PRESENT 4








奴はバカだ。が、親父のいうとおり有能だった。
紛うかたなく阿呆だけれど、家事全般を手早にこなし、そして俺の会社経営までアドバイス、いや、口を出してくるそれは的確だった。
会社というのは親父から譲り受け、ただお飾りのように俺が代表として登記した会社である。16で会社を経営するのは容易なことではない。俺に限っていうならばそれは不可能に近い。俺はまだ若く、知識も経験も信用も何もかもが足りなさ過ぎて、他の役員からは端から諦め半分で馬鹿にされ、どうせ1年も待たずに倒産するだろうと思われていたところを奴がカバーした。というか、あまりにしゃしゃり出てくるので副社長の地位を与え、あれに権限を与えたら、嘘みたいに業績が伸びた。
さすが、便器会社よりお高いだけはある。そこらへんの経営コンサルタントよりも確かに有能だが、それはロボットだからだ。
腹が立つくらいバカだが頭の回転は速く、とてつもない阿呆だが、それでもロボットだから使えるんだと思う。


「おいコック!飯はまだか!」
リビングから声をかけると、
「うるせぇ!もうすぐ出来るから待ってろ!俺に怒鳴るな!いきなり茶碗蒸しなんていいやがるから…。あ、ああち…、あちゃあちゃ…!!」
なにやら喚き声が聞こえた。
耐熱加工だから火傷なんかしないくせに、皮膚には温度を感知する機能がついている。人間と同じように、熱いものは熱く感じるように作られたロボット。そう頭では理解していても、これはロボットだからこうなんだと何度も確認しなければならないほど、行動や表情がひどく人間臭い。人相と口が悪いからだろうか。
それとこれの呼び名はコックになった。
サンジというコードネームがあるにはあるが、唯一の取り柄が料理しかないから、そう呼ぼうと俺が決めた。
「なんでコックだ?」
不思議そうな顔をしたけど俺は変えるつもりなどない。あんな阿呆の名前などどうでもいいことだし、だがあれが俺を敬い、そして御主人様と呼べばこっちも名前を呼んでやらないでもない。だからそれまでコックだ。



「ほら、出来たぞ。食え」
出来立ての料理を食いながら、
「おめぇの分はどうした?」
眼の前でただ座っている男に、うっかり訊いたことも1〜2度じゃなくて、未だ俺は馴染めないで入る。つい忘れてしまう。
「アホか、俺が食ってもエネルギー変換できねぇ。食いモンがもったいねぇだろ」
そういって、「もっと食うか?」と小さなお盆を出す。まるで自分の分まで俺に食えといわんばかりだ。
ロボットとはいえ水分を摂取することに問題はなくて、というよりも、保湿とエネルギー変換のためにある程度の水分は必要らしい。食物も少しなら処理は可能だが大量となると無理があるようだ。ようするに、味見程度なら問題ないが、普通の食事は必要がない。
ロボットのエネルギーには独自の充電方法がある。旧式のボタン電池のようなものを月に一度呑んで終わりだ。どうやってチャージされるのかわからないし、それ自体もそう安いものではないが、管理は自分でするし、気が抜けるほどお手軽な感じだ。


俺の食事が終わると緑茶を用意して、奴もまた席についた。胸から煙草を出し、プカプカ白い煙を吐き、
「半期の決算書が出来た。ちゃんと目を通しておけ」
そういって俺の前に書類を投げ寄こした。
旨い飯の後なのに、無粋なことをする男だ。そんなもんを見たら消化が悪くなるではないか。
後で眼を通すと、茶を飲みながら返事したら、
「今だ。後でといって、やったためしがねぇ」
「見るっていってんだろ。ぐだぐだ抜かすな」
「ダメだ今だ。後でも出来るなら今でもできんだろうが」
それはそれはしつこくて、黙っていると勝手に書類をひろげ、経常利益やらなんやらかんやら、顧客管理や様々な調査結果のシミュレーションまで事細かに説明しやがった。胃がもたれる話である。
誤解されないようにいっておくが、こうみえても俺は経営を学んだことがある。実践ではなく机上のものであるが、家庭教師の講義も半分以下しか聞いてなかったけれど、とりあえず知識らしきものはある。あることはあるが、実はかなり向いてなんじゃないかと思う。
少なくとも俺はまったく楽しくない。
楽しいものはジムでのトレーニングや空手や柔道だ。どれもほぼ日課ようにこなしているものではあるが、特に剣道が楽しくて仕方がない。
再び通い始めて約半年、ただがむしゃらにやってきたが、最近目標が出来た。何歳か年上の剣士だが、こいつがやけに強い。女だけど、これが実に手ごわくて、今まで一度も勝てたためしがないくらい、あの女は強かった。
だが、俺はいつか、絶対に勝てる。
空を斬り、音をも裂く一撃で竹刀を床に落とす奴の姿が眼に浮かぶようだ。俺ならばできる。虎の如くその喉笛を打ち破るにちがいない。それはきっと身体が震えるほどの快感だろう。

「何、笑ってやがんだ?薄気味悪ぃ…」
コックが蔑んだ眼で俺をみているのに気づいた。
うるさい。そういうのは見て見ぬふりするんだと、返事のかわりにパンチをくれたら、いとも簡単に掌で受け止められた。パシンと音まで軽いのが癪に障る
何処までも忌々しい男だ。
俺には目標がある。その為には身体を鍛えなければならない。力を蓄えるのに、いつもジムに行って筋トレしたり剣道をしたりと、俺は毎日が忙しいのである。
なのに、
「週末までにはその資料に全部眼を通しておけ。それと、会社をひとつ買収することにしたから、その資料も用意した。そっちは明日中だ」
テーブルに、俺の目の前に、書類の山を積み上げる。データで渡せばいいのに、わざわざ紙に焼いて読ませようとする。絶対に嫌がらせだと思う。
「わかった。明日の晩飯は鰹ののっけ盛だ。新鮮なのを用意しろ。薬味はたっぷりに限る」
俺が返事をすると、いきなり右足が飛んできた。
ガシッと片腕でそれを受け止めると、「お?」っと不思議そうな顔をして、そしてニヤリと笑った後、今度は強烈な膝蹴りをよこした。

「薬味たっぷりだな、わかった。極上の鰹を用意してやっから。書類を読みながら楽しみに待ってろ」

こんな風にいつも自分の思う通りにいかないから、だから人生ってやつは面白いんだろう。なんて、悟れるほど俺は老成していない。まだ17にもなっていないのだ。この野郎今に見てろと、床に蹲って、また心に固く誓った。



その年、俺の17歳の誕生日にまたケーキを用意した。
食後、何故かニヤニヤ笑いながら笑いながら奴がテーブルセッティングをする。また去年と同じようにバースデーソングを歌って、そして蝋燭を吹き消すように促された。
『ZOROCO』と白い文字で書かれた、チョコレートの小さなプレート。眩暈がするほど去年と変わりがない。
「…てめぇは…また…」
俺がケーキを睨むと、
「どうした?嫌いじゃねぇだろうが?」
誕生日をケーキで祝って何が悪い。俺は悪くない。当然だ。と、咥え煙草のまま返事した。
俺は実家の執事を思い出した。これじゃ思春期にマスターベーションのメリットデメリットを教えてくれようとした執事と変わりないではないか。望んでいないもの、頼んでもいないことは余計なことなのだと、何故理解してくれないのか。
口から深い溜息が漏れると、
「お前、タマついてんのか?そんな気が抜けたんじゃなく、もっと豪快に吹き消したらどうだ」
ケーキの向こうで奴が呆れ返った顔で呟くのをみて、俺はすうっと息を吐いた。そして吸って吸って、肺がぱんぱんになるほどいっぱい吸って、それを一気に開放して17本の蝋燭に吹きかけると、
「……て…め…この」
「これで満足か?男らしくて豪快だろ?」
まだ文句があんのかと奴に問うと、顔面を生クリームと蝋燭で飾った男が獣のように低く呻った。
「バッチイいいいいいい!汚ねぇえええええ!唾まで飛ばしやがったなああああああ!!!」
顔が腐る、そういってクロスでごしごしと顔を拭いた。

「あ、ここら辺にてめぇのバッチイ唾が付いてるけど、自分のだから問題ねぇよな?食えんだろ?」
表面が崩れたケーキの一部を指差し、その皿を俺に差し出した。
「…おい。後でツラを貸せ」
「腹ごなしの運動してぇのか?」
「うるせぇ。片付け終わったらトレーニングルームへ来い」

あえて結果は口にしたくないけど、去年と違って負けっぱなしじゃなかった。10発食らって、いや、18発くらいは蹴られたかもしれないが、俺の拳も数発当たって奴が苦しそうに呻いた。
去年ほど悪くない誕生日だった。






次の年、俺の持ち会社は3つに増えた。
小さい会社もあるが、新分野への取り組みを考慮した上での企業買収だった。

「あそこは手に入れといて損はねぇはずだ。きっと化けるぞ。こういうのなんつーんだっけ?濡れ手に粟?」
やっぱりバカだが先見の明はあった。
新技術の開発に成功して、その年の秋には一躍業界のトップに躍り出た。
今回の件で親父に珍しく褒められた。
わざわざコールしてきて、
「たいしたもんだ、アレに眼を付けるとは。利益を注ぎ込んで、このまま一気に伸し上がれ。勝負時だ、リスクを怖がるな。だが、こういう時だからこそ気をつけねばならんことがあるのを忘れるな」
大胆、且つ、細心に、とかいうやつだろう。
ここで話が終われば、親父もたまにはいいこというと、こっちも多少素直になれるものを、
「さすが便器会社より高かっただけのことはある。これで元は取れたかもしれん。な?俺の目に狂いはなかっただろう?」
そう云ったのを聞いた俺はコールをオフにした。
奴を選んだのはおふくろだと教えてくれたのは親父だ。ただ忘れただけか、もしくは自分に都合よく記憶が改竄されてしまうのか。無意識で悪意はなくとも、おそらく後者ではないかと俺は思っている。


その年の10月。季節感のない高層ビルの谷間に、少し冷たい秋風が吹きだした日のことだ。
役員会に出席するため、俺は奴と一緒に本社へと向かった。その車内で俺はずっと文句を言われ続けた。
「…ったく。時間ギリギリだ。てめぇが何時までもトレーニングなんかしてっから…」
「ふん。俺のスケジュール管理もてめぇの仕事だろうが」
「アホかっ!俺がストップかけてから終了まで30分もかかるからだ!!こののろまがっ!」
「お前の読みが甘いからだ!!そこまで計算しろ!!それがてめぇの仕事だ!無能め!」
「誰が無能だふざけんなああああ!!遅れたのは少しじゃねぇ!現実を省みろ!これ以上役員共に舐められたら決まるものも決まらねぇ!!こんなんで嫌味云われてたまるかっ!」
駐車スペースに入れる僅かな時間を惜しんで、奴はリニアカーを会社の前に止めた。

事というのは、偶然に起こらない。
物事には必然性があるのだ。ことに至るまでの流れ、選択というものが必ずといっていいほどあるのだ。そこに故意が含まれていればなおさらだ。
たとえば、俺は朝起きたらコックが用意した飯を食う。これはいつもの習慣だ。
「朝起きてすぐによく食えるな?」
不思議そうな顔をするが、余計なお世話である。
そしていつもならスポーツクラブに行くが、今日は講師の都合で予定が変更になった。ここでまず時間のずれが生じた。
時間に余裕ができた俺は、これさいわいとばかりに自宅でトレーニングを開始した。今日の朝、新しいトレーニングマシーンが届いたばかりである。背筋を鍛える最新型だ。
本来ならば、それは昨日届く予定のものだったが、配送ミスで今日になった。
で、ついやりすぎてしまった。
いつもならば奴が止めにはいる。
「いつまでやってるつもりだアホンダラ!身体だけじゃなく、ちっとは脳も鍛えろ!皺を増やせ!脳の腹筋しろ!」
怒鳴りながら蹴りを入れるのに、子会社から呼出食らったからか、奴の戻りが若干遅くなった。
会社を管理してるといっても、奴が会社で執務することは少ない。半分は在宅のまま、会社の管理と運営をしている。うちの中でもやることはあるし、といっても設備は整っているから掃除洗濯に時間をとられるわけではないが、俺の世話をするのがコックにとってメインの仕事だ。
その日は珍しく帰りが遅くなって、戻ったらまだ俺がトレーニング中だったのでますます役員会に出席するのが遅くなった。
汗臭い身体で出るわけにもいかず、風呂に入って着替えたら時間はギリギリもギリギリ、到着したとて車を移動する時間もない。
玄関前に車を止め、ビルに入ろうとしたら、奴がいきなり俺を車内に蹴り飛ばした。
この野郎と怒鳴るよりも早く、ひどくゆったりと動きで、まるでスローモーションように奴が地面に倒れた。たちの悪い冗談のようだ。

車の防弾ガラスに弾痕が残されている。
この大きさからすれば、そこそこの殺傷力はあるだろう。
弾が放たれた方角を見定め、俺は自分の銃の安全装置を解除した。ランチャーでもブッ放ってやりたい気分だが、これしか手元にないんじゃしょうがない。
1発。そしてもう1発、車に放たれた弾の角度に、俺は車外に飛び出て、合計で3発撃った。その内の1発が敵に命中した。自慢するわけではないが、俺の視力、動体視力は共に獣以上だとクラブのトレーナーに褒められたことがある。

俺が銃を放ったのは自分の会社に向けてだった。
獅子身中の虫とはこういうことを指すのだろうか。詳しいことは調べてからでないとはっきりとはいえないが、俺は若く、社長とは名ばかりのぼんぼんで、奴も若い上にロボットで、面倒な程問題は山積みだ。

地面に倒れたまま、意識を失った男を抱き上げた。
黒いスーツを突き破り、背後から2発撃ちこまれたものが胸と腹を貫通している。そのスーツの前をひらくと、白いシャツの中にぼっかりと大きな穴が2つあいていて、その中に見えた内臓は複雑そうな金属だった。
「おい?」
声をかけたが返事がない。
もう一度呼びかけ、ぐったりした頭部を手で支えながら抱き起こした。丸い形をした頭とやわらかい髪、自分のロボットなのに初めて触れる部分だ。金属の内臓と不釣合いにも頭部はほんのり温かくて、その重みと温さに掌が妙にこそばゆくなった。

銃声を聞きつけたのか、近辺がにわかにざわついてきた。
10月の風が、ビルの谷間を音を立てながら通り抜けていって、コックの軽そうな金髪をさらさらさらさら揺らし、何処から飛んできたのか黄色い枯葉がくるくると風に舞うのを、不思議な思いで俺は見つめた。










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2007/12.9