満ちる森






肩を軸にして自分の方へ身体の向きを変えると、サンジが微かに埋め声を漏らした。
低く、それは小さな声で、動きとともにゆらり上がった上腕が薄闇に白く浮かび上がった。深海に棲む魚のようだと思いながら、ゾロはそれを捕まえ自分の唇まで引き寄せた。
閉じられた目が僅かに開く。
「……今度はこっちか?…体位なんかどうでもいいんじゃねぇの…、めんどくせ…」
ぶつぶつ呟きながら腕をゾロの首に巻きつかせた。
「…ったく、…好き勝手しやがって…」
どんな体位をしようと同じだと訴える男の片足を持ち上げた。まるで球体人形のようにやわらかな関節だった。
ゾロは身体を横にしてあげた足を肩で支え、すっかり柔らかくなった襞を割って奥まで挿入する。その間サンジが呼吸を止めた。そしてゆっくり息を吐く。
間を置かず、ゾロが腰を動かした。
「…あっ、っ…」
あっという間に高みまでもっていかれ、サンジは思わず手で自分の股間の昂ぶりに触れた。
先はかなり湿っているが実はまだ一度も射精をしていない。正確にいうならば、そこに制限を受けている。指先を根本までおろすと硬質な金属に触れた。
3連のリングがペニス、そして睾丸と睾丸の付け根にきっちりと食い込み、金属が陰部を拘束している。
「うっ…」
激しい突きあげに呻き、サンジはそこから手を放しゾロの髪を両手で強く掴んだ。来るべき波に耐えるようにギュッと目を閉ざし、短い喘ぎと共に腹から腰が小刻みに痙攣した。

「…っ…し…つけぇなんてもんじゃねぇ…、なんだお前は…、いったい人の身体をなんだと……」
ぜいと喉を鳴らし、荒い呼吸を繰り返すサンジを仰向けにして、ゾロはそのまま上に覆いかぶさった。そして、
「…お前、まだあの夢は見るのか?」
訊いた。
だが返事がない。しばらく待ってサンジを見るとそっぽ向いていた。問いかけを無視する男の短い顎鬚を摘まみ、そのまま引っ張った。何本か抜けたのか、サンジがしかめっ面してゾロの額をすぐさま引っ叩いた。パシンと小気味のいい音がする。
「…痛っ!」
「痛ぇのはお互いさまだクソが…。せっかく伸ばした髭を抜きやがって…」
サンジが少し涙目だ。

「…で、見るのか?」
再び問いかける。そんなゾロから顔を逸らし、横を向いたまま「見ない」と面倒そうに返事した後、
「あれだ、あのオカマがかなりトラウマになったんじゃねぇのかと思ってる。夢とはいえ想像を絶する地獄だったぞありゃ」
そう説明すると、「ふうん」と、ゾロが鼻で返事した。
「…ちっ、だから嫌だったんだ。いいか勘違いすんな。てめぇに搾りとられてあんな夢見なくなったんじゃねぇ」
絶対に違うと繰り返し念を押すと、
「だらだらした言い訳なんかいらん。結果としてヘンな夢を見なくなったんならいいじゃねぇか」
「だから言い訳じゃねぇってのに…」
もういいと、またそっぽ向いた。
サンジなりに思うことはあった。それこそ滓も出ないくらい強制的に何度も射精させられたり、かと思えばリングで制限したりと、ゾロに勝手なことばかりされている。もしもあれらがただの淫夢でなく、ちゃんとした原因があるとしたら、ゾロそのものだろうとサンジは考えていた。



横を向き、黙ったままサンジの股間にゾロは手を伸ばした。
ペニスに食い込んだリングの周りを指でなぞるようにして、さらに睾丸をやわらかく揉み、そして先の湿りを確認した。
「おもちゃなくせにいい仕事すんじゃねぇか。出てねぇ」
拘束されたままの陰嚢を掌で揉むように弄んだ。射精を抑制しているからか幾分小さくなっている。いつまでも掌で撫でているとサンジがゾロを睨んだ。
「揉むなバカ。つうか、てめぇの会社にゃ絶対に真性の変態がいるぞ。前のもそうだが、こんなのフツービンゴの景品に選ぶわけがねぇ…。いくら包装されてわかんねぇとはいえ、それを律儀に引き当てるてめぇもてめぇだし、類が友を呼ぶんかしんねぇが…チクショー…。こりゃ変態さん御用達ってやつだな…」



今年のビンゴで、ゾロはある景品を持ち返ってきた。このご時勢で規模はかなり縮小されたものの、それなりの商品が多数用意された。
その中からゾロが選んだのが得体の知れない知恵の輪だ。いったい何に使われる物なのかは一目瞭然だった。輸入品らしきパッケージにはあからさまなほど露骨で卑猥なイラストが描かれていて、他国語で書かれた取説など読まなくても、装着方法まで図解でわかってしまう。
コックリングだ。
どうやら勃起が持続するグッズらしいと知り、サンジも珍しく乗り気なようだった。少なくともそんなに嫌がっていたわけではない。
だが予想外の効果まであった。
確かに勃起状態は続くものの、それを装着したサンジは射精ができない。いくら気持ちよくなっても出ない。
そうとわかって、嫌がって外そうとすると、お前はそうやって昔から我慢を全然しなかったとゾロから指摘され、だからいつまでたっても早漏なんだまでいわれ、人一倍遅漏のお前にそんなことをいわれるのは心外であると訴えつつ、歯軋りして耐えたらなんとしたことかそのまま出さずにいってしまった。
それからというもの、角度を変えて突かれるだけで簡単に達してしまうようになった。腹がビクビク痙攣して、いくら嫌だと思ってもイクのが止まらない。おまけにいつまでたっても射精ができず、先から透明な雫だけが滲むばかりだった。
その状態をゾロはあきらかに楽しんでいた。
背位から座位、そして横向きになったり仰向けにされたりと何度も体位を変え、その度に痙攣する様を楽しんでいるうちに、サンジが幾分朦朧としてきたようだ。
四肢から力が抜けてきた。

「…ん、もっ…」
短く呻き、ビクビクッと何度も身を震わせ、そして大きく息を吐いて、
「……過ぎたるはなんとか…ってやつか…?……正直…しんどい……」
そう呟くとそのまま目を閉ざした。
額がしっとりと汗ばみ、額にかかる髪先まで少し濡れている。飴色に湿った髪を一房摘まむと、サンジがゆっくりと目を開けた。
すっと腕を伸ばし、ゾロの髪に触れる。
緑色した毛先を軽く引っ張って、そして撫でる。摘んでは、また撫でる。サンジは同じ行為を繰り返した。
「なんだ?」
「別に」
いいつつ、指先で髪を弄ぶ。
「別にじゃねぇ」
なにか意味があるのか、ゾロは再び訊いた。
「別に意味なんかねぇって」
「意味がねぇならやめろ。まさしく無意味だ」
「アホ。ただやさーしく髪を撫でているだけだろうが。それに意味がある行為だけが正当じゃねぇぞ」
「なにが撫でてるだ。チクチク引っ張ってんじゃねぇか。おまけに正当がどうのこうのごちゃごちゃうるせぇ、俺がやめろと言ってんだ」
「そっくり返す。ごちゃごちゃ面倒なのはてめぇだ。おまけにしつけぇ」
「アホか。しつこいのはおめぇだっ!」
ムッとした顔で、執拗に髪に触れるサンジの手を振り払った。
サンジが拗ねたように眉を顰めた。
「…ほんとつまんねぇ野郎だぜ、てめぇはよォ…。頼みもしねぇことしかやんねぇくせに嫌味ばっかいうし、一体俺をどうしようってんだ?どうすれば気が済む?俺の下半身なんかコントロールして何か楽しいのか?てめぇ何回出した?いくら遅漏でも2回くれぇは出しただろ。俺は一回も出してねぇけど?」
「人聞き悪いこと抜かすんじゃねぇ。合意の上でやってんのに俺が無理やりしてるみたいな言い方されるのは不本意だ」
するとサンジはふんと鼻を鳴らし、
「てめぇの本意なんざ知るか。好き勝手しすぎだって、そんな簡単なことがなんで理解できねぇんだ。バカすぎる」
そういうとゾロの眉がピクッと上がって、言い返すかと思えばそのまま口をへの字に閉ざし、おもむろに身体の向きを変えた。サンジから背を向けた。
背を向け、黙ってしまったゾロの後ろ髪をサンジはまた摘んだ。
緑色の短い髪を、摘み、または指先に絡め、文句をいわないのをいいことに、ずっと毛先を揉んだりしてるうちに低い声が聞こえた。
「……手順というか、段取りっていうのか……よくわからんが、おそらくそんなのを知らねぇだけだ」
ようするにただ好き勝手してるわけではないといいたいのか、ぼぞぼぞと何かを訴えているその背にむかって「ふうん」とサンジが呟くと、「…てめぇ。気の抜けた相槌打ちやがって…」振り返ってゾロが睨んだ。



「もうねぇ。からっぽだぞ」
「もう終わりにしとけってことだろ。さすがの俺もこれ以上付き合いきれねぇ…」
ローションのボトルを振ってギュッと絞り出して股間に塗り、そのまま濡れた手でサンジの腹部を撫でた。
背後から抱き抱えるようにして筋肉質な腹を、そして下から上へと手を這わせ、小さなふたつの肉芽を愛撫する。ローションの滑りでそっと撫でていると、ふいに乳首が硬くなった。
「…ん、あっ…」
サンジの喉から喘ぎが漏れた。
硬くなったものをさらに撫でつつ、気まぐれに爪先で潰すと嫌がって上半身を捩った。
「やっ!あ!やめろって…!」
乳首への愛撫から逃げようと背を丸める。
「…くっ」
ゾロが呻いた。
「…アホが。いきなり…」
締めつけやがってかなりやばかったと、自分でしておいてさすがに文句はいえないが、幾分漏れてしまったような気がしないでもない。
ふう、と大きく息を吐いて吸って、数度繰り返し呼吸を整え、挿入したままゾロは仰向けになるとその自分の上へサンジも仰向けのまま重ねた。
身体の上に乗せた両脚を大きく広げ、下から突きあげる。
「あ、あっ、ちょ、ちょっと、待…て」
もちろんゾロは待たない。
「…だから、ちょっと待て…って!…それ…もうリング外せっ…!」
訴えると、
「…アホ…そういうのはもっと早くいえ。…いまさら無理だ」
もう遅いとゾロはまったく抜く気がない、というか、既に止まらない状態らしい。
「…マジかよ?…孫悟空じゃあるまいし、何かのお仕置きか、これ…?」
サンジが呻いた。
仰向けになったゾロの上で自分も仰向け、そして下から串刺しのような挿入と、そんな体勢が微妙に不安定なのか、落ち着かない様子でしきりに上半身を動かした。
「…しかも…なんつうヘンな…!」
喘ぎつつ不満を訴える。
「…なんで…も…っとフツーに……」
そんなサンジの両太腿の付け根に手を置き、ゾロは自分の腰へググッと強く押し付け、そのまま下から激しく突きあげた。

声にならない声をあげて金色の髪が揺れる。
密着した下半身とは別の生き物のように上半身が震え、
「…あ、あっ、だめだ…、ヤバイ、…だめだ、マジでイクって…!あっ…!」
言葉を短く区切りつつ喘ぎ、サンジの身体がビクッと跳ねた。
ピクッと、まるで魚のように。
ビクビクッと腹部と腰を痙攣させる。
ゾロは動きを止めると、うっと短く呻き、
「……そうやっ…て……断りもなく勝手に…中に…出しやがったり…」
緊張した二人の身体が、
「…こんな、こんなヘンな…、すっげヘンなかっこなのに…きもちい…い…とか………」
一気に弛緩して、サンジが小さく呟いた。
「………てめぇも俺も…サイテーすぎ…だ…」




そのままサンジが落ちた。
眉間にくっきりとした皺をよせ、一度瞼をピクピクッと痙攣させたきり、そのまま動かなくなった。
5分くらいしてゾロがサンジの股間を触ってみたら萎えていた。装着したリングを外し、湿ったものを掌に包みこんでみたが、ふにゃりと柔らかいままだった。

しばらく放っておいたら眼を覚ました。
目を開けた瞬間、状況がわからなかったのか視線がふらふら泳いでいる。
なにか確認しているようだ。
そして隣にゾロがいるのに気づきと溜息に似た息を吐いた。
「…どれくらい寝てた?」
「10分15分くれぇか」
すると肩に額をつけて、「夢をみた」と掠れ声で呟いた。
「どんな夢だ?」
問いかけると、
「なんか妙に薄暗い場所で、俺はガキになっちまってた」
低い声でゆっくりと話し始めた。

「…で、どこを探しても食い物がなくて、俺は腹が減ってどうしようもなくて、何か落ちてないかとずっと足元ばっか見たけど、いくら探してもパンくずひとつありゃねぇ。だんだん心細くなってさ、涙が零れそうになって、ふと見上げれば、周りはやたら背が高い真っ黒な木ばっかで、ようやく此処は深い森なんだって気づいた。空なんかすっげ小さくて、でも青いんだ。海のように透明な色してて、バカみてぇに青いし、小さい空なのに泣きたくなるほどキレイで、そんとき俺は思った。クソが、絶対に、死んでも泣いてやるもんかってな。ずっと空を睨んでたら真っ黒の木に実がなってんのを見つけてさ。黒い木に黒い実で、食ったら全然味がねぇんだけど、そのうちだんだん腹の中があたたかくなってきやがった。で、とりあえず腹は減ってねぇから森中歩き回って、ずっとずっとずーーーっと歩いてたら」
一度言葉を区切って、
「てめぇを見つけた」
「俺?」
「そうだ。俺を同じガキだった」
そういって微かに笑った。
「それで?」
話の続きを促すと、
「いや、それだけだ。それだけなんだけどさ…、なんでてめぇまでいやがんだって、アホかって、ここにゃ黒い実しか食いもんねぇぞなんてさ、二人でゲラゲラ笑って、そしたら目が覚めちまって」
でも悪い夢じゃなかったと、その表情は珍しく穏やかだった。
「そうか」とゾロが呟きのような返事をした。そして掌で覆うように、サンジの頭を抱き寄せようとした時、カチッと金属のぶつかる小さな音がした。布団の中からだ。
「さっき外したやつだ。一回出すか?」ゾロが訊くと、「いや。いい。ずっと出し続けてるみたいだった…」そう呟くと、何かを思い出したように、一度閉じかけた目をまた開いた。
「…あ、いい忘れてた。髪が伸びてる」
するとゾロが一呼吸置いて、
「わかった」
そう短く返事をするのを聞き、頭を擦りつけるようにしてサンジが目を閉じた。
剥きだしになった肩がすっかり冷たくなっている。毛布を手繰り寄せ無造作にかけて、ゾロは一緒に自分の腕まで巻きつけた。一瞬、サンジの瞼がピクピクッと微かに震え、それが治まったのを確認してから目を瞑った。
閉じた瞼の向こうには、暖かくて黒い、豊かな森が広がっていた。










END


2011/03.02