5.あきのおくりもの








みどりの森に秋がきた。
常緑樹の中で、ところどころ赤や黄色に色づく樹木。地面を覆いつくす一面の枯れ葉。
きれいに彩られた森を、魔法使いは幼いルフィを連れ歩いた。






あれは『とち』


『くり』

『まつ』

『しい』

『いちい』の種は食うなよ

これは『くるみ』。後でケーキを焼いてやろう



ひとつひとつ教えながら、ふたりは食べられる木の実を集める。
ふと、ルフィが村から続く道をじっと見ているのに気づいた。
迷路のような森の道。
佇んで遠くを眺めるふたりの眼に人の姿が見えると、ルフィは飛ぶように走ってその人物を迎えにいった。
戻ってきた時は肩車、嬉しそうに猿のようにじゃれついている。
どうやらルフィは覚えていたらしい。



「よお、元気か?」
相変わらず腰には3本の剣を差し、黒いマントを無造作にはおり、日に焼けた肌から白い歯を覗かせて男が笑う。





小屋の前にひとりの男が立っているのが見えた。
だいぶ待っていたのであろうか、所在なさそうにあたりをうろつき、かなり落ち着かない様子だ。
魔法使いはゾロとルフィを小屋の中に通して、その男とはそのまま外で話をした。その男を中へ入れるつもりはないらしい。


「俺、あの人嫌い」
部屋に入るとルフィがぽつりと言った。
「なんで?」
「だってコックのこと、変な眼でみる…」
「変って、どんなだ?」
変って、変なの、嫌な感じだと、たどたどしい言葉でそっぽを向いて云いながら、拾ってきた木の実をテーブルに載せて分け始めた。もう興味は木の実へ移ったようだ。
しばらくすると、魔法使いは麻袋を手に戻ってきた。
「誰だ、あの男?」
「元依頼人。前に一度、頼まれて仕事をしたら、それからこうして茸や野菜やらなんやら勝手に持ってくる」
「ルフィが、あの男がお前のこと変な眼で見てるって言ってたぜ」
「けったくそ悪ィ。イカレてんだよな、あの男。なんか勘違いしてんだろ?俺は女じゃねえ」
「だったら貰わなきゃいいだろ」
「断っても勝手に置いてくんだよ、あの馬鹿はッ!」
吐き捨てるようにいって、向けられた背中にゾロが声をかけた。



「土産がある」
ナミから預かった、と袋から色々な物を取り出し、
「断っても勝手に置いてくぜ、俺も。重いからな」、ゾロはそれらをテーブルに並べた。
宝石のようにきらめく甘いキャンディ、様々なドライフルーツ、黄色いチーズ、干し肉、岩塩、氷砂糖。

それはルフィを大変喜ばせ、
そして最後に、
「これはお前にだ」
腕輪を渡した。

質素なつくりのように見えて、細かいところには丁寧な細工が施してある。銀のチェーンに青い石。
ターコイズの腕輪だった。

腕につけて、眩しそうにそれを眺めると、
「よく似合う」
無骨なゾロの褒め言葉に魔法使いは素直に笑った。

それが余程嬉しかったのであろうか、
「ナミさんてどんな女性だ?」「年はいくつだ?」「すげえ綺麗な人なんだろうなァ」、次から次へと質問を浴びせた。
「魔女のような女だ」「年は24」「綺麗とかは解からん。たとえ人並みより可愛らしい顔をしていたとしても、あの性格が災いしてまともな判断はできねえ」と答え、訊かれてもいない事まで教えた。
「気が強い」「金に汚い」「守銭奴といってもいい」、そして「無駄に乳がデカイ」。
どうやらこれを魔法使いはお気に召したらしい。
うっとりした顔付きで、見たことのないナミに思いをはせる。
おい、人の話を聞いてんのか。何だ、そのだらしない惚けた顔は、と思うが同時にこんな森の中じゃ女もいないし、仕方ねえかともゾロは考えた。



白く細い手首に、青がよく似合う。
先程の男に見られて余計に変な気を起こされなければいいがと、少し心配になるくらいだ。
魔法使いに湯をすすめられ、浴室に向かったゾロは思い出したように口を開いた。
「もう、あんな傷はつけねえ。まあ小さな傷は作っちまったが、大丈夫だ」
これからは誰にも傷はつけさせねえ、ニッと笑うと、
眼をぱちくりさせながら、魔法使いも少しはにかんだ様に笑う。
その夜、ゾロは夢を見なかった。





翌朝、部屋に漂う匂いに気づいてゾロは目が覚めた。
続いてルフィも目を覚ますなり、
「ミートパイ?ミートパイ!ミートパイッ!」
動物並みの嗅覚で匂いの元を言い当て、焼きあがったばかりのそれに手を出しては怒られ、「早く食いたい!」と喚いては「うるせぇ!」と小突かれ、尚も喚いていると、「着替えてから顔ぐれえ、洗ってこい!」とケツを蹴られた。
小屋の朝は賑やかだ。

「夕べのうちに、てめぇに貰った干し肉を戻しておいた。いいモンだな、ありゃ。さすがナミさんだ」
「岩塩もかなり良質なものだ。やっぱりナミさんは…」
ナミ、ナミと少しうざったい。運んできたのは俺だ、いってやりたいが大人げないとゾロは諦めた。
早速、切り分けたパイをルフィはハムスターのように頬を膨らませて頬張る。
「もっとゆっくり食えねえのか」、ルフィに絞りたての山羊の乳を与えながら、そして、
「てめぇも早く食えば?冷めちまうぜ」、いいながらも魔法使いは席に座ろうとしない。

「おいおい、口の周りにくっ付けてんじゃねえよ」
ルフィの口についたパイを指ですくっては自分の口へと運ぶ。少し笑いながら「てめぇもだ」、ゾロの口元にも手を伸ばした。
自分に触れるその指を、こんなことが前にも一度なかったかと思うがすぐには思い出せず、そして視線は手首に絡まる腕輪へと向けられた。



やはり良く似合う



だが二度も口に出すことはなかろうと、ゾロはパイと一緒に言葉を呑み込んだ。








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