6.みどりの森とある冬の夜









同じ年12月、吹雪の夜。

絵合わせで遊んでいたルフィが、扉の向うをじっと見ているのに気づいた。
こんな夜に来客か、魔法使いは同じく扉に眼をやった。
暫らくするとその扉が大きく叩かれ、飛び上がってルフィは扉へと向かう。
細かい雪や冷気と共に、ゾロがやってきた。



「すげえ雪だぜ。今日中に辿り着けねえかと思っちまった」
「今回はえらくマメなお越しだな」
「12月だかんな。俺のことを『サンタ』と呼べよ」
ニッと笑った。
大きな袋を広げるなり、ルフィが嬌声を上げて喜び飛び回る。



前回と同じ甘いキャンディ、色とりどりのボンボン、沢山の干し肉、ビーンズ、香辛料、そして絵本。ルフィはビーンズや香辛料には興味を示さず、絵本は喜ばなかった。
「これは、お前にだと」
「俺に?いいのか?前回も貰ったぜ?」
「構わねえだろ?貰えるモンは貰っとけ」




大きな包みの中には白いローブが入っていた。
細かい丁寧な刺繍が施してあり、生地も上質なものだ。安ものでないのは一目でわかった。



「本当にいいのか?つうか、ナミさんが俺に?」
「ああ、そうだ。というより、持って来たのは俺だ、感謝は俺にしろ」
そんなゾロを無視して早速それを羽織ろうと、今着ているローブを脱いだ。小屋には男しかいないのだから当然ながら遠慮はない。
随分と華奢な身体をしている。
それくらいしかゾロは思わなかったが、服に隠れていた腕輪が見えたときは少し嬉しかった。
新しいローブはゆったりと魔法使いの身体を包み、そして肌に心地よい滑らかな感触と、だいぶお気に召したのか、くるくる巻いた眉毛を下げて珍しく満面の笑みだ。



「今着てる奴さ、小さくなっちまったんだよな。昔はあんなにダボダボだったのよ。何回も作り直してさ、だからすげえ嬉しい」
さすがナミさんだ。これはゾロにとって余計だったようだ。少しむっとしたが、でも人の嬉しそうな顔を見るのは悪いものではない。



「俺のプレゼントはこれだ」
最後に数本の酒を取り出した。
「阿呆か?そりゃ自分の為だろ」
「うるせえ。それより腹が減った。コック、なんか食うモンねえか?」
「てめぇにコック呼ばわりされる覚えはねえ」
「名前のねえ奴なんざ、コックで十分だ」
「無い訳じゃねえよ、教えないだけだろ…」



ぶつぶつ文句をいいながら、それでもスープを温めなおし、余熱でパンまで焼き直して食卓に並べた。がつがつとそれを平らげるゾロに、つまみ食いしようと手を伸ばしたルフィが手を叩かれ怒られる。
「おい、ちゃんと飯食わせてんか?意地汚ねえ、こらこら、人の取るんじゃねえッ!」
「人聞き悪い事をいうな。コイツは俺より食うんだ、こんな小さいくせによ」
実は、と少し声を潜めて、
「腹に虫でも飼ってんじゃねえかと思ってる…。あんなに食ってんのに太るわけでもなし…。どう思う?」
「どう思うって言われてもわかんねえが…。今度、虫下しでも持ってくるか?」
パン屑を拾い集めては頬張るルフィを、二人は呆然と眺めた。





ルフィが寝た後、遠路はるばるやって来たゾロの為に簡単なつまみと酒を用意した。
暖炉の前に座り込んで、ふたりで酒をかわす。
魔法使いは城の話を好んで聞きたがる。本当に聞きたいのはナミの話かもしれないが、素直に口に出せない年頃の所為か、元々が素直でないのか、遠まわしにそれを訊いてくるのが可笑しい。
酒に酔ったのか、その顔はほんのり赤い。
口は悪いが綺麗な顔立ちをしているとゾロは思う。
色素の薄そうな身体に白いローブ、金糸のような髪に青い瞳。
これなら確かに変な奴に付きまとわれることもあるだろう、と眼の前の男を眺めていたらその視線に気づいたらしい。
「何だ?なに人の顔をじろじろ見てる?」
咎めるような口調と視線だ。ゾロは話題を変えようと魔法使いに問うた。

「肝心なことを忘れてた。お前はどんな魔法が使える?」
そういや知らなかった。それに気づいたのは質問してからだ。



「言葉を覚える」
「言葉?」
「ああ、覚えて、頼む。水や火、動物、植物、様々な言葉だ。といっても解かんねえだろ?」
予想外の返事と、不思議な音が魔法使いの口から出た。
言葉とはいえない、言語とは呼べないそれは、いくつかの単語を同時に発したような、とても真似のできないものであった。その言葉に暖炉の火が形を変えて、めらめらと赤く、ゆらゆらと細く、ぱちぱち音を爆ぜながら踊る。
「人を呪ったり、殺したりもできるのか?」
炎がゾロの頬を照らし、ゆらりと揺れた。
「昔、一度だけ人を呪ったことがある…。もちろん依頼されてだが、そうしたら身体を壊した。すげえぶつぶつが身体中に出来て、熱も出てそりゃ大変だった」
だからもうあんな事はしねえ、と悪事を見咎められた子供のように、バツが悪そうな顔をした。



そりゃただの水疱瘡か麻疹じゃねえのか。
思うだけでゾロは口にしなかった。そう思っているなら、それに越したことはない。だが、ちらっとクロコダイルが脳裏を過ぎったのは事実だ。だからといって依頼しようとは思わなかったが。
その時またルフィの声が聞こえた。魔法使いは傍へ腰掛け、その黒髪を優しく撫でた。



「まだ戦局は思わしくねえのか?」
「ああ…」



本来ならば暢気にこんなことをしている場合ではない。想像以上に王弟軍は手強く、一進一退を繰り返しているのが現状だ。
城の中まで殺伐としている。そんな状態でナミはいうのだ。

「見てきて。私たちの王様がどんなに健やかに育っているか。ゾロ、見てきてみんなに教えて」

この場所はゾロしか知らない。本当にルフィが生きているのか、ちゃんと育っているのかもゾロにしか解からないというのに、それでもナミはいう、「見て来い」と。
信頼されているのか、とも感じるが、縋るものがそれしかないというのが実情かもしれない。
我々は不確かなものにすがりついている。



この場所は確かに最適だ。
国の中で、もっとも辺境の地。余所者を拒むかのような深い森。
ゾロは未だにこの森で迷う。人並みはずれた方向音痴の所為だけではないはずだ。大概はこの森に入ってこの小屋に辿り着くまで2〜3日はかかる。今日、迷子にならずにこられたのはゾロにとって奇跡に近い。もっとも今夜、道に迷ったならば生死にかかわる問題だが。
そしてこんなことも思ったりする。
こんなに人里離れた暗くて寂しい森、こんな森でこの男は一人で生活してきたのだと。
胸の中がちりりと小さく痛み、居たたまれないような気持ちになった。
『切ない』、人はこの気持ちをそう呼ぶ。
ルフィが眠りについたのか、魔法使いが戻ってきてはまた酒を飲み交わし、再び城のことを聞きたがったが当たり障りのない返事でその場を誤魔化した。



「煩くてよ、食い意地がはってて、こうして手も掛かるが、こんな寒い冬の夜はいいぜ。ガキっちゃ暖かいんだよな」
小さくはにかむような笑いから眼を逸らして、ゾロは酒を口に運んだ。






国全体を覆う、厚く灰色の雲
長期にわたる戦いは不幸と様々な感情を生んだ
嘆き、悲しみ、憎悪、疑惑、執着、そして諦念



建物を打ち付けるような風の音。
うなり、吼えながら細かい雪を森中に撒き散らす。
それでも小屋の中はまるで春のようにあたたかくて心地よい。自然に瞼が重くなって、ゾロは静かに眼を閉じた。








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