黄泉比良坂 3









「おい!!」



予期せぬ呼びかけに、サンジは声のする方向へと顔をむけた。
ひどく驚いたように眼を大きく見開き、そしてゾロの姿を見つけると「なんで?」という顔をして、すぐに訝しげな顔をした。
「なんでてめぇが此処にいる?」
まるで睨みつけるような表情だ。
「自分の故郷に戻ってきてどこが悪い」
ゾロがムッとすると、
「故郷?」
サンジが二度瞬きをした。


また煙草を咥え、火をつける。
何もなかったかのように、座ったままゾロを見上げた。
「まさか、また会うとは思わなかった」
「俺もだ」
そのままサンジの隣に腰を下ろした。
枯れ草が音をたて、ぱきぱきと小さく割れていく。

「皆は元気でやってるのか?」
「元気なんじゃねぇのか?連絡を取ってねぇから詳しいことは知らん。ウソップの話じゃナミがダメージ食らってるらしい」
サンジが小さく舌打ちした。
「……俺が下手打っちまったからな」
「心配ねぇだろ。あれはお前が思ってる以上に強い」
「アホか、強かろうが弱かろうが、ナミさんを泣かせたことが問題なんだろうが」
「ボケ、そんなの問題にしてんのはてめぇだけだ。他の奴らはさぞかしアホにふさわしい死に方だと思ってんだろうさ」
ムッとしたようにサンジが下唇を突き出し、そのまま視線を空へと向けた。
「庇ったからこうなった訳じゃなく、あれは俺が気づいた、ってだけの話だ」
「そうか」
「気づいたら考えるよりも早く、自然に身体が動いちまった」
敵から襲撃を受けた時のことだろう。
「ま、そのくれぇナミさんは特別ってことで。あの状況で俺だけが気づいちまったからな」
口の端にタバコを咥えたまま、彼が笑う。


「苦しかったか?」
ゾロの問いかけに、サンジが露骨に眉を顰めた。
「遠慮もクソもねぇくらいストレートだな…」
でも済んでしまったことだから、と彼が話し始めた。
「腹は気をつけた方がいいかもしんねぇ、つうか、てめぇも随分前に腹切られたっけか?いや、ヤバイのは内蔵かもな。なんせ腹の中が抉り取られちまったからキツイのなんの」
何故か微かに笑う。
「その後は周りが引くくらいスプラッタだったらしい。血は出るわ止まらねぇわで、ウソップなんかみっともねぇくらいうろたえちまって、ナミさんは泣くし、できれば泣いてほしくなかったけど、俺ももうそれどころじゃなくて、なんかもう訳わかんなくなっちまって、すっげぇ腹が痛くて、なのに痛すぎて気も失えやしねぇ」
そして、
「でも、最後の一息が終わったら楽になった」
白いタバコの煙と共に、言葉が大気へ消えていった。



「そういや、ここが故郷?何でだ?」
「昔、ガキの頃、ばあさんに聞いたことがあるのを思い出した」
「何を?」
「あそこは、いや、此処がそういう場所だと」
「オレは坊主と禅問答してるつもりはねぇが」
「俺もそんなつもりはねぇ」
ゾロが返事すると、サンジは考えてるのか口を閉ざし、そして、
「つまり、てめぇは、ぐるぐるぐるぐる迷子になりながらもわざわざ故郷にまで戻って、俺に会いにきたと?」
ニヤニヤ笑った。意地の悪い顔といってもいいだろう。
「ぐるぐると迷子は余計だ。しかし結果的にはそうなる」
「マジか?」
「冗談ですますほど俺は暇じゃねぇぞ」
ゾロが少しムッとした表情だ。
そんなゾロの緑色した短い髪に触れ、
「身体を触れ合わせてりゃ、そういう感情もわいてくんのかもな」
その手首をゾロが掴み、
「ここで待っている時、いろいろ考えた。考えの殆どが浮かんでは消えた。ひとつだけいいか?」
正面からサンジを見た。
「言葉にしておいたほうがいいか?」

「なにをいうつもりかしんねぇが」
手首を振りほどき、
「無理はしねぇほうがいい」
そういって、微かに笑った。
「知ってるか?考えも言葉も似ている。浮かんでは消える考えのように、言葉も口から出たら泡のように消えてなくなっちまう」
「いつもナミやロビンに浮ついた台詞ばっか抜かしてるからだ、バカめが」
「その時は本気だったはずなんだが、ほとんど覚えてねぇ」
そして、
「なんで言葉は消えちまうんだ?」
ニヤッと笑って、すぐにその顔から笑いが消え、
「…悪い。茶化しちまった」
バツが悪そうに目を伏せた。

ゾロの肩に肘をのせ、
「さっき、お前の髪に触れただろ?なんつうか、触っているのはわかっていても、実感がまるでねぇ。ただ目だけでそう認識してるみてぇな」
サンジが話し続ける。
「今、俺の腕がてめぇの肩にあっても、目を閉じたらすぐに見失しなっちまう。同じ空間にいるようでも、そういうことなんだろうな」
落ちる寸前の夕陽が、サンジの髪や頬を山吹色にそめる。

「俺はもう終わっている。だけど大丈夫だ」

ゾロの髪も、服も、

「触れられなくても、どんな言葉も、なにもいらねぇ。すぐに忘れちまってもかまわねぇ」

すべてが濃い黄金色だ。

「最後に会えてよかった、ただ、それだけだ」

ゾロの肩に黄金色の髪を落とし、眼を閉ざす。ぬくもりもなにも感じるないその耳元で、ゾロのピアスがチリンと小さく響いた。





陽が沈む。
東の空から夜の匂いが漂う。










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