IN THE POOL 2








埃くさい、誰もいない旧校舎。
煉瓦が熱気を吸い取るのか、木が湿度を調整するのか、予想以上に中は熱がこもっていない。
いつもの場所に、ひとりで先に潜り込んだ。
ここにくるのは久しぶりだ。年代物の木の床が歩くたびにギシギシと鳴る。この部屋だけはさほど汚れていないのは、たまに入り込む連中の所為だろう。
自分で放棄した場所を、懐かしむように見渡した。
10畳程の広さに、木のテーブルと脇に積み上げられた荷物。飾りのないひびの入った小さな鏡と、木枠の窓。そして汚れ曇ったガラス窓から夕陽が差し込む。
何の目的で使用されていた部屋かわからないまま、俺たちはここを拠点に集まった。ルフィとウソップとゾロ、そして俺。
その場所に、俺は今ひとりで立っている。
何故か座ることができず、職員室に鍵を返しにいったゾロを立ったまま待っている。


俺は待っているのだろうか。
それを望んでいるのか、怖がっているのか。
頭の片隅がまだ痺れているようで、うまく考えがまとまらない。きっと、まだ脳に酸素がゆきとどいていないのだろう。酸欠の後遺症かもしれない。


廊下を小さな足音が近づいてくるのが聞こえた。校舎がボロいから、誰かが入り込めばすぐに気がつく。
そして部屋の前で消えた音。わずかな間だけその気配が消え、部屋のドアが開いた。


「鍵は返してきたか?」
小さく頷くと、こちらに向って歩をすすめた。

「職員室には誰か残ってたんか?」
首を左右にふり、更に近づく静かな足音。

「久しぶりだよなァ、ここ。相変わらず皆で集まってたのかよ?」
返事の代わりに、ギッギッと木の床が鳴る。

「たった2〜3ヶ月なのにさ、なんか懐かしいぜ」
抱き寄せられ、耳下を強く吸われて、崩れるように身体を床に横たえた。

「あの鏡のひび、覚えてるか?俺とてめぇが喧嘩した時のだろ」
ゾロと視線を合わせるのが怖くて、仰け反って壁に貼り付けられた鏡を見た。シャツの隙間から胸を這う手の動きが気になってしかたない。ある箇所をゾロは執拗に撫でる。

「…てめぇとはいつも喧嘩ばかりしてたよな…」
誰か俺の口を止めたほうがいい。この口はいつも無駄な動きばかりする。
そんな無駄口をゾロが封じた。さすがにつまらない話などしている余裕はなくなった。

「ゾロ、ゾロッ!吸うな…」
吸うなというと余計に強く吸い上げ、痛いくらいにきつく吸われ、身を捩じらせてそれを拒否した。もう片方を捻るように摘まれ、痛みで思わずゾロを押しのけた。ただ痛いだけで、気持ちがいいわけじゃない。そして女のようにそこを吸われるのはかなり抵抗があった。

「…悪ぃ。あんま、優しくしてやれねぇ…」

この男はずるいが、でも正直だ。
実際それは、かなり乱暴な抱き方だったと思う。わずかな唾液で押し込むように俺に入り込んだ。
背後から、犬のように圧し掛かられて。
四つばいで、獣のように繋がり。
中に放たれた。



そして仰向けに大きく広げられた両足。
持ち上がった腰に、外気に曝け出されたペニスとアヌス。
窓から落日間際のオレンジ色の夕陽が、それらを赤裸々に照らす。
「見るなよ…」、俺は顔を背けて嫌がったが、たぶんゾロは場所を移動するつもりなどさらさらないだろう。
そこへ深々と何度も打ち込まれ、筋肉質な両腕を強く握りながらゾロを正面から受け入れた。
かなりの苦痛と、たぶんいくばくかの喜びと、屈辱と、味わったことのない羞恥と、諦念。
本当にひどい男だ。俺から何かを剥ぎ取ろうとしている。
低い呻きをあげゾロが2度目を放ち、ひとつふたつ大きく呼吸をすると、玩ぶように繋がったままの箇所を指で撫でた。

「あっ、あ…、やめ…」
痛めつけられて傷つき、極限まで広がりきったその部分はひどく敏感だ。周りをゆっくりと指が這う。何度も撫でられて、その刺激にひとりでに腰が動いた。
ひとつひとつ点検するように、陰毛を摘まれ、陰嚢を持ち上げて揉まれ、アヌスを撫でられ、触れられないペニスを震わせて、仰け反って俺は泣いた。
やめてくれ、と言えないかわりに涙を流す。生理的な涙に見せかけ、苦痛と拒否のように身体をゆすった。既に2回放っているゾロの顔は余裕がうかがえる。追い詰めれて余裕がないのは自分のほうだ。点検が終わったのか、ゾロはまた動いた。ゆっくりと、ゆっくりと深く俺を貫く。

「…このままで出るか?」
頭を左右に振って否定すると、ゾロはペニスを握った。
「ん…ん……」
ぬるぬると、もどかしいくらいぬるい刺激だ。中途半端な扱きかたのまま、体内を擦り上げる動きはひどく遅い。そのゆっくりとした動きが俺を追い詰める。
「あ…、あ、あああっ、い、いっ…」
出て行くとき、何かを抜き取られるくらい気持ちがいい。「いい」、と思わず口に出してしまうくらいに。痛みが「早く終われ」と行為の終わりを望み、初めての快感が喉からはしたない声を漏らす。
男に、ゾロに貫かれて、得体に知れないもの、訳の解からないもので埋め尽くされて頭の中は真っ白だ。

指で根元を締め付けられ、ゾロの腕に爪を食い込ませて、俺は達した。








陽が落ちた薄暗い部屋。タバコが小さく赤い灯火とともに、白い煙を生んだ。
しばらくすると床に寝ていたゾロが眼を覚ました。
寝ぼけたようで、一瞬ここがどこかわからなかったらしい。きょときょと辺りを見渡し、傍らにいる俺に気づくと身体をすり寄せてきた。
何もなかったかのように懐いてくる。
吸いかけのタバコをゾロの口に運ぶ。嫌そうな顔をしてソレを払いのけられ、それが癪に障って煙をその口に吹き込んだ。
自分の匂いを染み込ませるように、煙を送り込んだ。

すごく嫌そうな顔で、煙を吐き出しながらゾロはその口元を拭う。今度は嫌がらせに、何度も顔に煙を吹きかけた。

「そんなに痛かったか?」
よほどタバコの煙が嫌らしい。ゾロが少し涙目だ。いまさら痛かったかもないだろう。
不貞腐れたように返事をしない俺を抱き寄せた。

「我慢が利かなくて、悪かった…。負担をかけちまったか?」

「だけど変に優しくなんかしたら、女を抱いてるようになっちまうだろ」

行為の後にあまりべらべら喋るのは言い訳がましい、教えておいたほうがいいだろうか。
お前の言い訳なんか聞きたくもない、正直にいってもいいか?
女を抱く行為と、男を抱く行為の違いはなんだ。使用する部位以外、どこに違いがある?
俺がここまでお前を受け入れる意味を、少しは考えたか?
俺はお前に抱かれるのが怖かった。
心も身体も、すべて持っていかれそうで恐ろしかった。

でも済んでみれば、気づくこともある。
終わった後でないとわからない事もあった。
それは、たぶん、気づかなければよかったこと。
あまりにも些細な棘。そんな棘が身体の中に残された。
小さな棘ほど性質の悪いものはない。大きなものならば早めに対処する。でも小さなものは放って置かれやすい。


返事をしないのを不思議に思ったのだろうか。少し身体を離して俺の顔を見た。
正面からまっすぐに向けられた眼。
深い琥珀色の、強靭な心と、魂の清廉さをあわせ持ったきれいな眼だ。その眼で俺に問いかけた。
「…なァ、前にここでキスをしたろ?あれは、俺からしたのか?それともお前からか?」
そして返事など期待していないかのように、肩に緑色の頭を乗せた。そんなことはゾロにとって、どうでもいいことなのかもしれない。



高校3年の夏の終わり。誰もいない旧校舎。
古びた木の床に、こぼれ出た体液と赤い血が、小さな消えない染みをつくった。










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