COVALENT BOND
 








■八昼寝


夢でも痛い。身体が痛いのに眼が覚めない、これはどうしたことか。
夢か、現か、幻か、あやふやだけど痛みだけは妙にリアルで、なのにこれは夢だと自覚している自分がいて、そして夢の中で俺に不埒な行為を要求するマリモに無茶苦茶腹が立った。
そうしてるうちに馬鹿はいきなり樹から桃をもぎり取ると、片手で搾り取るようにそれを潰し、その果汁で指を、指のみならずいかがわしいものを俺に挿れた。
上から寝技で押さえ込まれ、尻だけを突き出したような、そんな屈辱的な姿勢を取らされた挙句、あの馬鹿は俺に無礼を働いたのである。
最初、指だけの状態のとき、俺は訴えた。

違う。そこは入口ではない、出口だ。無理だ。

返ってきた返事はこうだ。

「いや、出入口だ」

慌てて妥協案をだした。

そうだ手でしてやろう。経験はないけれど、なんなら口でしてやってもいい。

マリモは少し考えている様子だったが、

「せっかくだが、それは次でいい」

そう抜かした。その時の俺の心の動揺を、どう説明したらわかってもらえるだろうか。

次?次があるのか?

思うまもなく挿ってきた。
まるで身体を裂かれるような感覚に、俺は呼吸を止めた。
ここまでが昨夜の夢だ。
そしてマリモが動く。
挿れたなら動くのは男の本能かもしれないが、遠慮もクソもないくらいガシガシ動かれ、情けないことに俺の喉から呻き声が漏れてしまった。
勘違いされないよう繰り返すが、呻き声である。「うっ…」とか「ううっ」、「つっ…」「く…」といった、苦痛、そして拒否を表現する声であって別に変な声ではない。なのにどこをどう勘違いすればその声に興奮できるのか、馬鹿の考えることはとんとさっぱりだ。全然理解できない。
でも興奮していると、背後から圧し掛かる荒い息が、熱が、教えてくれる。
そしてもっと不思議なことに、マリモが興奮していることに、俺自身も興奮してしまったようだ。とても残念なことになってしまった自分のものを扱こうと、股間に手を置くとその手を弾かれてしまった。

「俺がする」

心臓を鷲掴みされたかと思った。大きな手で覆うように握られ、先をきゅっと絞られ、または爪先で、根元から何度も扱かれ、そして俺の喉からでたものは呻き声ではなかった。
前後から同時に責められた。俺の呼吸とマリモの呼吸、荒々しい息が全部混じって何がなんだかわからない。
動きが早くなってくる。
マリモが微かに呻って動きを止め、一瞬息を止めると、腹の奥がじわっと暖かくなったような気がした。もしかすると気のせいかもしれないけど、確かなことがひとつだけある。
これはただの淫夢じゃない。
悪夢だ。
今、まさに、こんな状態で、こんな状態なのに、俺は夢から覚めようとしている。
「サンジ、おやつ!おやつおやつおやつうううううううう」、ルフィの呼ぶ声がだんだん大きくなってくる。
目が覚めたら、まずはトイレだ。おやつを食わせてる場合じゃない。


■九夜


今日、昼寝をしていて夢精をしてしまった。
夢でコックとセックスをしたからだ。冷静に考えれば頭を抱えたくなるような出来事ではあったが、出すものは出した、これでもうこの夢は終わりだろうと思っていたら、まだ続きがあった。
俺が出した後からだ。
いきなり続きから始まって、掌の中の高ぶりがひどく生々しく、さてどうしようかと考えつつそれを弄っていたら、

「……てめぇ、自分だけ出したからって、余裕かましてんじゃねぇぞ」

振り返って睨まれた。
頬がやけに赤くて、そんなアホなツラを見たとたん、変な可笑しさがこみ上げてきた。
たとえ夢だろうと、どんな状態であろうと、どこまでもこの男はコックなのだと、腹を抱えて大笑いしたいくらいだ。
だが今は笑ってる場合じゃない。
さて、まずは抜こうと腰を引くと、目の前の身体がぶるっと震えた。金髪の襟足、白いシャツの隙間から見えるうなじがピンク色だ。
腕を掴んで身体を起こし、俺と向き合ったコックはとても不満そうな顔をしていた。不貞腐れたように下唇をむいと突き出し、ずっと俺を睨んでいる。その生意気そうに、ぷっと突き出た下唇を噛んでみた。
噛めば奴も噛み返してくる。ならばとためしに唇を舐めてみたらば、何を考えてるのか、いきなり俺の鼻の頭を噛んで、そしてまた舐め返してくる。
また俺が舐めると、ふと互いの舌先が触れた。その舌を戯れに絡ませ、噛んで、しゃぶって、じゃれる。
夢でも奴のはヤニ臭くて、いったい俺は何をやっているのか。馬鹿馬鹿しくなるくらい、夢と現があやふやだ。
すると、

「おい。えらく楽しそうじゃねぇか」

挑むような目でコックがを俺を見て、そして口端でニッと笑うなり、

「手ぇ抜くんじゃねぇぞ、きっちり出させろ」

俺の首の付け根をがぶっと噛んだ。夢のくせにやっぱ痛くて腹立たしい。
そしてお返しといってなんだが、コックの顎、耳朶、首、肩、手首を噛んでみた。
甘噛程度だ。でも肩は本気で噛んだ。
するとピアスを歯で強く引っぱって、俺の喉を舐めては首を噛む。やはり痛い。噛まれては舐められ、舐められては噛まれ、やられた分はやり返し、やられた以上にやり返す。
自分の腰へ引き寄せ、ゆっくり腰を降ろせと耳元で要求した。
堕ちながら微かにうめき声を上げ、その痛みを置き換えるように皮膚を噛む。逃げないように押さえ、今度は肩を噛み、やりたいことをやりたいだけやって、ゆさゆさ揺れる身体を突き上げながら体液に濡れたものを扱く。俺の首に腕を回して、強く抱きついて身体をぶるっと震わせ、放たれたものを掌で受け止めた。


終わってみればこともなし、今までのことなどまるで嘘のようだ。
隣でコックが煙草をぷかぷか吸いながら、カサカサと紙のような草叢にごろり寝ころがって、他愛のないことを俺に話し始めた。
この桃は桃の匂いがしない。この草は紙だ。空がペンキだ。ペンキが剥げてる。亀が泣いているぞ、と、本当にどうでもいいことばかりだ。
そんなコックの戯言を聞いているうちにうつらうつらしてきて、あまりにも気持ちが良くて、俺は夢の中で眠りについた。
その夢の中で、俺はまた夢を見た。コックが楽しそうに笑ってる夢だ。夢で夢を見るなんて、まったくもって不思議な話である。
さて、またこの夢に続きはあるのだろうか。







ウソップが何やら作っている。
その物体は高さ50〜60pほどで、どう見てもただのガラクタの寄せ集めのようである。製作者であるウソップがいうところによれば、
「世界にひとつしかねぇ、高性能アンドロイド型ロボット『お片づけネネちゃん』だ」
どうしてその名前が付けられたかは不明だが、メリー号にロボットが誕生した。
性別は不明、見た目もギリギリでロボット、ともすれば動くスクラップな自称ロボットが試験的に使用されることになった。
だけど、
「あ、ガラクタは女部屋に入れないで」
信用がないどころかナミからガラクタ呼ばわりだ。
ならばキッチンで使うとサンジがそれを連れていって、そして3分で返品された。
「使えねぇどころの騒ぎじゃねぇぞ。こいつはクラッシャーだ」
早々と『役立たず』の烙印を押された『ネネちゃん』は非常に人間的な一面があって、ロボットの癖に癇癪もちだった。ウソップが倉庫整理をさせたら思うように片付けられなくて暴れた。片付ける傍から物は散らかり、暴れに暴れて暴れまくって、最後に頭のてっぺんからプシューーーーと白い煙を噴いて動かなくなった。
散らかりまくった倉庫の片付けはウソップだ。
時間をかけて仕分けして、わけのわからないものは甲板へ運び出し、さてウソップ工場で使えるものはないかと見てみれば、
「あら。まあ、珍しい物があるわ」
通りかかったロビンがガラクタの山から、ある小さな箱を手に取った。
あのロビンがそれは『珍しい物』だと言う。その言葉に仲間が甲板に集まってきた。いつの間にやらゾロまで近くで鉄団子を振り回している。
「アンタはあっちでやってれば?」
聞こえているのかいないのか、ナミに言われても移動する気配すらない。
もしや珍しい物が多少は気になるのか、ただ動くのが面倒なのか真相はわからないが、おそらく8割が後者だとナミは思っている。
小箱を手に、
「ピーピング・ボックスって呼ばれているわ。前に本で読んだことあるけど実物を見るのは初めて」
興味深そうにそれを眺める。
「ピーピング・ボックス?」
他の仲間は誰も知らなかったようだ。
「ええ、これで夢を共有できるの」
「…夢を?」
「ロビンちゃん、それってもしや同じ夢を見るってことか…?」
ナミの声には不安が、そしてサンジの額にはぷつぷつと汗が滲んだ。
「そうよ。9回だけ。これの面白いところは夢を共有するのが3人以上だった場合、1人は傍観者になるの。ようするに、後2人の夢をただ見ているだけなんですって。4人だったら2人が見る側。どういった基準で決められるのかは不明だけど。でも紙の封印が外されているみたいだわ、もう使用済みなのかしら?」
「……ねぇ、ロビン…?」
ナミの声が震えている
「あ、あのね、ピーピングって、もしかすると…」
今にも消えそうなくらい声が小さくて、
「ええ、出歯亀ってことじゃないかしら。ピーピング・トムのことだと思うけど、噂では、見る人は夢で亀になるみたい」
ふふふ、と、面白そうにロビンが笑った。


「………わたし…亀だった…の……?」
ナミの顔が赤くなって青くなって、何を思い出したか耳まで真っ赤になって、そして滂沱たる涙がぼろぼろと零れた。
サンジは呆然と立ちすくんだままで、そしてタバコがジジジッと唇を焦がすと熱さで彼を躍らせ、ゾロの鉄団子が轟音と共に落ちて船を破壊し、
「うおおおおおおお、メリーがあああああ!!!」
ウソップが悲痛な声で泣き叫んだ。

のんびり、おだやかな、ある午後のことであった。












おしまい

※「COVALENT BOND」、意味は『共有結合』です。  2006/6.4