11.
祝賀会のあとに








城の大広間にて、国王誕生の盛大なる祝賀会が催された。
城中のいたるところに松明が灯され、まるで昼間のように煌々と明るい。
あふれる光の洪水の中、幼い国王は食べたいものを食べたいだけ食べ、きょろきょろとあたりを見渡しながら落ちつかない様子である。

慣れない緊張を強いられた所為かもしれない。肉を片手に、早くもうとうとと居眠りを始めた。
ルフィが抱きかかえられながら部屋へと連れて行かれるのを見て、魔法使いも大広間を後にした。
静かな森での暮らしと、あまりにかけ離れた世界。
誘われるように中庭へと向かった。
夏の夜。ハーブガーデンの柵にもたれかかり、一服しているとそこへトナカイのチョッパーがあらわれた。
「なんか人酔いしたみたいだ」、照れ臭そうにトナカイが笑う。そして二言三言、言葉を交わすとチョッパーがぽつぽつと話し始めた。


「ここはいい国だと思う…」


生まれ育ったのは、白い雪に覆われた厳寒の地。獣でありながら人間の言葉を話せることで、仲間や人間に追われるようにその地を後にした。
途中、力尽きて路上に倒れこんでいた所を医師である男に助けられる。

その男の手伝いをしている内に医学の知識が身についた。しばらくして男が病に倒れ、チョッパーは必死でその男を治そうと努力をしたらしい。


「その男はどうした?治ったんか?」

「死んだよ。でも、最後に『ありがとう』って」

「生き物は、いつかはみんな死ぬんだ。そんなのはわかってる。でも俺は『治してくれてありがとう』と言われる医者になりたい。何もできずに、ただ見守るだけで『ありがとう』なんて言われたくないんだ」

「俺、トナカイだろ?でもこの国は俺を受け入れてくれた。ゾロもナミも他所から流れてきた人間だって聞いた。前国王はそういうことにこだわらない懐の広い人物なんだそうだ。でもクロコダイルはそういうのが我慢できなかったらしい。得体の知れない余所者が城や国内に入り込むのがイヤだって聞いたことがある。治安が乱れるからだって」

「人それぞれに考え方が違うのは当たり前だ。どっちが正しいとかの問題じゃねぇ」

「…俺、自害用の薬を用意しろって言われた。本当の選択肢は3つなんだ。処刑か自害、そして追放。追放の際は片腕を取られるらしい。そして二度と戻ってこられないくらい遠い地に追いやられる…」

「3つから選べるんじゃ幸せだろ?」
魔法使いは月のない夜空を仰ぎ見て、
「確かにここはいい国だな」
そして笑いながらトナカイのピンクの帽子を、ぽんぽんと軽く叩いた。
「お前さ、何で会って二度目の俺にそこまで話す?」
そんなに話が好きなのか、と腰を落として帽子の隙間から顔を覗き込んだ。
バツが悪そうに俯いたまま、微かに開かれた口元。その少し上の青い鼻がひくひく動いて愛らしい。

「ゾロが…」
「ゾロが?」
悪事を咎められた子供がまるで言い訳をするように、おずおずと開かれた小さな口。
「…お前をこの城に引き止めてくれって…。ルフィの為に…」

「最初は断ったんだ。俺じゃ無理だって。でも、話をするだけでもいいからって…」
必死で言い訳をするトナカイに、魔法使いは穏やかに微笑んで頭を撫でると猫背気味の背筋を伸ばし立ち上がり、不思議な言葉を口にした。
「何だ、今のは?どうやって発声したんだ?」
「お前の身の上話を聞かせてもらったお礼だ。ハーブがいっぱい生って、皆の病気が早く治せるといいな」
笑いながらその場を立ち去った。



新月の夜。
小さなトナカイのハーブガーデンから、湧き立つような匂いが立ち上った。








部屋に戻った魔法使いはランプの灯りをつける。小さく灯された優しい光。
大広間ではまだ宴会が続いているらしい。賑わいが開かれた窓から微かに聞こえる。月のない夜に、城はまるで道しるべのように、その存在を示すかのように明るく輝く。




叩かれた扉。


入室を促すと、酒を片手にゾロが入ってきた。室内に置かれた椅子へ腰掛け、ふたつのグラスに酒を注ぐ。

「お前も疲れただろ?」
「俺はただ見てただけだから」
警備などもあり、ゾロは忙しかったのであろう。同じ城中にいても顔を合わせることはなかった。もっとも城の大きさからすれば当然かもしれない。
「庭でトナカイにあったぜ。ああ、チョッパーだったな」
「いい奴だろ?」
「ああ。いろいろと話をしてくれた」
魔法使いはグラスを受け取り、腰掛けずにそのまま立って酒に口をつけた。
「アイツも苦労してるからな。チョッパーをこの城へ迎えるときは上の方でだいぶ揉めたらしい。王弟派が強く反対したそうだ。『人間の身体を動物が、トナカイが診られるわけがない』ってな。王の側近達の強い要望で受け入れることになったが、理由は前王が王妃と同じ病に倒れたからだろ。結局、王は亡くなったが、医者なのにチョッパーがそのとき一番大泣きしたんだぜ。よほど悔しかったんだろうな。あの時、夜も寝ないで一番頑張ったのはアイツだ」

酒で喉を湿らせながら、

「まったく、自分の患者が死ぬたびに大泣きしやがって。だけどよ、『泣くたびに俺は強くなる。同じ失敗は二度と繰り返さない』、だと。抜かしやがるだろ?」

立ったままの魔法使いを見上げた。
「此処ならルフィも安心だな…」
薄く笑いながら、

「明日、帰ろうと思う」

その言葉にゾロの片眉がぴくりと動いたが、何も言わずに苦々しげに酒を飲み干した。2杯目をまた注ぎ、口をつける前に、
「またあの薄暗い森で、ひとりで暮らすのか?」
訊ねた。
「海へいこうと思ってる。秋になったら、海に帰ろうかと」

―――海

その言葉に驚いたようにゾロは顔を上げたが、すぐに視線をグラスに落とした。
魔法使いは既に20歳になっている。祖父に言われるがままに、森で生活して10年。とうに成人した男の決めたことに、他人が口出しはできない。
「…そうか。こりゃルフィに泣かれるな」
「そんなのは一時的なもんだろ?子供なんてすぐに忘れちまうんじゃねぇか?
他に世話してくれる奴がいっぱいいるしな」

何も答えずにゾロは2杯目の酒を煽る。少し乱暴に口をつけた為か、酒が口端から零れ、つううと喉を伝う。
その酒の流れを魔法使いは指で止めた。
酒で濡れた指先を口に含み、そしてゾロの顎をすくって、その首に滴る酒を口に含んだ。
自分よりも色素の濃い肌。喉元から顎に、ゆっくりと唇を落として酒を吸い取り、その口を覆う。

「眼ぐれぇ閉じたらどうだ?」
うっすらと眼を開けたままのゾロに、上から言葉をかけた。
「…ほんとに負けず嫌いなんだな、てめぇは」
「少しだけな…」
ゾロの顎を弄びながら、
「これには続きがあるんだろ?」
笑った。


魔法使いの顔をランプの灯りがゆらゆらと照らす。
新たに月が生まれた、ある夏の夜のこと。










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