閑話休題







自分というものを客観的に見ても、俺はかっこいいのではないかと思っている。
男としての身長はそこそこあるし足も長い。
金髪碧眼が女性受けすることも知っている。
もう少し日焼けした肌ならばもっと男らしいのにと思うこともあるが、これは体質だから仕方ないだろう。ちなみに俺の眉毛はチャームポイントである。どこぞの腹巻剣士がいつも失敬なことを抜かしているが、あんなセンスの悪い男に何いわれても全然腹が立たない。正直言うと、少ししか腹が立たない。ただあまりリアクションが薄いと可哀想だから付き合ってやっているだけだ。
俺は面倒見もいい。



話は変わるが、俺の乗っているにはなんと美女が二人も乗っている。こういうのを掃き溜めに鶴というのだろうか、ともかく彼女たちは俺の大切な潤いであり、活力であり、いっそ女神と呼んでもいいくらいだ。
だが、その二人の女神はつれない。
いくらアプローチをかけても、「仕方ないわね。先っぽだけよ」なんて事は口が裂けてもいってくれないし、その気配も、将来における希望すらどうやら皆無のようである。
だが、俺はそんな小さいことは気にしない。
美女が二人もいることが重要なのであって、ましてや女神まで格上げになった今では、おいそれと手も出せないだろう。女神様は崇め奉るものなのだから、迂闊に手を出せばきっとバチが当たるに違いない。



また話は変わるが、近頃、少し気になることがある。
例のアレだ。
みどりのアレである。
ロロノア・ゾロ。
あの甲斐性なしが何故か妙に気になる。どういう風に気になるのかというと、
俺はあの男と寝てみたい。
実をいえば、アレを抱いてみたい。
あの筋肉マリモを組み敷いて、俺の下で乱れる様を見てみたいのである。
硬派気取りのあのバカが、厚顔無恥のふてぶてしいクソ腹巻が、自称未来の大剣豪が、あろうことかあんあん善がっている姿を見たくてたまらないのはどうしたわけか。
この情動はわが船の女神さまに対するものとはまったく別のものである。あまりに馬鹿馬鹿しい欲望で、女神と一緒にしたら気を悪くするのではないか、なんてことはともかく、一体どこからこの不思議な感情が湧いて出るのか、自分自身でも不思議でたまらないが、これが愛情でないのは間違いないだろう。
俺はあの男が嫌いだ。
あれでも仲間だからさすがに大嫌いとまではいかないが、あまり好ましく思ってないのは事実である。事実、いつも喧嘩ばかりしている。だが俺が悪いわけではない。バカがいつも嫌味ばかりいう所為だ。
そんな男に対する性欲、よりにもよって、嫌いな男に欲情してしまう。これがいかに危険なモノかは、俺自身もよく解かっているつもりだ。これがルフィやウソップが相手ならば、こんな感情でも対処の仕方が全然違った筈だ。もっと真剣に悩むだろうし、己を根本から考え直さなければならない、自我に係わる大問題である。
だがあの男に対してだと、まずはそんな心配がない。気遣いもない。悩まない。まったく何もなくて、むしろ後腐れなくていいんじゃないかとさえ考えている。
そう、性欲処理にあの男はうってつけだ。

だが問題が幾つかある。
まずは俺がホモじゃないことだ。今まで男を抱いたことがないので男同士のセックスというものが今ひとつどころか、あまり良く解からない。レディを抱くような訳にはいかないとは思うが問題はそれ以前にある。
あのマリモをどうやって誘えばいいのか。
ケツを掘らせろといって、素直に差し出す男とは思えない。
すったもんだの大喧嘩になり、挙句「ホモコック」の烙印を押され、それを面白おかしく吹聴され、女性のみならず男からドン引きされてしまう危険がある。
どうしたら良いだろうか。
これが悩みでいいのかと思わず頭を抱えたくなるような、近頃そんなつまらないことを考えてしまう。
あまりにも航海が穏やかなせいだ。人間、暇があると碌なことを考えない。





とある島に着いて、さっそく街へと買出しに出掛けた。
食料品、日用品など必要な物を山のように買い揃え、そして最後は酒屋に寄った。うちの連中は酒が好きだ。愛しのナミさんなんかあの細い身体のどこに入るのか不思議になるほど大変良くお飲みになるし、ロビンちゃんもお上品に飲まれるし、腹巻に至ってはどんな酒も水の如しである。いっそ水で済むなら金のかからないものを。と、野郎用の安酒とご婦人用の酒を選んでいたとき、見慣れぬ酒瓶が視界の片隅に入った。
透明でキレイな瓶に、透明な酒が入っている。
「ライスワインか?」
店主に尋ねれば、
「いいや。そんな生易しいもんじゃねぇ。実は虎の腰が抜けるほど強い酒でな、どんな寒冷地でも凍りやしねぇんだ。おっと、カクテルにして女に飲ませようなんて考えるんじゃねぇぞ、あんちゃん。気持ちはわかるがな」
ひゃひゃひゃひゃひゃ、と、かなり下品な声で笑った。
俺はその酒を3ダース買った。
大虎用である。5本10本じゃ足りないだろう。





この海域は海軍もいなければ海賊もいないのか、毎日が退屈で退屈で欠伸がでるくらい穏やかな航海だ。ウソップはひとりで何やら作ってるし、ルフィは欠伸しながら釣りと、各々好きなことをして過ごしている。
だからか、俺はまた余計な事を考えてしまう。
妄想だけならまだしも、実行に移す機会があるというのも考えものだ。
あの酒だって勢いで買ったものの、妄想だけで終わらせるくらいの理性は持ち合わせている。だから暇があるというのは考えものだと、つくづく思う。他の海賊や海軍と揉めごとや戦闘に明け暮れていれば、少なくともこんな余計なことは考えなくてすむのだ。





その晩、不寝番であるマリモのために簡単な夜食を用意した。夜食にしては物足りないくらい軽いスナックである。酒は3種類揃えた。透明な酒と、他に2種類。そして新鮮なライムをボウル一杯切っておいた。
それを手に、夜の甲板へとあれを誘った。

「随分とさっぱりした夜食じゃねぇか」
それを見た毬藻が少し不満そうな顔をした。想定内である。
「あまり腹がいっぱいになると眠たくなっちまう。それでなくてもてめぇは寝てばっかなのにさ」
そういって酒瓶とグラスを駕籠から取り出し、夜食を食いはじめたマリモの為に俺は酒をつくった。

「きつい。きつくて旨めぇ」
一気に飲み干すと、空いたグラスを眺めながら意外そうに呟いた。
当然である。
俺が作るのだから美味くて当たり前、それがわからないのはただの味覚音痴だ。この酒の良さを生かすには何が一番合うのか、俺はひとりで何日も試行錯誤を繰り返し、数え切れないほど試飲した挙句、それこそ何度腰が抜けたかわからないのだから。

「おい。他の連中はもう寝てるのか」
そういいつつ、珍しく俺にも酒をすすめてきた。この場所に居る為にも、俺は自分用の酒をつくらなければならない。見た目は変わらず、だが酒はそれなりに調整した。
待ちに待った本番だ。ここで腰を抜かすわけにいかない。

さて、3杯目の酒をわたしたときのことだ。
「つまみが足りねぇ」
そういって、横目で俺に訴えた。
「ならばキッチンのテーブルにチーズがある。食いたきゃてめぇで取って来い」、突き放すように教えてやった。
そのチーズはこの酒ととても良く合うのである。芳醇な匂いが酒と合わさって、鼻から抜けるときなど実に絶妙だ。そして若干塩気が強く、だから喉が渇いてどんどん酒がすすむという、酒の肴ととして最適でる。俺は次から次へと酒を作ってやった。

そのチーズだが、量はあえて少なくしておいた。高級クラブのように僅かしか置いておかない。だから味わってゆっくり食えばいいものを、飯のようにガツガツ食うからすぐになくなってしまうのだ。
だから俺は優しく教えてやった。
「足りなかったか?あ、だったら流し台の横にピクルスがあるぞ。わざわざ取りにいくのは面倒だが、自分で行くってんなら話は別だ。食ってもいい。この前の島を出るとき仕込んでおいやつだから丁度いい具合に漬かってるかもしんねぇ。絶品だぞ」
すると奴は一瞬渋い顔をしたものの、すぐに腰を上げてキッチンへ向かった。
このピクルスも酒と合わさると絶妙な旨さを発揮する。程よい酸味でぐいぐい酒が飲める。だが、量だけは少なくしておいた。
そんなことをしながら、俺はマリモを相手に酒を飲んだ。この船に乗り込んでから数え切れないほど酒を飲んだが、こうして二人きりで飲むのは初めてだ。そして改めて思う。酒の力は偉大である。こんな男とでも楽しい時間が過ぎてゆく。

飲み始めてどれくらい経っただろうか。空いた酒瓶を寄せようとしたら軽い眩暈がした。
気をつけた方がいいかもしれない。いくら量を調整していてもこの酒は度数が高く、こうして座っているだけで身体がふらつく。俺が先に潰れるわけにはいかないのだ

それからも、俺はいろいろ教えてやった。
冷蔵庫の中に魚の珍味が入っていること。これは奴の大好物だ。生臭いので女性は嫌がるが、この男はこれで飯が3杯食える。
話はずれてしまったが、珍味と一緒に追加の酒も頼んだそのとき、奴の身体がふらふらしているのを俺は見た。
飲んだら動く、すれば酒の回りは早くなる。
よし、俺は心でおおきく頷き、気分が一気に高揚した。



穏やかな夜風が頬をやさしく撫でる。
とても気持ちがいい。
頭上では三日月がニカニカニカニカ笑っている。黄色い口を裂いて笑っている。それがあまりにも楽しそうで、俺もつられて大声で笑いそうになるのを必死で我慢した。
さて、ゾロが運んできた追加の酒も、もうほとんど空いてしまった。俺達の回りは酒瓶だらけだ。
マリモも珍しく機嫌がいいようだ。ずっと楽しそうな顔で酒を飲んでいる。俺はといえば、これからの事を考えると、もう嬉しくて楽しくて幸せで、マリモ相手に話もつるつる滑らかに饒舌この上なく、イカレるほどにファンキーでクソハッピーだ。
夜空にはまんまるお月様、ニカニカニッカリ楽しそう。



そろそろいい頃合いであると判断した。
マリモの傍に近づこうと腰を上げたら、驚くことにいきなりぐるりと夜空がひっくり返ってしまった。
あろうことか、ものすごいスピードで、朝と、昼と、夜と、そして海も森も、世界中がぐるぐるぐるぐる、どこまでもぐるぐる廻って、朝になったら星が輝き、夜になると天地がひっくり返って、煌めく天の川を朝と夜が追いかけっこしている。あまりの馬鹿馬鹿しさに俺は笑った。
アホらしいにもほどがある。
何が。
どうして。
こうなった?
世界がアホになってありえない速度で回って、我慢できずにゲラゲラゲラゲラ笑っていると夜がすとんと訪れ、気づくと念願どおり自分の下にマリモを組み敷いていた。
少し驚いたような顔をしている。だが、まんざらでもなさそうだ。ならばと両手で抱きしめようとしたら、身体が動かなかった。
抱きしめることができない。二人の距離が縮まらない。身体が降りていかない。
重力は何処へ行った?
さては月に吸い取られたか?
はてさて、これはどうした訳かと。

ゾロが笑った。

そして、「お前」と笑いながら、下から俺の首を犬のように舐めた。

「どういう状況か解かってんのか?」

何が、と聞き返したかったけど、他に気を取られてしまった。何故が胸元がスウスウするのだ。

「誘われたんだよな?」

そういって、そのスウスウする胸を撫でた。

クックックッ。噛み殺したような、ゾロの笑い声が耳元で低く響いたかと思うと、いきなりその耳を噛まれ、俺は本当に驚いた。
耳を噛まれたことではない。俺は動けないのに奴は動けるのだ。そして自分の下にいるはずの男が俺の身体を勝手に触っている。
俺に触れ、俺がするはずだった行為を俺の身体にしている。その事実に俺は驚いた。
さすがにこれは変だ、いくらなんでもおかしいと、すると、緑の草叢の向うに浮かび上がった月がニッと笑った。
ぷかぷかぷか浮かんで、ゲラゲラ大笑いした。
【おかしいのはお前だ】
【お前だ】
【お前だ】
3つの月が楽しそうに、俺に語りかけてきた。
組み敷かれているのは、どうやら自分かもしれない。そんな事実に気づいてしまった時、ありえないことに俺は串刺し状態だった。
月が水に浮かんでる。暗く透明な水のなかで、ゆらゆらゆらゆら揺られて笑う。
さて、はたして揺れているのは、月か、船か、俺の身体か。







夜の甲板で大の字になって、酔いも醒めてきたのか、次第にクリアになってきた頭で俺は考えた。
俺がされた行為は、俺がしてやろうと考えていた以上だった。
『ここまでするか?』と思うようなことまでされ、思い出したくないことも一杯あって、そういうものは無理に思いださないほうがいいのだと経験上知っている俺はそこで記憶のスイッチを切った。
ゾロに抱かれた。何故か抱かれた。犯るつもりが犯られてしまった。
最後にこの事実だけが残った。ずっと酒が抜けなければよかったのにと思うような、二日酔いの頭に直接酒を浴びせたくなるような、認め難い、知りたくもない嫌な現実はどうやって消去できるのだろうか。
そんなことばかり考えている俺にゾロが近づき、

「途中で酒を交換したのに気づいてなかったろ?酔っ払ってわかんなかったんだろうが。腑抜けた顔でへらへらへらへら笑いやがって」

ニッと笑った。

「てめぇのポーカーフェイスほどわかりやすいもんはねぇ」

スーツを投げて寄こし、何故か俺の唇をグイッと摘まんで、そして最後にいったその言葉の意味を知ったのは、もう少し後のことだった。


「お前の背中に葱が見えた」







END

※鴨葱サンジ。さぞや旨かったに違いない。
2006/5.8 2011/02.21部分改稿。