PRESENT 2 








あのポンコツがキッチンで飯を用意している間に、俺は親父に連絡をいれた。当然、あんな使えないのは即行で返品してもらわなければならないからだ。
だが、コールに出た親父は、
「どうだ、ヤツは?気に入ったか?かなり有能だと聞いてるぞ。あまり金のことはいいたくないが、けっして安くない買い物だ。大事に使え」
わけのわからないことを言った。
有能とはどういう意味だろうか。俺はそのままの疑問を口にした。
「有能?何の話だ?それよりも、何で男なんだ?身の回りの世話ならフツーに女だろ」
すると、
「かあさんの趣味だからな」
いきなりおふくろが出てきた。
「おふくろ?何の関係が…」
「父親としては、あのキュートなオレンジ色の髪の娘か、または暗殺が得意な女とか、個人的には秘書としても有能だというあの金髪の色っぽい女をお前に買ってやりたかったが」
親父の残念そうな口調によれば、おそらく自分でも使うつもりだったんだろう。自分の親を褒めるわけではないが、なかなか広い懐を持っている。
が、そいつら以外にしてくれと俺は頼んだ筈だ。今更四の五のいうつもりはないが、親父はいつも俺の話を聞いてないのが無性に腹立たしい。
「かあさんがな。『この子がいいわ。この子にしてちょうだい』って、一目であれに決めたんだ。かあさんは金髪碧眼の若い男が好きだからしょうがないぞ。お前も諦めろ」
「だから、何でおふくろがそこで出てくんだ!」
俺が怒鳴ると、
「ロボットといえど、お前に女をあてがうのが面白くないとみえる。まだ早いってな。まあ、そこら辺は察してやれ。お前が家を出るといったから余計だ。母親としては心配でたまらないんだろう。あれはボディガード機能がついていて、しかも料理の腕は一流コックレベルだ」
つらつらと話し始めた。そして、
「年が近いから、お前のいい話し相手になるかもしれん。あれは最新型らしいぞ。かぎりなく人間に近いヒューマノイドで、試験的な意味合いを含めた特別限定作品だとメーカーが自慢してた。『ロロノア様ですので特別に』てな。本当かどうかは知らん。だが、ロボットと思えないくらい高かったぞ、奴は。まったく、かあさんはいつも値段を見ないで買い物をするから…」
この前買収した便器会社より高かった。それを聞いた俺は、無言で親父とのコールを切った。
ようするに、奴の価格はウン億ベリーらしい。もしかすると、もっと高いかもしれないが、金をドブに捨てるとはまさにこのことだろう。
おまけに、金のことは言いたくないといって、2回いった。金持ちが金に細かいというのは本当の話である。
今更うだうだ云ったところで、もう購入してしまったものはしょうがない。
とりあえずはしばらく使ってみて、あまりにも使い勝手が悪ければ下取りに出して、また新しいのを買えばいい。あれが限定品なら中古でもそれなりの価格になるだろう。
おふくろの顔を立てて少しだけ我慢してやるかと、小さな溜息をつくや男の声が聞こえた。便器会社よりもお高いロボットが俺を呼んでいる。
飯の用意ができたらしい。





白米に海獣の煮付け。牛蒡と肉を炊いたもの。青菜のおひたし。そしてお吸い物。どれも俺の好物ばかりだ。
海獣の煮付けは塩気も香りも実に絶妙だ。牛蒡と肉を炊いたのは七味のピリッと辛く、これまた非常に俺の好みである。そして青菜の程よい塩気、米の硬さもツヤも全て問題ない。
いや、問題ないどころか、「美味い!」と、思わず膝を打ちたくなるくらい美味い、が、もちろんロボットごときにそんなことは云わない。
ここまで好みにあった物が作れるのは、奴に俺のデータが入っているからであって、別にこのロボットそのものが優れているわけではないのだ。
飯を3杯おかわりして、すっかり満足した俺が箸を置くなり、煙草を吸ってもいいかと男が断りをいれてきた。ここは全室、最新式の空気清浄換気システムが完備されていて、いくら煙草を吸おうと臭いが残るようなことはない。俺が頷くと、椅子に浅く腰掛け、物憂げに煙草を吸いはじめた。
白い煙がゆらゆら揺れて、そして男がぽつぽつと話し始めた。

「…とにさ、随分と渋い好みだなァとか思ってたんだよな、食いものとかさ…16の女の子なのにさ、…。身長もな、少し高いかな、なんて…。いや、サイズとかも、なかなか立派だなって…、でもさ、ゾロコちゃんは16のレディだから、どんだけたくましかろうと、俺ァ真綿に包むように、彼女を全力で守ってやるって、ずっと思ってて……。煙草だってさ、万が一にでもゾロコちゃんに害を与えたらいけねぇから、絶対に我慢しようと心に誓ったんだぜ?もう禁煙する気力なんかさらさらねぇけどさ……」

そんな男の話を聞いているうちに、俺はひどい脱力感に襲われた。
お前がそれを云うか?しかもそんながっかりしたツラで俺を見るな。俺がどんだけ気落ちしているか、お前になんかわかってたまるかこのポンコツめが、と、いくら心で罵っても俺も溜息が止まらない。気が抜けるとは、まさにこのことを言うんだろう。





その後、奴は散らかった部屋を瞬く間に掃除して、さっさと風呂の用意をした。
設定は俺の好みに合わせて軟水だ。湯の温度も、そして浴室の湿度、全てにおいて問題がない。確かに俺のデータは入力されている。
名前と、性別を除けば、ほぼ完璧だ。

「おい、背中を流すぞ」
シャツを腕まくりして、バスルームに入ってきた。
いい力加減だ。まず背中を洗って、次に両腕も洗ってくれて、そして俺の胸を洗おうとして、奴の手が止まった。
「これか?ガキん頃、つけられたという傷は…」
そう呟き、手を伸ばして俺の傷を撫でた。
胸から腹部へ続く大きな傷跡、この傷の所為で、俺は親や周りから過保護なくらい干渉を受けている。
金持ちの子弟としてそう珍しいことではないが、俺は9歳の時に誘拐され、この傷を負わされた。
後10分、救出が遅かったら俺は命を落としていたと後から聞いた。
それが鋭利な刃物だったら、今の医療技術をもってすればこんな傷など残らなかった。だが、犯人が用いたのは、ギザギザの刃が打たれた拷問用の刃物だ。泣き叫ぶ俺を、俺の胸と腹を刃物が切り裂いた。
そこに残された、ケロイド状となった生々しい傷痕。その後、医者から皮膚の移植再生手術をもちかけられたが俺は断った。この傷は戒めである。
あの時、遠ざかっていく意識の中で、俺は心に強く誓った。
もっと強くならなければならない。
もっと、もっともっと、強くなって、もう誰にも迷惑をかけない。
二度と、俺の身体は何人にも傷をつけさせない。俺は誰にも負けない。
絶対に、だ。

透明なやわらかい湯が、胸から腹へ、傷をつたって流れ落ちていく。
奴がシャワーで身体の泡を落としながら、
「俺が来たからには、もう二度とこんな傷はつけさせねぇ。てめぇを守ってやるから」
そう言ったのを聞いて、俺は無言でシャワーを取り上げ、そしてその生意気な顔面に湯を浴びせかけた。もちろん温度設定は一番高くした。
「あっ、あっちーーーー!クソ熱いだろうが、何しやがる、このクソガキャ!!」
なんか大声で喚いたが、そんなのは知ったことではない。
いつ、誰が、守ってくれとお前に頼んだ?
せっかくの俺の決意を踏みにじりやがって、どうしてやろうかと思うくらい腹立たしい。
「勝手なことを抜かすんじゃなぇ!うるせぇ、このポンコツがっ!」
すると、
「この…。最新型の俺様に向かってポンコツとは何だポンコツとはっ!そういや、さっきもポンコツ呼ばわりしやがって、ざけんじゃねぇぞこら!こちとら水陸両用完全防水加工だ!水をかけられて錆びるようなオンボロと一緒にすんじゃねぇ!!」
そう怒鳴って、俺に蹴りをいれた。
かなり強烈だった。まるでボールのように、俺はいとも簡単に壁まで蹴り飛ばされた。

「…っ…げほっ」
思いっきり叩き付けられ、床にぺたりと座ったまま、痛む腹を押さえて咳き込むや、
「あーあ、口ほどにもねぇ。いいか、お前が弱くて脆いのは人間だからしょうがねぇ。これからは俺がてめぇの盾だ。大人しく俺の影に隠れてろ」
俺を上から見下ろし、口端に煙草を咥えた。

「……うるせぇ…何が守るだ…。てめぇ…、ロボット3原則はどうした?主人に危害を加えやがって!」
俺が怒鳴るのを見て、ふふんと鼻を鳴らし、
「危害だァ?人聞きの悪ぃこというんじゃねぇって。なんだ、殺しはNGだが、半殺しはOKみたいな?」
そういって、ケケケッと笑った。

これが最新型なのだろうか。人間臭いというよりは、ガラが悪いチンピラそのものだ。眼つき、煙草、その表情や仕草、どこをどう見てもロボットに見えない。
「…便器会社より高いからって…、威張んじゃねぇぞ、こら……」
俺は低く呻り、握り拳に気を溜め、
「便器会社?」
不思議そうに首を傾げた男に全力で立ち向かった。
反撃開始だ。
自慢じゃないが、事件の後からずっとトレーニングはかかさなかった。もとから腕力と体力には自信がある。そこらにいる格闘家レベルならおそらく俺は負けないはずだ。さっき蹴りを食らってしまったのは、おそらく油断していたからに違いない。
素早く奴に飛びかかり、そして会心の拳がその憎らしい顔面にヒットする直前、ずんと鈍く重い痛みが鳩尾に響いた。

「さて、風呂がすんだら、おねむの時間だ。俺がお着替えさせてベッドまで運んでやっからな。心配すんなよ、御主人様」

おやすみ。

そう遠くから声が聞こえ、そのまま俺は奴の腕の中で意識を失った。










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2007/11.22