価値と対価の








「え?種?」
仏頂面のゾロの隣で、麦わら一味の声がきれいに揃った。





「こりゃまた…」
それは小さな島だった。
サンジは口端にタバコを咥え、地味な色をした建物がぽつんぽちんと並んでいる街を、いや、街といえるほどの規模もない小さく質素な商店街をみて、がっくり肩を落とした。久々の上陸だというのに、食材を調達できるか不安になる。備蓄は充分ではなかった。そんなサンジの隣で、
「なにか面白ぇことあるかな?」
ルフィが目を輝かせた。これは彼最優先項目だ。そして、
「そうだな、美味そうな食いもんは…」
あたりをきょろきょろ見渡す。これも彼の優先項目のひとつである。
「…期待できそうもねぇぞ」
いいつつ、サンジは街行く人々を見た。
行き交うのは、腰の曲がったおじいちゃんおばあちゃん、ちょっとヨボヨボしているじいさんばあさん、ファンキーなアロハのじじいばばあ、たまに犬、しかも老犬。久しぶりの上陸なのに、なんの嫌がらせかと思うほど平均年齢が高い。
そしてよほど辺境にある島なのか、または老人ゆえの好奇心かもしれないが、じろじろと遠慮のない視線で自分たちを見る。かなり露骨だ。
この島に着いたのには理由がある。
予期せぬ 嵐に巻き込まれ、大きく進路を変更させられた、そして海王類に追いかけられたあげく辿り着いた島。そんな予定外の島、とりあえずログを溜めればいいだけ、の島だった。


「…ねぇ大丈夫かしら?」
不安そうなナミに、
「心配すんなって。こんだけ人がいりゃ、食い物ぐれぇあんだろ」
あくまで基準は食料であり、
「なんかさ、さっきからじろじろじろじろ見られてばっかで、ケツのすわりが悪いというか…」
居心地悪そうなウソップに、
「そっか?そんなに気にするほどじゃ…、お?」
ルフィはひくひくと鼻を引くつかせ、
「お、おおおおお!」
目を輝かせて、
「食いモンの匂いがする!」
もうもうと砂煙を巻上げ、どどどどどどどっとものすごい勢いで走って行った。 さすが未来の海賊王はどこか常人とは違う、あまりの無神経さにナミやウソップの口から深い溜息が吐き出された。





ルフィを追うのは至極簡単で、ただ食堂を探せばいいだけである。しょうがなく船長を探しに街を歩けば、探すまでもなく店が見つかった。どう見ても食堂は1軒しかない。そして中に入れば、客もみならず店員までもが老人ばかりだった。
枯れ木も山のにぎわい、ナミの脳裏をそんな諺がよぎる。
テーブルでひとり白い饅頭らしきものにがぶりつくルフィは、当然ながらお金を持っていない。「もふぉいほ!」ルフィが口から食べかすを飛ばして皆に叫んだ。どうやら遅いといいたいのだろう。
皆もテーブルにつきオーダーすれば、運ばれた料理はどう見ても老人食だった。味はどちらかといえば薄く、とても柔らかくて、柔らかいといえば聞こえはいいが流動食に近く、胃に優しいことこの上ない。飲むように皿を平らげる麦わら一味に、ひとりの老人が近づいてきて、何故かゾロを上から下まで舐めるように観察して、
「おおおおお!そうそう!これなら大丈夫だろう!あんた、あんただあんた!」
震える手で指差し
「あんた、この島の種になってくれんかね?」
そういった。
そして冒頭の言葉へと話は続いていくのである。





この島は数奇な運命のもとにあった。百年近く前に突如発生した奇病は、島に住む男たちから生殖能力を奪っていった。そしてその病は今となっては風土病としてこの地に根付いている。
短期間の滞在なら問題にはならないが、長いことこの視まで暮らしていると感染してしまう。発症するのは男のみだ。よって、この島では外部の人間に頼らなければ人口を維持できなくなくなってしまったわけであるが、、いかんせんグランドラインの外れに位置する辺境の島だ。もとより立ち寄る船も少なく、ここ数年など1隻もやってこない有様だ。





「……まさかとは思うが」
ゾロの顔が引き攣った。
「…よもや、あのばあさんたちを相手にしろとかいうんじゃねぇだろうな?」
まるでこの世の災いをまる呑みしたような表情だ。
すると、老人は手を振ってそれを否定した。
「違う違う。いくらなんでもそんな無茶は言わん。わしでも無理じゃ」
指を1本立て、
「アンタはなんも心配せんでもええ。この島には若い娘達がおるんじゃ。もちろんピチピチで…」
嬉しそうに指を左右に小さく振って、
「聞いて驚くがいいぞ。みんな可愛い上に、みーんな正真正銘の生娘とか、信じられんじゃろ?なんせ相手がおらんからの!!」
高らかに笑った。

若い。ピチピチ。可愛い。生娘。
老人の口から出た単語に、反応したのはゾロでなくサンジだった。
どこに隠し持っていたのか、いきなり眼鏡をかけて、
「ちょっと待てじいさん」
両手を左右に大きくひろげ、
「さあ、困ったことがあるなら俺を呼べ!俺こそレディの味方!!プリンス!」
と、ピンク色のハートを撒き散らした。
「あんたが?」
老人が首を傾げる。
そしてサンジを上から下まで三往復見て、ぼそりと小さな声でいった。
「…ーーーーん、ちっとばかり細いかのぅ…。どっちかといえばこっちの緑のあんちゃんの方が好みなんじゃが…」
男が細いと言われ嬉しいわけがなく、好みじゃないといわれりゃ、誰がてめェの好みなんか聞いてるんだ、問題はレディのお好みだろうが!と、サンジは口から零れ落ちそうな言葉をグッと飲み込んだ。事は荒立てないほうがいい。女絡みならなおさらである。
「おいおい、せっかくオレ様がこの島のお役にたとうってのに、出鼻くじく様なこというんじゃねぇって。心配すんな、レディの3〜4人くれぇ俺がひとりで」
「3〜4人?なに言ってんのかね?全部で34人じゃ」
34人。
この小さい島のどこにそんな若い娘が?
サンジが不思議そうに首を傾げた、が、問題はそこではなかった。
34人。
現実を再確認するようかのように、数度パチパチと瞬きをして、件の老人に訊ねた。
「この島でログが溜まるまで何日かかるんだ?」
「4日じゃ」

一日8人、あまり2。

すると、別の老人が横から口を挟んできた。
「違う違う、全然足りん。全部で43人じゃ。耄碌したのうおまえさんも、年は取りたくないものじゃ」
するとムッとした顔で、
「ふん。ちょっとだけ数を間違えただけではないか。人の揚げ足をとるしか楽しみないとは、やれやれ、そんな年の取り方はしたくないのう」
「…せっかく人が親切心で教えてやれば…、数もろくに数えられないくせに何を抜かす、このおいぼれめが!」
「なにをっ!ヨイヨイのくせに!いいから貴様は棺桶にでも入って黙っておれ!」
そんな口汚い老人の喧嘩もサンジの耳には入らなかった。

一日10人、あまり3。

そこは天国か地獄か。しいていうなら、天国に一番近い地獄かもしれない。などと考えながらぼうっと立ち尽くすサンジに、
「ふん。馬鹿馬鹿しいにもほどがある」
ゾロが横目で睨んだ。
「なにが43人だ、お前が馬鹿なのは知ってるが、まさかそんなのに付き合うほど大馬鹿じゃあるまい」
サンジの心理状態は想像するまでもない。ただ若い女と聞いて舞い上がり、後先考えずに首を突っ込み、挙句あまりにも予想の範疇外のことに、どうしていいかわからず呆然としているのだろう。ゾロは考えた。
馬鹿すぎる。コックも馬鹿なら、その馬鹿を相手にしてる自分も相当馬鹿かもしれんと、血管が浮き上がったこめかみをピクピクさせた。
「おい?さっきから馬鹿って何回抜かしやがった?馬と鹿ならてめぇとチョッパーだぞこのクソったれが」
チョッパーまで巻き添えにした後、サンジはいきなり口調を変えた。
「さあ、そこで相談だ、ロロノアくん」
ニヤッと彼が笑う。
「折半、いい言葉だろ?協調、共有、譲り合いの精神だ。てめぇにゃ縁がねぇ単語かもしんねぇが、この機会に俺が教えてやってもいいぞ」
「いらん」
素っ気無い返事で席を立とうとするゾロを押し止め、
「まてまてまて!それじゃ話が終わっちまうだろっ!!」
強引に押さえて、
「半分だ半分、半分づつってのはどうだ?悪くねぇだろ?最初はてめぇにあった話だし、仕方ねぇから22人はてめぇの分で、俺は21人。本当はひとりもてめぇにゃくれてやりたかねぇけど、これも譲り合いだから…」 とかなんと語るサンジを見てゾロは大きく頷いた。

「わかった」
サンジから視線をはずし、互いに罵りあう老人を捕まえ、
「よし、俺が全部引き受けてやる。孕むかどうかはわかんねぇが、やれるだけはやってやる」
そんなゾロの言葉にサンジが眉を顰めた。
「は?お前、俺のはなしちゃんと聞いてんのか?ここでまさかの独り占め?」
胸倉を掴みかからんばかりに詰め寄り、
「おい、わかってると思うが相手は処女だぞ?そんないたいけなレディに、てめェのご立派なのは似つかわしくねぇだろ?可哀想なことすんな、だから俺が半分手伝ってやるっていってんだろ」
「俺のがご立派かどうかはともかく、確かにお前なら女に負担が少ねぇかもしれん」
ほんとにお前は処女向きなサイズだと、一人頷くゾロにサンジの蹴りが飛んだ。
「誰が小さいって?!ふざけんな!俺のサイズは普通、世界的標準だ、てめぇが鬼の様にデケェだけだ!世界やレディや俺にぜんっぜん優しくねぇ!!てめェはよォ!」
「うるせぇ!そんなのは俺のせいじゃねぇ!だがそれで楽しんでる馬鹿もいるぞ!」
「誰が馬鹿だあああああ!!!」


ここでようやくナミの鉄槌が二人に下された。
あまりに酷い展開に、止めるタイミングが遅くなってしまったことをナミは後悔した。おかげでデカイだのチイサイだの、聞きたくもないことを聞かされて、あんなにやわらかい食事をとった後なのに胃がもたれて消化不良を起こしそうだ。
床に倒れた二人を無視して、ナミは老人へやさしく声をかけた。
「つかぬことを訊くけど、一人おいくらかしら?」
「ん?心配せんでも金は取らんよ。手伝ってくれればいいだけじゃ」
「ううん、違うの。勘違いしないで。あのね、お金をいただくのは私たちだと思うの」

――種付料を

指で丸い輪を作って、ナミがニッと笑った。
「そうね、ひとり20万ベリーでどうかしら?43人で860万ベリー。それでこの島の未来が買えるならお安いと思うんだけど」
そんなナミにウソップの顎ははずれ、ルフィは大きな蒸饅頭を頬張り、チョッパーは不思議そうに首を傾げた。
「…ナ、ナミさん、種付料って……?」
「……ナミ、この…!」
ゾロの短い髪がぶわっと逆立った。
「ふざけんなこら!俺は馬や牛じゃねぇぞ!」
頭からもうもうと湯気を出して怒鳴る男を指差し、
「これでもね、そう遠くない将来、大剣豪になる男なの。あくまで予定だけど。だからその予定が順調にいけば、この島の子供達は大剣豪の子孫。すごいでしょ?大剣豪の子供がそこらにゴロゴロ転がってる島なんて滅多になくない?本当なら一人50万ベリーいただきたいところなんだけど我慢する。だってこの島の未来の為だもん。あ、サンジくんも一緒にお貸しするわ。緑色ばっかりじゃ生態系に悪影響及ぼすかもしれないし、多少黄色が混じってた方が彩りになるものね」
最後に、
「食事代と宿泊費、よろしくね」、語尾にハートを付けて、ナミがにこやかに笑った。

『大剣豪の子孫』
老人の目が星のようにキラキラ輝いた。
「ちょ、ちょっとだけ時間をくれんかね」
島のみんなと相談すると、あわてて店を飛び出した。





「で?馬ってどこにいるんだ?あ、牛だっけ?」
船長の質問にウソップとチョッパーが首を傾げた。
「馬?」
「牛?」
「あのね、本物の馬や牛のことじゃないの。なんか説明したくないというか、口にするの嫌なんだけど」
ナミに素っ気なく言われ、
「ここの飯って病人食みてェだと思わねェか?腹いっぱいになっても満足感がねェ」
ルフィは不満気に口を尖らせ、ナミとウソップは口を閉ざした。何故か話が通じる気がしない。
溜息をつく二人の背後で、ゾロが低く呟くような声でサンジに話しかけた。
「…ったく余計なことに首を突っ込みやがって、この馬鹿が…」
「・・・自分だけで独り占めしようとか、てめぇこそふざけんな」
「アホ、かるい当て身で気絶させちまえばいいだけの話だ。俺はガキなんざ欲しくねェ」
「俺もだ。だいたい妊娠なんてすぐにわかんねぇだろ。誰かが覗いてるわけじゃなし、なんとでもなる。たとえばゴムをつけるとか。相手は未経験だしな」
ニヤリと笑うのを見て、ゾロのこめかみがまたピクッと引き攣った。
「おい?なんで怒る?」
コックは自分との関係を、ただの性欲処理だと考えてるように思われる。だから機会さえあれば普通に女としたいのだろう。
ゾロとてそれは同じような考えだが、今回はそれが不思議と面白くない。妙に腹立たしい。何故かと考えれば、不愉快な結論がでそうで追求する気などさらさらないが、とりあえず愉快ではないから機嫌が悪くなっただけだ。
「そんな仏頂面しやがって・・・、文句があるならちゃんと口にしろ」
「うるせぇ。てめぇはもう黙ってろ」
つっけんどんに言われ、サンジがムッと顔を歪ませた。

そうこうしていると、件の老人が店内に飛び込んできて、
「話がまとまったぞい!契約成立じゃ!大剣豪の子供じゃーーーーーーっ!」
それはそれは嬉しそうな顔で、迎えるように両手を広げた。ゾロの眉間の皺はますます深く、額の青筋からは紫色のオーラが滲んでいる。
「ただし、ちっとばかり条件があるんじゃ」と、老人が切り出した内容は、

1.薬とかで彼女たちの調整をしたい、よってもう少しだけ時間が欲しい。2.約1週間ほど滞在を延長してもらう。3.準備が出来た者から開始する。4.初日の予定は4日後、そして残りの日数ですべて処理する。
そのような話だった。
「ナミさん?俺がなんで彩り?主力だろ?」納得がいかないサンジを無視してナミがそれを快諾し、本人達を無視してどんどん話と時間が過ぎていった。





ログが溜まった、4日目の朝のことだった。
「もう心配しなくて大丈夫だぞ」、チョッパーが嬉しそうな顔で、硝子のビーカーをゾロとサンジに渡した。
ゆうに1リットル以上は入りそうな大きさだ。
「これにできるだけいっぱい入れてくれればいいから」
何を?
二人の眼がおもわず点になった。
なんとなく察するものの、あまり理解したくないような、そんな変な予感がする。
「あれから皆で話し合ったんだ。いくらなんでも二人だけに負担かけるのはどうかって。だから俺、提案したんだ。とりあえず妊娠だけが目的ならば軽めの睡眠剤でも飲ませて、そして俺が受精させればいいって。その方が女性にとって負担もないだろうし、そういったらナミに笑いながら褒められたけど、でも、我ながらいい考えじゃないかって」
エッエッエッ、と、照れ臭そうに笑って、邪気のない眼を二人に向けた。

そういう相談を、どうして当事者抜きでするのか、ゾロとサンジは唖然とした。
もちろん個人差はあるだろう、が、男性の1回分の精液量を医者であるチョッパーが知らない訳はない。動物と人間を勘違いしているのか解らないけれど、とりあえず自分でアレをして、アレをいっぱいこれに入れろと、そうことを要求されているのだろう。
嫌がらせにしては大きすぎるその容器を手に、
「…チョッパー、てめぇの好意は嬉しいんだが」
そんなサンジの言葉を遮って、
「やめろよ、感謝なんかするなって、照れ臭いぞサンジ」エッエッエッとチョッパーが踊りながら笑う。
「…いや、ちょっと待て、これじゃ」
額にじっとりと粘つく汗を滲ませ、ゾロがそれを返そうとすると、
「あ、小さかったか!?もっとデカイのもあるぞ!すぐに持って…」
来るというチョッパーを必死で止めれば、「あ、隣の部屋を使っていいからな。いくら仲間でもやっぱり一人ずつの方がいいよな、照れ臭いよな」と気遣われ、二人は硬直したようにその場に佇んだ。


ゾロが呻る
額には汗と血管が浮き出て、口元をへの字に曲げたまま動物のような低い唸りを上げた。
嫌だ。ものすごく嫌だ。全部が全部、何もかもが嫌すぎる。
なんでこんなことになったのか。ゾロは腕組みしてぎゅっと目を閉ざした。
子供作るつもりもなければ、ナミを儲けさせるのも嫌で、コックの子供だって嫌だし、もうこの島の何もかもが嫌だ。そして何が一番嫌かといえば、手にあるビーカーがとてつもなく目障りで、今すぐ斬り捨てたいくらい嫌なのに、でもチョッパーの前ではそれもできない。
「……・・・くっ」
言葉にできない苦悶の呻きが、への字の口からまた漏れてしまった。

そんなゾロの隣で、サンジが頭を掻き毟った。
想定外だ。まさかこうなるとは思ってもみなかった。まったくといっていいほど、予定が大幅に狂ってしまった。
サンジとしては同じ出すならビーカーでなくレディに出したい。男なら誰だってそう考えるだろう。 だが、それがうまく言えない、伝わるような気がしない。ただひたすら純粋に心配してくれるチョッパーに、余計なことだとどうしていえよう。ならばやっぱりビーカーかとサンジは頭を掻き毟った。
あれとそういう関係になってからというもの、自分で処理する機会が極端に減ってしまった。それくらいあれとの行為が日常化しているわけで、そんな状況ではズリネタすら出てこないかもしれない可能性がある。やもすればあれをネタに使うとか、そんな恐ろしい事態に陥るかもしれないのだ。
「……クソが」
低く呟き、また頭を掻き毟った。

と、そこへウソップが息せき切って部屋に駆け込んできた。
「す、す、すっげ……。おめぇら聞いて驚きやがれ…」
ぜいぜいと喉を鳴らして、
「…美女、これがなんと絶世の美女ばっ…か!!なんでこんな島に…あんな…」
それを聞いたサンジはくるりと振り返って、とん、とチョッパーの手にビーカーを戻し、
「悪ぃ、チョッパー。てめェの好意はちゃんと受け取ったぞ。実は、俺はビーカーよりもレディが好きだ、大好きなんだ」
すまねええええええーーー、と 大声で叫びながら脱兎のごとく走り去った。
それを見るやいなや、ゾロがサンジのビーカーの上に自分のものを重ね、
「すまん、チョッパー。手伝ってやれそうにもねぇ。俺にはやらなきゃならねぇことが」
あの阿呆めが…、と低く呻り、 鬼の如き形相で駆け出したゾロを、ウソップとチョッパーが唖然とした顔で見送った。



二人が走る。その後を飛行機雲のような白い砂煙が沸き立つ。
「待ちやがれ阿呆!」
シュッと刀をぬく音がして、
「うるせぇ!てめェの相手なんざしてられっか!すっこんでろ!」
キン!と鋭い刃をサンジが脚ではじき飛ばした。
「いいや、おめェの相手は俺だ」
頭部を黒い布で覆い、口と両手に剣、ゾロが戦闘態勢に入った。
「……どこまで、俺の邪魔すりゃ気が済むんだ!」
脚がひゅんと鞭のようにしなる。金属が弾ける音とともに、青白い火花が散った。
と、そこへ今回の交渉人である老人が走ってきた。
「おおお!あんたら、あんたらに話が、というか、どうしても話をしなければならない事があって…の……」
だんだんと声がトーンダウンしていく、その話とはこんな内容だった。

ここ数年一隻の船も来なかった。なのに、よりにもよって同時期に、より正確にいうならば今日、もう一隻の漁船が島にやってきた。乗組員全員たくましい海の男達ばかりだ。かくかくしかじかと状況を説明すれば、自分達なら金は取らないという。大剣豪がただに負けた瞬間だった。
最後に、「わしゃ大剣豪がよかったのぅ…」、肩を落とし、老人がさみしそうに呟いた。

「契約違反だわ!ね、違約金は?ここは違約金でしょ?海賊を舐めてんのかしら…。お金で解決できることなんかいっぱいあるのに…。ねぇ聞いてるの?だから契約違反ならば違約金というものが」、納得がいかないナミを引きずるように、「飯代がタダならいいじゃねェかナミ」「そうそう宿代もタダだったぞナミ」「なんとログも溜まったぞ、これもタダだぞ」、ナミと溜まったログホースと仲間がそろって船へと戻った。





おだやかな海だ。
甲板のデッキに腰掛け、ナミはひとりで海を見ていた。
湿気を含んだ潮風がオレンジ色の髪をなびかせ、眩しそうに少し目を細めては、また真っ青な海に視線を戻す。
そんな彼女の唇から、小さな溜息が漏れた。
ナミは思う。いつの間にか、自分だけが守銭奴のような役回りになってしまったような、そんな気がしてならない。実際のところ、船を維持するには金がかかるのに、それについて皆はあまり深く考えていないと思う。人の何倍も食べる船長の食費はバカにならないし、他にもなにかと金はかかることばかりだ。そんな面倒なことを自分が全てやり繰りしてるのである。感謝されこそすれ、金の亡者のような扱いはないのではないか。ゾロにしてもそうだ。彼は水のように酒を飲む。彼にとって酒は水替わりなのかもしれないが、だがその水はタダではない。
あの時、デカイのチイサイのと、ろくでもないことで騒いでいたとき、あの二人の台詞をナミは覚えていた。だからこそ思うのだ。

そんな無駄玉ばっか撃ってるなら、ちょっとは協力してくれてもいいのに。















おしまい

サイト初期のSSです。本当に下品な上にアホでお恥ずかしい限り…。でも、打った本人が楽しくて、読んでくれた方が少しでも楽しんでくれたならば、もうそれだけで。