12
.たったひとつの名前









確かに興味はあった。だがこの男を抱きたかったかというと、
解からない。
戯れにキスをした。その行為に明確な性的欲求があったかどうかさえも。
知らねぇからお前にまかせる、言われて正直に口が動いた。
「俺は男を抱いたことねぇ」
「何だ、お前も初めてか?」
同じだな、と頬を染め照れくさそうに笑う顔。それを見たとき身体の奥から込み上げてくる感情。
椅子に腰掛けたまま、開かれた自分の足の間に置かれた身体。立ったまま魔法使いは啄ばむようなキスをゾロに与える。
顔を離して、ゾロは薄い唇を割って指を差し入れた。
あたたかく、しっとりと湿った咥内。歯や上顎、唇を捲って舌を引き出すと、頭を抱くように引き寄せその舌を吸い上げた。
上から金色の髪がさらさらと顔にかかる。腰に腕をまわせば予想以上に細い。確かめるように白いローブの前を開いて胸元をさらけ出した。
日の射さない森とローブに守られた肌は白く、痩せた筋肉質の薄い胸板、その肌にゾロは唇を落とした。
薄い色の、突起ともいえないほど小さな乳首。尖らせた舌で何度も舐めると次第に顕わになる存在。きつく吸うと身体が揺れ、小刻みに震えた。
心臓の上、それに一番近い場所を強く、きつく、貪るように吸うと、肌には刻まれた赤い痣が残る。
ちりちりと、焼かれるような刺激に魔法使いは身体を崩し、

「…ここで…か…?」
問われて、見上げた顔があまりにも赤く、眼を閉じてゾロはもうひとつ赤いしるしを付けた。





ベッドの上に横たわるのは、外に開かれたことのない男の身体。
大きく足を開かせ、その奥に隠されたものを曝け出し、中を深く指で弄る。指の本数が増えるたびに緊張が走る。深く指を差し込むたびに息を止め、抜くときに身体が跳ねた。
「辛いなら声を出せ」
ふるふると小さく頭を左右に振る、頑なな男の身体をゾロは開く。
ここまで晒しておきながらまだどこか拒むように固く、その奥にまだ何か隠されているものを探すように、ゾロは執拗にその中を弄った。
半勃のペニスが揺れる。
腸壁の上部、腹部側にある場所を見つけた。少し丸みをおびた感触が他の場所と確かに違う。その場所をなおも撫でると触れてもいないペニスが勃つ。
その感覚は尿の排泄を促すものに近く、魔法使いを戸惑わせた。
「勃ったぜ」、ゾロの言葉が、自分の股間のものを指しているのに気づくと羞恥のあまりか、手で勃ったペニスを覆い隠そうとするその手を掴まれ、さらにその場所を愛撫されて、
魔法使いの眼から涙がこぼれる。
「…女みてぇじゃねえよな…?」
「違う。お前はどっから見ても男だ。女のように抱くつもりはねぇ」
答えると、「そうか、よかった」と、笑いすら浮かべた赤い泣き顔は、ゾロの胸をちりちりと焦がした。



痛みに呻く身体を、正面からゆっくりと少しずつ開く。
「痛いんなら、声を出したほうが楽になるんじゃねぇか…?」
腕に食い込む指先が震え、ゾロは返事のない男を一気に裂いた。
「あ、あ、ああああっ、いっっ…」
頭にくちづけを落とし、髪を口に含む。痛みが引くのを待ちながら、余計な言葉が漏れないようにゾロは自分の口に金色の髪を一房入れた。

名前を知らない男の身体。
能力と引きかえに封印された名前。
それを望むわけにはいかない。

自分の動きに逃げる身体を押さえ込んでゾロは動く。避けるのは無意識の行動なのか、そういう目的で作られてはいない身体。男としての存在を主張するように屹立したペニスを握り、丁寧に扱くと精を吐いた。



「…なァ、ルフィが泣いてねぇ…?」
突然の問いかけに、しばし耳を澄ませても泣き声は聞こえなかった。石でできた、どんな攻撃にも耐えられるくらい頑丈な城。そしてこの場所と王の寝室はかなり離れている。たとえ泣いたとしても聞こえるはずがない。
それを訴える眼が、ゾロを通り越してもっと遠くを見ているのに気づき、
「…泣いてねぇから、心配すんな」
注意を自分に惹きつけるように再び動いた。
しばらくして再びその口から「…やっぱりアイツ、泣いてねぇか?」、泣きながら問われたゾロはその身体を強く抱きしめた。



森の奥に住む、15歳の少年に赤ん坊を託した。
それから4年半、内乱も治まり赤子も5歳になって生まれた場所へと戻った。
少年も今では青年となり、秋には海へ帰るという。
たったこれだけのことなのに、何故にこうも胸が痛むのか。涙を流しつづける腕の中の身体を、離しがたいのは何故なのか。いくら抱いても、満たされない思いは何処からくるのか。










翌朝、その日最初の太陽が昇るころ、魔法使いは城を出た。
たぶんほとんど睡眠はとっていない。
明日にしたらどうだ、ゾロから勧められても、ルフィに会っていかねぇのか、ナミから謝礼をぶんどれ、いくら言われても考えを変えるつもりはないらしい。
城門に立った二人を朝日が照らす。

ここまででいい、と振り返った魔法使いはゾロに腕を差し出した。
ローブから曝け出されたその白い腕には、絡まるように銀とターコイズが光る。
手を出せと言われ、差し出したゾロの掌に、握り締めた手からぽとりと落ちた小さな皮袋。

「何だ、こりゃ?」
茶色い、細い紐のついた皮袋を渡された。
「俺の名前」
何故それが自分の手の中にあるのか。答えを求め、ゾロは眼の前の男に視線を移した。
「それくらいしか、やるモンねぇし」
お礼だ、と笑う。
「…何の?」
それの返事は貰えずに、

「俺の名前は『形』だから、人にやることができるんだよな。ひとつしかねぇから、ひとりにしかやれねぇけど」
あのクソジジイも誰かにくれてやったんかな、と尚も笑顔は崩さない。

「…お前は自分の名前を知ってるのか?」

「しらね。自分じゃ開けるなってジジイが言ってた」

「これを自分で開けたりしたらどうなる?」

「自分で見たら光を失うってさ。ただの脅しか、本当なのかは知らねぇけどな」
できれば大事にして欲しい。でも邪魔なら、それが重荷だったら捨ててもらってもかまわない。
笑いながら、淡々と話し続ける。

そんな大事なものはもらえない、そんな当たり前のことが何故か言葉にならない。
掌に『名前』を握り締めたゾロは無言で立ち尽くした。

「もし、もしもだけどな。また何処かで会うことがあったら」


俺の名前を



朝を告げる城の大砲が空気を震わせ、廻りの木々から鳥が一斉に飛び立った。
同じく、その音に押されたように魔法使いは歩き始めた。
少しずつ遠ざかってゆく背中。
一度、振り返って笑い、姿が見えなくなる寸前、もう一度振り返って大きく手を振った。
皮袋を握り締めた手はそれに答えることができず、ピクリと小さく動いただけで、


ゾロの視界から魔法使いの姿が消えた。

7月。強い日差しが大地に光と影をつくり、舞い戻った鳥が空を泳ぐ。











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