彼とシャツと保健室 5









じょんわじょんわじょんわじょんわじー



梅雨が明けたとたん、早くも蝉の鳴き声があちこちから聞こえてきた。
ここ保健室にも、大きく明け開かれた窓から初夏の風が吹き込んでくる。夏のにおいを含んだ風と蝉の鳴き声、そんな中でサンジは業務作業をしていた。
カチカチカチ、キーボードを打つ音が部屋に響く。窓にかけられた白いカーテンが風でゆらゆら揺れている。その窓際近くにはベッドが置かれ、そこには男が寝ていた。
剣道部の主将、ロロノア・ゾロである。
頭部に怪我をしてからというもの、最初の数回は患部の治癒状態を確認してもらう為だったが、その後は何が気に入ったのかここ保健室に足繁く通うようになった。もちろん此処にベッドがあるからだろう。
強面の男が居つくようになって、保健室は些細な患者数がめっきりと減った。1〜2年生など滅多なことがなければ近寄りもしない。ゾロに出て行けとは言わないのは、サンジがこの状態を歓迎しているからだ。
赤チンで済む傷は怪我ではない。きれいな水で洗っておけばよいのだ。包茎の相談などされても困る。むさ苦しい野郎は見たくない、できればナミ先生やロビン先生の為だけに在りたい、それがサンジの願望だった
では、むさ苦しさの代表であるゾロは問題ないのか。
実をいうと、サンジはゾロを少し可愛いと思っている。
鋭い眼光。先生として敬うどころか、同級生となんら変わらぬ横柄な口調。この男のどこが可愛いさがあるのかと、以前のサンジなら思ったかもしれないが、こんな男が、こんなむさ苦しい野郎だが、どうやら自分に懐いているらしいと感じることがあった。


例えば、あまりの暑さで、シャツの前ボタンを外したりする。
二人だけならば何もいわないけれど、そこにエース先生が入ってきたりすると、
「おい!何でボタンなんか外してやがんだ!締めとけ!」と、何故かサンジのネクタイを強引に締めあげる。無駄に力があるから、ギュッと締めすぎて「ぐぇ」とサンジを唸らせたこともあったくらいだ。
何をどう勘違いしているのかわからないが、どうやら心配してくれてるらしい、とサンジは考えていた。そんな変な思い込みや勘違いが妙に可愛く感じてしまう。


それとか
ナミ先生が保健室にやってきたときのことだ。
「あんた、此処に入り浸ってばかりいるって聞いたけど、頭以外どこか悪いところあるの?」
「うるせぇな。お前にゃ関係ねぇ」
「ふーーーーん。まァ、いいけど。サンジ先生も大変ね」
気をつけてね。と、何故か意味ありげな台詞を残して去っていった。
「ボケッ!なんつう口の利き方しやがるんだ!あんな可憐なナミ先生にうるせえとは、一体どういう了見だ!」サンジが怒鳴ると、
「可憐?意味がわかっていってんのか?どこが可憐だ?頭以外どこが悪いかだと?……あの女。いいか、あの女に相応しい形容詞は『業突く』とか『あこぎ』、『守銭奴』とか『因業』、おまけに『魔女』とか」
ゾロはムキになって延々とナミ先生の形容詞を並べたてた。

―――そうか。まだ女を知らねぇんだ。

経験ないんじゃしょうがねぇと、ゾロはサンジから童貞の烙印を押され、ナミに対する暴言を憐れみの眼で許してもらったことがある。
ナミ先生への不当な評価は『女性に対する経験不足によるもの』、とサンジは判断した。
些細なことでムキになってしまう、経験がないから、女性に対して憧れと同時にまだ恐れがあるのだろう、だからここまで攻撃的なのだ。そう考えると納得がいく話だ。子供のようにムキになる、そんなゾロを可愛いと思ってしまう。


またまた。
ゾロはいつものように保健室で寝ていた。まだ陽は落ちていないが下校時間はとうに過ぎている。にもかかわらず寝っぱなしだ。
「いつまで寝てやがんだッ!オレが帰れねぇじゃねぇか!アホンダラ!」
耳元で怒鳴ってもまだ寝てる。そしてその鼻をギュッと摘み、唇を軽く摘まむとゾロがようやく目を開けた。
薄目を開けて両腕を伸ばし、何故かサンジの身体に抱きつくと、その胸に緑の頭を何度も何度も摺り寄せた。
寝惚けてるのか。まだオッパイが恋しいお年頃なのか。デカイなりしてどこまでガキなんだと、
「…おい。なんでくっついてやがる?」
うっとおしい!暑苦しい!むさ苦しい!と、ゾロはサンジから可愛さあまりの頭突きと蹴りを貰った。

サンジは一人っ子だから兄弟がいない。欲しいと思ったこともないが、弟がいたらこんな感じなんだろうと思う。同性だから余計な気を遣わなくてすむ。怒鳴りたければいつでも怒鳴れる。そして優等生よりは少しくらい馬鹿な方がいいに決まってる。自分より優秀な弟なんか必要ないと、ようするに、サンジはできが悪い弟のようにゾロが可愛い。



季節はもうすぐ夏だ。蝉の鳴き声と初夏の風、日もかなり伸びてきた。そんなある日の、保健室の一コマだった。








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