2.そろそろダンスのお時間です






大きなお城、その大広間は、鮮やかな光が大きく渦を巻いていました。
赤や黄色、そしてピンクや白、様々な色のドレスがひろひらと、光の中で華麗に舞っています。
サンジは軽く眩暈がしました。
ここは天国に違いありません。いくら予想はしていたものの、こんなに煌びやかなものを見るのは生まれて初めてですし、これほど美しい場所がこの世にあるとは、今まで夢にも思いませんでした。
ふと気づきますと、廻りの者達がちらちらと、自分を見ていることに気づきました。
ある者はそっと覗き見るように、そしてある者は露骨なほどの視線です。男だとばれたのでしょうか。もしかすると継母や姉のように、自分もオカマだと思われているのかもしれません。
サンジは急いで場所を移動しました。
華やかに着飾った女性達の間を縫って、一生懸命にあるものを探しました。
そしてようやく見つけたのです。
オレンジ色の髪を結い上げ、髪と同じ色のオレンジと黒をアクセントにした綺麗なドレスを身に纏うナミさんです。
サンジは喜んで駆け寄りました。
こんな格好ですが、もしかすると彼女と踊れるかもしれません。もしも男だとばれたとしても、きっと笑って許してくれるでしょう。あの可愛いらしいナミさんが「あんた、オカマなの?それともただの変態?」など、そんな嫌な言葉を口にするはずがありません。
期待に胸を躍らせ、目からハートを飛び散らせて近づきますと、
「……ゲッ」
思わずサンジの足が止まりました。
なんとナミの隣には毒々しい色のドレスを身に纏って、
「旨いものが食えて踊れるのは悪くないわねい。王子にゃ興味ないけど。つうか、王子はどこいったのかしら。もしやあちしの美しさに恐れをなして逃げ出したりして?ガハハハハハ!顔に似合わず、意外と可愛いじゃなーーい!食いやしないわよーう!ンガッハッハッハ!」
高らかに笑う姉がいたのです。
「……なんでそんなとこに?クソが…っ」
姉は駄目です。自分が女装してるとバレたらどんなことになるか、恐ろしくて想像すらしたくありません。
サンジは奥歯をギリギリと噛み締めながら、今度はロビン王妃を探しました。
気品溢れ、低く囁く優しい声は、すべての者を魅了してしまう。とても子持ちとは思えないほど若く美しいともっぱら評判の、我が国自慢の王妃様です。
噂では長身だとも聞いてます。
サンジは視線を若干上に向けながら探しますと、さらなる目の毒を見つけてしまいました。
「素晴らしい舞踏会だわ。で、肝心の王子は何処へいったの?あの子ってば、腹巻外されたから腹ピーになってるのかしら?ホルモンでも一発ぶちこんだ方がいいんじゃナサブル?」
そして巨体の隣には、青みがかった黒髪の、王妃と思われる女性が優しく微笑んでいます。継母と知り合いなのでしょうか。とても親しげな様子です。あの継母と並んでおりますと、長身な王妃様がまるで少女のように可憐に見えます。
ヒーハー!と笑うたびに王妃はその口に吸い込まれそうで、なのに楽しそうに笑っているのです。


サンジの口から深い溜息がこぼれました。
ナミさんやロビン王妃に近づくことすらできません。そして廻りの女性達は、相変わらずじろじろとサンジを見ています。やはり男だとバレているのかもしれません。
失望を胸に、サンジはそっと広間を後にしました。
外に出てみますと、そこは立派な庭園が広がっていました。
夜ですので、実際の広さはわかりません。ですが、手入れの行き届いた樹木と、夜目にも鮮やかな草花が咲きほこってます。
黄色い花は月光に輝き、白い花は月光にその白さを一層際立たせ、青い花は深海に眠る貝の花びらみたいです。
サンジは垣根の傍らに腰掛けました。
明るい広間からは、賑やかな音楽や、楽しそうな笑い声が聞こえてきます。
ふんわりふくらんだドレスをごそごそ弄ると、中から煙草を取り出しました。エプロンが魔法でドレスになったとき、一緒に服の中に入っていたようです。
深く煙草を吸い込んで、夜空に向かって吐き出します。白い煙が夜に吸い込まれていきます。
そしてまた一服。
「……なんであいつらがあんなとこに。全然楽しめやしねぇ…」
サンジはひとりごとを呟きますと、悔しさのあまり頭を掻き毟りました。
綺麗に結われた髪がほどけます。するするっと、魔法で伸びた髪はゆるやかにほどけて、地面まで流れていきました。キラキラと輝く金色の髪。その美しさたるや、まるで金色に輝く天の川です。

頭を抱えてうんうん唸っておりますと、どうしたわけでしょう、いきなり垣根が動きはじめたのです。
ゆらゆら左右に動き、いつの間にかその垣根に目鼻ができました。
これはどういう魔法なのか、でも一瞬にして女装なんて魔法も、世の中にはあるのです。垣根に目鼻が出来ても不思議はありません。ですがやはり珍しくて、サンジがそれを凝視してますと、
「……の…かと思った」
垣根から低い声がしました。

「何だって?もっとでかい声でいえ」
突然のことで、声が良く聞き取れません。
「あ?」
「あ、じゃねぇ。聞こえねぇって言ったんだ」
サンジの低い声に、垣根がガサガサ揺れました。
「おめぇは男か?」

垣根を割って現れたのは、同年代くらいの若い男でした。黒地の、それはそれは立派な装いです。
上品な刺繍がほどこされ、袖口からは白の極上シルク、これほど見事な絹や服装は見たことがありません。
「こんなに胸がねぇ女がいてたまるか」
男がまじまじとサンジを見ます。
「もしやてめぇが王子?」
ですが男は返事をせず、サンジの近くに腰を降ろして、そのままごろっと横になってしまいました。

「服が汚れると思うが」
「ほっとけ」
この無頓着さはやはり王子なのかもしれません。こんな立派な服が汚れることも厭わないのです。
ですが、しょせんは人の服です。汚れようと破けようとかまいません。それよりも、どうして肝心の王子がこんな場所にいるのか、それがサンジは不思議でした。
「広間にいかねぇんか?」
いくら王子だからといっても、地面にごろりと寝そべっている男に、敬語なんか使う気にはなりません。
普通に問いかけますと、王子も普通に返事を返してきました。
「臭くてかなわん」
「広間が?臭くねぇよ。むしろ花畑よりいい匂いがしたぞ」
「香水?ありゃ化粧のにおいか?ぷんぷん女臭くてたまんねぇ。鼻がもげちまう」
「嘘こけ。いい匂いだし美人ばっかだ」
「んなわけあっか。ただ化粧が濃いだけだ。あんなもんを押し付けられる身にもなってみろ」

嫌そうに眉を顰める王子をみて、とても贅沢な悩みだと思いました。
王子ともなれば、その侍女たちもさぞや美人揃いでしょう。母親ですらあんなに若く美しいのですから、おそらく美しいものに対して感覚が鈍くなっているのかもしれません。
ふと、継母と姉の顔が脳裏を掠めます。サンジは王子が羨ましくなりました。羨ましくて羨ましく、羨ましすぎて、憎しみに近い感情が込み上げてきました。

「ケッ。贅沢いいやがって」
サンジは心の底から、そう思いました。
「うるせぇ。男は俺だけなんだぞ。女ばっかで、臭いわ喧しいわで、居心地悪くてかなわねぇ」
「そら、てめぇの嫁選びなんだからしょうがねぇ。それに他に男がいたら、決まる嫁も決まらんからな。比較相手はいないにこしたこたァねぇ。親に感謝しろ」
つい意地悪なことを言ってしまうのも、羨ましくてたまらないからです。目の前の男が王子であることを、ふと忘れてしまうくらいに。
王子が顔を上げますと、鋭い目でサンジを睨みました。

「…ご丁寧に忠告してもらったわけだが、礼をいったほうがいいか?」
「いいや。礼には及ばねぇ」
「そうか。オカマに頭を下げるのは不本意だから助かる」

サンジの額にうっすら青い筋が浮かびました。
いくら王子とはいえ、言っていいことと悪いことがあります。確かに女装しておりますけど、オカマ呼ばわりは許せません。

「別にオカマじゃねぇし。諸事情でこうなっちまっただけだ」
「どんなオカマ事情だ?」
「だから諸事情だって言ってるだろうが。いろいろだいろいろ。ちゃんと話を聞け。馬鹿が」

王子としてこの城に生まれ、側近の者達からちやほやと、うっとおしくて堪らないくらい構われ、大事に大切に育てられてきました。人から馬鹿といわれたのは生まれて初めてです。しかもオカマに馬鹿と言われました。王子の額にもクッキリとした青筋が浮きました。もちろんサンジの青筋もクッキリです。

「……男がドレスなんか着やがって、何がいろいろだ偉そうに。このオカマめ」
「……女を怖がってるくせに人をオカマ呼ばわりか?このビビリ童貞が」

サンジは自分のことを棚に上げました。
顔を近づけて、火花を散らさんばかりに二人が睨みあっておりますと、座ったままの王子の背後に、大きな黒影がぬうっと浮かび上がったのです。



「王子。そろそろダンスのお時間です」

驚きのあまりか、王子の尻が3cm浮き上がりました。





まだつづきます

2009/7.27