ゆうらゆうら、海を流れてきた箱。
紙で封印された小さな箱。
剣を司る男の手がそれを拾い、
コックの指がそれを開け、
その傍には航海士がいた。





COVALENT BOND





■一夜

嘘臭いほど空が青い。
まるで絵の具のような安っぽい空の色だ。深みもなにもない、ただただ青いだけ。
地面には紙のような草が生えている。もしかすると紙のようじゃなくて、本当に紙で出来ているのかもしれない。
ペラペラだ。触ると絶対カサカサ乾いた音がすると思う。空は絵の具で草木は紙っぺら、それくらい現実感がなくて、此処は誰かがこさえた箱庭みたいだ。
樹には桃が生っている。その実もどこかふわふわ軽そうで、中身は空っぽなんじゃないかと思う。良く出来ているけど、あれもただの紙で出来ているんだろうか。そよ風にゆらゆら揺れている。
そんな紙っぺらの草叢の上に、うちの剣士とコックが腰掛け、二人でなにか話していた。
いつも喧嘩ばっかしてるみたいだけど、ホントはそんなに仲が悪いわけではないのかもしれない。あの傍迷惑な喧嘩も、ただ彼らなりのコミュニケーションのひとつなんだと思う。
なにをしゃべってるかわからないけど、ああしてるとただの普通の男の子だ。
サンジくんはケラケラ笑ったかと思うと怒鳴って、ゾロはムッとしたりニヤッとしたり、またはゲラゲラ笑ったりと、そんなありえない風景に贋物じみた青空はとてもよく似合う。
真っ青な絵の具の青空。
そよ、そよ、そよ、そよ、風が吹いて、カサコソと紙の草と樹を揺らした。





■二夜

好きな食べ物や嫌いな食べ物、子供の頃のつまらない話、怖かった話や笑える話、そして女の子の話。
俺は同年代の男とこういう普通の話をあまりしたことがない。そういう機会がなかったからだ。自分の周りは年上ばかりで、自分がいつも下だったから、だから皆に負けないよう、馬鹿にされないよう背伸びばかりしてたような気がする。
今乗っている船は違った。船長は17歳でウソップも17歳、チョッパーはトナカイで何歳かは知らないけど、自分たちよりは年下に違いない。だから俺とマリモが最年長。
それはそれは苦労もたっぷりさせられたけど、それでもこの船に乗って良かったと思っている。
ウソップは気のいいほら吹き男で、チョッパーは心に負った傷ゆえか、生まれ持った彼の本質かは知らないけど、心優しいトナカイだ。
ルフィは器の大きい男である。行動力と胃袋のでかさはたいしたものだとつねづね感心している。神経の図太さも半端ない。もっともこれくらいでないと海賊王になるなど、馬鹿げたものは目指さないだろう。
男の中で残るはマリモ。ただこの男とだけは何故か馬が合わなくて、何故かいつも喧嘩になってしまう。同い年ゆえ、互いに負けたくないという気持ちが強すぎるのが原因かもしれない。
だけど二人きりなら、むかつくことは多々あるものの、こうして会話が弾む。
腹も立つけど、でも笑える。
楽しく感じる。
そう、たとえ、これが夢だったとしても。





■三夜

世の中には不思議なことがあるものだ。
これで3日連続である。
何故俺はここにいる?
どうしてこの男と話をしている?
ルフィじゃないが、思ったよりも世界は不思議でいっぱいで、そんな不思議もたまになら悪くない。
俺の隣にいるコックは阿呆な男だ。いつも俺が何か言うたびにギャースカ怒鳴る。女にはとことん優しく男には果てしなく厳しい差別主義な男だが、こうして普通に話せば阿呆は阿呆でも楽しい阿呆だと知った。
この男は表情をころころ変える。
怒る、怒鳴る、ニマニマ笑う、笑う、また怒る、ニヤリと笑う、また怒鳴る、小馬鹿にしたように嗤う、怒る、そしてゲラゲラ笑う。
しかも何故か嬉しそうだ。
今までコックの顔なんかしみじみ見たことなかった。女ににやけてる顔か怒鳴ってる顔しか知らなかった気がする。
でも今は笑ってる。楽しそうに笑ってる。
金色の髪がそよ風にさらさら揺れ、眼の色は青空よりも青く、ぐるぐる巻いた変な眉まで愛嬌に見えてしまう。本当に世の中不思議なことだらけだ。
そうこうしているうちに、コックのシャツの前が少し開いていることに俺は気づいてしまった。
だからなんだといわれればそれまでだが、ネクタイが解けていた。
俺は少しどうかしてるのかもしれない。
きっとこの男が笑っているからだと思う。
コックの腰が細い、きっとナミよりも細い。
コックは色が白い、きっとロビンよりも白い。
本当に頭がオカシクなってしまったのだろうか。
今まで幾多もの戦闘があり、俺もルフィもみんな傷だらけで、きっとこの男にも怪我してて、ドラムで重傷を負ったらしいがその傷はきっとまだ残ってるんだろうと思うけど、どんな傷なんだろうなんて考えるのは、やはり頭が変だからか。
その傷を見たいとか、思ってしまうのはやはり俺の頭がイカレているんだと思う。
さて。
どうしたものか。
たとえ夢だと自覚があったとしても所詮は夢、そもそも夢に常識は必要だろうか?イカレた頭に理性は存在するのか。





■四夜

本当にこれはなんだろう。
疑問だらけだ。
4日続けて同じ夢なんか見たことなくて、いくらなんでも変だと思うし、しかも夢の中でこれは夢だと認識してても何一つ状況は変わらないという、これはいったいなんだんだろうか。
樹にはやっぱり桃が生っていて、いつもゆらゆら揺れている。絶対身なんか詰まってない。軽すぎる。
ペンキで塗った馬鹿みたいな青空。
子供が作った箱庭みたいな空間だ。
そこにあの二人がいる。笑って怒鳴って怒ってまた笑って、何故か声が聞こえないけど楽しそうなのはわかる。
ただそれだけ。
この夢にはどんな意味があるのか。
いくら考えてもわからないけど、でもわかってることもあった。サンジくんが笑ってる。ゾロを相手に笑っている。私やロビンにあんな馬鹿みたいな顔しなければいいのに。憎たらしいことに、彼は男同士で話している方のがずっといい顔している。
なんてこと考えてると、サンジくんがスーツの上着を脱ぎはじめた。
下はワイシャツ一枚で、そのシャツのボタンを外して彼はゾロに背中を向けた。
ドラムで受けた傷を確認しているのか、ゾロはシャツを捲ったままその背中をずっとみている。
あの時は本当に大変だった。
ううん。あの時も、そうあの時だってその前だっていつもいつもすごく大変な思いをさせられたけど、病気で寝込んだのなんて子供のときくらしかなかったからとても辛かったのは事実だ。
あの時にサンジくんは背中に傷を負った。
申し訳ないと思う。変に誤解されそうだからいわないけど。申し訳ないし有難いとは思うが、だからといってその傷を見たいなんて思わない。
その傷に触りたいなんて、ましてや…。
ゾロ?
気づいてる?
けだもののようというか、今にも噛み付きそうな顔してるんだけど。
傷口を見てると変な気分になるのかどうか、そんなマニアックな嗜好は知らないけど、いつまで触って…。
あ。
舐めた。





■五夜

俺は今までマリモマリモ、ハゲ、ハラマキ、クソマリモーーーといろいろな呼び名で呼んできたけど、まさかヘンタイだとは思わなかった。
夢の中とはいえヘンタイに背中を舐められた。
獣のような熱い舌で、まるで傷を癒すように執拗に舐められて、うっかり変な気分になってしまい、俺は一瞬死にたくなった。
ここまでは昨晩あったこと。
すると今夜は、いきなり後から羽交い絞めにされた。
最初、喧嘩を売ってるんだと思った。やる気かこの野郎!上等だ!喧嘩だってなんだって受けて立ってやるぜヒャッホウ!なんて思ってたら、どうも様子が違う。なんていうか、羽交い絞めというより抱かれているような、乱暴なことされてるんじゃなくて、むしろ抱きしめられているような感じで、触れ合っているところが発熱しているような、だから俺はというか、俺の心臓はとても血行が良くなってドキドキしてしまったわけだ。
ここまではかまわない。
良くはないけどまだ許してやれる。
背中は温くて気持ちいいし、まるで湯あたりしてるみたいに身体が火照るし、温熱療法だと思えば我慢もできる。
だが、これは駄目だと思う。
ヘンタイの腕が、背後から絡まる腕が、すっと俺の胸を撫でた。
この男は夢の中でも寝ぼけているのか、まさかレディの柔らかくパフパフなおっぱいでも触っているつもりなのか、なにを勘違いしてるか知らないが俺の胸を撫でている。夢で寝惚けるとはこれまた器用な男であるなーなどと、あまり悠長なことを言ってられなくなってきた。
くすぐったい。
むずむずする。
こそばゆい。
俺はマリモに苦情を訴えることにした。

いくら俺が温厚であっても許せないことがある。
部分的に弄りまわすのはやめていただきたい。
頼んでもいないのに人の夢に出てきて、且つ承諾もなく人の身体を弄繰り回すのはいかがなものか。

するとこんな返事がかえってきた。

お前が温厚というならば、この世界に短気な人間など存在しない。
それと、俺がこの世界に存在するものの、どこをそう触ろうと、たとえそれがお前の身体であったとしても、俺の夢で俺に文句をいわないでもらいたい。
これは俺の夢だから、俺の好きにさせてもらう。

マリモがおかしなことをいっている。
これは俺の夢だ、お前の夢ではない。いくら寝惚けているにしても阿呆すぎる。
夢だから多少辻褄が合わないのは眼を瞑ってやってもいいし、たかが夢にむきになるのどうかなんて考えていると、手が、マリモの手が、右手が俺の股間を握った。
大きな手で服の上から揉むように撫で、包み込むように熱い掌で覆う。
駄目だ。
これはいけない、俺の股間が、いろいろな意味で、危ない。










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