PRESENT/BIRTH








大きな薔薇の花束、真紅の花びらがいきなり目に飛び込んできた。
ビロードのように赤い花の隙間から、金色の髪がひょいと顔を覗かせ、
「あれ、ゾロコちゃんは?」
不思議そうに呟く男を見て、思わず俺は苦笑いをした。








「随分と何もねぇ部屋だな」
随分というよりも、何も無くなってがらんとした部屋を見渡してコックが呟いた。気落ちした様子なのは、自分が男だと知ったからかもしれない。それは露骨といっていいほどで、どうやら基本的なところは何も変わっていないようだ。
「何で花が床の上にぽつんと飾られてんだ?」コックが不思議そうな顔で、部屋の中央に置かれた花を見た。
「ここに対する感謝みてぇなもんだ。薬液に漬けてあるから長持ちすったろ。お前の花もそこに入れておけ」
俺が返事すると、また部屋をぐるりと見渡した。
「それにしても、なさすぎねぇ?これで生活できんのか?」
「全部処分したからな」
ただのフロアーと化した自分の部屋を眺めた。コックと共に、10年以上を過ごした場所だ。
「処分?」
「会社も何もかもだ。大変だったんだぞ。おふくろは血圧上がっただの、お前が早く結婚しないからだ、早く孫をつくらないからだとさんざ文句言うし、執事は大泣きしやがった」
「話がよくわからねぇが。で、どうしたんだ?」
「何が?」
「文句いうおふくろさんとか大泣きする執事はどうした」
「知らん」
「はァ?」
「そのまま放ってある」
親父は俺の説明に憮然とした表情だった。おそらく言葉が足りなかったのかもしれない。だが、「世界一の剣豪になる」と決意を口にすると、突然大笑いした。そこは笑うところじゃないだろう。少しばかりムッとしたが、さすがD兄弟の血筋である。「たまには帰ってこい」と苦笑いをして、そして「迷子にならないよう気をつけろ」、最後に俺をガキ扱いした。
コックが呆れ返った顔で俺をみている。
「…お前、人としてそれはどうだろ?というか、やっぱり話が見えねぇ」
だが説明するつもりはない。これの説明を始めると長くなるし、それにかなり面倒だ。実をいえばもう考えたくもなかった。
「話は後だ。これから時間はたっぷりとある。奴らには後で手紙でも出せばいい。文句の返事がくるかもしれんが」
それよりも、コックに時間を与えないほうがいいと俺は判断した。よけいなことをうっかり思い出されるとおふくろや執事よりも面倒だ。デカイ疑問符が頭の天辺にのっているうちに、さっさと出発してしまうに限る。
ひとまず話を締めくくって、用意したふたつの荷物を出した。
「ひとつはお前のだ」
「俺の?」
布でできた肩に背負うタイプのもので、もちろん装飾はなにもなく実用性だけを重視した。軍隊仕様だ。その荷物の中に、実は数枚の新しい腹巻が入っている。どうやら執事が俺の為にと泣きながら編んだらしい。軽い筈の腹巻なのに、なにやら重たい荷物になってしまった。

俺は自分の荷物を肩に担ぎ上げ、この日の為にしまっておいた刀を手にした。
「前にエースから聞いた話だ」
「エース?お前の親戚だったよな?」
「いいからそれはずっと忘れとけ。話を戻すぞ。これから行く星はここと気候条件が似ている。表面積の殆どが海で、主な交通手段は船だ。そこに、ある特異な航路が存在するって話だ。気候は無茶苦茶で、そこにいる奴らもヘンなのばっかで、それにどいつもこいつも半端なく強ぇんだと。しかも海賊とやらがうじゃうじゃいるらしい。この現代に海賊なんてすげぇだろ?どうだ?」
「どうだって言われても、なにがどうなんだ?」
さっぱり訳がわからんと、事態が理解できないままの男に荷物を突き付けて、俺はニッと笑った。

「そんなところなら、水中で星が輝く不思議な海があってもおかしくねぇぞ」

コックはアホ面をさらし、目を丸くして俺を見た。
その場所で、俺は剣士として頂点を極める。夢ではなく、それは実現に向けた具体的な行動だ。
夢見るだけは何も手に入らない。

















白い腕がベッドサイドに伸びて、片隅に置かれた煙草を手にした。
カチリと硬質な金属音とともに、白い煙がゆらゆらと漂う。
無言でコックの指の間に挟まれている煙草を抜き取り、その吸いかけを口にして、軽く吸ってから灰皿で揉み消した。
「勝手に消すな」
そのままの姿勢で、文句を抜かし始めた金色の頭を、自分の胸へと引き寄せた。珍しくされるがままだ。
俺の上でコックが溜息のような息を漏らし、しばらくするとブツブツつぶやく声が聞こえた。
「…バレちまうよな」
胸元に置かれた金髪をひと房摘んで、指先でねじった。くるくるねじられた髪が、するりとほどけてまた元に戻る。
「…明日なのに」
またくるくるねじって、ぎりぎりまで巻き上げると、するっとほどけた。形状記憶毛髪だ。
「おい。聞いてんのか?」
濡れたりするとほんのりクセがでるが、乾燥した状態だとどこまでも直毛だ。
またぎりぎりぎりぎりねじったら、プチッと指先にヘンな感触がした。
「いでっ!毛が抜けたぞ、このヤロー!」コックが俺を睨みつけて怒鳴った。
どうやら毛根まで神経が通っているらしい。ゼフという男はかなりの腕を持った技師だと、俺は今更ながら感心した。

俺の胸に頭を乗せまま、不満そうに眉を顰めるコックの身体を上へとずらした。腰に腕を回し、肉の薄い双尻を割ってその窪みへと指を滑らせた。
柔軟性がある肉襞が俺の指をきつく締め付ける。
「まだ湿ってるな」体内を弄ると、「人間と違って腸壁が水分を吸収しねぇんだ」コックが小さく呻くながら返事をした。
「すげぇ濡れてる」
指先に感じたぬめりを掻きだすように指を動かすと、「…てめぇのだぞ」、そうつぶやくコックの赤い耳朶を軽く噛む。そして首を噛むと、
「…っ。だから、それはよせって。痕になる」
それを無視して今度は強く吸いつくと、コックが俺の顔を乱暴に引き剥がして怒鳴った。
「聞いてんのか?俺が明日からメンテだって知ってるよな?前日までヤってましたって、バレバレだろうが!俺に赤っ恥をかかせるつもりか!」
どんな恥ずかしいことでも、とりあえずお前は忘れてしまう。本当の意味で恥をかくのはおそらく俺だと思うが、それは黙っておいた方がいいかもしれない。
「そうか、恥をかくのはお前だったな」、ニヤニヤ笑う顔が目に浮かぶ。コックを喜ばせることもあるまい。



薄闇の中で、コックがじっと俺を見ている。
黙ったまま視線を交わらせていると、ふふんと生意気そうに鼻を鳴らし、俺の耳にそっと唇をよせた。
「俺が初期化したら、きっとてめぇのことなんざ全部忘れちまうぞ」
いいのか?そう意地悪な声でささやく。
「まっさらになった俺は、きっと今の俺より優しくないかもな。簡単にお前とヤるなんて思うなよ。ケツなんか狙ったらマジでお前のタマを蹴り潰すんじゃねぇの?ロボット3原則が組み込まれてねぇから、殺人だって平気でできるしさ。おっと、勘違いするな。モラルがねぇわけじゃなく、てめぇならブチ殺しても良しと俺が判断する可能性が高いだけだ」
だから気をつけろと、低い声で微かに笑った。
どこの誰が優しいのか俺は知らないが、言われっ放しで大人しく引き下がるほど俺は優しくない。自分は優しいと抜かすコックに比べれば、俺の方が自覚はある。
指先でコックの顎を自分の方へ向けた。
「あの時、俺は16になったばかりでロボットを扱うのは初めてだった。だが、10年以上おめぇと一緒に暮らしたから、今ならそれ相応の対処もできる。こんなに生意気なお前でも、今度は素直で俺だけに従順なロボットに仕立てられるかもしんねぇ」
すると一瞬だけ暗い目をしたかと思うと、ぱふんと枕に顔を沈めてコックがつぶやいた。
「……そんなのは俺じゃねぇ」
そしてまた腕を伸ばして煙草を探す仕草をする。まるで精神安定剤のように、コックがそれを求めることに気づいていた。ある種の依存症である。
だからといって簡単にそれを与えないのは、精神が不安定な状態のときに、ふと本音が漏れることがあるのを知っているからだ。
その腕を掴むと、コックがすっぽりと枕に顔を埋めたまま、もそもそ話し始めた。
「…今度は俺にやらしいことすんなよな」
やわらかい枕に声が吸い取られて、低くこもった声はまるで別人のように聞こえる。
そんなコックの要望を無視した。約束できないことは口にしない主義だ。
「妙に腹ん中がざわつく。気持ちが落ち着かなくなる」そういって、俺の腕を振りきろうとするのを阻止した。また煙草を取ろうとしているのだろう。諦めが悪い男だ。
明日か、遅くとも明後日になれば、おそらくコックはこの会話を全部忘れる。だが、どんなにつまらない会話であろうと、コックには欠片すら残らないような話であっても、俺が覚えていればいい。


いつまでも手首を握っていると、コックがようやく枕から顔を上げて俺を見た。
「寝れば?」
「指図されなくても、眠たくなれば寝る」そう返事すると、軽く眉を顰め、ゆっくりと眼を閉じた。
金色の睫毛がかすかに震えている。
照明を落として眼を閉ざす。しばらくすると、まっくらな闇の中でコックが俺の髪に触れてきた。
「お前さ」
摘んでねじってもてあそんで、または撫でるような仕草で短い髪をいじる。さっきの仕返しだろうか。
「何か企んでるな」
当然ながら無視だ。
「白状しろよ。どうせ俺は切替すりゃ全部忘れちまうんだ。いまさらお前のすることにケチをつける暇なんかねぇよ」
だから言え。ほれ言ってみろ。さあ言えと、それはそれは蛇のようなしつこさで、髪をつんつん引っ張ったがそれでも俺は寝たふりをした。
「…こういう時だけたぬき寝入りしやがって」
コックの舌打ちが聞こえる。
「どうせロクでもねぇこと考えてるに違いねぇ」と頭から決めてかかった後、俺の首に両腕を絡め、そして抱きついてきた。
こんな行動は初めてかもしれない。甘えるように頬をすり寄せ、頬に触れて、また耳元にそっと唇をよせた。
それは歌声だ。
韻を踏んで軽やかに、そして恋人のさえずりに似た甘い声で、耳に語りかけた。
「…つまらねぇこと考えるな。そうでないと、俺がお前を守るはめになるのを忘れんな。お前はバカなんだから、あんま頭は使うな。余計なことは考えるな。バカなんだから。俺に守られたくないなら自重しろな。ほんと、お前はバカなんだから…」

黙って聞いていれば…。
最後の最後までロクでもないことしか言わないのはお前の方だと、その胸倉掴んで大声で反論したかったが、我慢した。そんな言葉でも、そしてやわらかい唇を、俺は甘んじて受けた。
これが最後の夜ならば。どんな憎まれ口を叩こうと、不器用に甘えてくるものを拒む理由などどこにもみつからなかった。
もしかすると自分は気が長い性格かもしれない、近頃ではそう思うようになった。年を重ねたことによる変化なのか。
俺は今年の誕生日で28になる。








「お待ち申しあげておりました」
W.R.COの担当がにこやかに俺を出迎えた。この男とのつきあいも長くなったものだ。男の風貌に変化はないが、黒い髪にちらほら白いのが混じっていることに気づいた。
「それでは簡単にご説明させていただきますが」、担当が話し始めた。
「動力切替を伴うメンテナンスに要するお時間は4週間です。完了後は外部のエネルギーを必要としないロボットとして生まれ変わります。ここからは問題点のご説明をさせていただきます。まずは初期化によるデータ消失の件ですが、過去に切替をおこなったOPシリーズでは、平均10%弱で消去しきれないデータが存在したのを確認しました。それがどういった形で彼らに残されたか、その追跡調査はされておりません」
それに関して、いまさら文句をいうつもりはない。
「どのくらい奴のデータが残るか、予測は可能か?」
製作に携わったものが引退しているので正確ではない。と前置きした後、
「およそ10〜30%の範囲を想定しております。後は自動修復機能が作動することによってその数値も変動すると思われます。ただ、消去しきれなかったデータ回復や、その機能が作動するまでのタイムラグはご了承ください」
ようするに、残ったデータが戻るまで、ある程度は時間がかかるという話だろう。たとえ10%であろうと、全然残らないよりはマシだ。データなんてものは、これからまたつくっていけばいい。
「それと、もうひとつ。数年前のことですが、永久機関が公式発表される前、彼の全ての消耗パーツを耐久性のあるものと交換させていただきましたが、覚えておられますでしょうか。あの時はさまざまな裏情報が飛び交い、業界も大変な時期でしたけれど、あの判断だけは間違ってなかったと自信をもっていえると思います。その後、パーツの製造すら停止となったのですから」
すぐに思い出せなかったが、パーツの総入替となれば短期間じゃないはずだ。そしてあれの公表前というならその時期は限られている。
ナミがコックの替わりとして、うちにやってきた時だ。
「アンドロイドの耐久性は半永久的ですが、彼の場合は以前破損した部分に問題があります。将来、支障が生じる可能性が高いかと」
銃撃によって破損した核の部分だ。
「将来では漠然としすぎる。具体的にいつぐらいの時期かわかるか」俺が質問すると、担当が軽く首を傾げた。
「先のことを予測するのは難しいのですが、おそらく20〜30年前後が目安かと思われます」
「ならかまわねぇ。俺自身も長くは生きられねぇと思う」
これから自分の歩んでいく道程を考えれば、天寿を全うできるとはとうてい思えない。もちろん早死にしたいわけではないが、コックが動かなくなる日まで見届けてやれれば問題ない。その頃までには俺も目標を達せるはずだ。
俺の返事に、担当が不思議そうな表情をした。
「ロロノア様は、アンチエイジングを施されるご予定はないのでしょうか?」
ある種のたんぱく質を体内に取り込むことによって、身体の老化を防ぐ技術である。それによって人間の寿命が飛躍的に延びた。開始段階が早ければ、理論上では250歳まで生きられる。俺も幼児期から思春期まで投与されたから実質の肉体年齢よりもおそらく若い。
だが、もう長いことそれも摂取してないし、今後その予定はないと伝えると、
「個人的な話で恐縮ですが、私は数年前にアンチエイジングをやめました。自分なりに考えるところがあったのですが、やめたらぽつぽつと白髪が。今年で72になります」、見た目30代の担当がそういって笑った。


担当に見送られ、出口までくると男が俺に話しかけた。
「実を申しますと、彼のメンテナンスを最後に、私共のセクションが廃止されます」
「本当にギリギリだったのか。あんたにも随分世話になった」
「ずっとお待ち申し上げておりました。間に合って本当に良かったです。自社の商品に愛着があると申しますか、ましてやアレは特別ですから。最後に私共の手で切替することができて、内心はホッとしております。どこの誰ともわからない技術者にいじられたくないというのが本音でございまして」
はにかむように笑う。
「あんたはどこに配置転換されるんだ?」
「まだ正式に辞令は出ておりませんけど、おそらく惑星探索用の工業ロボットを担当することになるのではないかと。これから需要拡大が見込まれる分野ですから」
悲しくなるほど色気がない仕事です。最後にまた笑うと目尻が皺でくしゃっとなって、うまく表現できないが、なかなかいい表情だったのは確かだ。








その日から、俺は毎日が大忙しだった。
やらねばならないことが山積みだ。期限は4週間。しかもその日程ですべて片付けなければならない。
コックがW.R.COメンテナンスセンターに入って、1週間ほど経ったある日のことだ。
オフィスへ向かう途中、街角で偶然ナミを見かけた。
仕事がオフなのか、ラフな装いで友人らしき女と笑いながら歩いていた。
連れの女は大柄で体格がよく、口もかなり大きくて、そして髪は太い三つ編みだ。
あれがローラだろうか。
呪いが解けたローラの素顔を知らないくせに、何故そう思ってしまったのか。いや、あの女であって欲しいと、俺が願っているからかもしれない。
ナミが笑ってる。女に負けじと大きな口をあけて、楽しそうに笑っている。高らかな笑い声が、この車の中まで聞こえてきそうだ。
「あの女もあんな顔ができるのか。俺には嫌味しか言わなかったくせに…」
思わずひとりごとが口をついた。ナミとは1週間一緒に過ごしたのに、一度もあんな笑顔は見たことがなかった。
もしかすると、コックはナミの本質を早くから見抜いていたのかもしれない。女神だ、太陽だとアホヅラで崇めていたので頭からバカにしていたが、今の笑顔は太陽のように明るい。さすがに女神だとは思わないが、コックの女好きも侮れないものだと俺は感心した。
それは俺やコックには見せたことがない、親しい者だけが見ることのできる極上の笑顔だった。









11月に入ってからというもの、俺の仕事はますます多忙を極めた。残りは2週間もないのだ。
今までの人生において、こんなに仕事をしたことないと断言してよいほど、俺は仕事をした。
内容は、会社解散に係るその他もろもろである。会社も大きくなれば清算するのも容易ではない。実のところ、全部放り投げようと考えたこともある。だが、最終的に処分することになってしまったものの、あれは俺とコックで築き上げたものだ。ならば、終わりまで見届けるのも自分の役目ではないだろうか。
あらかた処理も終わろうとする頃、俺の誕生日がやってきた。
うっかりと忘れそうになったのは、毎年それを祝うコックがいない所為だ。

いつものプレゼントが贈られてきて、ようやくそれを思い出した。
その日、何もなくなってスッキリした部屋に荷物が運ばれてきた、恒例のバースディプレゼントである。
親父やおふくろ、そして執事のもある。あれだけ皆を失望させたのだから、さすがにもう送ってこないだろうと思っていた。
親父が送ってくれたのは『宇宙の歩き方』という薄型携帯用ヘルプだ。
トップページを開くと、第11章参照とマークがされており、何気に見てみると『宇宙で迷子になったら』とあった。
おふくろがくれたのは毎年恒例の花束だった。もうすぐ出発だというのに、こんな大きなナマモノをどうしろというのか。
次に青いリボンで飾られた箱を手にした。毎年違う色のリボンで彩られるプレゼントは執事のものだ。中身は予想に違わず、手編みの腹巻だった。
すでに荷造りを終えたリュックを広げ、その新品の腹巻と古いものを交換した。
ひとつひとつプレゼントを開けていくうちに、ふと白い封筒が目に止まった。差出人の名前はなく、どうやら期日指定で送られたものらしい。11/11Deliveryと印がされていた。セキュリティーに引っかからなかったのだから、中身に問題はないだろうと判断して俺は封を切った。
中には一枚の白く素っ気ない紙が入っていた。目に飛び込んできたのはひどく見慣れた文字だ。


『俺が忘れたら、お前が思い出させろ』

『無理でも気合でどうにかしろ』

『大切に扱え』

『明後日には戻る』

そして、追伸と書かれた後に、

『部屋を散らかすな。俺の仕事を増やすな』


そう書き記されてあった。
メンテナンスに入る前に、コックが投函しておいたものなんだろう。
奴から甘い言葉をもらおうなんて、一度たりとも考えたことはない。気の利いた誕生日メッセージなんて望んだこともないが、これじゃただの連絡事項ではないか。
俺は誰もいない部屋でひとりゲラゲラと大笑いして、そしてゆっくり部屋を見渡した。
大丈夫だ。何処も散らかっていない。そう、文句など絶対にいわせない。






今、部屋にあるのは荷物がふたつと俺の刀。そして部屋の中央に、色鮮やかで大きな花束が床に置かれてあるだけだ。他には何もない。
最後に1本だけ残っていた酒を腹に収めると、管理室からコールがはいった。W.R.COから荷物が届いているという連絡だ。
「そのまま通せ。声紋もデータもとる必要ねぇ」、そう指示して俺は部屋で待った。
セキュリティーはとっくに全解除してある。俺を守るものも、縛りつけるものも何もなくなった。



コードネーム。サンジ。
所有者はRORONOA・ZORO.COだ。もう会社は登記されてないが、嫌がらせのように名義だけ残しておいた。だが名義はどうあろうと、俺だけのものだ。



エントランスへと人の気配が近づいてくる。
もうすぐ部屋の扉が開かれるだろう。
さて。


奴は、ゾロコと、俺を呼ぶだろうか。















END


2008/7.12