星にねがいを 2








こんな不思議な出来事さえ慣れてくる。最初こそ皆驚いたものの、1日2日と過ぎていくうちにだんだん日常となってしまう。もちろん本人達を除いてだ。船長は誰よりも早く馴染んだ。まるで最初からそうであったかのように、ゾロをナミと呼び、ナミをゾロと呼んだ。
ウソップはたまに呼び間違えたりはしているが、「グランドラインだ。こんなこともあるのだろう。気にしてたらハゲる」と、珍しくポジティブに考えた。自分があれこれ考えたところで事態は好転するわけでなし、なによりも関わることによって、より面倒なことになる可能性があるかもしれないのだ。
チョッパーは二人の検査をしたり、または文献などを調べた。ロビンは相変わらずで、マイペースというか冷静沈着といっていいのか、いつもと同じだ。
ゾロには様々な支障が生じた。
日課である鍛錬をしようとすると、「ちょっと、私の身体に変な筋肉なんかつけないで」、ナミから止められた。変な筋肉といわれた。
無駄かもしれないと思いつつ、「おい。お前も本ばっか読んでねぇで、少しは身体を動かしたらどうだ?暇なら鍛錬しろ。俺の筋肉が衰えたらどうしてくれる」、いってみたものの、ふふんと鼻先で笑われた。
自分の顔で小馬鹿にされるのは、実に腹立たしいものである、ゾロは19歳にして知った。
戻るまで、もう少しの辛抱だ。出来るだけ関わらないのはいいかもしれない。だが間接的にならばと、こっそりとこの身体を観察してみた。別に疚しい気持ちからでなく、ただどう筋肉がついているかを確認したかったわけだが、そこは19歳男子だ。筋肉以外の確認もした。
手の余るほど大きな胸をむにゅむにゅ揉んだり、または股間も触ってみた。変な感じである。陰毛は少し濃い目のオレンジ色だった。いろいろ弄ってるうちに、ふとナミの顔が頭に浮かんだ。般若のような顔で自分を睨んでいる。
もしもばれたならば、面倒なんてもんじゃないかもしれない。そう考えたら、いくらぷにぷにしたものを触っても、妙に身体の反応が悪いというか、むらむらもワクワクもしなくなった。身体が疼かない。
すっと冷めたように興味がなくなったとたん、今度は胸が邪魔になった。動くたびにゆさゆさ揺れる大きな胸がうっとおしい。細い腰もただ安定が悪いだけだ。
本当に面倒なことになったと心で溜息をつくゾロに、「風呂に入るときは目隠しして」、「身体には絶対触らないで。触ったら金取るわよ。でもきれいに洗って」と、ナミが要求する。
無茶をいうな、誰が見るか、もう触らねぇ、正直に言い返そうと思ったがやめた。歯を食い縛って我慢した。
それと、いつもの習慣で腹巻をしようとしたら怒鳴られた。
「ちょっとなにすんの!やめて!そんな変なもの!」
ひどい言われようだ。
挙句「髪が痛むわ。石鹸で洗わないで。ちゃんとトリートメントをして。上から下までひとつの石鹸で済まそうとしないで」、「顔は洗顔用フォームで洗って」、「全部着替えるのよ。同じ服を毎日着ないで。変な組み合わせしないでセンス悪いわね」、細かくうるさい。そして小さな声で「あのね、無駄毛のお手入れもしといて。シェービングクリームは…」長々と説明され、ゾロは癇癪起こしそうになった。

することがないわけではないのだが、やる気になれず、ましてや無駄毛の手入れなどする気がさらさらなくて、しかも鍛錬もできないでゾロは非常に暇である。
しょうがないので甲板で昼寝をしていると「寝てばかりいるな。ごろごろして太ったら承知しない。贅肉つけたら祟るわよ」、般若のような人相の自分の顔に凄まれ、どうにも身の置き所がなかった。





二人が入れ替わってから4日経った。
その変化にサンジはまだ馴染まないでいた。
中身はあのマリモだとわかっているのに、それでもナミは可愛いくてたまらない。
外見はゾロであるところのナミに怒られ、口惜しそうに下唇を噛む姿を見ると愛おしさが込み上げてくる。つい庇ってしまいたくなる。
小さく溜息をつく姿に胸がきゅんと切なくなって、思わずその身体を抱きしめたくなる。
だが中身はゾロだ。もちろん実行など移さないし、たとえ本物のナミであったとして、女性に対しそんな失礼なことはできないというか、やったらぶん殴られるのはわかっている。そんな諸々を承知の上で、彼はナミの身体には優しくした。贔屓した。これが男の性なんだろう、と、ひとり頷きつつ、ナミの身体に紅茶を手渡しては、ついニッコリと優しく微笑んでしまうのだった。


ゾロは最近少しばかり気になることがあった。
何故かコックが優しくなった。食事の時間に遅れても怒らなくて、給仕もとても丁寧だ。そしてなにより、蹴らない怒らない怒鳴らない、それどころか自分に笑いかけてくる。外見がナミであることで、こんなに大きく態度が変わるのかと今更ながら驚くべき変化だ。
ぐるぐる巻いた眉毛をへなっと下げて、自分ににっこりと微笑む。いや、にっこりというかデレッとしてるというのか、とにかく妙に居心地が悪いのは確かだ。そんな見慣れないものを見てるせいか、何故か腹の底のほうがむずむずして困る。
マゾじゃあるまいし、コックに蹴られたい訳ではないが、でもこれでは喧嘩にもならない。
ゾロは考えた。
好き好んで喧嘩をしたい訳ではない。だが、ここのところたまらなく暇だ。





近頃ナミが、正確にいうならゾロの外見が、見た目が非常によくなった。
まず腹巻をしなくなった。ジジシャツなんか着たりしない。特別いい服を着ているわけではないけれど、どことなくセンスが良く感じるのは中身の違いからだろう。デッキに腰掛け、ひとり静かに本を読んでいる姿など、信じられないことに知的ですらある。
お世辞でなく、カッコよかった。
中身が違うだけで、外見までこうも違うものかと驚くくらいだ。
だが、その口から出るのはオネエ言葉だ。中身はナミなのだから当然である。
「やだ、ウソップ。違うわ。ここの部分はこう改良してってお願いしたじゃない」
ナミは天候棒の改良をウソップに頼んだ。
聞き慣れたゾロの声だととてつもない違和感がある。これの中身はナミなんだと頭では理解しても、ウソップの背中をゾクッと悪寒が走る。
少しだけ話が変わるが、同性ゆえか、ナミとロビンは意外と仲がよい。年も違うからだろうか、喧嘩もせずに女性二人の関係は非常に良好だ。
そんな二人がいつもの様に甲板にパラソルを立て、その下でなにやら話しながらお茶を飲んでいる姿は、今ならばどうみても仲のよさそうなカップルにしか見えなかった。
だがその会話に耳をすませれば、
「んもう嫌になっちゃう。ね、ロビンはどう?」
「ふふふ、そうね、そうかもしれないわ」
「ね?でしょ?やっぱりよねぇ…」
「でも、おそらくあるんじゃないかしら」
「そう?そうかしら?」
可愛い仕草でくりっと首を傾げる姿は、どう贔屓目にみてもオカマだ。
そんな自分の姿を見たくないのか、ゾロは彼女らが一緒にいる時は甲板に近寄ろうとしなかった。










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