凹凸の摩擦 (凸凹)
5日目のことである。
ずずずっと音を立てて紅茶を飲み干し、
「コックさん、美味しいお茶のおかわりといってはなんですが、パンツを見せてもらってよろしいですか?」
ふわっと上がった白いタイツの細い脚、痛烈な蹴りにブルックが宙を舞った。あれでも彼なりのコミュニケーションのつもりなのか、ヨホホホホホホホ笑いながら飛ばされていった。
その日の晩飯時のことだ。
フランキーが皆の前でこう提案した。
「この船の部屋割りのことだが、サンジが元に戻るまで女部屋に入れたらどうだ?何故かは知らんが女になってもう5日になるし、このまま男部屋に置いとくのもなんだ。女部屋が狭いわけじゃねぇ、ベッドのひとつやふたつすぐにどうにでもなる。そう長いことじゃねぇだろ。どうだおめぇら?」
どうだと訊かれ、ルフィは「別にどっちでもいいぞ」本当にどうでもいいのか速攻で返事して、「…俺もその方が助かる。部屋に女がいると思うとどうもな…いやサンジだけどが…でも」とウソップが少しホッとした顔で、「…しかし、なんで戻らないんだろ?」チョッパーで心配そうな顔をして、ゾロは黙ったままだ。
「…そうね、もしかすると、もう男に戻らない可能性もあるんじゃないかしら」
ロビンが真顔で呟いた。
「いいわ、私たちと一緒で。だってサンジくん普通に女の子だもん。逆に男部屋じゃ可哀相かも」
ナミの言葉に、サンジから噴水のような鼻血が噴きあがった。
「前言撤回。いくら体は女でも、心が男は無理だわ」
ウソップはガクッと肩を落とし、サンジは、
「何で…、何で俺は、こんな大事な時に鼻血なんて出しちまったんだああああ!!せっかく、せっかくナミさんやロビンちゃんと同じ部屋になるチャンスだったのに…、なんてことを…!一生の不覚!」
大泣きして、床を叩いては悔しがった。
6日目。
お茶の時間になって、サンジは出来たてのタルトをもってあらわれた。
サクサクの生地に盛りつけられた様々な果物のコンポート、「どお?美味しいでしょ?これからはスイーツ専門よ。わたし海のパティシェになるわ、ふふっ」にこやかに微笑みながらカップにお茶を注いだ。
「…なんだなァ、身も心もすっかり女になっちまったなァ…。メイド服も板についてさ……うんうん、タレ目が可愛いぞサンちゃん、頑張って一流パティシェになれよ…」
テーブルで頬杖つくウソップに、
「アホかっ!ナミさんやロビンちゃんと同じ部屋になるための努力だろうがっ!そうだ、お前サンマ好きだったよな?今度サンマのブラマンジェでもつくってやるか?きっと生臭せぇぞー」
そういってゲラゲラ笑うのを見て、ナミがふぅと溜息ついて、タルトを口いっぱいに頬張った。
頑張りどころを間違えているとしか思えない。
その日の夕食でサンジはポルチーニ茸のキッシュを作った。
7日目、お昼を少し過ぎた頃のことだった。
見張り台でひとり鍛錬しているゾロの元に、珍しくサンジがやってきた。汗臭いと、彼は普段あまり近寄らない場所だ。トレー持参で、「頑張ってるか、青年よ」、わけのわからないことをいってはニコニコ笑った。随分と機嫌がいいようだ。
「おい、一休みしたらどうだ?せっかくだから冷たいうちに飲め」
そういってゾロに休憩をすすめる。
水差しにきれいな水滴が輝いていて、中には透明な氷とライムが浮いていた。コップに注がれたもの手にすると、ゾロはそれを一気に飲み干した。
すぐに2杯目を注ぎながら、
「あのさ」
何故か照れ臭そうな様子で、へらへらへら笑いながらコップを手渡し、
「実はすげぇことになっちまった」
なにが、とゾロが聞く前に、
「これ、な?すげぇだろ?」
服のボタンを外し、前を開けばそこからぽろっと出てきたものを見て、ゾロの口からブハッとものすごい勢いで水が飛び出た。
乳房が大きい。あの見事な貧乳など見る影もないほどに、餅のようにまあるく真っ白なものがふたつ、その中心は淡いピンク色、そんなぷるんぷりんな物体がそこにはあった。全体的な大きさはナミの7割程度だ。
「…どうしたんだこれ?なにか変なもんでも食いやがったのか?」
首を左右に振って否定すると、
「嘘つけっ!おかしいなんてもんじゃねぇだろ!あんな貧乳だったくせに、いつの間にこんなに…、こんな…、チクショー、ぐる眉のくせしやがって…、ふざけんなっ」
いきなりサンジを突き飛ばし、床に倒れたその上へと覆いかぶさり、乱暴に胸を掴むなり、その谷間に頭を押し付けた。
「…ってぇなクソがっ。女の身体だぞ、もっと丁寧に扱え」
「…女だろうが男だろうがてめぇ相手じゃ無理だ。無茶いうな」
「アホか、てめぇの努力が足りねぇだけだ。が、おっぱいにむしゃぶりつくマリモなんて珍しいもん見せてもらったから勘弁してやる。美味いだろ俺の?ぱふぱふしてやるか?どうだおっぱい星人」
フハハハハハ、サンジが不敵に笑う。
笑われた挙句、憎まれ口まで叩かれ、ゾロは眉をピクピクさせて小さな突起に軽く歯を立てた。
白い乳房はやわらかいけれど、身が詰まったような硬さと弾力がある。それを掌で揉み、下から搾りだすようにしてまた揉み、そして皮膚を強く吸うと赤い痕が残った。白い乳房にまるで薔薇の花びらが浮かんでいるようだ。
「…っ、…おい、変な痕なんかつけんな」
「……うるせぇ、こんな…、こんな女みてぇな胸しやがって」
しかも前より感度が鈍いといって、ムスッとした顔で目の前にあるピンク色の乳首を睨んだ。
「そうか?自分じゃわかんねぇが、さっき自分で揉んだからかもな」
だから少し鈍くなってるのかもしれない、と、サンジがいうには、こんなになってどうしようと思う気持ちよりも、嬉しさが勝ってしまい、鼻息も荒く、自分で心ゆくまで揉んでみたという。
「てめぇでか?」
ゾロが眉を顰める。
「勝手なことすんなっ!」
「ふざけたこと抜かすな!!これは俺んだ!つうか、もうやめっ、終わりだ終わりっ!」
「ど阿呆っ。見せて終わりとか……、そんな我儘が何度も通用するかっ!」
「なにが我儘だ。ただ自慢したいというか見せびらかしたかっただけで、って、あ…てめぇ………おいこら、勝手にスカートめくるんじゃねぇええええ!」
サンジが怒鳴って、ひゅんと鞭のようにしなやかな蹴りが飛んでくるのを、ゾロが片手で受け止めた。
「ふん。どうせもう濡れてるくせに」
「そう簡単に濡れるか馬鹿。この前はちょっと雰囲気に流されちまっただけだ」
「流されただけ?アホ抜かせ。ひんひん啼きながら潮まで吹いただろうが、初めてだったくせに」
「しお?」
サンジが不思議そうに首を傾げる。そんなメイドさんのフリルだらけのスカートに無断で手をいれ、
「覚えてねぇのか?」
ここから潮を吹き、あそこを痙攣させながら何度もいった、と、ゾロが意地悪そうにわざわざ耳元で囁くと、
「嘘つくなっ!!」
目を吊り上げて怒鳴った。
怒鳴れば相手も怒鳴り返してくる。まるで木霊のようだ。
「嘘じゃねぇ!!てめぇが覚えてねぇだけだ!床までびしょびしょだった!」
「違う!知らん!覚えがねぇんだから俺じゃねぇ!自分のお漏らしを人の所為にすんな!!」
「ざけんなっ!俺は外にゃ漏らしてねぇぞ!」
「…は?するなといっておいたのに……、やっぱ中だししやがったのかああああああ!」
ゾロの動きが一瞬止まる。気まずそうに一瞬目を逸らし、
「……だからてめぇのだっていってんだ」
スカートの中の手を乱暴に動かした。大きな手が脇腹から腹を愛撫し、パンツの中へ潜ろうと動きはじめると、何故かその場で固まってしまった。
そして下腹を掌で恐る恐る撫でるや、ゆっくりとサンジの顔を見た。
「………お前、…アレ…は…あるか?」
「アレ?」
「………生…理?」
「は?」
「…あるのか?ねぇのか?」
「いや、わけが…」
「だから、生理はあるのかって……っ…何回も同じこといわせんな、さっさと答えろ」
焦れたように繰り返し訊くと、
「……てめぇ、この、この…」
髪がぶわっと逆立ち、「この大馬鹿がっ!あってたまるかっ!!!今までも今後も予定はねぇ!ってか、わけのわからんこと抜かしてんじゃねぇぞこの野郎!!オロスっ!」すぐさま蹴ろうとする脚を封じて、
「…ねぇんだな?じゃあ、なんでいきなり胸がでかくなりやがった?」
「掴むな!離せ馬鹿っ、そんなの知るかっ」
「なんでお前だけいつまでたっても男に戻らない?」
「俺に訊くんじゃねぇ!」
「だったら、なんで…」
もう一度下腹を撫でて、
「…膨れてる…?」
サンジの身体がビクッとなった。
「…腹が、少し腫れてねぇか……?」
するとサンジがゆっくり振り返って、顔を引き攣らせながら「…いや…あのな……」口篭るのを見て、ゾロの額から汗がつうと一筋流れ落ち、そして大きな声で叫んだ。
「チョッパアアアアア!!」
「うわああああああ!チョッパーなんか呼ぶなふざけんな信じらんねぇ!!」
喚くのを軽々と肩に担ぎ上げ、もう一度「チョッパーーーー!」大声で船医を呼んで、「降ろせクソヤローーー!」サンジが暴れながら甲高い声で叫んだ。
「はいこれ。すぐに飲んでも大丈夫だぞ」
チョッパーが茶色の瓶を開け、玉状のものをころころとサンジの掌に出した。小さく黒い珠が10粒くらいはあるだろうか。
それをじっと見ながら立ちすくむサンジの元へ、コップを持ったナミがやってきた。
「サンジくん、お水」
その手にコップを渡す。
「……ナミさん…」
「…サンジくん…」
「……あのさ、俺…」
「…大丈夫、心配しないで」
「……でも」
「…実は、わたしも」
ナミが目を逸らし、少し言葉を濁した。
「………え?」
「さあ、早く飲んで」
するとサンジの目からまるで堰を切ったような、大粒の涙がぼろぼろ零れた。
「……だって…女の子は」嗚咽に喉を詰まらせ、
「……女の子は、……女の子は本当はうんこなんかしねぇんだ………俺が本当の女じゃないから…だから」
床に涙の水たまりができた。
「……本当に馬鹿ね…サンジくん…」
それはそれは大きな溜息がナミの口から漏れ出た。
凹凸の摩擦 (凸凸)
「絶好チョーーーー!飯だ!戻ったぞおおおお!いやっほうーーー!」
次の日の朝、サンジが雄叫びあげて、皆を呼んだ。
「知ってるか?悩みやストレスってのは、意外と身体に与える影響が大きいんだと。心と身体って繋がっていて、特に胃や腸はデリケートなんだってさ、って、ねぇナミさん!そうなんだよねナミさん!」
そういいつつ、ドンとテーブルに大きな籠を置いた。こんがり焼けたパンの山だ。
「んー、焼き立てのいい匂い…」ナミがさっそく丸いパンを手にして、
「それ言ったの俺だぞ。ナミじゃねぇぞ」
チョッパーがまだ熱いパンをふたつに割って、とろっと甘いジャムをたっぷりとのせ、嬉しそうに舌なめずりした。
「だからここのところ食事に野菜とか繊維質なものが多かったの。でもよかったわ、お腹で爆発しなくて。死ぬところだったわね」
ふふふと笑うロビンに「…勘弁してくれ、飯の最中だ」ウソップの長い鼻が大きな溜息でゆらゆら揺れた。
凪いだ静かな夜だ。
寝静まった船の、昼間の喧騒が嘘のようにすっかり静かになったキッチンで、サンジが椅子に腰掛けひとり豆を剥いている。
明日の飯になるのか、笊いっぱいにある大粒の豆が次から次へと剥かれ、そしてビシッと高速で弾かれた豆はコックの手元を離れ、
「痛っ!」
少し離れた位置に腰掛けるゾロのこめかみを直撃した。
「まさか俺が妊娠でもしたと思ったかエロハゲ。犬だって一週間じゃ腹なんか膨らまねぇと思うぞこの恥知らずめが。そもそも俺がダメだというのに中だししたり、疚しいことばっかするからそんなつまらねぇ勘違いなんかする羽目になるんだ、ホモのくせに」
あまりの言われようにゾロのこめかみがビクビクして、
「…けっ、黙れ、ふんづまりが」
言葉を吐き捨てると、今度はズボッと額に突き刺さった。
「―――っ…くぅ…っ!」
「いい豆だ」
鈍く光る黒い豆を見てサンジが呟いた。ひとさし指の先ほどの大きさの黒豆、が、その硬さたるや、まるで鋼の如しだ。速度があればただの弾丸である。
「市場で買ったんだ。うさぎ豆っていうんだってさ。見ろ、この薄茶色のさやが白いうぶ毛でびっちり覆われてったろ、だからうさぎ豆なんだそうだ。半端なく硬ぇから特殊な調理法しなきゃなんねぇけどな」
チラッと見て「うさぎの糞みてぇだからだろ」身も蓋もない率直な感想に、すごい勢いで豆が飛んでくる。
「…ってぇ」
ゾロが額を押さえながらまた呻いた。
「……この阿呆が、コックのくせに食い物を粗末にすんな!」
「ケッ、大切な食い物を粗末になんかするか馬鹿。味見にくれてやっただけだろ、生だけどな。大事に食えよ」
そういってまた笑う。あからさまに馬鹿にしたような嗤いだ。
投げつけられた真っ黒な豆、ゾロが忌々しげに口に放り投げると、ガリガリガリゴリガリリリ鈍い音が響く。
「マジで噛みやがって。馬鹿が歯が折れても知んねぇぞ」
「うるせぇ、こんな豆なんざ生だろうが腐ってようが屁でもねぇ。てめぇまで食える俺の消化力を侮るな」
ふと思い出したようにサンジに問いかけた。
「おい。女んときはどうだった?男のときよりやってて気持ちよかったか?」
すると豆を剥く手を止めて顔をあげた。少し考えた様子で、
「そうだな、いつもより新鮮というか、やっぱ身体が違うからじゃねぇのか?だが男でも女でもてめぇが相手じゃな、これで別の奴ならまた違いもあるだろうが、相手が同じじゃ違いもクソもねぇ。俺が女だからと、てめぇが上手くなるわけじゃねぇし」
ゾロのこめかみがビキッと微かに音を立てた。
「で、てめぇはどうだ?男の俺と女の俺、どっちが旨かった?」
「…旨い?」
サンジに訊かれてゾロが首を傾げた。
「いや、旨いというより」
真剣な顔で、首を微妙な角度で曲げたまま、
「珍味?」
真顔で返事した。
「珍味?俺が?」
そんな感じだ、と、ゾロが大きく頷くや、サンジの額に青々とした血管が浮き上がった。剥きかけの豆が笊からこぼれ落ちる。
「……み、味覚オンチのてめぇになにがわかる?…俺が…珍味…?」、怒りで声が震え、
「そうだ、間違いねぇ。両方食った俺だからわかることもある。女の時は柔らかくて、いろいろ小さくて俺も痛くて、男だとしょっぱくて、よりいっそう痛さが増す。それくらいの違いしかねぇがどっちも珍味なのは確かだ」
「俺の味を語るなっ!」
怒鳴った。
「だいたい、今回俺だけすぐに戻れなかったのは、女性ホルモンが分泌してたのかもしれないってチョッパーに言われたんだぞ!なんでそんなのが、って首を捻りながら、胸なんか刺激すると女性ホルモンが出やすくなるらしいけどまさかなーとかな、ようするにてめぇとやったからだよな?女になったばっかなのにさ、まだ膨らみきってない青い果実をさんざっぱら弄り倒されちまったからホルモンバランスが崩れて、まさに俺の予想どおりなわけだが、そんなのチョッパーにいえねぇし」
目が三角になっている。
「聞いてんのかクソ野郎っ!あれもこれも根本的には自分のせいだって自覚はあんのかっ!!便秘だけが原因じゃねぇ!」
般若のような顔で怒鳴る男をみて、ゾロは考えた。
己を省みないこの男は、紛う方無き阿呆である、まさに真正の阿呆であると思う。
怒りに金色の髪をゆらゆら逆立て、目を吊り上げ、煙草をくわながら怒鳴るその口にはしょぼい口髭と顎鬚が生えていて、こんなに立派な阿呆なのに。
そしてゾロは腕組みして、椅子にふんぞり返ったまま、何を思ったかひとり大きく頷いた。
「しょうがねぇ、勘弁してやる」
「は?何を?」
「こんなんでも気に入ってるのか俺は?」
大きく首を傾げた。
「何が?豆が?美味いのか?生だぞ?硬いだろ?…そんなの平気で食うような悪食なやつが、えらそうに俺の味が云々とかああああああ!!」
ものすごい勢いで飛んできた豆をゾロは指で受け止め、また口に放り投げるとガリゴリガガガガさっきにも増して硬そうな咀嚼音がして、「てめぇが男だろうと女だろうと俺はかまわんが、なるべく男にしろ。女だと喧嘩もままなら…」そんな話を遮るかのように黒い脚が宙を舞い、炸裂する直前にパシンと受け止めた足裏に、ゾロが唇を乱暴に押し付けると「ほええええええ!!!」サンジが力の抜けた悲鳴を上げた。
素足の足裏に唇を押付けたまま、ゾロが不敵な笑いを浮かべる。
「てめぇの弱点を俺が知らないとでも思ったか」
「変態が語るな馬鹿」
吐き捨てるように呟き、そしてガラリと表情を変えてサンジがニヤリと笑った。
「ちなみに、その弱点はマリモにのみ有効だ。知ってたか?」
「あ?俺?」
言葉の意味がすぐに呑み込めないのか、または意味を知って戸惑ったのか、一瞬動きが鈍くなった男にもう片方の脚が、音もなく、しなやかにのめり込んで炸裂した。
END
※2013/04.02 これでもサン誕!去年のだけど!