PINK
 SPIRAL 3






煌めく波に弾ける光、澄んだ空気が船をやさしく包み込む。
海に朝がやってきた。
サンジはいつものように目を覚まし、そして部屋にゾロがいないことに気づいた。
かなり珍しいというよりも、不寝番でもないかぎりあの男が寝てないことなどなかったはずだ。だが、サンジはほっと安堵の息を漏らした。
あの顔を見たくなかった。ゾロと顔を合わせたくない、というか合わせる顔がない。どのくらい嫌かといえば、いっそのこと誤って船から落ちていないものだろうか、などと考えてしまうくらい、今朝は気分が重かった。
理由は明確だ。昨夜、何故自分はあのようなことをしてしまったのか、はたして自分は正気だったのか、もしや狂ってしまったのではないか、いっそ夢だったら良かったのに、サンジは頭を抱えた。いくら考えても訳が解からない。
暫らく考えてから、サンジは決断した。
そうだ。あのことには触れないようにしよう。
全部なかったことにしてしまおう。
何を言われても知らぬ存ぜぬで誤魔化してしまおう。
きれいさっぱり忘れてしまおう。
そう、あれは悪い夢なのだ。





朝飯の支度が整い、コックがクルー全員に声をかけた。レディにはいつもと同じように優しく心を込めて、そして普段と変わらず男はぞんざいにと、船内に響き渡った声を合図に皆が一斉にキッチンへと集まった。

「うをっ!朝からすんげぇご馳走!いいのかサンジ?」
「もう少ししたら島に着くからな。たまに贅沢してもバチはあたらんだろ。それよりもルフィ、てめぇは胃で噛むな。ちゃんと歯で噛め」
船長に対し、咀嚼の指導をするサンジにナミが声をかけた。
「熱でもあるの?顔が赤いけど」
「へっ?俺?」
サンジは目をぱちぱち瞬かせた。
「それはナミさん、ズバリ君の所為だ!俺はいつも微熱が止まらない。いつもなんて素敵なんだーーーー!」
するとナミは、
「ねぇロビン、これすごく美味しい。食べてみて」
そういって、彼女の皿に自分のものを取り分けてやった。鮮やかなスルー技術である。
「そういやアレは?」
サンジがきょろきょろとキッチンを見渡した。
「あれってゾロか?そういや朝からいねぇな」ウソップが頬を膨らませながら返事をした。
「藻だしさ、天気がいいから光合成でもしてんだろうさ」
ついでに朝の運動でもしてくるかー喧嘩だけどなー、などと、誰も聞いてないのにひとりごとを言いつつ、サンジは足早に出口へと向かった。ゾロを迎えにいくなんて珍しいと思いながらも、クルー達は滅多にない豪華な朝食に眼を奪われている。
出る間際に、
「あ、そうだ。ウソップ、デザートが冷蔵庫の中に入ってるから、みんなにも出してやってくれ。いっぱいあるが全部食っちまってもかまわねぇぞ。食後のお茶も頼むな」
そう言い残してキッチンを出て行った。





船尾にいるであろうゾロの元へと、サンジは向かった。
予想通りだ。床に座ったまま静かに目を瞑っている。鍛錬後なのだろう。その身体から汗と湯気が立ち上っていた。ゾロは眼の端でサンジを確認しつつ、それを無視してそのまま床へと腰を下ろし、柵にもたれかかってタオルで汗を拭いた。
サンジは無言で近づき、ゾロの目の前でゆっくりと腰を下ろした。胡坐をかいた、その膝の上へと対面で座り込んだのである。そしてゾロが顔を上げると、身体を擦り付けるようにして、
「なァ…」
その耳元で、甘えた声で囁いた。

「覚えてねぇのか?」
「何を?」
「夕べ俺に何をしたか、このイカレた黄色い頭は全然覚えてねぇのかと聞いてるんだ」
ゾロが感情を殺した声で返事をすると、
「俺?何もしてねぇけど。したのはてめぇだし。だからさ、あれ、またしてくんね…。すげぇ気持ち良かった……」
息をピアスのついた耳へと、熱い吐息を吹きかけた。

理由はまったくわからないが、またこの男が発情している。しかも節操ないことに、朝っぱらから膝に乗ってしてくれとおねだりしてる。
身も蓋もないくらい、何から何までありえない展開だ。だがいくらありえない話であろうと、ゾロの決意が揺らぐことはなかった。怒り狂う腹の虫が治まる気配がない。
「実はてめぇを叩き斬ろうと思ってる。俺から離れほうが利口だと思うが」
真剣な口調で警告した。
「……斬る?なんで?」
「てめぇの胸に聞いてみろ」
そういうと、サンジはゾロの胸に顔を埋めた。
「アホか。自分の胸に聞けといってるんだ」
「…そんなのはわかってる。だから、俺を斬りたいんなら好きにすればいい」と、そのまま股間に手を置いた。
「……だけど、…だけどもう一度だけ」
掌に包んで、
「……これで」
これで死にたいと、その温もりをゆっくり撫でたのであった。

「…………お前正気か?」
ついにコックの頭が壊れたかと思った。常々イカレ気味だと思ってはいたが、これじゃまるで別人だ。
「朝飯食い終わった奴らに見られてもかまわねぇってのか?」
などと口にしてから、気にするのはそこじゃないだろうと、心で自分自身にツッコミを入れた。いつの間にやらゾロにまでブレが生じ始めている。
「いや、大丈夫だ。食いモンをいっぱい用意したから」
だから、俺はお前に抱かれたい、抱いてくれ、飯を作りながらずっとお前のことしか頭になかった、自分自身が抑えられないと、信じられない台詞でゾロを誘う。

改めて、膝に座るサンジをまじまじと見た。
顔が赤かった。
頬は濃いピンク色だ。湯上りのような顔をしている。そして唇はしっとりと濡れそぼり、半分伏せられた睫毛は金色の羽根のように輝いている。
ゾロは一瞬目を閉ざした。眩暈のようなものを感じるが気のせいだろうか。頭がクラクラする。
薄闇で見たこの男は確かに不思議な色気があった。だから男相手であってもその気になったわけだが、明るい太陽の下で発情する様は、夜とは違った色気、いや艶がある。
ならばと、ゾロは考えた。
斬るのはいつでもできる。狭い船だ。回りはどこまでも海で逃げも隠れもできないはずで、となれば、とりあえず昨夜の不完全燃焼を解消しようと、優先順位を急遽変更した。
「そんなに俺とやりてぇのか」
サンジが頷く。
そしてゾロが動いた。
剣士という職業ゆえか、選択と決断だけは非常に早いのが特徴だ。

「銜えろ」
膝からするり降りると、素直にその股間に顔を埋めた。
視線を時折ゾロに向けながら、躊躇うことなくソレを口に含んだ。
絡みつくようなピンク色の舌としたたる唾液、湿った音を立てながらいっぱいに頬張る唇と、まるで淫夢のように現実感はなく、だが今までにない昂ぶりを感じた。それをしているのが女ではなく、あのコックであるという目の前の事実に、下半身が痛くなるほど感じてしまった。
すっかりピンク色に上気したサンジを見下げるように、ゾロは命令した。
「下だけ脱げ。立ったままだ。足を開いて柵に掴まれ」
そんな命令も言われるがまま、素直に素早く行動する。そしてゾロは両手で双丘を鷲掴みにして、大きく左右に割った。陽の元に曝け出されたその小さな窄まりは、昨夜の名残か赤くなっていた。
有無を言わさず、唾液で濡れたソレを突きたて動くゾロの学習能力は予想以上に高かった。
突きながらサンジの昂ぶったものを握る。はち切れそうに固くなっている、その根元をぎゅっと押さえて、
「いいか。声は出すんじゃねえぞ」
声と精液が漏れるのを止めた。
「……離せ…クソがっ」
辛そうに訴える文句を、
「嫌ならやめる」
言葉で封じ、
「…あ、…っ」
甘く喘ぐその唇にネクタイを押し込んで、背後から腰を支え、遠慮のない動きでゾロが放った。
そして手を緩める。掌でドクンと脈打ち、怒張したものが精を放つと、そのままゆっくりとサンジの身体が崩れ落ちた。

その後は昨夜と同じである。
ただ周りに仲間がいない所為か、般若と化した顔であらゆる文句のマシンガンをぶち放ち、その顔は怒りで赤鬼となり、活火山のような湯気を頭から噴き出し、自分で誘っておきながら地団駄踏んでいつまでも怒り狂った。
そのあまりもの変わり様を見て、

――何か悪いモンでも憑いてるのか?

さすがのゾロも斬るのを躊躇った。傍から見ても気の毒になる程の変わりようだったのである。





サンジの発情は日によって異なった。多い時でおよそ4〜5回くらいで、少ない日でも1〜3回は発情する。その対象は何故か限られており、コックが発情すればそれに答えてしまう剣士がいた。
『一体自分は何やってんだ』と思いながら、『俺は悪くない。誘ってくるコックが悪い』、『だから拒絶する理由はない』、『しかも具合がよろしい』とゾロは考えた。突き詰めて考えるととんでもない答えが飛び出しそうな気がしないでもない。
そしてサンジをすぐに氷点下に落とさぬ為に、『あれには触らない』、という技を覚えた。感じるものの達することが出来ず、ともするととんでもないことを口走り、その顔は淫らでいつもの面影はどこにもなく、ただ喩えようがない色気がサンジから湧き出てくるのである。
そんなゾロと正反対に、サンジの心の葛藤は筆舌しがたいものがあった。
最初、『何で俺は?』と思いつつも、あえて深く考えないようにしていたのに、『どうしてこの男に俺は?』と見過ごせない事態が続き、『一体自分はどうなってしまったのか。これからどうなってしまうのか。本当に頭がイカレてしまったのか。我ながら正気の沙汰とは思えない』と、苦悩の日々が続いている。
「だあああああああ!」
何を思い出したのか、いきなり奇声を上げてキッチンの壁に頭突きすることもある。
ひとりで赤くなったり青くなったり、頭を掻き毟ってはまた奇声を上げるという有様だ。
彼が一番辛いのは記憶が残っていることだった。突如として湧きあがる狂おしいばかりの欲望、身も心もまったくコントロールが利かないというのに、でも行為は過程も含め全て覚えているという非常に有難くない事態というか、サンジにすれば人生最大の天災レベルだ。いっそ全部忘れていればいいが、でもそれはそれで怖いと、容赦ない現実にひとり頭を抱えた。
いくら身体の問題とはいえ、事が事だけに医者であるチョッパーに相談できないのが辛いところである。そして医者にも言えない身体の悩みを、他の誰に打ち明けられようか。


メリー号はさほど広くない船だ。しかも穏やかな航海が続けている今、いくら隠しても発生する回数が回数なので、どうしても隠しきれないものがある。
どうやらあの二人が、よりにもよってあの仲の悪い二人がなにやら変な事態になっているようだと、仲間も気づいてしまった。
ナミやウソップあたりは明らかに避けている。見たくなければ知りたくもないので、できれば他所で、自分の目の届かない場所でやってくれと、二人が同時に視界に入らないよう日常での注意を怠らなかった。ウソップは熊避けの鈴を腰につけた。自分も気をつけるがそっちも気づいてくれという、彼なりの精一杯の努力である。
ルフィは他人の性生活に興味がないのか、または男同士の行為に知識がないのか、何を考えているのかさっぱりわからないが、「何やってんだ?」と鼻をほじりながら真顔で訊かれて、ゾロは本気で返事に困った。
ロビンはもしや慣れているのか、または海賊船でこういったことは珍しくないのか、大人の女性として実に寛大で優しい対応をした。見て見ぬフリである。気づいても気づかぬフリともいう。
チョッパーは医者として関心があった。繁殖を目的としない雄同士の性行動というものに、若干ではあるが興味がある。だが、トナカイとして人よりも慎み深く、意外と良識のあるチョッパーはそれを本人達に直接問い質したりはしない。ひとりでそっと観察を続けている。



それぞれの思惑を乗せた船は、日ごと暖かくなる春の海を進んでいった。
時折、海猫の鳴き声が聞こえる。もうすぐ次の島だ。


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