3.みどりの森と未来の王様









ルフィのために村へ行き、山羊を売ってもらって森の生活に新しく山羊も加わった。
そして山羊の乳を利用した料理も覚えた。

乳をふんだんに使ったスープやリゾット。山羊のチーズや、そしてお菓子。
それらを作ってはたまに村に売りにいって、帰りにはビートや小麦粉を買って帰ることも多い。
その菓子やチーズは美味しいと村で評判になって、魔法使いはそれが嬉しい。褒められるとはにかむように笑った。





赤ん坊はたまにむずがることもあったが、まだ柔らかい黒髪を撫でている内にまた眠りにつく。腹だけいっぱいにしておけば、あまり手はかからなかった。
だが魔法使いの生活は大きく変化した。
朝早くおきて山羊の世話をする。そして朝食の準備をしながら部屋の清掃。
腹が減って起きた赤ん坊に搾った乳を与え、入れたら出すとばかりにずしんと重くなったオムツを交換して洗濯をする。

なんの知識もないまま、赤ん坊の欲しがるままに欲するものを与え、それでも元から丈夫なのか病気をすることなくすくすくと育っていった。





預かった日から半年ほど過ぎたとき、またゾロがやってきた。
ルフィを一目見るなり、
「おいおい、でかくなってるじゃねえか。たいしたもんだな」
そういや、今年の5月で1歳を迎えたのかと、ゾロはルフィ誕生の時に行われた盛大な宴を思い出して少し眼を細めた。
あの時の赤ん坊はもう自分の足で歩いている、それがとても不思議な気がしてならない。

「俺さァ、毎日コイツに水かけてんだぜ。早く大きくなあれ、大きく育てってさ」
「…すげ、つまんねぇ」
「…うっせえ」
魔法使いの唇が拗ねたように尖がった。そんな様子を見ると本当にまだ子供なのだとゾロは思う。





魔法使いは久々の来訪者の為に、とっておきの肉のローストと森の幸のスープ、胡桃の入った焼きたてのパンでもてなしをした。
がつがつと、男が自分の作ったものを平らげてゆく。
そんな些細なことが魔法使いは何故か嬉しい。
それを見ていたルフィが、自分もそれが欲しいとローブの裾を引っぱりながら、
「ま〜、ま〜」とねだった。

「お、お前、自分のこと『ママ』と呼ばせてんのか…?」
「ちっ、違うっ!こりゃ『魔法使い』の『ま』!『まんま』の『ま』だっ!!」
顔を赤らめ、必死で言い訳をするのがゾロは可笑しくてたまらない。





「お前も少し大きくなったか?おい、いくつになった?」
半年位では何も変わらないだろうに、それでもゾロは訊いた。給仕をしている姿が先程とは違って大人びて見えたからだ。赤ん坊の面倒などやはり負担だったのかと、自省の気持ちもあったのかもしれない。
魔法使いはたいして気にも留めなかったのか素直に答えた。


「16。アンタは何歳だ?」
「19」
魔法使いの眼が驚いたように大きく見開かれ、
「落ち着きがあるから22〜3ぐらいには見えたか?」
22〜3どころか30前だと思っていたとはさすがに言えず、言葉を濁した。
翌日、男はまた遠い城へと帰っていった。







みどりの森は夏から秋、次第に冬へと季節を移す。
そして初霜が降りた朝、ここに来てルフィが初めて熱を出した。
赤い顔をして呼吸が早い。
熱のこもった身体とは裏腹に、湿りのないさらりとした肌。
だが手足の先だけが何故か冷たい。
食事を与えても珍しく受け付けず、ただぐずぐずとむずがる。
しばらく放って様子を見ていたが、一向に良くなる気配がみえない。
村へ連れていこうかとも考えたが、あの村には医師がいないのを思い出した。そして陽の当たらない寒い森の道、ルフィを連れて通ることに躊躇い、ベッドに寝たままの幼き身体を見守った。
ろくに水分を取っていない所為か尿の量も少なく、今日は便も出ていない。
不安に駆られた魔法使いは、ルフィが口にできる水分だけを与え続けた。
そしてぐったりとした小さい身体を両腕に包み、ふぇぇと細く泣くのをただ抱きしめた。



自分は草の言葉を覚えた。
獣の言葉、炎、そして水。
だが腕の中にあるルフィの言葉は知らない。
はっきりとした、言語さえまだ出せない子供の言葉が解からない。
どこが苦しいのか、どうして欲しいのか。
本当に知りたいことは、まだ何ひとつ知らないことを初めて理解した。





胡坐をかいて床に座り、暖炉を消さないようにと炎に語りかけ、腕の中に子供を抱きとめて夜を過ごす。
うとうとと浅い眠りがおとずれ、眼が覚めてはルフィをみた。
ほのかな灯りの中で見えるその顔はまだ赤く、苦しそうな息遣いに小さな口が僅かに開かれている。
祈りを込めて、額にそっと口付けた。





翌朝、ルフィの寝息が穏やかになっていた。
細い首筋にそっと手を置けば、しっとりと汗で湿った感触。そして体温は平常並みとはいかないまでも、だいぶ下がっている。
小屋の窓から木漏れ日のようにうっすらと朝日が差し込み、魔法使いは小さな安堵の溜息をついた。








冬になって、魔法使いは子供を連れてしばしば村を訪れた。
食料の補給、そして自分の為にタバコを買う。
前に猟師から貰った1本のタバコは既に習慣になっている。
村に連れて行くとルフィは喜ぶ。鉄砲玉のように吹っ飛びながら、狭い村を縦横無尽に走り回った。
帰り道、はしゃぎ疲れた子供を背負い、
「あそこに生えているあれは『ななかまど』。秋になると燃えそうな赤い実をつける」
「そしてあれは『いちい』」
「あの大きな樹は『もみ』だ」
聞いているかどうかも解からない背中に語りかけながら、うっすら雪の降り積もった森の道をゆっくり歩きながら家路に向かう。


口から煙のような白い息。
あたりはうっそうと薄暗く、昼間でも寂しい森の道。
でも背中だけは温かい。










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