9.王子は大きく鼻を鳴らし、乱暴な手でサンジをベッドの





「…すげ、でっけえ」
サンジの口が驚きでぱかんと開かれました。
それは重厚な黒い木で作られた天蓋付のベッドです。
遠く北にある極寒の地に、千年という長い年月かけて育った天に聳え立つ大樹があり、何人もの職人が数年がかりで切り倒し、その樹木で新調した二人の為のベッドだとイガラムが説明してくれました。
上に掛けられたカバーは蜜蚕という特殊な絹で織られ、それに施された刺繍は何人の刺し子が何年かけて染色が云々と、いろいろ細々と説明されたのですが、サンジにしてみれば、
――たかがベッドに。
――食えるわけじゃあるまいし。
程度です。興味がないのですからそれもしょうがないことで、隣に立つ王子などあからさまに興味がない顔です。
仏頂面のまま眠そうにちらりと目をやって、大きな欠伸をひとつ放ちました。

長くて大きな欠伸、その様子を見たイガラムが慌てて部屋を出ますと、サンジはさっそくベッドにごろりと横になりました。
いくら興味はなくとも、こんな大きく立派なものは、見るの触るのも初めてです。
弾力性があって、でもふわふわで、硬くて柔らかくてすべすべで、手触りも寝心地も最高で、さすが王子ともなれば寝室もベッドも桁違いにスゴイと感心するくらい素晴らしいベッドです。
大仰な上着を脱ぎすて、王子もごろりと横になりますと、そのまま静かに目を閉じました。
サンジはといえば、何が嬉しいのかごろごろごろごろとベッドで転がって、
「おい。俺はひとっ風呂浴びてくるが、てめぇはどうする?」
少し離れたところで横になってる王子に声をかけました。
「どうするって、どういう意味だ?」
「いや、ひとりで入れるのかと思ってさ。いつも人に洗ってもらってるんじゃねぇの?」
「バカにするな。風呂くれぇひとりで入れる」
むくりと起き上がって、サンジは3つあるドアのうち、ひとつの扉を開けました。
「ここが風呂か?」
ですが、そこは二人の為の衣裳部屋でした。
「…洋服屋みてぇ。つうか、街の店よりすげぇぞ」
高価な衣装が山のように掛けられています。次に開いた部屋は、
「便所?だがありないでかさの空間だ…。落ち着かねぇだろ、こんなにだだっ広くちゃさ…」
出るものも出なくなるとトイレットに文句を言って、今度はそのすぐ隣にある扉を開きますと、
「…ここ?ここが風呂?すげぇ豪華…。なんだ、ひとりで勝手にお湯がでてんぞ、すげえええええ!魔法か?魔法すげええええ!」
大声で叫びました。
「風呂ならば勝手に湯くらい出てくんだろうが。みっともないから喚くな」
「なんだそのセレブ発言は。お前さ、湯を沸かすのがどんなに大変か…、いや王子だから正真正銘のセレブで何も問題ないのか?それはそれでクソむかつくな。それしてもスゲェ・・・。大浴場もすごかったが、内風呂まですげぇ。東西南北どっからみてもすげぇぞ」
しきりに感心した様子です。
「で、どうする?一緒に入るか?」
サンジがまた王子に声をかけました。
「だから身体くれぇひとりで洗える」
「つうかさ、広いし湯がもったいないと思うんだよな」
「もったいない?」
王子が首を傾げ、不思議そうな顔をすると、
「いや、やっぱひとりで入るわ。俺も人と入ったことねぇし、なんか夢でも見ちまったか。つまんねぇこと考えちまった」
ぶつぶつひとりごとを言いつつ風呂場に向かう後姿に、王子は「ふん」と小さく鼻を鳴らしました。
湯上がりに頬をほんのり赤く染め、鼻歌混じりに風呂からあがって、次いで王子が入って、湯船で一眠りしてから出てまいりますと、広いベッドのほぼ中央でサンジが大の字になって寝ていました。
スーピースーピー鼻が小さく鳴っています。
まだ赤味が残る白い頬を、物珍しそうに指先でつつくと、
「…な、ナミひゃん…そこはダメら…」
幸せそうに笑うのを見て、
「ふんっ」
大きく鼻を鳴らし、寝惚けてる男をベッドの隅まで乱暴に転がしました。








「さてと」
サンジは胸を張り腰に手をあて、屋根の上から周りをぐるっと見渡します。
大きく重厚な城はこの広大な国に相応しくとても立派で、ですが兎にも角にも広くてでかくて何処に何があるやらさっぱりです。
「…どうしたもんやら」
あまりのでかさに、思わず溜息が出てしまいました。

実のところ、サンジはそんなに暇ではありません。天気のいい日に城の天辺で溜息など、見るからに暇そうですが本当はそうではないのです。この城に来て、何の因果か男なのに嫁もどきになってしまい、挙式が済んでからというもの、勝手にスケジュールを組まれ様々な王族教育を施されています。
礼儀作法はもちろんのこと、国の歴史や王室の歴史、国の法律や経済や産業に至るまで、教師が入れ代わり立ち代りやってきて、その合間にイガラムが王子の歴史という個人情報を落としていきます。
「もう聞きたくねぇ。知らんほうがいいこともあると思うんだが…」
耳を塞いで拒否しました。放っておくと、一日のトイレの回数まで教えられそうです。
「ダメです。何故ならば」
元は武人だというイガラムが、
「それがあなた様の務めですから!!」
血相を変えてサンジに詰め寄り、
「…つ、つ、務め?」
その変貌ぶりと勢いに押され、どもりつつ後退りしますと大きく頷きました。
「まずは互いを知る、それからです。実はあなた様のことも、姉上から王子にお話がいっているはずです。王子のことだけ知ってもらうのでは不公平ですので。依頼しましたところ『そんなことならあちしにまかせて。途中からしか知らないけど、いろいろネタには困らないわねい。ガッハッハ!ヤダ、あんなことまで喋っちゃう?』そういって、笑いながら快諾してくださいました。とても素敵なおねえ」
長引きそうな話を遮って、
「あんなこと…?」
サンジがイガラムを睨み付けました。
「あんなことちゃなんだ!!つうか、あのオカマめ余計なこといいやがったら承知しねぇ!だが俺は清廉潔白だぞ。いいか、良く聞け。俺は話されて困ることなんかなにひとつねぇんだ!たぶん!」
あやふやながらも大威張りで怒鳴りますと、イガラムは満足そうに何度も頷きました。
「そうでしょうともそうでしょうとも。もちろん王子も同じです。私があなた様にお話しても、誰も困ることなど何ひとつないのです」

そんなことを思い出しながら、サンジはひとり城の天辺で、また深く大きな溜息をついていると『カァカァ』とカラスの鳴声が頭上から聞こえ、その暢気そうな様子が妙に癇に障って「うるせぇ!」と文句をいいましたら、一際甲高く『カアアアアァ』と鳴いて森の方へと飛んで行きました。
西の空がきれいな茜色です。もうすぐ日が暮れるのでしょう、風が随分と冷たくなってきました。


その夜のことです。
「ぶえっくしっ!」
サンジは大きなくしゃみをすると、グスッと鼻を鳴らしふわふわのお布団にすっぽりと包まりました。
「おい、こっちにまで飛沫を飛ばすんじゃねぇぞ。風邪か?」
王子が横になったまま話しかけます。
「アホ抜かせ。俺はそんな柔な男じゃねぇ。生まれてこのかた、風邪なんか引いたこともねぇんだ。バカにするな。今はちっとだけ、は、は、鼻が…」
ぶえっくし!と盛大なくしゃみをして、ズビビとちり紙で鼻をかみました。








「……ちょっとあんた、人に喋らせといて堂々と居眠りこいてんじゃねぇわよーーう!!せめて聞いてるふりくらいしろやっ!!」
ボンクレーが大声で怒鳴りました。
気持ち良さそうにゆらゆら揺れている頭がガクッと下がって、
「…あ、夜じゃねぇのか…」
王子は口もとの涎を腕で拭いますと、まだ寝たりないと言わんばかりに長く大きな欠伸を放ちました。

「新婚疲れ?」
ボンクレーがポッと頬を染め、視線を逸らして照れ臭そうに訊きます。すると、欠伸が途中だった王子は気管に何か入ってしまったのか、激しく咳き込んでしまいました。
ゲホッゴホッゲホホンとひどく苦しそうです。ボンクレーはしょうがなく、その背中をとんとんと叩きました。
「…ごめん。返事しにくいこと聞いちゃったわねい。そうだと言われたらあちしも困っちゃうんだけど…。ついでに聞くけど、いくら舞踏会で変装してたとはいえ、あのクソ生意気な眉毛のどこが気に入って結婚したわけ?」
「気に入った?俺が?」
「あちしが訊いてんのよう。だって普通は男同士で結婚なんかしないじゃない?違う?」
「俺がアレを気にいった?どこがだ?」
「だから訊くんじゃねぇって」
「アホで男で眉毛だぞ?」
「なのよねい…、って、だからあちしが訊いてんだって」
二人で不思議そうに首を傾げ、そして、
「今でこそあんなんだけど、チビん時は可愛かったのよねい」
ボンクレーが遠くを見つめます。
昔を懐かしんでいるのか、表情が柔らかく優しい表情で、
「風邪なんか引いた時、あ、ガキん頃の話ね。あの子ったら熱にうなされながらあちしの手をぎゅっと握って、傍にいてくれって…、離れないでくれって涙目であちしに縋ったりして…。ほんとは寂しがりやさんなのねい…。だからずっと手を握っててあげて、それを後からこれみよがしに恩に着せると『お前は魔除けだ鬼瓦だ』なんて憎まれ口叩いちゃって、んもう思い出すだけで腹が立つわねいっ!さんざ可愛がってやったのに、恩を仇で返すとはまさにこのこと!ジョーダンじゃないわよーう!」
最後、怒りのあまり血相を変えました。
「風邪?奴が?俺は風邪なんか引いたことねぇって威張ってたが」
「バカは風邪ひかないって、あれ嘘だから。バカだから引かないんじゃなくて、バカだから風邪引いたの忘れちゃうのよーう。だってバカだから。バカだから滅多に風邪なんかひかないけど、やっぱバカでも生意気に風邪くらい罹って、でもバカだから忘れちゃうという、バカってある意味無敵だわねい。ンガッハッハッハッ!」
ボンクレーは楽しそうに笑いました。
俺も風邪なんか引いたことがない等、余計なことを口にしないでよかった。風邪ひとつでここまでバカ呼ばわりされないくないものだ。と、何が面白いのかくるくる回りながら笑い続けるボンクレーを見て、王子はぼんやりとそんなことを考えました。






その翌日のこと。
温かいミルクが入ったカップと小さな蜂蜜壷、イガラムはそれらが乗った銀のお盆を王子に手渡しました。そこは二人の部屋の前です。
「今日は講義も休まれ、どこかお身体でも悪くされたとか?昨日も少し鼻声のようでしたが」
「いや心配いらん。ただ食欲がねぇんだと」
「食欲が?ならばドクトリーヌを!すぐにドクターくれはを呼ばないと!」
まず様子を見ようと、部屋に入ろうとするのを王子が押し止めました。
「いや、大丈夫だそうだ」
「ですがっ!」
「もう寝てっから」
「え?そんなにお身体がお悪いんですかっ!?」
王子は首を縦に振ってから、今度は横に数度振りました。
まだ夕刻前で、いくらなんでも寝るにはまだ早すぎます。晩御飯もまだなのです。
「いや、大丈夫だっていって、本人はベッドにいる」
「大丈夫だけど、でももうお休みになられてる?ご病気ではないと?」
「違う。と本人がいってる」
「王子も汗をかかれてるようですが?」
「あ?いや違う。一緒にすんな」
その淡々とした口調に緊迫感がまったくなくて、イガラムは意味がわからずに首を傾げます。
「あ、それとちり紙がなくなっちまった。後で用意しといてくれるか」
暑くもないのに王子の額で汗がキラキラ光っていて、イガラムはいきなり南天の実のように顔を赤く染め、
「わ、私としたことが、なんと、なんと無粋なっ…!察しが悪くて申し訳ないっ!」
そういって、逃げるようにその場を立ち去りました。
「おいっ!紙を用意しとけよ!」
聞こえたかどうか、廊下に残された王子はお盆を手に、首をひとつ傾げてそのまま部屋へと戻っていきました。





カチカチとカップが触れ合う音に、サンジの目がうっすらと開きました。
青い目をしっとりと潤ませ、その頬は薔薇色にといいますか、とても真っ赤でまるでもぎたての林檎のようです。
「飲めるか?まだ熱いぞ」
王子の言葉に首を小さく左右に振りました。
「そうか、じゃ冷めたら飲め。ここに置いとく」
ベッドのサイドテーブルに置き、また部屋から出ようとする王子に声がかかりました。
「どこへ行く?」
「まだ鍛錬の途中だ。ちょっと寄っただけだから、飯の頃には戻る」
そして「そうか…」と小さく呟きサンジがまた目を閉ざすと「てめぇは寝てろ」そういって王子はひとり城の外れにある小さな中庭へと向かいました。そこは王子の鍛錬場です。

部屋に戻るとサンジはまだ眠っていました。
相変わらず顔は赤く、息も荒くて苦しそうです。
王子は噴き出る汗を拭って、カウンターに置いてある水差しを手にしました。そこにはいつも冷たく新鮮な水が入っています。スライスしたレモンも浮かんでいます。数杯飲んでホッと一息すると、いつの間にやら青い目が微かに開いて自分を見ていることに気づきました。
「どうだ具合は?」
すると、少しだけ間が空いて返事が返ってきました。
「…大丈夫だ」
あまり大丈夫そうには見えませんが、本人が大丈夫だと言うのだから大丈夫なんだろうと、王子はもう一杯水を飲みました。
ふと気づくと、イガラムが持ってきたミルクがそのままです。すっかり冷めきって、表面に薄い膜が張っています。
「飲まねぇのか?」
朝から何も食事らしい食事を摂ってないので、ならばミルクくらいならと自分がイガラムに頼んで持ってきてもらいました。汗拭きを取りに部屋に戻った時のことです。
「…いや。後で飲む」
眉を顰めたまま目を閉ざしました。
そして、隣の部屋に向かう王子の背にまた声がかかります。
「どこへ行く?」
「風呂。汗かいたからひとっ風呂浴びてくる」
それを聞いて、「そうか…」と呟いてまた目を閉ざしました。


風呂からあがった王子は水差しの水を飲もうとまたコップに注ぎます。鍛錬の後や風呂上りなど、汗をかいたら酒よりも冷たい水が一番美味しく感じられるのです。
ピカピカに磨かれたコップに透きとおったキレイな水。グラスを顔に近づけると、ほんのりとレモンの爽やかな匂いが鼻をくすぐります。王子はふとグラスを口から離し、ベッドで寝たままのサンジに、
「飲め」
そういってコップを差し出しました。
「いらん」
プイとそむけた顔を力ずくで戻して、
「いいから飲め」
「だから飲みたくねぇって」
嫌がる身体を抱き起こし、
「飲めってんだ!寝てばっかで水分を全然摂ってねぇだろうが!このバカがっ!ガキじゃあるまいし、てめぇで気づけ!」
唇を割って、無理やり水を注ぎ込みました。

ゴクッと喉が小さく鳴ります。
ゴクゴクッと仰け反った白い喉が動いて、口から溢れた透明な水が頬を伝って、首から後ろへと流れていきます。
コップが空になり、もう一杯飲ませようとしますと、サンジは王子の手からコップを奪い自らゴクゴクッと飲み干しました。
「もっと寄こせ」と王子にコップを突き付け、また一気に飲んで、ふぅと大きく息を吐き出すとごろんと横になって目を瞑ってしまいました。
王子が部屋を出ようとすると、また話しかけてきます。
「おい、どこへ行くんだ?」
「飯」
スンと小さく鼻を鳴らして「そうか」と言って、静かに眼を瞑りました。



部屋に戻ると寝ていました。
酒でも飲もうとカウンターに置かれた酒とグラスを手にすると、ガチッとガラスの擦れる音がして、その物音に青い目が開きました。
「どうだ?」、声をかけると
「…大丈夫だ」、とさっきと同じ返事をするのですが、そこには大丈夫の欠片すら見つかりません。
「ドクトリーヌでも呼ぶか?ひでぇ婆さんだが腕は確からしいぞ。俺は世話になったことねぇが」
するとサンジはプイと横を向いて、
「俺だって医者の世話になんかなったことねぇ」
風邪じゃないから、すぐに治るから、カラスの祟りだから、頭の上でカラスが鳴いただけだから、そんな大袈裟なことしなくていい、俺はカラスなんかに負けねぇと、訳のわからないことをぶつぶつ言って背を向けてしまいました。



王子が酒を2本空けて、グラスに残ったものを飲み干すとソファから腰を上げました。
「…どこへ行く?」
いつの間にやらこっちを見て、潤んだ眼で同じことを問いかけます。
「便所」
そう返事すると、「そうか」と言ってまた目を閉ざしました。
それから着替えて、洗面所へ向かうと、熱に顔を真っ赤にした男からまた声をかけられます。
「……なァ、どこへ行くんだ?」
「洗面所。歯を磨いてくる」
「ん、そうか…」消え入りそうなほど、囁きに似た、それはそれは小さな声でした。


洗面室から戻ると、部屋の灯りを消して王子がベッドへ入りました。いつもよりずっと早い時間です。
サイドテーブルには冷めたミルクと、新しい塵紙、そしてテーブルスタンドの黄色い灯りがゆらゆら揺れています。
その広いベッドの右端にサンジが寝ていて、王子は近寄よると無造作に毛布に手を差し入れ、中から男の手を探して自分の掌に握り込みました。熱く火照った手です。
「…なんだ?」
青い目が不思議そうに問いかけます。
「…ったく。年食った分だけ素直じゃねぇから、分かりにくいったらありゃしねぇ。病人は手間がかかりやがる」
「はァ?なんのことだ?それに病気じゃねぇから…」
といいつつも、呼吸するのですら辛そうです。
「わかった。病気でも病気じゃなくてもどっちでもいい、俺ももう寝る。だからてめぇも寝ろ」
「…ケッ、勝手に病人扱いすんな」
ですが、王子が手を少し強く握ると、その目蓋がゆっくりと落ちていきました。

微かに寝息を立てながらサンジは寝てしまいました。心なしか安心したような、少し緩んだ表情です。
とても熱い手でした。
いいえ、熱いのは手だけではありません。発せられる息も、おそらく身体全体が熱いのでしょう。
ランプの黄色い灯りが目元に睫毛の影をつくってゆらゆら揺れて、そんなのをぼんやり見ていたら、王子もいつしか深い眠りに落ちてしまったのでした。







翌朝、早起きな鳥達が樹木の枝を揺らします。
朝だ朝だと、囀りながら楽しそうに飛び回ります。
重厚なカーテンの隙間から白い朝日が差し込んできて、すやすやと気持ち良さそうに眠っている王子とサンジを起こしてしまいました。
眩しさに王子が目を覚まし、朝の光にサンジの目が開きます。
王子が大きく欠伸をひとつして、身体を起こすと自分を見ている視線に気づきました。
澄んだ青い目です。
「…なんだこれ?」
冬の海のように透きとおった目で、繋がれた手を見て、
「なんで俺の手なんか握ってやがる?」
ものすごく嫌そうに顔を歪め、
「きんもーー」
と、言いました。
起きたばかりだからでしょうか。夕べあれだけ熱かった手なのに、今ではまったく熱さを感じません。まるで嘘のようです。
「てめぇさ、まさか俺にヘンなことしてねぇよな?ったく、いくら一緒に寝てるからって、油断も隙もありゃしねぇ。野郎同士でマジきもいったら、てめぇなんざ魔除けにもなりゃしねぇってのにさ。あー、きもっ」
そういって、まだ眠そうな欠伸をひとつ放ちつつ、ボリボリと頭を掻きました。
「…お、…お前…」
王子は唖然とした顔をしていましたが、見る見るうちに表情が険しくなって、それは荒ぶる鬼神のように、
「ふんっ!!」
小石くらい簡単に吹き飛びそうな程大きく鼻を鳴らし、まだ横になってるサンジを乱暴に転がしますと、ごろごろと勢い余った身体はベッドから飛び出てしまいました。そしてドスンという物音がすると同時に、「ぎゃっ」と男の悲鳴が、大きなベッドの向こう、冷たい床から聞こえてきたのでありました。






三歩すすんで二歩さがる。人生はワンツウパンチです。まだつづきます。

2010/01.23