彼とシャツと保健室 2









道場に大きな声が鳴り響いた。
この高校は進学校ではあるが、それなりに部活動も活発だ。特に剣道部は毎年全国大会に出場する程の実力を持っている。その中でも主将は抜きん出ていて、昨年は全国大会個人部門で決勝までいったくらい、その実力は全国でもトップクラスだった。
汗にまみれた道場の中、たった今面を取った男、珍しい緑色の髪をした男、あれが主将である。
名はロロノア・ゾロという。



「お前ら、最後に片づけとけ」
後輩に指示を残し、ゾロは部室へと向かった。
広いとはいえない剣道部の部室、中は当然のことながら男臭くて汗臭い。
だが匂いは慣れの問題だ。最初は目がツンと痛くなって、その刺激臭に吐き気をもよおしたとしても、慣れれば誰の鼻も鈍くなってしまう。気にならないといえば嘘だが、部室で食う焼きそばパンは旨い、程度にいろいろ鈍感になる。その部屋の片隅で、先に上がった奴らが数人たむろってた。
着替えるゾロに向かって、その中の一人が声をかけた。

「ゾロ。お前も着替えたらこっちにくれば?いいのが入ってんぞ」
いいものがなんなのか、大方の予想はつく。おそらくデジカメか携帯で撮った写真であろう。
あのナミか、もしくはロビンといったところかとゾロは考えた。

最近、校内でこの手の物が数多く出回るようになった。昨年新任で入った数学のナミと、そのまた前年に他所から赴任してきた歴史のロビン先生が原因かもしれない。
特にナミは狙われやすかった。男子高にあるまじきミニスカートとハイヒール、そしてたわわに実った大きな胸。まさに撮って下さいといわんばかりのいでたちである。そしてそのミニスカートが、今ではこの学校の七不思議のひとつとなっていることに当の本人は気づいてないはずだ。
パンツが見えない。あんなに短いスカートなのに、何故かチラリともパンツが見えたためしがない。写真も同様だった。煩悩の塊のような男子があの手この手で試したようだが、一度も撮れたことがないというのが定説だ。


着替えが終わって、仲間から見せられたブツは想像通りのものだった。
そしてやはりナミのパンツが写ってるものはない。胸の谷間やら脚、しかもポーズをとっている写真まである。別に見たいわけではないが、ゾロとしては七不思議だから確認したまでだ
というよりも、実のところゾロはナミ先生が少し苦手である。
以前の話だ。売店でパンを購入しようとしたとき、持ち合わせが足りなくて、偶然その場に居合わせたナミに500ベリー借金をしたことがある。10日後に金を返そうとした時、先生から650ベリー請求された。
俗にいう「トサン」、10日で3割である。それなら最初からいって欲しい、というか教師がそんなことしていいのか、いくらなんでもボッタクリだろうと不満は残ったが、借金したのは事実なのでゾロは言われるがまま650ベリーを返済した。



もうひとつ。

資料室で、また偶然ばったりと出会った時のことだ。
手ぶらのゾロに 「コレと、アレと、ソレと、ついでにそっちのも教室に運んでもらえるかしら?」、とナミ先生は頼み事をした。
「大丈夫?」と聞かれ「わかった」と答えたゾロだったが、うっかりと 「ソレ」 を持っていくのを忘れてしまった。
すると、
「アンタ、約束のひとつも守れないの?」
冷ややかな眼で、
「重たかったからって、ワザと忘れたわけじゃないわよね?いつも道場でぶんぶん竹刀を振り回してるけど、その筋肉は無駄じゃないのよね?ねぇ、そんなに重たかった?重くて嫌になっちゃった?」
までいわれ、挙句に小さな声で、
「…男のくせに、意外と役に立たないんだから…」
ボソッと呟かれた。
重い荷物をわざわざ教室まで運んで、どうしてたったひとつ忘れ物をしたくらいで自分はここまで言われなければならないのか。というよりも、『男のくせに』とか、『役に立たない』等といった単語を、今の教育現場で教師が口にしていいのか。いろいろな疑問は残ったにしろ、忘れたのは事実なのでこれも仕方ないのかもしれんと、ゾロは苦虫を潰したような顔で資料室まで『ソレ』を取りに戻った。

誰にも話したことはないけど、ゾロはナミ先生が苦手である。できれば関わりたくない。どうしたわけか勝てる気がしなかった。



プリントアウトされたナミやらロビンの写真は束になってある。パラパラ無造作にめくっていると、そこに数枚男の写真が混じっていることに気がついた。
「おい。野郎の写真が入ってるぞ」
間違いを指摘したつもりだったが、その友人から意外な返事がかえってきた。
「ああ、それか。それはそういう需要も世の中にはあるってことだ。その先生マニアに人気があんだよな」
見もせずに答えたところを見ると、どの写真かわかってて言ってるようだ。
そしてゾロは首を傾げた

―――需要があるのか?

当然な疑問ではあるが、だから供給があるのかと、世の中の仕組みをゾロは改めて理解した。
写真の男はこの春、この学校に赴任してきた保健室の先生である。
もちろん名前など覚えていない。だが、新任紹介の時、金髪がキラキラだったのだけ何故かよく覚えている。
手元にある写真はといえば、『背後から撮ったうなじ』見事に襟足まで金髪だ。または、『タイを緩めた胸元とか鎖骨』その肌は白い。そして、『白シャツの後ろ姿』、等々いずれも4月に行われた健診時に隠し撮りした写真のようだ。
まじまじと見れば、

―――何でコレに需要がある?この写真見てどうする?てゆうか、これを何に使う?なんのマニアだ?

盛大な疑問がゾロの頭にぼこぼこぼこぼこ沸いて出たのであった。



ロロノア・ゾロ、17歳。
新緑が眩いばかりに美しい5月の、とある日の出来事である。




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