いぬ の はなし。 9








翌日、ヤツがまた同じピアスを買ってきた。

「穴が塞がっちまわない内に、つけねぇとな。ひとつだけ空いてるままじゃ可哀想だろ?」

穴よりも、可哀想なのは俺の方ではないだろうか?既に傷が塞がりつつあるのを無理やりこじ開けられ、俺の耳には3つのピアスがつけられた。
その金色のリングを、耳たぶを、ヤツは愛おしそうに軽く触れる。骨張った、白く長い指で。

ヤツとの関係が変化しても、普段は何も変わらなかった。
喧嘩もすれば笑いもする。もちろん蹴られるし、やられれば俺も殴り返す。怒ったときは今までどおり凶暴この上ないし、理不尽な言い分は相変わらずだ。
ただ俺はイヌになった。





夏の終わり、蝉の鳴き声が少し遠のいた頃、動物の共同墓地へイヌを埋葬した。
ヤツが窓口で手続きをしている間、俺は外で待っていた。
覆い茂る豊かな緑と、広い芝生。不釣合いな線香のにおいが時折流れてくる中、ある親子連れの会話が聞こえてきた。
「ここならお友達がいっぱいいるから、だから寂しくないよね?またウチの仔に生まれてこないかな…」
子供の問いかけに親が頷いている。
俺は輪廻もあの世も信じてはいない。そしておそらく神すらも。
供養は死んだ者の為というより、辛くても生きてゆかねばならない生者の為だと思っている。そう考える俺は、記憶に薄い姉の死にも実感はないのだろう。

その日、帰ってから庭先にある樹の下にイヌの欠片を埋めた。
俺が暗く深い穴を掘って、ヤツが一欠けらの小さな骨をその底に置く。
白い布で丁寧に包まれたイヌは、此処で眠りについた。
傾いた太陽がシイの樹を照らす。樹は地面にくっきりとした影を描き、その中に俺とヤツの影も溶けるように交わる。視線を地面に落としたまま、声をかけた。

「お前んちの爺さんが国に帰ったとき、イヌが鳴いたろ?」
「そうだったか?」
「朝靄でまわりが真っ白でよ、そん時イヌが鳴いてた。すげえ切なそうな声でな」
「よく覚えてんな、随分前のことなのに…」
「ヤツのおかげで眼が覚めちまったからな。イヌでも爺さんが居なくなっちまうのがわかって鳴いてんのかと思ったけど、違ったな。お前だ、お前の代わりに泣いたんだ、イヌは」
「俺の代わり?クソジジイが出て行って、なんで俺が泣く?うるさいのが居なくなって清々してんのよ」
「イヌに爺さんが故郷に帰ることは理解できねぇだろ?ただ出掛けるなァ、くらいしか解からなかったんじゃねえのか?だからイヌはお前の気持ちに共鳴したんだろうよ」

「お前はイヌのこと可愛がってただろ。たぶんイヌは世界で一番お前が好きだったんだと思う」

イヌが感じたのはこの男の気持ちではないかと俺は考えた。当たっているかどうかは判らない。
ヤツは黙り込んだままで、顔にかかった髪で表情すら伺えないのだから。俺も口を閉ざすと、夏の名残のように蝉がじじじと短く鳴くのが聞こえた。





死は本能で生に執着をもたらすのかもしれない。
イヌの死は、俺の中でヤツに対する情動に変化した。その身体を貪り食い尽くしたいくらい、激しい欲望が込み上げる。
その夜、食事の後にヤツを引きとめた。「帰るな」と。それは暗黙の合図のようなものだ。
風呂上りのしっとりと汗ばむ肌に唇を落とす。
耳下を舐めると、感じる部分なのか身体が小さく震えた。
耳朶を噛んで、中を舌で埋め尽くすと熱い吐息が頬を掠める。そのままシャツの隙間から探しあてた乳首を刺激した。
男でも乳首は感じるらしい。指腹で撫でている内に固さを増してきたソレを、爪で強く押した。
「…うっ」
小さく漏れ出た呻き声に誘われるように、それを口に含む。豆粒のように小さいものを、乳暈ごと吸い上げると逃げるように身体が動く。
今度は舌先で突きながら尖ったものを噛むと大きく身体を震わせた。

「…ここに付けさせろよ」

顔を見ると微かに眉を顰めている。自分の言葉に後悔はないが、おそらく拒否されるだろうと思った。怒鳴りながら蹴られるか、とも。

「もうひとつ、残ってんだろ?」

なにも言わず、俺の言葉にヤツはゆっくり身体を起した。





「…っ、冷て…」
左の乳首に氷を這わせる。冷たさに硬さを増して赤く尖りをみせ、解けた氷が水となって腹をつたう。
ヤツは低いベッドを背もたれにして、床へと座り込んでいる。
顎を押さえて上半身をベッドへ倒すと、胸が大きく反り返ったように突き出て、そこへ更に氷の欠片を押し当てた。
柔軟な身体だと思う。腰が、骨がしなるようにやわらかい。

「もういいんじゃねぇのか?冷たすぎて痛てぇ…」

蹴るでもなく、いつものように罵ることすらせずに、この男はそれを受け入れている。氷の冷たさに逃げるでもなく、ただそこにいる。
一通りの手順を聞いた後、赤くなった乳首の側面へ消しゴムをあてた。印をつけることもせずに、一気にニードルを突き刺すと小さく身体が動く。
こんなに小さくてもかなり弾力性があるのに俺は驚いた。手に、指に、肉を貫いた感触が残る。ニードルが刺さったままの状態で顔を上げると、ヤツは目をそむけるでもなくそれを見ていた。
自分が貫かれる様を、ずっと、その青い眼で。

不思議な感じだ。
自分の片割れがここについているような。
氷の冷たさに赤くなったそれに、金色の小さなリング。
ヤツも不思議そうな顔でそれを見ている。
「自分の身体なのに、自分のものじゃねぇみてえだ…」
俺がイヌになって手に入れたものだ。だからこれは俺のものだ。だが、それを口にすればたぶん喧嘩になる。言葉を飲み込むように、取り残されたようなもうひとつの乳首を口に含んだ。

「結構、興奮するもんだな」、これは前にヤツがいった言葉だ。確かにそのとおりかもしれない。




それから暫らくは文句を言い通しだった。
「変態臭い。つうか、てめぇは変態そのものだ」
「しかもシャツに擦れて痛い」
「雑菌が入って化膿したらどうすんだよ?デリケートな場所なのに」
「イヌの分際でロクでもねぇことしやがる…」
だがそれを拒否しなかったのは自分だ。
「これじゃプールにも行けやしねえ。つうかマジで銭湯にも行けなくねぇか?」
「おい、なんかこっちだけ大きくなってねぇかよ?」

確かに左側だけほんの少し大きくなったような気がする。そして明らかに感じやすくなった。
芯に金属が通されているからか、触るとすぐに硬くなる。こんなに小さいくせに、押すとスイッチのように身体が発火するのだ。
挿入しながらそこを摘むと、喘ぎながら逃げる身体を押さえ込んだ。

「あっ…。おい、…やめろ」
「やめねぇよ。感じてるくせに」
悔しそうな顔で俺を睨みつけるが、その顔は真っ赤だ。
いつか教えてやろう。
お前のそういう顔が俺を煽っているのだと。凶暴で傲慢なお前を見下ろすのはとても気持ちがいい。そしてお前が泣かないからだと。

連続でいった身体は文句を言う気力もないくらい、くったりと横たわっている。
仰向けに転がして大きく両足を広げ、腰を浮かせるように足ごと持ち上げた。

「すげ。丸見え」
「…この、変態が…」

その変態によがらされてるのはお前だ。嫌なら蹴ればいい。俺と対等に喧嘩で張り合えるこの足は立派な凶器ではないか。
それをしないお前は共犯者だと、被害者面するなといってやりたいところだ。
大きく曝け出された陰部に顔を寄せた。
ペニスには触れずに回りに舌を這わせ、陰嚢を口に含む。皮膚も色素も薄いそれは、口の中で転がし舐める度に、足の付け根が痙攣するように震えている。どうやら皮膚が薄いところが性感帯らしい。

「…そこ…そこはやめろ…」
頭を、毛を毟るように強く掴まれた。
「だから感じてんだろ?」
「……っ」
一度は萎えたそれがまた勃ち上がる。足を折りたたむように更に奥の場所を晒し、そして唇を会陰へあてた。
蟻の門渡りといわれる部分だ。性感帯でもある。陰嚢を軽く持ち上げ、そこを押すように舐めると細い腰が震えた。
「あ、ああっ…」
その下にあるアヌスに触れないよう気をつけながら、そこだけを刺激すると面白いくらい悶える。切なく甘い声を発しながら

「おい。ここにもつけさせろ」

ピクリと身体が小さく跳ねた後、ヤツの動きが止まった。

「本で読んだ。ここにつけるとますますケツが感じることもあんだとよ」
「………」
「嫌か?」

俺の頭に手を伸ばし、髪に触れ、わしわしと撫でた後、

「そのうちな…」

息をそっと吐くような、囁くような声だった。
何故、嫌と言わない?蹴らない?どうしてそこまで受け入れる?
いつも文句を言うくせに、素直じゃないくせして、コイツが従順なのは快感に溺れたときの身体だけだ。
快楽の為か?

またそこに唇を落とす。強く、やさしく、噛みつくように、嬌声をあげて悶える身体に痕を残すように。
この身体が俺から逃げないように。





自分から言い出したことだが、そんなものは別につけなくても構わない。元々ピアッシングに興味があるわけではないのだから。
いくばくかの疑問は残ったが、俺はヤツの返事に満足だった。



そのうちに


それは、受け入れられることの安心感に近い。










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