蜜色ハニィ 3








後片付けの終えたサンジは煙草に火をつけた。
椅子に腰掛け、テーブルの上に置かれたままの蜂蜜に視線を落とす。
これだけの極上品が安価で手に入れられたのは奇跡に近いと思う。まともに買えば、これの購入価格の10倍は下らないはずだ。
味、香り共に申し分なく、今日焼いたケーキも好評だった。ゾロの分も残らないくらいに。
剣士には後でスコーンでも焼いてやろうとサンジは考えた。蜂蜜を添えて、でも甘さは控えめに。
ゾロのことを考えると嫌でも思い出してしまうことがある。
あの島でのことだ。
どうしてあんなことになってしまったのか、頭を抱えたくなるくらい恥ずかしい思い出である。
だがあの時の快感は今でもはっきりと覚えている。腰が蕩けそうなほど激しいものだった。どうにかなってしまいそうなほど、いや、実際に自分はすっかりヘンになってしまっていたに違いない。
「もっと」と、ねだりはしなかったか?
「壊れそうだ」、などと女々しいことを口走りはしなかったか?
縋るように抱きついたのは気の所為か?
この世のものとは思えないようなはしたない声、アレは夢か?
サンジは唸りながらテープルで頭を抱えた。
あんな強烈なものを知ってしまったらどうなる?これから先、俺はちゃんとレディが抱けるだろうか。
普通では物足りないなど思ったりはしないか?
ナミのように気が強く、ビビの如く心優しい、ロビンのように聡明な頭脳を合わせ持った嫁さんと、やんちゃで可愛い二人の子供。そして海を見下ろす小高い場所に夢のいっぱい詰まった小さなレストラン。これがサンジの描く人生設計だ。
それが霞んで見えるのは何故か。頭を抱えて大きな溜息をついた。


甲板からナミの高らかな笑い声が聞こえてきた。
ころころと鈴を転がすような女の子の笑い声。耳に心地よく、聞いているだけでも心が満たされるようだ。少し低めのアルトはロビンのものであろう。癒しを求めてサンジはナミとロビンの会話に耳を傾けた。





「何を笑ってるの?随分と楽しそうね」
「…ああ、お腹痛い…。あの島で週刊誌を買ったのよ。そしたら、ここの人生相談に…。いい、読むわよ」


今週の人生相談は32歳の主婦の方です。
不倫関係に悩んでらっしゃるとのことですが、具体的にはどのようなことでお悩みでしょうか?
「その相手と別れられなくて困ってます…」
お相手の男性があなたと別れたくないと?
「いいえ。私とはいつ別れても構わないと…」
なるほど、複雑な事情がおありのようですね。ではまず、あなたの家庭環境をお聞かせ願えますか?
「主人は33歳です。7歳と5歳になる子供がいます」
ご主人が暴力を振るわれることとかありますか?
「それはそれは優しい人です。あの人はゴキブリだって殺せません。子煩悩で、子供にもとてもいいパパです。私のことも愛してくれます。主人の年収は人並み以上ですし、その点でも不満はありません」
そうですか。ご家庭に問題があるわけではないようですね。では、お相手の方は如何でしょうか?
「彼は冷たい人です…。私のことはおそらく手軽なセフレ程度にしか考えてないと思います…」
その方は、ご結婚されてるのでしょうか?
「いえ、独身です。特定の恋人もいないと思います。詳しい事までは知りませんが。でも私のことは…」
その方はあなたを愛されてはいない?
「はい…」
でも、あなたはその方を愛してらっしゃる?
「いいえ、いいえ、決して愛していません!私は主人をずっと愛しています!ふとした過ちでそういった関係になってしまいましたが、それでも愛してるのは主人だけです!」
は?それでは何か理由があって第三者に脅迫されているとか?そしてそのような関係を強要されているのですか?
「違います!違うんですっ!」
はァ…。ではどういった理由で不倫関係を続けてらっしゃるのでしょう?
「……うっ」
お辛いことと思いますが、それを仰っていただきませんと…。
「身体が…」
身体が?
「……身体が…、身体が…、身体が離れられなくてっ!……私、どうしたらよいのでしょうか?」

ぽろりとサンジの口元から煙草が落ちた。
再び甲板にナミの笑い声が高らかに響き、キッチンではサンジがテーブルに突っ伏して頭を抱え、髪を掻き毟ってはまた唸った。








今日も快晴だ。
ナミはみかん畑をチェックして回った。ちゃんと確認しておかなければならないのはこの船には泥棒が出るからだ。頭が黒い泥棒である。非常に食い意地が張っているので油断がならない。
ベルメールさんのみかん畑からは一面の海が見える。
つややかなみかんに青い海。青い空と白い雲。青々とした葉を潮風がゆらす。
ナミの一番好きな光景だ。
それに黄金でも加われば何もいうことはない。
その黄金のような金色が視界に入った。
船尾で金色と緑が頭だけをつけたような形で、ハの字で昼寝をしているのが見えた。
頭部だけが寄り添うように寝ている様が、可笑しいなるくらいに微笑ましい。
いつもは仲の悪い二人だ。寄ると触ると喧嘩ばかりしていて、自分を含めて仲間もみんな非常に迷惑している。
そうこうしている内に、どうやらゾロが眼を覚ましたらしい。欠伸をしながらきょろきょろ辺りを見回した。
大方、自分が何処で寝ていたのか確認しているのだろう。この男の方向音痴ぶりはなかなかのものだ。おそらくグランドラインでも1、2を争うくらいすごい。天然と呼ぶには間抜けすぎるくらい大間抜けだ。これでも大剣豪になれるのかと、ゾロの将来を憂いてナミは小さく溜息をついた。
すぐにゾロは隣に寝ているコックに気づいたようだ。それからゾロのとった行動にナミは驚いた。
まず、サンジの髪に触れた。
そのさらさらと音を立てそうな金髪を、一房摘んで口に入れた。そして含んでしゃぶる。
ナミの口が驚きでぱっかりと開いた。アレに味でもあるのだろうか。または寝惚けているのか。
それに飽きたのか、次に剣士はコックの鼻先を舐めた。くすぐったいのか、コックは寝返りを打ってゾロに背を向けた。
次に背後からその耳に触れた。
髪に触れ、鼻を舐めて、今は耳を触っている。眉間に皺をよせたいつもの仏頂面で。
ナミが思い出したのはおやつに食べたハニーケーキだ。そしてその時の情景も脳裏に浮かんだ。
おそらくサンジは途中から眼を覚ましたのだろう。ほんのり耳が赤い。
では、何故拒否しないのか。背を向けたまま寝たふりしているようだ。
しばらくゾロはその赤い耳を眺めていたが、おもむろに大きく口を開いた。
その時、サンジがいきなり目を開いた。何かに気づいたのか、慌て振り返ろうとしたのと、気の毒に思ってナミが視線を逸らしたのが同時だ。
船尾から、耳を噛まれたサンジの悲鳴が海上に響き渡った。















END


※5万打御礼SS。


2006/12.26