PRESENT 1
 








それは確か、16歳になる少し前のことだ。
自宅のトレーニングルームで、いつものメニューをこなす俺の元に親父がやってきた。他の家はどうだか知らないが、こういったことはウチじゃ珍しい。親父が家にいるのも、話すのも、顔を合わせるのも、実に半年振りくらいである。
物珍しそうに、部屋と設置されたトレーニング器具をぐるりと見渡してから、俺に話しかけた。
「ちょっと、付き合わんか?」
「何処に?」
「悪い話じゃないぞ。お前ももう16だ。そろそろいいだろうと思ってな」
そういって連れて行かれたのがショールームだった。
白く綺麗な建物だ。広い空間の中は、細かくブースで仕切られていた。統一されたやわらかい色調の照明は清潔感があって明るい。展示品の多さ、品質、価格共にこの国一番の高水準だ。
俺達の担当は意外と若い男だった。俺たちを出迎え、丁寧に挨拶したあと一緒に会場内を回った。

「こちらは昨日入荷したばかりの新作です。上品な水色の髪と白い肌が特徴です。設定も16ですので、おぼちゃまのお相手には丁度手頃かと」
その男に案内され、最初に見せられたのは、豪華な椅子に腰掛け、眼を閉じた若い女のロボットだった。
水色の長い髪が、まるで川の流れのようにやわらかくうねっている。
「さる王国の王女がモデルでして、気品の高さと凛とした気丈さを合わせもっております」
猿だか栗鼠だか知らないが、気高さも気丈さも俺はあまり興味がない。しかもそんなロボットを扱うのは少々面倒だと思ってしまった。気を遣うのは得意なほうではないのだ。
そんな考えが顔に出たのだろう。担当は次のブースへと俺たちを連れていった。高級品を扱う営業マンは押し付けがましさがない。
たとえ手ぶらで帰ろうとも、『またのお越しを』と、にこやかに笑う。

次に見せられたのはオレンジ色した髪の女だ。
既に電源が入っていて、俺たちを見るとニコッと笑った。
ロボットは全般に美形が多い。もちろん中にはマニア向けの商品もあるらしいが、そういった際物は正規の代理店に飾られることはなく、ソレ用のルートが別にあるらしい。
話が逸れてしまったが、このロボットもかなり可愛い顔をしていた。大きな胸に細くくびれたウエスト。所詮人間が作るのだから、いくらでも好きなように作れる。これが万人の好みなのだろう。

フロアー移動用のエアーカートから親父も降りてきた。
その時、僅かな段差に足を引っ掛けて親父は転倒しそうになった。普段あまり歩かない人間は、歩行の時に足が上がらない。親父も例外ではないようだ。
慌てて担当の男が支えたが、弾みでスーツから財布が落ちた。そして数枚のカードが床に散らばった。
その中の一枚はブラックカードだ。
このカードは使用限度額がない。買おうと思えばカードで月だろうが火星だろうが、太陽だって買える。もちろん販売していればの話であるが。
だが、ソレを見たロボットの目がキラリと光った、ような気がする。
笑顔が更に極上になった、と思う。
そして、甘えた声で、
「…あん。おじさま」と、わざとらしくよろめき、親父にヨロヨロっともたれかかった。
「大丈夫かね?」
転びそうになったときは担当に支えられたくせに、ロボットといえど女はささえるのだ。親父という人種は。
「一昔前と違って、ずいぶん進歩した。肌や体温も人間と全然変わらないじゃないか」
そして親父の手がロボットの尻を撫でると、
「いやん。いたずらな手ね」
そういって手の甲を抓り上げた。
女の格好をしていてもそこはロボットだ。万力で抓られたように痛かったらしい。親父が情けない顔で、何故か笑いながら「あだだ…」と呻いた。
「お褒めに預かり恐縮でございます。近年におけるロボット工学の進化はめざましく、その中でも当社が扱っておりますのは最高級の一品物、もちろん全てをお客様仕様にカスタマイズと、巷に溢れている量産品ではございません」
「この世にひとつだけかね?」
担当の男が自慢げに大きく頷いた。
「彼女は美しさもさることながら、頭脳明晰。しかも天気予報センサーも内蔵されており気候の変化には敏感です。キュートで小悪魔のような魅力を持つ、何処に出しても恥ずかしくない最高のパートナーになるかと」
「ほほう」
感心した面持ちで親父が頷き、
「おい、これなんかどうだ?」
俺は首を左右に振った。
理由は説明できないが、『勘』のようなモノである。何かが俺のセンサーに引っかかった。
そしてそのブースを出るとき、背後から「ちっ」と舌打ちのようなものが聞こえた。気の所為というにはあまりにハッキリしていたように思う。


次に見せられたのはエキゾチックな黒髪の美女だ。
「設定は28。知性はかなり高めです。古人は年上の女性は金のわらじを履いて探せと申しましたが、そういった意味では最適かと思われます。もちろん、おとうさまのチェスなどのお相手なども」
「たしかに美女だが、少しばかり背が高すぎやしないかね?」
親父が呟き、ロボットを見上げた。
180pははるかに超えて、いや、190p近いかもしれない。ちなみに親父は166pだ。
「大きい女をご所望の殿方もいらっしゃいますのよ?」
ふふふ、と女が低い声で囁くように笑った。
ここだけの話ですが。実は、と担当が親父に耳打ちした。
「彼女は暗殺が得意でして、ロロノアさまのように、手広く事業をされている方には密かにお薦めの商品でございます」
親父は興味があるのか、まじまじとそのロボットを見上げていたが、俺にその気がないのに気づいた担当が次を薦めた。
「少しだけ似たようなタイプがもうひとつあちらに」
そういって、見せられたのは金髪の長い髪の女だ。きりっとしたメガネをかけ、網のタイツを穿き、開かれた胸元はメッシュでかなり色気がある。
また親父の耳元で、担当がこそっと話したのが聞こえた。
「彼女は秘書としてのご利用がお薦めです。しかもかなり有能です。ですが、彼女の本当に素晴らしいところは」
もうひとつ、夜の顔を持っている。棘の鞭を自由自在に操る、11pのピンヒールが似合う女王様タイプだと。
すると、親父がニマリと笑い、俺に向かって、
「おい。これがいいんじゃ…」
薦めるのを素早く断った。
何故、16の俺にそんな女を薦めるのか。ヒールで踏まれ、鞭で叩かれろとでもいうつもりだろうか。

他にもいろいろなロボットを見せられた。
金髪茶髪紫黒栗毛色。さまざまな色した髪の女。背は低いのやら高いの。がりがりに痩せたのから、これでドアから入るのかと心配したくなるくらい立派な体格をした女。

俺はすっかり面倒になった。
選ぶのがである。
どうせ俺としては半分がセックス処理のようなものだ。そこそこの見てくれなら大概は出来る。
俺は親父にいった。実は、とかねてから考えていたことを伝えた。
「もう16だから家を出ようと思ってる。俺は自立したい。だからどうせ買ってくれるなら実用的なのがいい。飯の支度と身の回りの世話さえしてくれる奴ならば、どんなんでもかまわねぇ。適当に見繕ってくれ」
だがオレンジ色した髪の女と、暗殺が得意な女と鞭が似合う女だけは勘弁してくれと、これだけは念を押した。





83階建てのマンション。その最上階に俺はひとりで住むことにした。
自立と偉そうなことをいっても、所詮は親父の持つマンションに移ったにすぎなかった。
だが、親父やおふくろから離れ、のびのびとした開放感が俺は欲しかった。家にうじゃうじゃいるメイドや執事、その他もろもろの干渉から逃れたかった。
風呂や便所に行くにもついてきて、うっとおしいことこの上ない。マスの掻き方まで教えてくれるのは余計なことだと、説明しても奴らはわかってくれない。
連絡は俺からする。これからは干渉するなと言い残して、俺は半ば強引に家を出た。誕生日を目前に控えた独立だった。


3日後。
初めての一人暮らしは気楽だった。だが、いくつか問題点がある。まずは食事だ。いくら豪華でもデリバリーの飯にすっかり飽きてしまった。そして部屋も散らかってきている。
ロボットはまだかと、販売店に催促しようとしたら、1階にある管理室からコールが入った。
W.R.COから荷物が届いているという連絡だ。
ロボットメーカーの名前である。
声紋をデータに残すよう警備員に指示し、セキュリティーを解除して俺は待った。
まず、風呂を用意させる。次は飯の支度だ。いや、風呂と飯の順番はどうでもいいが、『セックス』、これだけは譲れない。半分はそれが目的だし、どんだけやっても妊娠しないし壊れない相手だ。
なんせロボットである。しかも俺は御主人様だ。





「アローーーー!」
ドアを開けると、いきなり眼の前が真っ赤になった。
よく見ると大きな薔薇の花束である。何故、薔薇が眼の前にあるのかと、不思議に思っているうちに、その赤い花の陰から金色のものがひょいと顔を覗かせ、
「あれ?ゾロコちゃんは?」
不思議そう訊ねた。
「ぞろこちゃん?」
「そう。ゾロコちゃんの部屋だよな。ここ」
金髪の男も不思議そうな顔で、また訊ねた。
「ぞろこちゃんが誰かは知らねぇが、此処にゃ俺しか住んでねぇ。誰だ、お前?」
「誰って。俺、部屋間違えた?」
間違えたからと、簡単に入ってこられるフロアーではない。セキュリティーは万全だ。俺は少し嫌な予感がして、
「この階に住んでるのは俺だけだ。お前、まさか…」
男に問いかけると、
「…お前、まさか」
と、鸚鵡返しで、
「ロロノア・ゾロコ……?」
驚きに青い眼が大きく見開かれ、しかも俺が言おうと思っていた台詞を奴が呟いた。
「……てめぇ、女じゃなかったんか?」


実用的なのがいいと、確かに言った。
飯の支度と身の回りの世話をして欲しいと、いずれも俺が自分で望んだことだ。
だが、いくらなんでも男はないだろう。
どんなんでもかまわない。これがまずかったのだろうか。
男相手にナニをさせろというのか。
しかも俺仕様に設定されているのではなかったのか。主人の名前を何故間違えるのか。


「………お前、…お前にゃ俺の情報がはいってねぇんか?W.R.COで入力されてこなかったんか!」
期待していた分だけ、反動のように失望は大きかった。俺は苛立ち、大声で怒鳴ると、
「ちゃんと入ってるわい!大声で怒鳴るな!証明書だってあんだろ!」
男がさらに大声で怒鳴り返し、乱暴に一枚の紙を突きつけた。
そこには、こう記入されていた。

『契約者/RORONOA・ZORO.CO』

どこも間違ってない。間違いであって欲しかったが、残念ながら僅かな望みは絶たれてしまった。それは俺が自立記念に親父から譲り受けた会社だ。契約は会社名義であった。

「ほら!ちゃんとロロノア・ゾロコって書いてあんだろうが!よく見やがれってんだ!」
大威張りでいうのを聞いて、俺の口はぱっかり開くと同時に、顎がカクンと落ちた。
そして俺はまた怒鳴った。
「………ボ、ボ、ボ、ボケナスがあああ!ロロノア・ゾロ・コーポレーションの略だ!何がゾロコだ!このポンコツ野郎!」
「…嘘?」
薔薇の花束が床にどさりと落ちた。赤い花びらがはらりと床に広がる。
「…じゃあ、俺のご主人は16歳の可憐なレディじゃなくて、やっぱてめぇなのか?」
もう一度、
「……嘘ォ」
そう、呟いて、

「……おのれ、W.R.COめ…。よくも誑かしやがったな、チクショーーーッ!!!」

頭から湯気を立てて男が怒鳴った。
俺のロボットは少々頭が弱いらしい。しかも癇癪持ちだ。
不機嫌そうな顔で文句をいうロボットを前に、俺の気持ちがどんどこどんどこ、どこまでも沈んでいくのが止められなかった。



これが俺とコックの出会いである。
16の誕生日を迎える前日のことだった。





NEXT


2007/11.11