「や、お構いなく」、珍しく殊勝な返事だった。

「誰?」
「何が?」
「あの男」
コックだと教えると、ふうんと言ってリビングに向かった。


「いい香りだ」
エースが紅茶を一口飲んで感想を漏らした。あんな僻地で育ったくせに、というかコイツに違いがわかるのかと不思議に思っていると、コックが嬉しそうに笑った。
「だろ?滅多に手に入らねぇんだ、こりゃ。コイツには何を飲ませても同じだし、張り合いねぇと思ってたがそう言ってもらえて嬉しいぜ」
珍しく機嫌がいい。どうやらコックは紅茶が好きらしいと初めて知った。
「ずっと辺境の星に住んでてさ、またこっちに戻って飯を食ったらなんか人工的で嫌な味がしやがる。まァ、そんなに繊細な味覚は持ってねぇがな」
そりゃそうだろう。昔、温室に生えている観賞用の青いバナナでさえ1本残らず食い、たいがいのモノを生で食えるこの兄弟に繊細な味覚なぞあろうはずがない。池の鯉まで『踊り食いだ』と食おうとしたときは、さすがにコックが焼いてやったものだ。
『臭くて食えたモンじゃないと思うんですが、どうしてもと仰るもので…。お坊ちゃまは召し上がらないで下さいね。フツーの味覚をもった人間には無理ですから』、そういって、実家のコックは疲れた顔で溜息をついていた。奴らがくると厨房が戦場よりも忙しくなるらしい。


エースがコックと話をしている。
育ったところにどんな珍妙な動物や植物があったか。こんな変わった食い物もあると、そんなエースの話を興味深そうにコックが聞いている。
なぜか奇妙な感じだ。
何故そう思うのかと考えて、俺は気づいた。
ここには滅多に客がこない。親父やおふくろにも来るなといっておいたし、まして友人はもとから少ないからなおさらだ。
いつもコックと二人で、そんな空間にエースがいることに違和感を覚えたのかもしれない。

「スコーンでも食うか?ちょうどクロテッドクリームもあるし」
お茶を注ぎながらコックが訊いた。
「食いてぇのは山々だが、アンタの手を煩わせちまうだろ?」
気にしなくていいとエースが答えると、「アレは雑に作った方が旨いんだ。本当は俺よりゾロコちゃんが作ったほうが旨いのが出来る」、そう笑いながらキッチンへ向かった。

コックの姿が見えなくなったとたん、エースが俺に尋ねた。
「ゾロコって?」
「さあ?」
そして、
「いいモン持ってんじゃねぇか」
「あ?」
「アレ」
そういってチラリとキッチンに視線を向けたので、初めてコックの話かと気づいた。
「さすが金持ちはすげぇ。言われるまでロボットだとまったくわからなかったくらいだ。ありゃ高かったろ?」
「便器会社より高級らしい」
俺が答えると、
「便器会社ァ?何だ、それ?」
笑いながら、
「で、具合はどう?」
また俺に訊いたので「アホだ」と即答したらまた笑った。
「ちょっとぐれぇ抜けてる方が愛嬌ある。ロボットで完璧だと面白みもなんもねぇ。なんつうか、奴は中性的な感じだな。可愛いじゃねぇか。だけどお前はもっとノーマルなの選ぶと思ってたが」
「選んだのはおふくろだ。だけど充分可愛げねぇぞ。口は悪いし半端なく強ぇえし取り柄は料理しかねぇ」
エースがふうんと言ったまま紅茶を飲んだ。会話が少し途切れたので、俺もカップを手にすると、
「セクサロイド?」
エースが訊いてきた。ようするにセックスの対象となるかどうかだ。そう問われて俺は思い出した。
3年前、自分のロボットがきたら風呂や飯をふっ飛ばしてもヤりまくろうと考えていたことを。今だって枯れてるわけじゃないが、16の頃はもっと本能で性的なモノ飢えていたと思う。
親父やおふくろの思惑通りなのか、奴にコントロールされてるとは考えたくもないが、それをかなり運動で昇華されてしまった、というか誤魔化されてしまった俺も俺だ。数ある欲望の中で、性欲と食欲ははたしてリンクしてるのか。片方が満たされるともう片方も補充されるのだろうか。
エースがちらりとキッチンに視線を送り、
「使ってんだろ?」
そう訊かれて、思わず奴の顔に紅茶を噴出してしまった。
「……お前ね、せっかくの紅茶がもったいないと思わないのか?」
まったくもってロクでもないことしか言わない。しかも気にするのは紅茶の心配だ。だが顔を汚してしまったのは事実なので、雑巾でも貸してやるかとコックを呼ぼうとすると、
「いいから呼ぶな。いない方が都合いいからさ」
そして俺に囁いた。
顔をひょいと近づけ、
「刀の代金として飯をご馳走してくれるか。晩飯と朝食、2食でいい」
そういってニヤリと笑った。鼻の上のそばかすがくしゃっとなって、妙に愛嬌がある顔だ。
食料に充分な予備はあるか、足りるか、それに泊まるつもりかと気になりつつ、
「別にいいが、それじゃお前が損すんじゃねぇか?」
問うと、
「それはかまわん。それよりも、コックごと貸してくれ」
意味ありげにニッと笑った。










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2007/12.24