送信から応答









ある朝、目覚めると、船に1匹の虎がいた。



「……怖ぇえ。…あんま近寄るんじゃねぇぞ。しかし何で虎?」
「……ったく、本当に。何で虎なの?」
「もう何でもありだと思ってっから今更驚かねぇが、何でそうなる?」
「……すげぇ、本物の虎だ。虎だぞ、虎!すげぇよ、虎!」
ルフィの目が星のようにきらきらと輝き、
「お手」
そう差し出した手を弾いて、虎はルフィの顔面に遠慮のないパンチをくれた。
「痛ぇ」、ルフィはかすかに呻った後、そんなことにはまったく気にも止めない様子で、
「肉球って意外と硬ぇんだな」
ここって美味いのか?呟く声に、虎は思わず2歩退いた。





「昨日立ち寄った島でヘンな果物をもらって食ったそうだ。あまり美味くなかったって」
チョッパーが通訳に入った。
「どんな食いモンだ?」
チョッパーが虎の説明を聞きながら簡単な図に起こすと、それを見たロビンが会話に加わった。
「それは悪魔の実もどきね」
「悪魔の実?ゾロは能力者になっちまったんか!?」
「いいえ。悪魔の実『もどき』。悪魔の実の亜種で、確かにそれも珍しいけど実も小さくたいした効果もないから、子供の玩具として扱われてるわ」
「玩具?でも多少なりともそれなりの効果はあるんでしょ?現にゾロは虎になったじゃない」
「ええ。動物になっただけ。炎の実の亜種なら指先がマッチ替わりになる程度、能力者になったわけじゃないの。その効果も能力も短時間で一時的なもの、だから玩具扱いなのよ」
おそらく数時間か、遅くとも明日の朝には元に戻るだろうと、ロビンが虎の頭に触れた。
「雄々しい虎ね。こんな近くで見るのは初めてだけど、とてもきれいだわ」
やさしく頭を撫でられて、虎の言葉など理解できなくともわかるくらい、何もそこまでというほど嫌そうな表情だ。馴れ馴れしく触るなといいたいのか。
低く呻り、虎がいきなり背後へと飛びずさった。驚くべき跳躍力と俊敏さで素早く身をかわし、大きな躯体がしなやかに宙へと飛んだ。

「いいじゃねぇか、ちょっとくらい…。ケチだな、ゾロは…」
不満気に口を尖らせ、ルフィは虎の立つマストを見上げた。彼は虎の背中を狙っている。どうやらその背に乗りたいようだ。
ルフィが跳躍すると同時に、虎も空を飛ぶようにその場を移動した。青空で空中追いかけっこをしているようにしか見えない一人と1匹に、ナミは呆れた様子で呟いた。
「なに、あれ?ゾロに乗りたいのかしら」
「犬なんかは背に乗られるのを嫌がるぞ。ましてや虎だ。おそらく無理じゃないか?」
そんなチョッパーの説明も、嬉々として虎を追いかけるルフィには届かない。





「待て」
皿に盛られた山盛りの飯を前に、サンジが手をかざすとその顔面を虎が殴った。
「イーーーーッ、てぇ…」
赤くなった鼻を押さえながら、
「待てだ、待て!待てといってるのが聞こえねぇのか、このクソ野郎!お預け食らわすぞ!」
怒鳴るサンジを無視して虎は既に食事中だ。

「いくら虎になっちまったとはいえ、ゾロに待てだのお預けだの教えても無駄だろ。つうか、仮にも元人間に対し、いくらゾロといえど少しばかり失礼じゃねぇのか?」
夕飯を頬張りながらウソップがサンジを注意した。
「阿呆。今のうちに仕込んでおくんだ。人間に戻っても俺様に反抗的な態度をとらねぇようにな。躾だ、躾」
ケケケッと笑うコックは半分本気らしい。もう飯を食い始めたにもかかわらず、「待て」だの「伏せ」、「お手」だの繰り返している。
「煩いし迷惑だから他所でやれってゾロが言ってるぞ、サンジ。飯の邪魔だって。俺よりもルフィを躾けろだと」
チョッパーが通訳した。
「ルフィにはしねぇよ。そんなむなしい行為をするつもりもねぇ。犬に読み書き教えるより困難だ」
するとルフィが皿に突っ込んでいた顔を上げて、
「隣の家にいた犬はちゃんと読み書きくらいできたぞ。失敬だな、サンジは」
ソースのたっぷりかかった肉を頬張りながら抗議した。誰に対して失敬なのか、あきらかに解釈が間違っているが、幸いなことに彼は気づいていない。
「へぇ。まさか、指を1本たてて、『これはいくつだ?』『わん』ってことァねぇだろうな」
「なんで知ってんだ?そんなに奴は有名なのかっ!」
興奮したルフィの口から食い物が飛び散り、「汚いっ!」ナミが怒鳴った。





最後にテーブルを拭き、ようやくキッチンの片付けが終わった。
ひとり煙草をすっていると、そこへ虎が入ってきた。真っ直ぐに酒のある場所へと向かう。鼻先で匂いをかいで、その内の1本を口で引き抜き、尖った歯先で器用にもコルクを抜き取った。
両の前肢で支え、舌で舐め取るように酒を飲む虎の姿は、見ようによっては可愛く見えないこともない。だが、こんな姿になっても飲みたいのかと、サンジは何も言わずにその様子を見ていた。
2本目に虎が選んだ酒はコルクじゃなかった。金属で出来た回すタイプの栓だ。鋭い歯と前肢で必死にそれを開けようとするのをみて、サンジはその瓶を手にした。

「黙って見てりゃ、お前は何本飲むつもりだ。いくら図体がでかくなったからってふざけんじゃねぇぞ」
そして栓をねじり、虎の口元へと運んだ。
ちょろちょろと少しずつ流れる琥珀色の液体。舌先に載せ、ごろごろ喉を鳴らす虎を見てサンジが笑った。
「ハハ、ガキにミルクやってるみてぇ。全然可愛くねぇがな」

最後のしずくを舌で舐めとり、虎はふんと鼻を鳴らし前肢で顔を撫でた。猫が顔を洗う仕草とまったく同じだ。
丁寧に肢先を舐め、また虎は酒棚へと顔を戻した。
「おっと。もうそこまでだ」
サンジは虎の顔を掴み、その顔の向きを変えた。棚から視線を外させた。それでなくてもゾロは底無しだ。放っておくと酒を全部飲まれてしまう。
「でっけえ顔」
まじまじと虎の顔をみた。琥珀色の眼。そして黄金と黒のくっきりとした縞模様。短く全身をおおう体毛は、その下にある筋肉をも浮かび上がらせている。豹のごとくしなやかさと、獅子の剛健さを虎は合わせ持っていた。

フンと鼻を鳴らし、虎は掴まれた手を振りほどいて、頭をサンジに擦り付けた。
「何だ?強請ったってもう酒はやんねぇぞ」
大きな頭の天辺を、ぐいぐい胸に押し付ける。
「しつけぇ。甘えたって無駄だ」
巨体で覆いかぶさるように押され、
「ちょっと待て」
バランスを崩し、
「待て!待てだ!クソが、待てだっていってるだろうが!」
サンジは怒鳴りつつ、
「危ねっ!」
そして床へと倒れこんだ。


「…ってえ。しかも重い」
虎はまだぐりぐりと頭を押し付けてくる。酒欲しさによる行為か、懐かれているようでもあるが、一見すると虎に襲われている人間にしか見えない構図だ。
床に押し倒され、頭をしつこく擦り付けてくる。
「そんなに酒が飲みてぇのか?」
訊いてみたが、もちろん返事はない。
「それとも腹が減ったとか?飯が足りなかったか?」
いくら問うても言葉がわからない。
「チョッパー呼んでくるか?てめぇが何をいいてぇのか全然わかんねぇ」
虎がまたフンと鼻を鳴らし、そして大きな舌でサンジの首をザリザリと舐めた。
「…うへ。ザラザラしてやがる…」
その舌が顎を舐め、鎖骨を舐めて、シャツの隙間から素肌に濡れた鼻先をつけた瞬間、短い毛を皮ごと掴んで大きな顔を持ち上げ、
「考えが変わった。チョッパーがいなくて良かったぜ」
サンジが虎をきつく睨んだ。
「…獣姦なんざするつもりはねぇぞ。へんな気を起こしやがったら、てめぇのタマを潰す。全力で叩き潰す」

また虎が鼻を鳴らした。
そして大きな頭をサンジの顔の横へと置いた。フンフン生温かい息が首にかかる。
「…重いんだよ、てめぇは。いつまで圧し掛かってるつもりだ?俺の上でくつろぐな、図々しい」
サンジは大きな頭を抱き寄せ、
「…しかも獣臭ぇし…」
ふさふさと毛が生えている即頭部に顔を埋めた。
まったりと閉ざされた両眼、その表情から何も伺うことができない。自分の口からでた言葉がキッチンの空間にただ消えていくだけだ。
「…温けぇから我慢してやってんだ。って、さっきからひとりごとばっか言っててバカにみえねぇか?なんだかなァ…」
ほんとアホくせぇ。そう最後に呟いた。





「サンジ。虎臭ぇ」
翌朝、料理するサンジの傍らでチョッパーが青い鼻をヒクヒクさせた。
「そうか?風呂に入ったんだがな。随分と懐かれちまったから、ちっとやそっとじゃ取れねぇのかも」
「喧嘩ばっかして船を壊すとウソップが泣くぞ」
エッエッエッと笑うチョッパーの持つ空いた皿に料理を移し、また次の料理にとりかかった。
「それも大人の付き合いってヤツだ。てめぇも大人になりゃわかんだろうさ」
「言葉も通じないでよく喧嘩になるな?」
無邪気な顔をしたチョッパーに訊かれ、サンジはおもわず黙ってしまった。
言葉が通じなくてもコミュニケーションはとれる。おそらく喧嘩もできるだろう。
だが、会話はすべて一方通行だ。
ちくちくと嫌味を言われないのは楽だが妙にむなしい。
サンジが黙ったまま料理をしていると、
「それにしてもいつ元に戻るんだろ?今日の朝、ちょっと会話したらだいぶ虎に馴染んでた」
チョッパーは小さく溜息をついた。





サンジは虎の前に大きな皿を置き、「待て」と手で制した。
「待て。待てだぞ、待て。良しというまで…」
顔面に向けられた肉球をひょいと避け、フフンと鼻先で笑う。
「アホが。同じ手を何度も食ら…」
そして虎がしなやかに身を翻したかとおもうより早く、尾が鞭のように思わぬ方向からサンジの顔を打ち、
「イーーーーーッ!テッテッテ!」
また赤くなった鼻を押さえながら怒鳴った。
「待てと言ってるのがわかんねぇのか!このボケ虎があああ!」

「バカだな、サンジは」
ゲフッと大きなげっぷをした後、ルフィは「アチチ」とカップに顔を近づけてズズズッと紅茶を飲んだ。ルフィの食事は最後まで喧しい。
「待てを何回教えても無駄だ。動物は上に乗って、殴って躾けるんだってスラップ村長も言ってたぞ。あれ?教えてくれたのはじいちゃんだったか?」
食事中の虎が肩をビクッと小さく揺らした。





のどかな昼下がり、雲ひとつない青空に虎が跳んだ。
猫のように音もなく、黒と金色のしなやかな躯体がマストやメリーの上を跳ぶ。その後ろをルフィが追いかけている。
「まだ諦めねぇのか、ルフィは」
太陽をさけるように眼の上を手で覆い、ウソップが工場で作業の手を休めた。その傍らにいたチョッパーが、読みかけの本から同じく頭上へと視線を移した。
「うん。すごい迷惑だって。ゾロがおちおち昼寝もできねぇって文句いってる」
「ルフィに伝えてやったらどうだ?おめぇしかゾロの言葉が解かるのいねぇんだし」
「言ったぞ。そしたら『だよな。早く乗らねぇと元に戻っちまうから、俺も迷惑なんだ』って。ウソップ、俺じゃ言葉が通じねぇから通訳してやってくれ」
「俺様に無理難題をいうな。いいか、努力にはやって報われるものと、するだけ無駄なモンがある。俺が前に狙撃の王から聞いた話だ。これは『隠された世界の真実』だと教えてくれた」
「すげぇな、ウソップ!狙撃の王と知り合いなのか!?」
チョッパーの目がきらきら輝いた。
「あんま褒めるな。照れ臭ぇだろうが。奴と親友だってのは内緒で頼むぜ、チョッパー」
そういって、ウソップは腰を上げた。どうやら作業が終了したようだ。
「まァ、ようするにルフィは暇なんだな」
ここ2〜3日、穏やかな航海が続いている。この前立ち寄った島を出てからというもの、海賊も海軍にもまったく縁がない海上生活だ。船長がかなり暇を持て余しているのは間違いない。

チョッパーが船室に戻ると、代わりのように虎が甲板に降り立った。それを追ってルフィもやってくる。眉間に皺を寄せ、低く唸りを上げ、虎は正面からルフィを威嚇した。
いくら言葉はわからなくとも、かなり嫌がっているのだけは解かる。
「いい加減にしたらどうだ。いくら虎とはいえ、中身はゾロだぞ」
ウソップがルフィに意見すると、
「…だって」と不満そうに口を尖らせ、その口で「チッチッ」と呼び寄せ、
「お手」
すると、懲りないルフィの顔面に虎のパンチが飛んで、まともに食らった船長が顔を覆って呻いた。「おうおう」とオットセイのように呻くルフィの学習能力は意外と低い。
フンと鼻を鳴らして虎が向きを変えると、その鼻先が立っているウソップの股間に当たった。何故かおもむろに尻をむけ、後ろ足で砂をかくような仕草を数度した。
「ほんっとに失敬な奴だな、おめぇは!臭いってのかいっ!」


その日の夕方。夕焼けにそまる茜空に、大きな躯体をした虎が跳んだ。その背にはルフィが乗っている。黒い髪をなびかせ、虎に跨るその姿には王者の片鱗が見える。
「粘り勝ちだな」
「どんだけ暇なのかしら?ほんとに羨ましいわ」
暇そうで。
ナミとウソップが夕空を見上げた。
キッチンの屋根からマストへと、四肢を伸ばし、大空をゆうゆうと虎が跳ぶ。そのマストから帆の間へと、その隙間でルフィが軸に顔面を打った。かなり大きな音だ。
そのまま置き去りにして虎が跳ぶ。
そしてメリーの頭上に降り立つと、赤く輝く空にむかって雄々しく吼えた。
「勝利の雄叫びってか…?」
「そうみたいね…」
でもやっぱりバカみたい。ナミが呟いた。





細い瓶の口から、琥珀色した液体が少しずつ零れ落ちる。
目を細め、ごろごろと喉を鳴らしてそれを舐め取る虎に傍らには、もう既に空き瓶が2本転がっていた。
「これで最後だぞ」
その言葉が聞こえているのかいないのか。
だがこんなに解かりやすいものはないと、思わずサンジの口から小さな溜息が漏れた。しあわせ全開といった表情だ。
虎はもう何も零れてこない瓶の口をいつまでも舐めていた。
飲み終えた3本の空き瓶を部屋の隅に寄せ、もう酒は駄目だと終わりを告げると、太い前肢の肉球をサンジの胸に押し付けた。
「そんなことをしても無駄だ」
それでも押し付ける。
「てめぇにばっか飲ませるわけにゃいかねぇんだ。いい加減諦めろ」
ついには両肢で胸をふみふみと踏み、
「意地汚ねぇ虎だな、ったく。しつけぇ」
サンジは虎の前肢を弾こうとしたら圧し掛かるように強く押され、
「…お、お、重てぇ」
また床に倒されてしまった。


仰向けのまま、床に倒れたサンジの胸を虎が踏む。
動物に甘えられているようにも思えるが、いかんせん中身はゾロだ。嫌がらせの可能性は充分ある。
だが、ふみふみふみと固い肉球を押し付け、
「…お前」
尾っぽを震わせている様と、
「まさか」
すぴすぴ鼻を鳴らしている虎を見て、
「中身まで虎?」
ついに先祖返りしちまったんか。そういって虎の耳下から喉を撫でたら、ごろごろ喉を鳴らして喜んだ。
喜びのあまりか、ザリッザリッとサンジの手を舐めた。
「何だ、かまってもらえてそんなに嬉しいんかよ」
両手でぐりぐりと虎の耳下を撫でると、サンジの身体にさらに頭を擦りつけ、じゃれるように床で縺れあった。
ごろごろとキッチンの床を転がり、大きな舌で舐められ鋭い歯で甘噛みもされ、柔らかい毛の生えた顎を撫でてやるとその喉がまた鳴った。
虎が前肢の毛を身繕いするように丁寧に舐めとり、それが終わるとサンジの顔の隣に自分の大きな頭を置いた。
琥珀色の眼は閉じられ、微かにすぴすぴと鼻が鳴っている。すっかりくつろいだ表情だ。
大きな頭を軽く撫で、その手を背中へと持っていった。
みっしりと生え揃った短い体毛。地肌深くを指先でなぞり、太くごつごつした背骨に腕を回して、
「よォ、ルフィを乗せたんだって?」
ピンと立った耳下に顔を埋めてサンジが囁いた。
「じゃ次は俺の番な」
虎の躯体がビクッと揺れた。








「おかわり」
次々と差し出された3つの茶碗にサンジは飯を盛った。
「チョッパー、そんなに急いで食うな。こいつらと張り合おうって考えが間違いだ。飯ならまだあるから」
見る見るうちに皿から食い物がなくなっていく様は、まるでバキュームで吸い取っているかのようだ。
「ナミさんとロビンちゃんは?」
もう充分だという2人にコックは紅茶をいれた。
いつもと変わらぬメリー号の朝食風景だった。

「で、結論からいうと」
朝食後、チョッパーの言葉に皆が耳を傾けた。
「薬物に慣れてない人間には、たまに劇的に効き過ぎるくらい効く場合がある。今回の場合はそれにプラシーボ効果もあるんじゃないかと思う。プラシーボ自体はアヤシイけどな。今回、虎になって一番驚いたのはおそらくゾロ自身だ。実際効果があったわけだし、まァ相乗効果だな。極端な例だと、一度も薬とか飲んだことない未開の地に住む人間に、小麦粉を特効薬だといっても効くようなもんだ。ようするに、ただ効きすぎただけだと思う」
チョッパーの説明に、「へぇ」とルフィは解かったのかどうかはともかく妙に感心した顔で頷き、「小麦粉…?」、ウソップが呟くと皆が盛大に吹き出した。ゾロは最後まで憮然とした表情だった。





その晩のことだ。
片づけを終えたキッチンにゾロがやってきた。
何も言わずに酒を1本抜き取り、半分まで飲むとサンジを見てから頭を掻いた。
「…忘れちまった」
「何が?」
「山のように言いてぇことがあったんだが」
首を傾げ、サンジに問いかけた。
「お前、俺の返事を知ってるか?」

「てめぇは黒ヤギさんか?俺が知ってる訳ねぇだろ。少しは考えてからしゃべれ」
ゾロはまたぽりぽり頭を掻いた後、いきなり何も言わずにサンジを床へと突き飛ばした。
そして文句が出る寸前のその口に、黙らせようとしたのか飲みかけの酒瓶をもっていった。
「…は?」
「いいから飲め」
いいからいいから細けぇことは気にするなと、無理やり口元に酒をあてがい、少しづつ流し込むとサンジの喉が小さく鳴った。
最後の1滴まで注ぎ込み、喉に零れた液体をゾロは舐め取った。
床で重なったまま、
「……ちっ、ほんとに忘れちまった。虎の頭は思ったより悪ぃ」
「悪いのはてめぇの頭だろうが。それに忘れちまったのは、たいしたことじゃねぇからだ。大切じゃないなら忘れても問題ねぇ」
サンジはその短い髪に触れた。
虎とはまったく違う触り心地と、そして色。そして何より身体に感じる感触と重み、匂いも全て違う。
ひとつだけ。ゾロはそう前置きした後、
「例えば、敵と戦っててめぇがやられちまうとする。もうズタボロだ。ボロッボロで血が流れて、へろへろになったら」
「嫌な例えをもちだすな」
「黙って聞け。それはそれは滅茶苦茶にやられて」
まるでぼろ雑巾のようになったらと、しつこく状況を説明して、
「そしたら俺の背に乗せてやってもいい」
そして「おめぇは獣臭ぇ」、そう抜かした男の緑髪にサンジは顔を埋めた。
「…ボケ。お前のにおいだ」



サンジが風呂からあがり、キッチンへ戻るとゾロが寝ていた。
床の上で横向きになって、身体をくの字に曲げて寝ている。
「風呂に入らねぇんか?寝るなら部屋へ帰れ」
声をかけたが返事がない。
その上にサンジは風呂上りの身体を乗せた。全身で包むように覆いかぶさって、強引にゾロの身体の向きを変え、背に乗って、
「…もったいぶりやがって。てめぇなんざ、その気になりゃいつでも乗れんだ」
覚えとけ。耳元でそう呟くと、重たそうに半分だけ開いたゾロの眼がまた閉じ、最後にフンと鼻を鳴らした。






END


2008/5.12
※虎とコミュニケーションを図るサンジの話。拍手御礼でアップしました。