彼とシャツと保健室 10









サンジはソファへ座って両手で頭を抱え、ちょっと乱暴に髪を掻き毟り、口端に煙草をくわえた。ニコチンを送らなければ、逆上せて頭がうまく回らない。
ふぅーー、白い煙と共に、大きく溜息を漏らしているとゾロが風呂から出てきた。
無駄のない筋肉だ。うっすら日に焼けている。男の身体など興味はないし、今まで気に留めたこともなかったが、改めて見てみると骨格のバランスが全体的に良い。
と、次の瞬間、サンジの目は別のものを捉えていた。腰に巻かれたタオルの膨らみ、厚手の生地をものともせず、屹立したものに眼を奪われた。

―――何だ、あれは?

凝視するわけにもいかず慌てて目を逸らすと、サンジの頭に再び疑問が嵐のように押し寄せてきた。

『男にセックスを教えるのか?』
『教諭とはいえ、そこまでしなければいけないのか?』
『というか、男相手にできるだろうか?』
『あの身体を?』
『あれを?』
『どうやって?』

サンジはゾロを抱くことを前提に物事を考えている。
自分の方が5歳も年上で、しかも相手が教えてくれというのだから当然自分が抱くのだろうと、この部分にいかなる疑問も感じていない。
風呂場で胸を愛撫されようと、たとえアナルを指で弄られようと、サンジには『自分が男に抱かれる』という概念がなかった。





風呂から出たゾロは片手に酒を持って、サンジの隣へと腰掛けた。ソファがズンと沈む。
酒をグイッと飲み干し、大きく息を吐くと、
「俺じゃ不満か?」
ストレートに問いかけてきた。
その声は潔く、迷いがなくて、どこがどうとはいえないが透きとおっている。
サンジは決心した。
どこでどんな偶然が重なってこうなったかはわからないが、この男とは縁があるのだろう。馬鹿で可愛い、いや見面に可愛いさは微塵もないけれど、性欲と尊敬を勘違いするくらい自分を慕ってくる教え子の為である。
養護教諭たるものケツのひとつやふたつ掘ってもさして問題はあるまい。性教育の授業に疑似ホモ体験が加わって、さぞや奥行きのあるモノになるであろうと、非常に前向きに考えた。

そしてサンジはキスをした。
「わかった。オレが教えてやる」
軽く唇で触れて、そっと離した。それはまるで女性にするような、甘くやさしいキスだった。
啄ばむように何度も唇を重ね、そっと舌を絡ませて、唇を優しく愛撫していると、いきなり腕を強く掴まれた。
強引に舌を吸われ、咥内を荒々しく蹂躙されて、あまりの強引さにサンジは驚いた。乱暴なようで丁寧で、でもしつこくて、予想外に上手いというか、ともかく激しいキスだ。
そして体重をかけるようにゾロに圧し掛かられて、サンジの身体が仰け反るように倒れた。ソファに押し倒され、全身で覆い被さってくる。
――えらくがっついてる。
サンジは思う。余裕がないというか、自分も昔はこうだったのかと思うだけで妙な可笑しさが込み上げてきて、ゾロの短い髪を撫でてみた。何故か愛おしい気がする。
だがこの姿勢はうまくない。ウエイトの違う身体が上にあっては自分がリードできないではないか。
ベッドへとゾロを誘った。
枕元のランプを絞った。暗くもなく、でも明るくもない。ちょうどいい照度だろう。
そしてベッドに横になったゾロの上へと、サンジは自分の身体を重ねた。
またキスをする。そのまま頬に唇を滑らせ、耳から首へと優しく愛撫した。耳朶を玩ぶように唇で挟み、ゾロが嫌そうに顔を背け、
「やめろ」
サンジがニッと笑った。
「気持ちいいだろ?」
くすぐったいのは感じているからである。サンジは考えた。ならばやめる必要などないのだ。
執拗に耳を責めているとゾロの手がいつの間にか自分の尻を掴んでいることに気づいた。大きな掌で鷲掴みにしている。
――またケツか。
どうやらゾロは尻が好きらしい。ならばと好きなようにさせていると、その手が窪みをなぞるようにして窄まりを捕らえた。さっきのような無礼こそしないものの、何度も何度も、執拗なほど窄まりの襞、その周辺を撫でる。

―――穴なら節穴でもいいというか、そういうお年頃なんだろうさ

それでもサンジは気づかない。
だが身体は別だ。だんだんと変な気分になってきた。そこがむずむずする。何故だろうか。いつまでも触られていると物足りなさを感じてしまって、そんな気持ちが伝わったかのようにいきなり指を入れられ、ビクンとなって背中から突き抜けるようなこの感じは、この快感はいったいなんだろうか。

「うまくねぇ」
姿勢が、というなりゾロはおもむろに身体を起こし、上に乗っていたサンジを転がすようにうつ伏せにした。そして腰を両手で持ち上げ、サンジが疑問を感じる暇もなく、今まで自分が指で愛撫していたところを舐めたのである。
驚きのあまりサンジの声が裏返った。
「え?な、な、な、何だ?え?」
訊いても返事がない。
散々弄られてそこが敏感になっているのだろうか。襞のひとつひとつを丁寧に舐めらて、サンジの身体は硬直してしまった。認めたくないが、感じてる。信じられないことに、勃ってしまった。
両脚を足で押さえられて、且つ腰まで両手で強く固定されている。そんな身動きとれない状態なのに、襞の隙間からぬるりと何かが入ってきた時は、
「あ、あっ…」
図らずも声が出てしまった。発情した動物のような甘い声だ。
サンジは慌てて両手で口を塞いだが、時すでに遅かったらしく、ゾロの動きが急に止まった。恐る恐る背後を振り返ってみると、そこには硬直したゾロがいた。ひどく驚いた表情だ。
「…いやいや、勘違いするんじゃねぇぞ…。こりゃ何かの間違い」
幻聴だ気のせいだと、必死で言い訳するサンジをゾロはまた押し倒した。金色の頭を両腕で強く抱き寄せ、また激しいキスをした。

―――あれ?さっきオレのあそこを舐めてたんじゃ…?

不幸中の幸いといっていいのか、その疑問を追及する余裕もなくなるくらい、立て続けの愛撫でサンジの頭はホワイトアウトだ。
勃ってしまったものをギュッと握られて、ずるっと根元から扱かれ、「…あっ」また声が出たところへ、今度は乳首を抓られて「…っ、あ、ああ」再び声が出てしまった。ほぼ喘ぎ声だ。そして後ろの窪みに指が入ってきたかと思うと、それがぐるりと中で動いた。
「や、やめ…っ」
腰が力抜けたように震える。サンジはベッドに顔を押し付けて、シーツをギュッと握り締めた。

―――抱くというよりも、抱かれてるような?
―――『教えて』って、オレの身体を使って『教える』ことか?

サンジの疑問が確信になったのは、再びうつ伏せにされた尻を高く持ち上げられた時だった。
ぺリッ、と何かを破る音が背後から聞こえた。
何だろうとサンジが振り返ると、「心配ねぇ。マッサージ用のローションだ」ゾロが答えた。さすがに何でローションが必要なのかと、かまととぶったことを聞くつもりはない。ただ、サンジは現状を把握してしまった。
薄闇にそそり勃つものが見える。

―――それをオレに?

抱くとか抱かれるとかの問題よりも、貞操の危機なんかどうでもよくて、ただ単にサンジは我が身を案じた、というか、尻の崩壊を恐れた。物理的にありえないと思う。おもいきり逃げ腰になった腰を強く掴まれ、ぬるりとした冷たい液体を感じて、そして身体がありえないものに侵入された時は、

「――――――――ッ!」

正直いって、もう駄目だとサンジは思った。声にならない苦痛とはこういうことをいうのかもしれない。
だがローションの威力は絶大だった。苦しいはずなのにヘンな声が出て、辛いはずなのに身体が感じてしまい、その後2ラウンドまでこなすことが出来たのは、ローションのおかげといっても過言ではなかった。








「…おい」
「………」
「おい、無視すんな」
「…『おい』で人を呼ぶんじゃねぇ…」
「なんて呼んだらいい?」
「…名前で呼んだらいいだろ。バカか。それよりオレはケツが痛てぇんだが…」
「…名前?そういや知らねぇ。なんて名前だ?」
以前、ナミやエースが名前を口にしていたような気がするが、ゾロはさっぱり覚えていなかった。
「…てめ。名前も知らない人間の尻にだな、いきなりそんな不躾なモン突っ込む奴に、そんな失礼な奴に教える名前なんかねぇ!ふざけんな!」
するとゾロが小さく首を傾げた。
「じゃ、先生?」


先生。
それは甘い響きだ。密かに、二人だけの時間に囁かれるはずの言葉だった。
サンジはいままで幾度妄想したであろうか。
女子高校生のしっとりと濡れたピンクの唇。その唇から呟かれるはずの、そう微かな喘ぎ声とともに、耳をやさしく擽る言葉のはずだった。
女子高にさえ赴任していれば、それは実現できたかもしれない夢だったのだ。
それが何をどう間違ったのか、目つきの悪い教え子に、しかも男でガラが悪い、そんな男子高校生に何故ベッドで言われねばならんのか。サンジは呻った。しかも組み敷かれたのは自分である。想定外も甚だしい。


「おい、先せ…」
「こら!いうんじゃねえ!」
サンジはシーツに顔を突っ伏した。
「『おい』で構わねぇから、そう呼ぶんじゃねぇぞ…。しかもオレはケツが痛てぇ…」
涙こそ出ないものの、心は既に半泣きだ。 そんなサンジを抱き寄せて、
「よくわからんが、これからってことだな」
そんな不思議な呪文を呟いたかと思うと、ゾロは頭をサンジの首に擦り付けた。

これから何だというのか。
それにしてもケツが痛いが大丈夫なのか。
サンジにはまだ疑問がある。これがずっと頭にこびりついて取れないのだ。
―――この男は本当に童貞なんだろうか?





首元から根息が聞こえる。スースーと鼻息がくすぐったい。そんな寝息と体温が腹立たしいほど心地よくて、見つからない答えを探しているサンジにも、ようやく眠りがやってきたらしい。目を閉じるととろとろと落ちていった。





外が静かだ。ときおり風がヒューと窓を叩くが、どうやら嵐は去っていった。明日はいい天気になりそうだ。










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