IN
 THE POOL 3








9月に入って、教室の空気が少し変わった。
のんびりしているようにみえてもここは進学校だ。生徒をより優秀な大学へ送り込もうと、学校側がその姿勢を顕にしてきた。それが生徒にも伝わるのだろう。教室がぴりぴりとささくれ立つように雰囲気が変わってきた。
ゾロは推薦で大学に進むつもりらしい。
いくら口が悪くても、多少ガラも悪かろうとたぶん内申書はいいはずだ。実際成績も悪くはないし、そして意外と先生方に気に入られているのは実直そうな性格ゆえだろうと思う。
俺は中央の大学へ進学の希望をもっている。当然受験で、だ。
将来に関してはまだ漠然としている。祖父の後を継いでコックにならないのか、と皆からはよく言われるが。
祖父は地元でレストランを経営している。その仕事ぶりといい、口には出さないが俺は尊敬すらしている。だが後を継ぐとかは別問題だ。ここまま何も考えずに流されたくない、そんな思いで進学を決めた。

それについて祖父は反対も賛成もしなかった。
人は成れるものに成る。
成りたいものに成れる人間に成れ。
子供の頃、祖父にそういい聞かされて育った。反語のような言葉だが、ただ漠然と望むだけでは何も手に入らないのも知っている。
だからこれからの時期、俺とゾロのスタンスは別になる。ゾロはゾロで似たような立場の友人たちとうまくやっているらしい。
そして、些細なスキマで俺に誘いをかける。
補習の帰りに、或いは文化祭の夜。





年に一度の浮かれるようなお祭り騒ぎのあと、ゾロの誘いに従った。
場所はいつもの旧校舎。
誰もいない場所で、誰にも知られずにゾロに抱かれる。日頃、抑圧されたものを解放するように。

でも、ゾロの抱き方は相変わらずひどい。



お祭りの後とあって、先生の眼を盗みながら、何人もの生徒が校内に残っていたのは知っていた。
この場所に他の人物が入り込んだのを俺たちは音で知った。
古くて、ぎしぎしと床が鳴る旧校舎。音がそれを教えてくれた。
たぶんそれに最初に気づいたのはゾロだ。挿入していたモノを抜き、床に座り込んで俺を背後から羽交い絞めにした。
ドアの方向に大きく足を広げ、自分の両足を絡ませて閉じるのを封じた。必然、俺は全てを曝け出した姿勢となる。
そして腕を前に回してアヌスに指を差し込んだ。高ぶっていた身体にその刺激はきつかった。
「うっ…ん…」
ダイレクトにその場所をこすられ、ひとりでに腰が動いてしまう。
その時、俺も足音に気づいた。身体の高ぶりに気づくのが遅くなってしまったようだ。


廊下から部屋に近づく数名の足音。
だがゾロはやめようとはしない。小声でゾロに抗議した。
「…おい。離せ…。見られちまうだろ…」
「見たいヤツには見せてやれよ。見せるだけならかまわねぇだろ?」
だが、他のヤツにはやらせるな。脅迫のような低い声を耳元に吹きかけ、指は執拗に内部を弄る。


冗談じゃない。
露出趣味はないし、他の野郎となどやる気はさらさらない。犯られるよりは犯るほうがいいに決まってる。
だがいやらしい指が確実に俺を追い込む。押し寄せる波が身体の自由を奪う。
更に近づく足音と微かな話し声。
もしルフィやウソップだったらどうするつもりだろうか。いきなりドアが開け放たれるかもしれないと思うと、正直生きた心地はしない。
だが背中を走る悪寒めいたものは、何故か痺れるような快感となって腰まで到達する。心臓が大きく鳴り響き、身体は麻痺したように動かない。
自分の身体なのに、まるで自分のモノじゃないようだ。
声を抑え、物音を立てないようにするのに精一杯で、つい指の動きに心を奪われていると何もかもどうでも良くなってしまう。
緊張と快感で頭の中は真っ白だ。
ドアに向って開かれた両足。
そんな淫らな姿を、窓から差し込む月光が照らしだす。


足音が部屋の前に到達した。イケとばかりにそこを強く押して、その刺激に身を震わせながら俺は放った。
大きく足を広げたまま、たった2本の指だけで。
声にならない呻きとともに、全ての愉悦をそこから吐き出した。
放たれたものが自分の腹部と、そして床を濡らす。


そして少しずつ遠ざかる足音。
まだ心臓がひどく落ち着かない。肩で息をして、頭を垂れた俺の耳元でゾロがささやいた。
「この部屋は鍵がついてんだろ。お前、気づかなかったのか?」

本当にひどい男だ。
背後から顎をつかまれ、思わず仰け反った俺にキスしようとするのを拒否した。
嫌がると不機嫌そうに眉を顰め、今度は力ずくで攻めた。歯を食いしばって舌の侵入を拒むと、腰を持ち上げバックで貫いた。
「つっ…」
一気に根元まで挿入され、呻きに開かれた口から舌を引き出し、吸われた。思わず鼻から声がもれる。ゾロは俺が声をだすと喜ぶ。
「…なァ…。楽しい…か…?」
返事がない。目も合わそうとしない。
ペニスを強く握られ、体内を奥深くまで犯されて、拒否しつつも受け入れてしまう俺をこの男はどこまで理解しているのだろう。
俺が男だからこんな抱き方をするのだろうか。
刺さった小さな棘がすこし顔を覗かせた。





春、花見の後、皆でこの場所に集まった時のこと。酒を呑みながら、各自好き勝手なことを話した。そのときウソップが珍しくも恋愛のことを話題にだした。
この男は意外とシャイだ。今までこんな話を自分からしたことがない。
話を聞いている内になんとなくわかった。どうやら恋をしているらしい。


「そうかァ、ウソップ。てめぇ好きな子ができたんだな?」
「い、いや…。んなこたァ言ってねえだろッ」
図星のようにうろたえる。嘘つきのくせに嘘が下手だ。
「で、どこの子だよ?ウチの学校か?」
「ウチにゃろくな女はいねぇだろ?」
ゾロが口を挟んだ。確かにそのとおりだが、なんでも正直に言えばいいってモンじゃない。
「S女学院の…」
渋々とウソップがいう「S女学院」と聞いて俺は驚いた。上玉揃いのお嬢様校だ。
「おいおいおい、どこで知り合ったよ?」
「あ、え、病院で…」
以前怪我をしてその検査で大学病院にいったときに知り合ったらしい。渋々ながらウソップが白状した。
「合コンだろ、合コンッ!」
騒ぎ立てているのは俺だけで、ルフィは興味があるのかないのか口には出さないし、ゾロは醒めた顔といってもいいくらいだ。「合コン」と言われたウソップはかなり迷惑そうな顔をしていたが。
ゾロが床に寝転がりながらぼそりと言った。つまらなそうな顔だ。
「ホントに女好きだな、おめぇは。S女といってもピンからキリまでいるだろ?」
「何だよ、お前S女に知り合いでもいんのか?」
そんな会話から、わかったことがある。
ゾロは以前、S女の子と少しだけお付き合いをしていたらしい。色々面倒になってすぐに別れたらしいが、やることだけはやったようだ。
「てめぇが乱暴だから嫌気がさしたんじゃねぇの?」
「いや、んなことァねえぜ。こうみえても俺は女には優しい」
この中で女性経験があるのは俺とゾロだけのようだ。相変わらずルフィは掴みどころのない顔をしている。だが興味がなさそうな話題でも、いきなり核心をついたことを言い出すからこの男は油断がならない。反対にウソップは興味しんしんで俺達の話を聞いている。「ゾロはガラは悪ぃが、何故かもてるからなァ…」などと、ふざけたことをぬかしながら。
「相手は初めてだから、なおさらだ。最初の経験は大事だっていうだろ?」
「いいや。てめぇが最初だってのが一番不幸だ」
「抜かせッ!でもよ、正直いって処女は面倒だ…」
困ったような顔でいうのが少し可笑しい。
「お前は女なら何でもいいって口だろ?」
「この…、人を雑食みたく言うなッ!」





ほんの一握りの、わずかな経験を大袈裟にいうのはありがちな話だ。
あの男は嘘をつかない。
決して女のように抱かれたいわけではない。優しくしろといってるんじゃない。
だが、俺を望んだのはお前の方からだ。


あの日、あの夜、あのプールで。


自分でも気づかぬまま、見えない棘は複雑な角度で、ゆっくりと身体の奥深くに潜り込んだ。










NEXT