彼とシャツと保健室 1









サンジは窓から外をぼんやりと眺め、はァーーーーーと長い溜息をついた。
この高校は海に面した高台にあって、気候は温暖で遠く湾岸に船をのぞみ、緑も豊かな実に風光明媚な場所に位置している。バスに15分も乗れば大きな町に出ることもできるし、近くにはベットタウンもあって、教育にも力を注いでいる地元でも中堅程度の進学校だ。
サンジは此処にこの4月から赴任した養護教諭、ようするに保健室の先生である。
立地条件、交通の便、給与待遇などの面において不満はない。
このご時世に難なく就職できたことを考えれば不満などいえる訳が無く、だがただひとつ不満があるとすれば、

ファイッ、オー!ファイッ、オー!ファイッ…

校庭から声が聞こえてくる。太く張りがあって、元気もあって非常に男らしい声だ。
サンジはまた小さく溜息をついた。

ここは男子高だ。女子がいない。
それが溜息の原因のひとつである。
サンジには幼い頃から抱いていた大切な夢があった。女子高の保健室の先生になって、かわいい女子高校生の身も心も全て面倒みようと、それはそれは楽しい勤務生活をずっと夢見ていた。
邪な願望だといっていいかもしれない。だからといって男子高とは、やっぱりこれは天罰なのかとサンジは空を眺めた。
4月、赴任して早々に校内身体測定があった。これが女生徒だったならば、サンジにとってそこは天国だっただろう。だが何百体もの男の裸をずらりと見せられ、身長やら体重やら胸囲など知りたくもない数値ばかり計ったりして、かなりうんざりしていたところへ、今度は次から次へとむさ苦しい男子生徒が、腹が痛いの、頭が痛いの、怪我したのといって保健室へ押し寄せてきた。

「腹が痛い?まずは便所でも行ってこい」
「頭が痛い?ウチに帰って寝てれば?」
「怪我だァ?赤チン塗ってりゃ直る!こまけぇことは気にすんなっ!」
いってやりたい。そういって放り出してやりたいが、根っから世話焼きな性分なのか、せっせと薬飲ませたり、聞きたくもない話を聞いたり、どうでもいい傷口を消毒したりと、そんなこんなしてサンジはすっかり鬱が入ってしまった。
そんな不毛な学校生活ではあるが、まったく救いが無いわけではない。むしろこれがあるから仕事が続いているようなものだ。

ひとつ。

それは数学のナミ先生だ。
軽やかなオレンジ色の髪と大きくつぶらな瞳。極上のレディである。
年はひとつ上で、細い身体にびっくりするようなおおきな胸をしてる。
ウエストは細く、スカートはどこまでも短くて、その中は何故か見えそうで見えなくらい非常に慎ましいのである。
そこから出ている足はすらりと長く、職員紹介の時に初めてこの先生に会ったときは、本当にこの学校に赴任してよかったと心から思ったものだ。


ふたつめ。

歴史のロビン先生である。
青みがかった艶のある黒髪にエキゾチックな顔立ち。
そしてナミ先生に負けずとも劣らない大きな胸。
腰は細く、パンツスーツの上からでもわかるほど美しい魅惑の足を持っている。
モデルの様な長身で、話し声は低く優しく耳をくすぐるアルトだ。
麗しの年上のひと。この先生に出逢ってからというもの、サンジは夜な夜なお世話になっている。もちろん、実際にお手合わせ頂いた訳ではない。





ぼうっと窓から外を眺めていると、校庭から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
あの声は……

体育のエース先生だ。
実をいえば、サンジはあの先生が少し怖い。
怖いといっても恐ろしいという意味ではない。
むしろとても優しくてすごくいい先生である。
引き締まった素晴しい身体を惜しみなく晒し、性格は男らしくて気さくで親しみやすく、そして礼儀正しいという、生徒には絶大なる人気がある先生だ。だけどサンジはちょっと怖い。


たとえば

つい先日のことである。体育の授業中に怪我をした生徒がいた。手当てをした後は書類を作成しなければならない。まだ不慣れである為に、サンジは担任であるエース先生に協力をお願いした。
「あれ、サンジ先生これは違うんじゃねぇかな。ここにはこれを記入するんじゃねぇの?」
エース先生は優しい声で教えてくれる。
教え方もすごく丁寧でわかりやすい。
だけど距離が近すぎると思うのだ。
黒い髪が自分の肩に、そして頬に、触れんばかりに顔を寄せてきて、熱い息が耳に吹きかかってサンジはどうにも居心地悪くてむずむずしてしまう。
おまけに大きな手を自分の肩に置く。がっつりと、抱き締めるように大きな手で肩を覆われる。この状況をなんといっていいのか。
「ほら、また違ってるだろ?慌てないでいいからゆっくり書いてみれば」
熱い息がまた耳をくすぐる。サンジは手元がますます怪しくなって、どうしても書類に神経が集中できなかった。いくら教えてもらってもさっきから間違ってばかりだ。だから余計時間もかかる。


そしてこんなことも。

サンジが歯科衛生週間とやらのポスターを壁に貼ろうとした時のことだ。
傷薬を借りに来たとエース先生がまた保健室にやってきて、サンジの作業を見ながら、
「ちょっと曲がってるかな。もうちょっと右を下げて」
教えてくれた。
ここまではなにも問題ない。やはり優しくていい先生だ
だがその後、
「少し猫背気味か?もっと姿勢良くしたほうがいいんじゃねぇの。こうやって背筋を…」
といいつつ矯正してくれたのはいいが、その手がなんといったらいいのか。
大きな掌でグッと押してから背中全体を撫でるように何回も何回も、そしてその手が妙に熱く気持ちよく感じたりとか、そして背骨を確認するかのように、つつつつつと下から上へ、上から下へと指先が滑っていって、その感触に、
「…あ、や、あの、いやいや、ありがとうございます…。今度から気をつけますから…」
サンジの背を冷や汗が流れていった。
すると、エース先生は苦笑いをしながら、
「…そうか。いや、困った顔もなかなか…」
そういって、白い頬をすっと指先で撫でたのであった。



サンジはエース先生が怖い。
ふたりっきりになるのがとても怖い。
優しくて、とてもいい先生なのに…。
思い出してはまたちょっと溜息が漏れてしまった。





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サイト開設まもない頃に打ったものです。
2009/02.18 微妙に手直ししました。