PINK SPIRAL 7








朝、冷え切った春の大気を震わせ、鳥たちが囀り、軽やかに木々を飛び回っては山に春をよぶ。
爽やかな早朝の山道を、草木を蹴散らすかのように、男達が足早に駆け上っていった。

「おい、本当にこの道であってんのか?」
「てめぇじゃあるまいし、こんなんで間違えるほど俺は器用じゃねぇぞ。ただの一本道だ」
ゾロの眉がピクッと上がって、
「…俺に意見すんな阿呆、へっぴり腰しやがって。そんなんでよく人のことをのろまとかいえるな、このうすのろめ」
その言葉にサンジの顔色がさっと変わった。たしかに彼は走り方も歩き方もいつもとは違っていた。どことなく腰が伸びていない。

「……おい、誰に向かって話してんだ?」
ゾロをおもいっきり睨んで、
「…朝っぱらから文句なんか言いたくねぇからって大人しくしてれば…、俺がうすのろだと?ふっざけんな!」
サンジの怒鳴り声が澄んだ山々に響いた。そしてさらに口から飛沫を飛ばして、
「少しは察しろ馬鹿がっ!! 」
文句を言い続けた。
「何を隠そう、俺はずっと腰が痛てぇ、実をいえば腹も痛てぇ。 なんでといえば、理由はひとつしかねぇわけで、ここまでいえばいくら馬鹿だってわかんだろ、身に覚えがあんだろうがっ。そんな俺がへっぴり腰になったとして、どこに問題がある?誰がのろまだ? 腰が抜けたって不思議がねぇのを、これくらいで済んだのはひとえに俺が丈夫で、しなやかで、強靭な足腰の持ち主だからで、なのに何だ、その無駄に御立派なのは?あまりにも立派過ぎて傍迷惑なんだが自覚あんのか? あのさ、普通は1回出したら休憩するよな?だよな? それを馬鹿が立て続けに、 しかも抜かずに、しつけぇしつけぇ。 ようするに何がいいたいかといえば、てめぇは存在そのものがが非常識だ!!!、何もかもが全部が全部だっ! なんで俺が、てめぇなんざと、そもそも、てめぇは俺を、俺のケツを一体なんだと思ってやがんだあああああああ!!! 」

走りながら、目を三角にして怒鳴る。でもへっぴり腰だ。
黙って聞いていたゾロが眉をピクリと上げ、
「…ならば俺も云わせてもらうが」
反論した。
「勘違いしてねぇか?そもそも原因はなんだ?てめぇだろ?てめぇが朝っぱらからふらふらしてっからピンクのもやもやなんかに出くわし、元からいかれてる頭がますます変になって発情しちまったからだったろ?ようするにてめぇの問題であって、俺はただそれに付き合っただけ、巻き込まれただけ、間違いねぇよな?しつこく頼むから、やってくれと頼まれたから、ただしょうがなく付き合ってやってるだけなのに、てめぇに常識云々いわれる筋合いはねぇ。あんだけくれやってくれとしつこくいっておいて、あ、嫌なことを思い出しちまった。てめぇ、最初俺に、俺に寸止めくらわせやがっただろ?いくら早漏だからと、自分だけさっさと出して、早漏だからしょうがないとはいえ、自分から誘っておきながらまるで俺が悪いかのような…、てめぇ…、自分だけさっさと出して寝やがって…、忘れたとはいわせねぇぞこの野郎!!!!ふざけんなっ! いつもいつも、てめぇの都合で勝手に発情して、あれだけ面倒見てやった恩を忘れ、 たかが1〜2回続けてやったぐれぇで、ぐだぐだぐだぐだ文句ぬかすな!!」
すると、
「ドアホっ!1〜2回なわけあるかっ!!てめぇは数も碌にかぞえらんねぇのか!!!」
サンジが喚き、またゾロが怒鳴り返すと、周りの樹々から鳥が音を立てて次々に飛んでいった。。
怒鳴りあって、蹴っては殴りながら、山道を駆け上がっていく。その先、山間から白い煙が細く立ち昇るのが見える。そこが二人の目指す炭焼き小屋なのか、自らもうもうと煙を巻き上げながらさらに走った。





そこは確かに炭小屋だった。
山のように詰まれた薪の束、炭を焼く為に使用されると思われる大きな窯。呼吸を整えるよりも早く、二人は小屋に入って声をかけ、そして小屋の主に山盛りの握り飯を渡すと、主人は大層それを喜んだ。朝食のデリバリーと勘違いしたのかもしれない。せっかくの勘違いを解くのは悲しいものがある、が、それを言わねば先にも進めない。
仕方なしサンジが説明をすると、一瞬驚いたように目を見開いたものの、すぐにニヤッと笑って、

「さて、あの塔の天辺は何県何市だ?」

ある方向を指差した。
その指先にはなにやら塔らしきものが建っている。直線にして500mはあろうか。
訳がわからずただ首を傾げる二人に、
「行ってみればわかる」
とだけ返事するやその場に腰掛け、さっそく握り飯を食べ始めた。大きな飯のかたまりを両手に持って、嬉しそうな顔で口一杯に頬張るのをみて、二人は無言でその場を後にした。これ以上聞いてもおそらく無駄、まずは行かなければ先に進めないと、件の塔へと移動した。





下から見上げれば、高さはおよそ20〜30m程はあろうか。その塔らしきものは、とある有名な斜塔よりもさらに傾いた、今にも崩れ落ちそうなくらい心もとない建造物だった。
そんな中に入るのには、いくら海賊といえど若干の勇気が必要だ。
入り口から中を覗けば想像通り、いや、それ以上だ。建っているのが不思議なくらい朽ち果てている。
よく見れば階段らしきものがあり、もちろん登りたくもないが、注意さえすればどうにかなるだろうとサンジは考えた。
螺旋状の木の階段はところどころ大きく破損している。一歩昇るたびにギシギシギシギシ足元が鳴く。不安定なことこの上ない。
と、その時、慎重に歩を進めるサンジの足元が突然崩れた。ミシッバキッと嫌な音とともに、身体がふわっと無重力状態になって、なすすべもなくそのまま落下した。しまった、とサンジが思った瞬間、足裏にぐにゃりと柔らかい感触がして落下が止まった。
そっと下をみれば、
「……て…めぇぇぇ…、何してくれる…」
自分の足の下に、般若のようなゾロの顔があった。
「…いや、…わざとじゃ…、つうか…、」
申し訳なさそうにそっと足を上げて、
「す…まん…」
小さく呟いた。
サンジ本人が気付いたかどうかはわからないが、ここでゾロに対し、初めて謝罪らしき言葉を口にした。



今度はゾロに先を譲り、また一歩一歩進んでゆく。
ミシミシミシミシッ、軋みがだんだん酷くなってくる。いつ崩れ落ちても不思議じゃないくらいだ。
階段に手摺はなく、螺旋階段の中心となる柱も朽ちていて、派手に踏み外せば一気に下まで落下するだろう。
慎重に進むも、サンジの足元がまたバキッとと大きな音を立てた。すぐに足を浮かせるも、今度はもう片方の足が乗った板に重みがかかり、そこも嫌な音を立てて割れた。サンジはとっさに視界に入ったゾロの足首を掴み、どうにか落下を免れたものの、ゾロはいきなり足を引っ張られ、階段の縁に激しく顎を打ちつけた。
鈍く、大きな音が響いた。
「………――――っ、あ、あが…」
あまりの痛みにゾロが唸る。痛すぎて文句も言えないようだ。ただただ顎を押さえて唸っている。
ここはまた謝罪すべきか、あるいは落ちずにすんだこと対し、感謝を述べるべきなのか。
サンジは少し考え、
「す…、すまね…ぇ…」
謝罪に感謝の意を含めた言葉を初めて口にした。



登り進め、ようやく辿り着いた天辺と思わしき部屋には、ひとつの立て看板が置いてあった。

『危険 立入禁止』


「…え?」
「・・・あ?」
茫然とするふたりの足元が音を立てて大きく崩れ、そのまま身体が宙を舞った。





炭小屋に戻れば、山のようにあった握り飯は3分の1ほどに減っていた。
「その様子じゃ、クイズの答えは解かったみてぇだな?」
頭のてっぺんからつま先まで埃と蜘蛛の巣にまみれた二人を見て、炭焼き小屋の主人はそれはそれは嬉しそうな顔で笑った。
「あのクイズに意味があんのか…?」、サンジが訊ねた。とても意味があるとは思えない。
「いいや、クイズはただの趣味だ。だがあの場所にはちゃんと意味がある」
と、炭焼小屋の主が言うことには、
「あの看板を置きに行くのに、俺がどれだけ苦労したかわかるか?行ってきたお前らならわかるよな?俺はな、俺が生きてる内には絶対誰か来るんじゃないかと、どこかの物好きがきっと色落としに来るはずだと信じて、ずっと待ってたんだ、クイズまで考えて。あの問題は俺の最高傑作なんだ」
彼は嬉しそうに自分の趣味を語った。 そして最後に、

「な?どうだ?いいクイズだったろ?」

満面の笑みをふたりに向けた。
笑い返す気にもなれず、サンジが憔悴した顔で主人に問いかけた。
「……ここでは何を買えばいいんだ?」
「炭しか売るもんねぇぞ」
そして背中に山の如く炭を買い、
「そうだ、握り飯はこんなにいらん。食いきれねぇから持ってかえれ」
こっちもいらんと断るものの無視され、半ば強引にゾロの背に戻された。
炭は7万ベリーであった。

「次は西の山麓にある鍾乳洞へ行け。ちゃんと一番奥まで入るんだぞ。そしたらその炭を中央街の南の端にある道場へ持っていくといい。もう少しだ、頑張れ」

励まされ、大きく手まで振って見送ってくれる炭小屋の主人は、善良なる山の民なのだろう。



サンジは炭を、ゾロは握り飯を背に、二人は一気に山を駆け下り、次なる目的地、西の地へと向かう。










NEXT

※元ネタは「東京タワーの天辺は〜」です。むかーしに読んだクイズの本に載ってたような気がします。