桃色キャノン









椰子の茂るコテージの一室には大きなベッドが置かれ、そして生成りのシーツが敷いてある。
その上でサンジはひとり寝ていた。
下半身をさらりとした薄手の毛布が覆っていて、パジャマ代わりなのか白いTシャツを着て寝ている。

ログが溜まるまでに与えられた久しぶりの自由時間、その時間を、サンジはゾロと共にした。そしてその大半の時をベッドで過ごした。
初日から続く情交の疲れからか、サンジは今、昏々と眠り続けている。
3日目の早朝、ゾロはひとり船に戻って、いつもと同じ鍛錬をした。通常の筋トレをこなして、ちょっとだけ居眠りして、眼が覚めてまたコテージに戻ろうとしたら迷子になった。 だけど迷子の自覚のないゾロはずんずんずんずん我が道を進む。
歩いているうち、いつしか一匹の白い子猫が、足元に纏わりついていることに気づいた。
いつからそこに居たかはわからないが、ミャーと甲高い声で鳴く子猫をゾロは指先で首を摘んだ。ひょいと持ち上げ、
「何処の猫だ、おめぇは?」
猫に話しかけても、当然ながら返事などなく、細い手足をバタつかせてミャーミャー鳴くだけだ。そこへ小さい女の子やってきてゾロに声をかけた。
「おじちゃん。それじゃ子猫が可哀想。もっと優しく抱いてあげなきゃ」
こんな小さな子供からすれば、確かに自分はおじちゃんかもしれない。だが、まだギリギリ10代だ。いくらなんでもその呼び方はないだろう、と、そんなゾロの気持ちを子供は知る由もなく、無邪気な顔で言った。
「あのね、そっと抱いてあげるといいんだって。寂しくないように」
「俺の猫じゃねぇぞ。勝手にくっついてきたんだ」
差し出された小さな手に、ゾロは子猫を乗せた。
「あのね、ママがね、大切なものや、大事なものはやさーしく、やさーしくしてあげるんだよって。マシュマロみたいにそっと抱いて、やさしく撫でてあげてねって」
子供のやさしい手に、子猫が気持ちよさそうに眼を閉ざした。
「お前の手が好きらしい」
嬉しそうに女の子が笑うと、ゾロはそのままその場を立ち去った。





部屋に戻るとまだサンジが寝ていた。ゾロはまず風呂で汗を洗い流し、冷蔵庫をあけて酒を2本取り出して、その瓶をくわえながらサンジを見た。
いくら疲れているといっても、これは寝すぎではないのか。というか、放って置かれているようで少しばかり面白くない。
早く起きろ、と、拳でサンジの頭をかるく小突いた。
金色の髪が揺れ、頭もゆさゆさ揺れるが起きる気配がない。次にその髪をかるく引っぱってみたが、それでも眼は閉じられたままだ。
そして無防備な首を噛んでみようと思ったけれど、ふと気が変わって、ゾロはそこに触れるだけのキスをした。するとピクッと身体が動いた。反応があったことに気をよくして、腕にもキスをしてみた。つむじにもして、耳にもした。ちゅっちゅとキスを続けていると、まるでハエを追い払うように払いのけられ、五月蝿いといわんばかりにゾロを退けようとするその手にもキスをした。

「な…にしてる…?」
面倒そうに半分だけ開かれた青い眼がゾロを見る。眠りを妨げられ、機嫌が悪いのだろう。が、その仕草はひどく気だるげな様子で、そこはかとなく色気すら漂い、その身体のあちこちには昨夜の痕がまだ残されていた。ところどころ赤く鬱血している。
「腹が減った」
ゾロが訴えた。昨夜から何も食べていないのである。すると、
「腹?ルームサービスを頼め…。残念ながらコックは休暇中だ…」
そういってサンジの瞼がまた閉ざされようとしている。
「なら、これでいい」
ゾロはその首にかるいキスをした。
「……俺を食って腹の足しになるか阿呆。いいから離れろ。俺は充分…、つうか、てめぇはもう食いたくねぇ…」
まだ寝足りないのか、眼がとろとろだ。ぱたりと小さな音を立てて閉ざされた瞼に唇を落とすと、また身体がピクリと動いた。 瞼、頬、顎、鼻の天辺に小さなキスをして、触れるたびにピクピク反応するのをゾロが楽しんでいると、
眉を顰めて、咎めるようにサンジが睨んだ。
「…なんだってんだ…?」
「猫が…」
「猫?」
「いや、子供か?」
「子供?」
「足元にじゃれついて、あ、間違えるな、人間じゃねぇほうだぞ」
「……」
本当に頭が悪いとサンジは思う。
考えなしに話すとこうなる、典型的な見本である。まともに相手をすると疲れる、そしてなによりも馬鹿が移ると困る。それより俺はまだ眠いのだとサンジは口を閉ざした。一緒に眼も閉じた。
「マシュマロみてぇにだと」
マシュマロはお前のそのふがふがの脳味噌だ。
蹴りとつっこみをいれてやりたいところではあるが我慢した。それより、微かに触れる唇がこそばゆくて、そんな慣れない行為にサンジは身を捩った。
「ちっ、順番が違っちまった」
嫌がるのを無視して、
「大事なものは」
耳に啄ばむようなキスをして、
「優しくだと」
その言葉にサンジの眼がまあるく開かれ、口から奇妙な言葉が飛び出た。
「ほえ?」
ゾロの眉がピクッとあがった。ほえ、とか、間が抜けているにも程がある。が、語尾上がりのその間抜けな返事とは裏腹に、驚いた阿呆ヅラがいきなりつやつやと輝いた。これは何かと、ゾロは眼を疑った。
確かにこの男には色気がある。艶がある。
だが、これはなんだろう?

「大事…?」
サンジがゾロを見る。
「…で、やさしく、だそうだ…?」
疑問には疑問符をつけて答え、ゾロははだけた胸に唇を落とした。するとしっとりした肌がぷるんと潤い、且つつるつるっと艶やかに輝いた。
「…大切なものはマシュマロだとか…」
「大切…?」
「という話しだ…」
ゾロは驚いた。
なんだ、お前はなんだ、どうした、なんでこうなる?
艶やかな桃色に全身を染めたサンジがゾロを見上げる。その表情には嬉しさよりも、驚きと戸惑いが浮かんでいる。だがすぐにいつもの表情に戻って、
「そうか、こんな不憫なマリモの頭でも、やっと俺の大切さが理解できるようになったか」
ゾロの短い髪を片手で撫で、
「だよな?大事だろ、俺は。な、大切なんだよな?」
そしてニヤッと笑い、
「だったら寝かせろ。大事な大事な俺様は、まだ眠い」
そういって、くるりと背を向けた。
その背中にゾロはキスをした。うなじに肩に、背骨、肩甲骨、胸椎、腰椎に唇で愛撫する。それがこそばゆいのか、サンジがピクッと震え、嫌そうに身を捩じらせるが、、ますます肌がツヤを増していく。
背後から抱きしめ、掌で胸を撫で、かすかな尖りを弄ぶ。
「…クソが…寝…れねぇ…」
「そうか?寝ててもいいぞ。お前は大事らしいからな」
指の腹で、かるく触れるだけの愛撫をする。
「…ん…、なァ、これって嫌がらせか…?」
「いいや。全部お前の所為だ」


実際のところ、見てるほうが恥ずかしくなるほどの色っぽさだ。薔薇色に染まったうなじは唇が触れるたびにふるふる震え、真っ赤になった耳はグミのようだ。それら全部がゾロには誘われているようにしか思えなかったので、横になった姿勢のまま、片足をかるく持ち上げて背後から挿入した。
「あ…この…無断で…っ…」
が、挿入は浅い。ゾロとしてはいまいち物足りなさを感じるが、でも、今はその中途半端さが何故か心地よい。楽な姿勢で、ゆるゆると腰を使うとサンジの喉から甘い声が漏れた。
「ん…あっ……」
「…いいのか?」
「…悪くはねぇが…、…でも…眠い…」

あまりにも楽で、気持ちが良くて、天気も上々で、ピンク色の真綿に包まれたような、そんな感覚にゾロは身を委ねた。

「あ、ああ…この…クソが……」
ゾロがふと我に返った。少しばかり意識が飛んでしまったようだ。気づけばサンジが文句を云っている。
「あ…、どうした?」
「…ど…うしたじゃねぇぞ…このっ!」
いいからどうにかしろ、と、サンジは振り返ってゾロを睨んだ。その眼は赤く潤んでいた。
サンジは眠りを邪魔され、眠いのに寝られず、あちこち中途半端に弄られ、今度は出すに出せずに中途半端で放っておかれ、さすがに我慢ができなくなったようだ。口の寝よだれを拭って、ゾロはニッと笑った。
「よし、がつがついくか」
「いや、ふつーで結構だ。大切な俺様は生ものだからな。お前と一緒にするな」
そして、振り返った顔が艶やかに笑った。
「だがな。やさしさなんかいんねぇぞ。てめぇの優しさとか、気色悪い上に妙に居心地悪ぃ」





そして事がすむと、その生ものの全身はぴかぴかに光っていた。いつも事後は色っぽいがその比ではない。見事につやつやぷるぷるだ。
「おい。いま何時だ?」
返事を聞く前にサイドテーブルに置かれた時計を見つけ、そしてゾロにおもいっきり枕を投げつけ、
「…このクソ馬鹿があああああ!待ち合わせに遅刻したらどうすんだ!てめぇがいらんことしやがるから、何時だと思ってやがんだこのあほおおおお!」
怒鳴りながら慌ててベッドを飛び降りた。仲間に会うのは3日ぶりである。
「おい!ちょっと待て!」
ゾロが止めた。
「お前、まさか、それで行くつもりか?」
「着替えるに決まってんだろ。馬鹿か」
でも話が通じない。
「馬鹿はお前だ。俺が行ってくるから、いいか、お前はここで待ってろ。かなり恥ずかしい状態になってるぞ」
ゾロは止めたがサンジはそんなのお構いなしだ。
「なに訳のわかんねぇことを…お前ひとりで約束の場所に辿りつけるとでも思ってんのか?あ、このシャツにこのネクタイじゃ合わねぇ…あのタイは持ってきたっけか?それと、靴下はどこだ?」
ナミやロビンにあう為の身支度にサンジは忙しい。ゾロなど構ってられないと、大急ぎで支度を整え、それを止めることもできずに二人は飛び出すように部屋を出た。



「クソッ、シャワーくれぇ浴びたかったぜ。まさかマリモ臭がするとかねぇよな?」
くんくんと自分の身体の匂いを嗅いだ。そんな彼を見て通りがかりの老人が振り返った。

「3日も逢わないと新鮮だよなァ…。ナミさん、ますます可愛くなっちまってたらどうしよう?ロビンちゃんなんか、お色気むんむんの究極美女になってたりして?」
お色気むんむんはお前だ。3日でここまで変われるのもお前くらいしかいない。と、言いたいところではあるが、ゾロは我慢した。ここまで来ては、いまさら何を言っても無駄だ。
ナミやロビンを思い、一人にやけるサンジを見て、通行中の中年男が口をあけたまま振り返った。

「おい。わかってると思うが、てめぇと一緒にいたのは内緒な?」
まるで共犯者だと云わんばかりににんまり笑った。そして通りかかった若い男が、にきびの残る頬を赤くそめた。



仲間の元まであともう少しだ。
サンジはスキップをしそうなほど機嫌が良く、そんな彼に太陽が燦々とふりそそぐ。
いくらガラは悪くてもサンジはきらきらしく、一緒に歩くのが恥ずかしいくらいのあでやかさだ。
歩いていると、小さな商店の店先で白い子猫が寝ているのが見えた。あのときの猫かどうかゾロは判断がつかないが、奥から出てきた若い母親がやさしく抱き上げ店奥へと連れていった。


ゾロは考える。
これからだって、きっとやさしくなんてできないし、たぶん大事にもしてやれない。
だけど、これが何かと考えれば――。

サンジの後ろを歩きながら、ゾロは眩しいばかりの青空を仰ぎ見たのであった。










おしまい


2006/9.04 三万打御礼でアップしました。2011/11.11一部改稿