PRESENT 3
 








コードネーム、サンジ。
19歳設定。
金髪。眼はブルーグレー。
身長体重は知らんが、背は俺よりも少しだけ高いような気がする。
しかもニコチン中毒で性格は凶暴。いくら部屋に空気清浄機能がついているからと、いくら一度は了承したとはいえ、スパスパスパスパ吸いまくるのはどうだろう。黙ってれば一日中咥え煙草で、人として、いやロボットとしてあるまじき行動ではないのか。おまけにロボット3原則は半分しか適用されておらず、ロボットの分際で自分を俺様呼ばわり、あまつさえ主人に暴行を働くという、どこをどう見ても立派に欠陥ロボットだ。

翌日、俺はスポーツクラブに行った。
以前から定期的に通っている場所だ。今日、そこで自分の筋力を測定した。簡単な筋力測定ではなくプロ仕様のもので、測るだけで半日くらいはかかるが、その分だけ現在の状態がよくわかる。大切なのは現状把握と、そして目標を持つことだ。
「ロロノア様は元々とても優れた筋力をお持ちです。その潜在的な能力を最大限引き出すために、今回は特別メニューをご用意させていただきました。このメニューならば、約3年でご希望の数値まで上げることが可能でしょう。ハードトレーニングになるかと思われますが、お試しになられますか?」
トレーナーのメニューに承諾して、早速その日から俺は強化トレーニングを開始した。同時に、剣術や柔術などもこなす。これから何かと忙しくなりそうな気がする。



家に戻り、食堂に向かうとだんだんいい匂いがしてきた。
キッチンからひょいと金色の頭が飛び出て、
「戻ったか。風呂の用意ができてるぞ。先に入って温まってろ。これが終わったら背中を洗ってやる」
おたまで風呂場を指した。

昨日同様、湯は適温だ。
手足を伸ばし、ゆったりとバスタブに浮かんでいると、遅れてやってきた男が俺の頭を洗い始めた。ごしごしごしごし、心地よい力で地肌をマッサージしながら鼻歌を歌う。どうやら機嫌がいいようだ。ロボットに機嫌がいい悪いはへんな話であるが、この男だとなんの不思議も感じない。
「さあ、眼ぇ瞑ってろよ」
温かく、包み込むようなミストが頭から降り注ぐ。実家にいるメイドのような馬鹿丁寧な作業じゃないが、それが何故か気持ちいいくらいだ。
そしてボディドライヤーをセットし、
「着替えはここだ。服は自分で着とけ。俺はテーブルを整えちまうから」
そういって、また鼻歌まじりに浴室を出て行った。





夕飯は海獣や野菜のフライだった。
油ののった肉が、驚くほどサックリと揚がっている。野菜もこれが野菜かと思うほど甘くて、何といっていいか味覚を上手く表現できないけど、とにかく美味い。
実家のコックより腕はずっと上かもしれないと思った。これがこの男の唯一の取り柄だろうが、だからと俺は褒めたりしない。喜ばすのが癪に触るからだ。別に俺の心が狭いわけではなく、ただ、少しばかり昨日のことを根に持っているだけである。
無言で茶碗を2回差し出し、3回目におかわりしたら断られた。
「ふざけんな。もっと食わせろ」
すると奴はキッチンに向かい、戻ってくるときは何かを手に戻ってきた。それは丸い蓋がしてある、銀色のトレーだ。
まだあるくせに、ケチケチしやがって、出し惜しみすんじゃねぇ、と、心で文句をいっていると奴が蓋をあけた。
その中に入っていたものは、直径10p程度の、小さく、白く、丸いケーキだった。
シンプルに装飾されたそれには、16本の細い蝋燭がバランスよく立っていた。
そして、ケーキに乗っている小さなプレートに、

HAPPY BIRTHDAY ZOROCO

細い文字で描かれてあった。
手際のいいテーブルセッティング、いつの間にか取り替えられた新しいテーブルクロス、香料が入っているのかテーブルキャンドルから微かに甘い匂いがする。そして紅茶に沸かしたての湯を注ぎカバーを被せた。
白く細い蝋燭に灯りをともす。ゆらゆらゆらゆら、16本の小さな炎が揺らめきながら白いケーキを彩る。そして部屋の照度を落とし、いきなり奴が歌った。
「……おい?」
何の嫌がらせだろうか。
いい年して、まさかこんな祝われ方をされようとは。
しかもロボットに。

恥ずかしげもなく高らかにバースデイソングを歌う。そしてこれは絶対に嫌がらせだと確信しているが、
「dear zoroco―――happy birthday――to you―――」と、最後まで歌い終ると、
「ほら。消せって」
蝋燭を消せと俺に催促した。
俺は硬直した。もう16になるのだ。何が楽しくてケーキの蝋燭を吹き消さなきゃならないのか。しかも男と二人きりで。
ケーキの前で固まった俺に、
「あ?まさか照れてんのか?恥ずかしいとか?いいから柄にもねぇことすんな。一気に吹き消せって。悪かねぇよな、幾つになっても誕生日を祝うのはさ。ほら、早くしろって。だが唾は飛ばすんじゃねぇぞ。ばっちい」
そして、
「俺が、これからずっとてめぇを守ってやる」
揺らめく炎の向こうで、頬杖ついた男が微かに笑い、低い声でそう言うのを聞いた俺は、その顔面にケーキを投げつけた。

「―――このっ!!」
「うっせぇ!このイカレポンコツがっ!」
「…また言いやがったな…?」
「何度でも言ってやらあああああああ!」
ポンコツポンコツポンコツと繰り返し罵って、テーブルをひっくり返そうとしたら、
「食いものを粗末にすんなっ!!!」
頭のてっぺんからクリームにまみれたまま、奴が俺を蹴った。容赦ない蹴りだ。
またいとも簡単に床に転がった俺に、
「いいか、絶対に食いものは粗末にするな。食物の意味を考えろ。お前は何で生かされてる?それにいくら俺にケーキを投げつけたところで、俺は食ってやることができねぇ」
そういった。
その表情があまりにも真剣で、悔しいことに俺は何も言い返すことが出来なかった。


俺は学校に通っていた期間が人よりも少ない。
全然ないわけではないが、9歳の時に誘拐され、傷が治って退院して、また学校に通いだしたら今度は教室でテロ騒ぎが起き、私立で厳重に警備されていたにもかかわらず、突然の爆弾騒ぎに学校中がひっくり返ったような大騒ぎになり、それから俺はずっと在宅ワークだ。
数人の教師がきて勉強を教えてくれる。そして月に一度くらい同年代の子供が何人か遊びにきた。
俺はそれが嬉しくて、楽しくて、馬で庭を駆け回っては樹木を倒し、木刀やロープ等を武器にして全力で遊ぶと、そいつ等はもう二度とウチに遊びにこなくなった。
馬に跨りながら木刀を振り回し、カウボーイさながらにロープで捕獲してそいつを捕虜にする。俺はただの遊びのつもりだったけど、地面に転がった奴は泣いていた。
本物のパイでパイ投げをして、動きが鈍いのか避けきれず、顔いっぱいにクリームをつけて泣いていたのもいた。そうした奴らもそれきりで、その後一緒に遊ぶことはなかった。
そんなことを理由にするわけではなく、16歳という若さで誤魔化すつもりもなく、一人っ子だからとそんなことを言い訳にするつもりもないけれど、俺は自分で思うよりも社会性に乏しくて、人との係わり方が下手なのは確かだ。多少自覚はある。
勉強で得た知識はあっても、俺は常識が欠けているところがあるのだろう。

ついそんなことを思い出してしまい、白いクリームまみれの男から視線を外した。
昔のことなのに、子供時代の話なのに現在とシンクロして実に嫌な気分だ。だが、それでもロボットに謝るのは、この男に謝罪する気にはなれなかった。野良犬に頭を下げるよりも悔しい行為のように感じた。
そこらに散らかった物を男が片付け始めた。
ぴかぴかに磨かれた木の床は白いクリームで汚れ、そしてテーブルではキャンドルが揺れている。
すっかり元通りになると、今度は山のように積み重なった箱を運んできた。赤や青、金色のリボンがついた、様々な形の箱の山だ。

「バースディプレゼントだとさ。ほら、とうちゃん、かあちゃん、じいちゃん、ばあちゃん、おじさん、おばさん。おい、実家の執事も贈ってくれたぞ。良かったな。レディから貰えてさ。かあちゃんばあちゃんおばさんだけどな。まあ、枯れ木も山の賑わいってやつか。とにかく、人から戴いたものだ、大事にしろ。お前ささっきからずっと黙ってるけど、俺の話聞いてる?」
何が楽しいのか知らないが、へらへら笑う男の金髪にはまだ生クリームがついていた。

これが初めて一緒に過ごした誕生日の出来事だ。あまりいい思い出ではなかったかもしれない。










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2007/12.4