PRESENT 11









「データの消去と初期化は避けられそうにありません」
コックをメンテナンスする際、W.R.COの担当から説明を受けた。
「データの保存が難しいのか?」、俺の質問に対する答えだった。
エネルギー切替の際は出荷状態に戻される。これはしょうがないにしても、何故今までのバックアップが取れないのか。

「政府の方針はご存知でしょうか?」
担当の問いかけに、少し落胆したのは事実だ。やはりその問題が絡んでいるようだ。
「1年以上アンドロイドの生産に許可がおりませんでした。挙句に無期限の製造停止。予想はしておりましたが、企業として生産ラインに大幅な変更を余儀なくされたのも事実です」
一呼吸おいて、
「アンドロイド専門技術者の配置転換。当社におきましても、メンテナンスにごく僅かな者が残されているだけで、ほとんど技術者は残っておりません。バックアップは取れたとして、まったく別の様式のものに置き換える、その技術が開発されていないこと、先々需要がないものに膨大な予算と時間がかけられないこと、この作業に携わる者がいないのが現状です」
企業側の問題も多々ある。大変申し訳ないと担当は頭を下げた。
この様子ではメンテナンス部門もいつまであるか甚だ疑問だ。採算が取れないものから切り捨てていくのが企業である。自分もその立場の人間だ。

ですが。担当はそう話を切り出した。
「O.P1997シリーズ。私どもはそう呼んでおりますが、それなどはおそらく1〜2回の初期化ではデータは完全に消えません。そんな単純な作りではございませんから。消去されないデータがどのような形で残るかは不明ですが、彼らの自動修復機能には若干期待していいのではないかと思っております。あの機能は単体が極限状態にあればあるほど働きも良いですから、バグにはならないでしょう」
でもそれに期待しろというのは無理な話だろう。
O.P1997シリーズ。展示場で見せられたような高級ロボット、ナミとか暗殺が得意なのとか鞭打ち女、あそこらへんをそう呼ぶようだ。

「うちのコックもO.P1997シリーズとやらか?」
そう訊くと、何故か担当が笑った。
「いいえ。以前にも申し上げたことがございますが、アレは特別でして、今にして思えばよく検査が通ったものだと感心するくらいです。あれを作り上げた技術者はもう引退しておりますけど、ここだけの話、腕は確かなんですがかなり偏屈な人間でした。彼のデータは抽出しようとしても出来ません。シールドの数が半端じゃないんです」
どんな入力をしたのやら。フツーに初期化が出来るんでしょうか、アレは。そういって、また担当が面白そうに笑った。
よくもそんなのを俺によこしやがって。思わず、俺まで一緒に苦笑いをしてしまったくらいだ。





急速にエネルギー変換は進んでいる。
来年中には全て切り替わることを前提に、それに伴う関連事業は巨大な利益を生んだ。
俺たちに関係あるなしに関わらず、世界は変化していく。





ある日、W.R.COから珍しく最新ロボットカタログというものが届いた。
1p程度厚みのある本に、新作の家庭用ロボットが機能付で紹介されていた。商品の他にも記事が幾つか掲載されている。
ソファでその本を眺めていると、コックが紅茶を淹れてきた。
「おめぇも読むか?」
手渡すと隣に腰掛け、「紙媒体?今時珍しいじゃねぇか」、自分用の紅茶を飲みながらカタログを広げた。

「あ、万能お掃除機能付ロボットだァ?すげぇな、おい」

「『なんと指一本!簡単セットで食卓が一流レストランに!一家に一台クッキングロボ』って、ホントかよ!」

「『いつでもどこでもあなたをアシスト。携帯アシロボ』、掌サイズで僅か10g、高さ10pだぞ、こんな卵みたいな形で何をどうアシストするってんだ?」

「それにしても、メタリックで実に色気がねぇよな」

よくひとりごとをしゃべる奴はいるが、こいつの場合は脳内だだもれに近い。いちいち口に出さないと本も読めないのか。
それに、実用型ロボットに色気を求めてどうするんだろう?どう見ても金属の塊りだ。

紅茶を飲み終えたら、今度はソファにごろりと横になった。頭は俺の膝の上だ。どうやら枕代わりにされている。

「このまるっとした曲線がセクシーなんか?同じロボットでも俺にはさっぱりだ。おっ。この『お掃除マリちゃん』はちょっと可愛い」

意外とポジティブでいいとこ探しがうまい。
こっちに返事を期待してるわけじゃないようだ。ただしゃべりたいだけらしい。

「何だ。まともな記事もあるのか」

ぺらぺらとページを捲ったあと、コックが静かになった。記事でも読んでいるのか、ようやく口の動きが止まった。
天窓からやわらかい日差しがリビングを包み、うとうとするにはいい陽気である。
俺の膝を枕代わりに、コックもずっと静かだ。
あまりに静かなので、寝ているのかと思って見たら、まだ本を読んでいた。
何気に、広げられたページが目に入った。
いつからその頁を見ていたのかわからないが、そこには青い海の写真があった。



今度は海に行くか。



驚くことに、そんな簡単なことすら言葉にならない。
コックの手から本を外すと、不思議そうな表情で俺を見上げた。
膝に置かれた金色の頭部。
顎に手をおき、指先で持ち上げると、驚きに一瞬目を開き、顔を近づけ唇が触れる瞬間に眼を閉じた。

舌を絡ませ、強く吸い上げる。
唾液がまじわり、コックの喉奥が小さく鳴った。
上から圧し掛かるように、押さえ込んで唇をむさぼる。仰け反り、苦しそうに顰められた眉間に唇を落とす。
コックの眼が開かないよう、憎まれ口を叩かないよう、また塞いだ。

こんな些細なことがきっかけになるとは、考えもしなかった。
唇からこぼれ、喉からほとばしりそうになる。
舌も唇も繋がっているのに、それでもどんどん溢れそうになる。

「ん…」と、コックの喉から声が漏れ、舌をきつく絡ませ、また吸い上げると鼻から吐息が零れた。
俺の肩におかれた両手。その手がゆっくりと上がって首へと、そして俺の頭を抱くような仕草で両耳を掌で覆った。
心臓の音が、自分の呼吸が耳に響く。
聞かれたくないなら俺の耳は塞いでかまわない。お前の言葉は俺が塞ぐ。
シャツの上からなだらかな胸を触った。腹部まで這わせ、そのまま背中に腕を回して服の隙間から素肌を撫でた。筋肉質で、硬く骨ばった男の身体だった。滑らかだが、やわらかさはどこにもない。
口の中がコックのにおいで溢れ、背中を抱く、俺の指先にかつての傷跡が触れた。







旧エネルギー工場を稼動させ、その事業の一部でロボット用のエネルギーを生産した。旧型のものである。意外と需要があって全部手元に残すわけにもいかず、どうにかコック用として残せたのは約5年分だった。
5年後、今の状態に変わりがなければ、コックのデータを出荷時まで戻さねばならない。初期化して、どこまでデータが残るかは不明だ。
気にならないといえば嘘になる。
もし全ての記録が消えたとしても、この男は俺に容赦ない蹴りを入れるのか。
また、ゾロコと、俺を呼ぶだろうか。







その年の11月。
今日で23になる。
誕生日に、コックはいつも俺の好物をつくった。
「年とってもこのまんまかよ?でも爺さんになったら違和感ねぇけどな」
そう笑いながら、誕生日らしからぬ地味な料理をテーブルに並べた。

「今年も届いてんのか?」
飯を食いながらコックに訊ねた。
「何が?」
「毎年贈ってくるやつ」
アレか、とニヤッと笑い、「今年も腹巻あるかな。実は楽しみだろ?」、いつものように小憎らしいことを抜かした。
だが、そんな憎まれ口を叩いても俺は知っている。
「違う。俺じゃねぇ。アレを楽しみにしてんのはおめぇだろうが」
すると、「俺?」と青い眼を丸く開いた。かなりガキっぽい表情だ。
初めて会ったとき、俺は16だった。7年をともに過ごし、19のままのコックはもう4歳年下になっている。
「そうだ。何が嬉しいのか知らねぇが、俺がプレゼントを開ける瞬間のてめぇのツラ、一度鏡で見てみろ」
そう言うと、不機嫌そうな顔で自分の胸ポケットをごそごそ弄った。
「まだ飯の最中だ。煙草はもう少し我慢しとけ」
注意すると俺を睨みつけ、
「いちいちうっせえ。煙草とは限らねぇだろうが」
拗ねたようにそっぽを向いた。





「アレには、妙にあったかいものが入ってる」

最初、何のことだか分からなかった。ちょうど、飯を食い終わったときのことだ。
明後日の方角を向きながら、コックがぼそりと言った。
名前も知らない花に小難しい経済書。どうやって使うのか、どう身体にいいのかわからない健康グッズ。とてつもなく怪しげな健康飲料に、おまけに手編みの腹巻、その他もろもろ。それのどこが?
この言葉を呑みこんだ。
俺がなにも言わなかったらコックもそのまま口を閉ざし、静かにキッチンへと席を立った。

考えも、感じ方も違うのは当たり前だ。
だが、コックの言わんとしていること、その10分の1くらいは俺にもわかる。





銀のプレートに白く小さいケーキ。そして香りのいい紅茶。
プレートには『ZOROCO』と書かれてある。そして赤いろうそくが2本と白いろうそくが3本立っていた。
バースデイ用のクラシックタイプで、においもなければ蝋も垂れず、しかも燃焼時間が長いという優れものらしい。
照明が落とされた暗い部屋。山吹色のやわらかい灯りが微かに揺れる。
灯されたろうそくを前に、俺はコックに話しかけた。


「紅茶を淹れるのに、おめぇはいつも『なんたらの天然水』ってミネラルウォーターを使ってんだろ?それをそこら辺で汲んできた水で辛抱できるか?」

だけど返事は待たない。

「うちのは専門業者から送られてくる高級食材ばかりだ。だが、俺がそこらで猪を狩ってきたとする。おめぇはそれを捌いて料理するのを厭わないで出来るかよ」

返事する暇など与えず、

「お前、4〜5日風呂に入らないで我慢できるか?」

「屋根のねぇところで寝られる自信があるか?」

「雨が降るかもしんねぇ」

「槍だって降るかもしんねぇぞ。冗談じゃなく」

「樹の下なら虫もいる。そんな環境でおめぇは我慢できるか?」

矢継ぎ早に問いかけた。
やっと一呼吸すると、蝋燭の向こうで怪訝そうな表情をしたコックは、

「その状況によっては却下だ。ロクでもねぇ我慢なんざ、いい大人がするこっちゃねぇ。あまりにも環境が良くないなら、改善にむけ努力する」

はっきりと考えが違うことを俺に伝えた。

「何がいいてぇのか知らねぇが、屋根云々くらいは勘弁してやってもいい。虫はアウトだ」

ならば言い方を変えるまでだ。俺は話を続けた。
「おめぇのスーツもボロボロになるかもしんねぇが、それくれぇ我慢のうちに入らねぇよな?」
こう言うと、奴は盛大に眉を顰め、露骨に嫌そうな顔をした。この男は服にうるさい。
「そんな仕立てのいいシャツじゃなくても平気だろ?だいたい、服なんざ着られりゃいいんだ」
「……ちょっと待て」
「ネクタイも3本1000ベリーで充分だ。勘違いするな、これも我慢じゃないぞ。俺は腹巻があればいい」

奴が笑った。
ゲラゲラ笑い、それが治まるとろうそくの向こうで頬杖をつき、

「何の謎かけだ?やっぱ俺に守ってもらいてぇのか?その時は遠慮なく言え」

それよりも、と言葉を区切ってから、

「てめぇは俺に愛想尽かされねぇよう気をつけろ。甲斐性なしを好んで養うほど、自虐的な精神は持ち合わせていねぇ」

コックが穏やかに笑った。
こんな憎たらしいことを言った後とは思えないくらい、とても穏やかな表情だった。

ゆらゆら揺れる小さい5つの炎。その上から俺の頭部にむかって腕を伸ばす。まさかガキにするように頭でも撫でるつもりなのか、差し出された手をすばやく宙で捕まえた。

ゆっくりと指を絡ませ、そして、強く握り締める。
コックが微かに口端を綻ばせたのを確認して、俺はろうそくを消した。




















END





※2007ゾロ誕終了です。書き終わった時、この先7年分くらいゾロを祝った気分になりました。
ここまでお付き合い下さった方に感謝を!どうもありがとう!


2008/3.2