7days 1
タイル張りの粗末な浴室だ。ところどころタイルが剥げていて、部屋がいっそうみすぼらしく見える。
ぬるま湯の石鹸水でサンジは体の中を洗浄された。据え付けの古びた便座に、注ぎ込まれた液体と共に吐き出す。
「もう一回だ。ほら、よつばいになれ」
注入された液体は腸内を容易く刺激し、数回目に排出されたものは白濁した石鹸水そのものだった。
シャワーの湯が頭から容赦なく降り注ぎ、男が石鹸のついたスポンジで身体に触れると、サンジはそれを拒否した。
「自分で洗えっから…」
「そりゃあ有難い申し出だが、これも仕事なんでな。しかし、なんでケツを洗われんのよりこっちを嫌がる?」
ヘンなヤツだと男が笑った。
身体に触れるスポンジがとても気持ち悪い、湿った泡のぬめりも、石鹸の匂いも吐き気がするほどだ。
体内を洗浄された時、嫌悪感を感じた。だが驚きと戸惑いの方が大きかった。ここを洗浄される意味と、僅かな苦痛が複雑に絡まりあって、心がひとつすとんと抜け落ちた。
スポンジが汚れを落とす。身体から流れ落ちる汚れと共に、心まで削ぎ落とされるような気がした。
「ずいぶんと色白だ。北方系か?」
返事を期待していないのか、手を動かしながら男が語り続ける。
「いくつだ?まだ10代なんだろ?少しばかり年はいってるが、北方系は喜ばれるかんな。ましてや金髪だ」
60代の男だ。老人という程ではないが、見た目よりも若く感じるのは、その手際の良さだろう。手慣れた動きには感情が感じられない。事務的ですらある。
細部の汚れを白い泡が絡めとって、皮膚から滑り落ちてゆく。耳の後ろから首、脇、臍、陰嚢の後ろ側、そして足指の僅かな隙間も見逃さずにスポンジが全身を這う。
最後にまた頭から湯をかけ、男は手早くタオルで全身の滴を拭き取った。
「いっちょう上がりだな」
男が扉の向こうに声をかける。終了の合図だ。
後ろ手に手首を革のベルトで縛り、次の男に引き渡す間際に、もう一度サンジに声をかけた。
「お前次第だ。可愛がってもらえ。俺がいつでも洗ってやるから」
窓がない白い部屋だった。
白壁に白い天井、そして白木の床。中央に低いベッドが置かれ、部屋には2人の男がいた。
茶色の髪をした男。年は20代後半くらいに見える。
そしてもうひとり。灰色の髪をした男。30代前半と思える背の高い男だ。
「ベッドへ転がしておけ」
男が指示を出すと、サンジはベッドへと連れて行かれた。
古びた、枕元だけ柵の付いた、他にはなんの装飾もないただのパイプベッドだ。洗いざらしの白いシーツが肌に冷たかった。
男たちの話し声がする。ぼそぼそと、まるでつまらない商談でもするかように、低く冷たく、そうしてる内に微かな笑い声が部屋に響いた。
「幾つだ?」
「18らしい」
「年よりも若く見える。仕込み次第じゃそこそこ高値になるだろう。金髪だし、ツラも悪くない」
「時間がかかんぞ」
「ガキじゃあるまいし、この年じゃ仕込んどかなきゃ売りモンにならん」
「足を開け」
それが部屋に入ってから、最初にかけられた言葉だった。灰色の髪をした男だ。
全裸で足を開く。その命令を無視したわけではない。ただ、何故か身体が思うように動かなかった。
「開け」
男はまた同じ台詞を口にした。抑揚のない低い声だ。
「もう一度いう。自分で足を開け」
僅かだが、膝が開いた。
「もっとだ」
後ろ手に重心を預け、更に両脚を広げる。
「もっと」
大きく息を吐き出すと、半ば自棄になってサンジは足を広げた。
「腰を突き出すように」
もっと。もっと足を。膝を。腰を。冷たく低い声が身体を開いていく。
眼を閉じて、要求のままに動くと、また身体と心から何かが抜け落ちていく気がした。曝け出された股間に冷たい空気が触れる。部屋の空気までもが、ぴりぴりと肌を突き刺した。
「突っ込まれた経験はあるか?」
「こんだけきれいな色をしてりゃ、あっちの経験はねぇわな」、サンジの返事を待たずに、もうひとりの茶髪男が鼻で笑った。
開かれた足の膝裏を無造作に持ち上げ、男が下肢に手を伸ばした。アナルに冷たいものが触れる。サンジの身体がビクッと反応し、無意識に閉じようとする足を押さえ、
「暴れんな。お前の為だ」
細い金属の管先を、窄まる襞を割って指し込み、傾けながら体内へと注ぎ込んだ。
「ただのオイルだ。ヘンなもんじゃないから、心配しなくて大丈夫だ。そんなに睨むな。そんな顔をすると酷い目にあう。男が喜ぶ」
そういって、灰色の髪をした男が微かに笑った。
「わかってないんだろうさ。全然な。ここをこうされると、こうなっちまうのも」
いきなり指を入れられた。驚きからさらに閉じようとする足を、男が強く押さえつけた。
「指くれえで、じたばたしてんじゃねえぞ。勃たせてやるのが親切心だってのがわかってねぇんか」
「暴れられると面倒だ。足も縛ったほうがいいかもしれん」
「そうだな」
茶髪の男が棚から持ち出した太い革紐で、両足をベッドに括りつけた。
石壁に寄りかかって居眠りする男の髪に、トンボが一匹とまった。
草と同じ緑色した、短く刈り取られた髪の天辺で、トンボが透きとおった羽根を休めるようにおろす。
秋風がそよそよと吹き、男がくしゃみをすると驚いたように羽根を翻して飛んでいった。
眼をこすって、男が大きく欠伸をする。
たまらなく長閑だ。
用心棒として雇い入れられて約1ヶ月あまり。一度だけ海賊を相手に戦っただけで、非常に出番が少ない。少ないどころか、今日はどこからか入り込んできた犬を追っ払っただけである。
朝起きて、飯を食って仕事の合間に鍛錬をして、また飯を食って犬を追っ払い、午後はいつものように昼寝だ。
仕事は大きくわけて3つしかなかった。
ひとつ。この館に無断で侵入する者を排除する。殺してもかまわないと雇い主はいった。
ふたつ。商品の安全性。商品が傷モノにならないよう、細心の注意をはらうこと。いずれも高額商品だからだ。客でないものが商品に傷をつけたら、その場合も殺していいといわれた。
みっつ。この館から逃亡する者がないように見張る。何故ならば、大切な商品には足がある。
絶対にやっていけないことのひとつは商品との恋愛沙汰だ。
ここが高級娼館であると知ったのは、契約を交わした後だった。
商品は男で、買いにくる客も男だ。
こういう世界もあるのかと、世間一般ではたいそう見目がいい部類に入るであろうまだ幼い子供や少年、青年たちを不思議な思いで見た。
断崖岸壁の小さな島。岩を砕くような白い波飛沫に、この島は覆われている。
ひとつしかない小さな船着場には、日々何隻もの船が入港してくる。ほとんどが金持ちの持ち船だ。付き人を何人も携えて、立派な身なりをした地位のある男たちが、己の欲望を満たすために男を買いに来る。
そんな場所で男は働いていた。
名はロロノア・ゾロという。
こんな用心棒まがいの仕事をしているのに、たいした理由はない。金に困っている。何故金がないかというと、あるとみんな酒代に変わってしまうからだ。飯の我慢ならできるが、酒の我慢はできないし、したくもない。
それと、やはり腕に自信があるからだった。
腰にあるのは自慢の3本刀だ。どんな敵でも負ける気はしないし、事実今まで負けたこともなかった。
きてまだ間もないが、此処もそろそろ潮時だとゾロは考えている。当面の生活費と酒代さえ稼げれば、さっさとおさらばだ。
男だろうと女だろうと、人の趣味にとやかくいうつもりはないが、ゾロにとってあまり気分のいい場所でなかった。
10歳を少しいったくらいの子供が、引き摺るように連れてこられたのを見たことがある。痩せた、線の細い、儚げな子供だった。
秋風に誘われて、ゾロがもうひとつ欠伸をすると、庭の端にある裏口から男が転がるように出てきて叫んだ。
「クソ!おい!お前だ、お前!ちっと来い!」
茶髪の男がゾロを見ながら怒鳴っている。俺か、と呼ばれるがままに近寄ってみると、男の顔に見事な痣があった。
「…ってて……。ガキが…、いきなり蹴りやがって…」
どうやら蹴り痕のようだ。
手伝え。そう言われてゾロは億劫そうに腰を上げ、男の後ろに続いて屋内へと向かった。
「チクショーーー!俺に触るな!」
金髪の毛を逆立ててサンジが喚いた。
開けというから足を開いた。もっとと、男に言われるがままに動いた。羞恥心を抑え、負けを認めたくなくて心を無にした。
尻を洗われた時、そこが使われるのだと知った。
嫌だった。だが、知識としてそういうことがあることも知っている。もちろん経験はない。だが、たいしたことじゃない筈だ、少しだけ我慢すればいいだけだと、自分に何度も言い聞かせた。
男が細い管を取り出し、いきなりペニスの先からそれを挿入しようとした時、激しい嫌悪感に襲われた。予想外の行為に、痛みよりも塞き止めていた怒りが溢れ、サンジは我慢することを放棄した。
「…ったく。革を引き千切りやがって。なんつう脚力だ」
茶髪の男が痣の残る顔を撫でながらゾロに言い放った。
「お前。ヤツを後ろから羽交い絞めにしろ。用心棒なんだ。力ぐらいは人並み以上にあるんだろうさ。早くしろ」
命令口調だ。
「こりゃ、俺の仕事じゃねぇ」
ベッドの端で、周りを威嚇する裸の男に視線を向けた。まるで興奮した猫だ。金色の毛を逆立てて怒っている。見れば足首に焦げ茶色の革紐が絡まっていた。どうやら自ら千切ったらしいが、あの細い脚で切ったのかと、にわかには信じられない。金属を打ち付けた革だった。
「こいつは逃亡の恐れがある。それはお前の仕事だろう?」
灰色の髪をした男がゾロに声をかけた。
「それに命令じゃない。俺は頼んでるんだ」
頼んでいると、その言葉とは裏腹に、有無を言わさぬものがある。
ゾロは裸の男の元へ歩みよった。自分に襲い掛かる脚を肘で受け止め、そのまま素早く膝の関節をはずした。
「アッ!」
男が痛みと驚きの声をあげると同時に、もう片方の膝関節を外すと身体のバランスを崩し、ベッドに倒れたまま低く呻いた。
「股関節まで外しちゃまずいだろ?」
「そうだな。腰は悩ましく動いたほうがいい」
灰色の髪をした男が眼を細めて笑った。
「たいしたものだ。ついでといっちゃなんだが、手伝ってもらえないか?」
「手伝う?それこそ俺の仕事じゃない。もうヤツは逃げられない筈だ。元に戻すときにまた呼んでくれればいい」
「だからお前に頼んでるんだ。いくら膝関節を外したとしても、こいつの脚は半端じゃない」
確かに男のいうとおりかもしれない。さっきの蹴りも予想外の衝撃だった。
「背後からヤツの足を押さえてくれるだけでいい。別に見学しろといってるわけじゃないんだ」
嫌なら眼を閉じていてもかまわない。そういって、また男が笑った。
頼んでいるのか挑発しているのか解からない口調だ。
小さく舌打ちしてゾロはベッドに上がり、裸の男を背後から自分の前に置いた。そして自らの足でその力の抜けた両足を封じた。
「手間かけさせやがって…」
茶髪の男がまたサンジに近寄った。乱暴に脚を割る。
「とんだアバズレだな、おめぇは。商品じゃなけりゃ、ぶん殴ってやるところだ」
クソ、また萎えちまってると、ぶつぶつ文句をいいながら、その股間に手を置いた。
痛みはなかった。だがいくらオイルが滑らかで、苦痛はないにしても、それはサンジにとって吐き気を伴う嫌悪感でしかなかった。
全身が拒絶している。執拗に自分の中を弄る指は、得体の知れない蟲だ。蟲が体内に侵入してくるような、そんな錯覚に襲われた。
反吐を吐きたくなるくらい気持ちが悪い。
眩暈がするほど気持ち悪いのに、快感などないにもかかわらず、ペニスが勃ってしまう。サンジは自分の身体を呪いたくなった。
「不思議だろうが、ここを触られて勃っちまうなんて。実はここにツボがある。そこをマッサージされるとたいていの男は勃っちまうんだ。だがな、ただ勃つだけじゃ駄目だ。お前は商品だから」
客を喜ばせないといけない。
そう茶髪が薄笑いを浮かべ、体内を弄りながらサンジに語りかけた。
下卑た笑いだった。
薄笑いを浮かべたまま、細い管を手にしたのを見て、サンジの身体は無意識に逃げようとした。
「離せ!クソがッ!痛てぇんだよっ!このミドリハゲッ!」
背後から自分を押さえつける男に怒鳴ったが、鉄で押さえつけられたようにビクともしない。かなりの力だ。
茶髪の男は事務的な手つきで、その管先をサンジの股間へと持っていく。
身を捩って嫌がると、いきなり肩に激痛が走った。
「アッ、アアッ!」
「暴れるから肩も外した」
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2007/9.29