人の子ふたり









白菜、長葱、春菊、椎茸、エノキ、しめじ、れんこん、白滝、焼豆腐。

「は?れんこん?肉は?」

同じく白菜、豆腐、玉子、そして竹輪、はんぺん、かまぼこ。

「かまぼこ?で、肉はどうした?」








酒はサンジが用意した。
鍋の材料はゾロとウソップが準備することになっていた。

「残業で遅くなっちまって、慌てて買いもんしたから忘れちまった」

これはゾロの言い訳だ。ようするに、出入り口近くの野菜売り場にしか行かなかったから、買い物に肉気がない。

「いや、あのな、今さ、制作中でな、なかなか買い物に行けなくてな…」

ウソップに至っては冷蔵庫の残り物だ。白菜はスーパーの見切り品以上にしなしなに萎びているし、豆腐も玉子も消費期限がどうも定かでない。竹輪やはんぺん、かまぼこだってアヤシイ。
そしてサンジが怒鳴った。

「だから、肉がなくて、どうやってすき焼きをするんだって聞いてんだ、クソやろうがッ!」










この冬、ウソップがこたつを買った。
小さく四角いこたつだ。藍色の布地に、白で刺し子が施されていて、レトロなこたつ掛けの下にも同じようなのが敷かれてある。そこはかとなく民芸調というか、その空間がお茶の間になった。
「やっぱ、ここは鍋だろ?」
「いいんじゃねぇか鍋」
「すき焼き食いながら酒とかどうだ?近頃肉食ってねぇ」
こたつに似合うのは鍋だというサンジの提案にゾロがうなずき、最後は部屋の主人であるウソップの希望によりすき焼きに決まったのは、つい先週のことである。
だが、肉がない。
だからといって、今から買出しに行くのは寒いし面倒で、ゾロとウソップは絶対に出ないといわんばかりに、既にこたつにすっぽりと入ってしまっている。
おまけに夜も10時近い。 サンジは冷蔵庫を開けた。
冷凍室に鶏肉らしきものがあった。かなり霜がついているがおそらく鶏肉で、風味は落ちるものの食えるに違いない。そして戸棚の奥からカニ缶を発見した。缶詰だから賞味期限はそこそこ長いはずだが、あえてそれは確認しなかった。きっと知らないほうがいいこともある。膨らんでないから大丈夫だろうと、今夜の鍋をすき焼きから寄せ鍋へと変更した。
サンジは水を張った土鍋に昆布を敷いた。










「できたぞ。ほら、鍋を置くから上を片付けろ」
小さなこたつの中央に、鎮座するように置かれた土鍋を開けると、ぼわっと暖かい湯気が立ち昇った。湯気と匂いに誘われるようにゾロが箸を手にして、ウソップの鼻がピクッと動いて、にんまり笑った。
お鍋の、温かい湯気の向こうには、小さな幸せがあるのかもしれない。

「待て!そこは鶏団子の場所だ!だから、一箇所からだけ取るな、お玉でゴソッと取んじゃねぇってば!満遍なく取れ!」
サンジが仕切る。
「煩せえな、おめぇは」
ゾロは舌打ちして、「ほれ」と、サンジに器を手渡した。
「ふざけんな」と言いつつも、空いてはまた器に盛り付け、その様は傍から見ると妙に甲斐甲斐しく、ウソップは少々複雑な気持ちになった。

「仲がいいんだな…」
心で思っただけなのに、いつの間にやら口に出てしまった。そんな彼を横目で睨み、
「いいわけあっか。そんなことより、てめぇもこれを食ってみろ。美味いぞ」
サンジがウソップの器に団子を盛った。
「何の団子だ?」
「はんぺんとか蒲鉾とか野菜とか」
「野菜?」
「大丈夫だって。細けぇことは気にすんなってば。ハゲるぞ」そういってはごっそり盛り付ける。
「これ食ってみろ」、しいたけを入れようとするとウソップから拒否され、「いいからいいから、死にやしねぇ」と、半ば強引にエノキを入れて、それらを箸で避けながらウソップは団子を頬張り、柔らかく煮えた白菜の中に茸を包み込んだものをよそった。
「…嫌がらせか?肉がねぇから?」
いつの間にやら、器の中は茸でいっぱいだ。
「肉?入ってんだろ。鶏肉とか、蟹や魚肉とかさ」
「旨めぇ。ふんわりしてんのに歯ごたえがあって。蒲鉾団子?何だこりゃ?」
ゾロがはふはふと口に頬張った。旨いと褒めたのはかまぼこやらはんぺんの団子である。
すると、ニッと笑ってサンジが答えた。
「はんぺんとか。蒲鉾とかエノキとか」










「やっぱ、こたつはいいよな」
ゾロは機嫌が良かった。酒はたくさんあるし、鍋は旨いし、こたつはぬくぬくで、申し分ない冬の夜だ。
「お前んちもこたつ買ったらどうだ」
サンジに薦めてみた。
「やなこった。そんなもん買ったらてめぇに居つかれちまう」
「仕方ねぇ、じゃ俺が買うか」
「アホ。駄目に決まってんだろ。掃除すんのは俺だ。こたつは散らかるのに、てめぇは掃除しねぇし」
ゾロの眉がピクッと音を立てた。
「…あれもやだ、これも駄目だと、いつもいつも文句ばっか言いやがって、だいたいてめぇは!」
「ヤなもんはヤだから仕方ねぇ。うるせぇから喚くな」
そんな二人を横目にして、
「夫婦喧嘩はよそでやってくんねぇか……」
迷惑だと、ウソップが小さく訴えた。
せっかくの鍋がまずくなりそうだ。ぬくぬくとこたつなのに。たとえきのこが盛り沢山だろうと、眼の前の鍋はとても美味しいのに。
喧嘩も迷惑には違いないが、ウソップはどうにもさっきから気にかかっていることがある。
気のせいでありますようにと心で願いつつ、まずは疑惑を解消せねば、釘を刺しておかねば気が落ち着かないとウソップは勇気を振り絞った。本当は口にするのも嫌だ。
「…あのな。おめぇら、まさかとは思うが、まさかこたつん中で、二人で手なんか握り合ったりしてねえだろうな?」
ぬくいぬくいと箸を持つ手を休めて、こたつの中にあるふたりの手が妙に疑わしい。肩がもぞもぞ動いて、どうもアヤシイ。
すると、
「手だァ?誰がそんな気色悪ぃことするよ」
サンジはすぐに否定したが、ゾロは違った。
「俺はしてねぇ。だが、されるもんを拒む理由はねぇだろ」
「え?俺?してねぇよな?」
「いや。さっき握っただろ?」
「は?温度調節したときもしかすると触れたかもしんねぇが、人聞き悪ぃこというな。それをいうなら、てめぇこそ俺のケツを撫でただろ」
「アホ。ありゃ、座布団の位置を直しただけだ。誰が人前でおめぇのケツなんか触るか」
人前じゃなきゃ触るんだな?余計なことを訊かなきゃよかったと、ウソップはため息つきながら鍋を突いたら、間違ってエノキ入りはんぺんかまぼご団子を口に入れてしまった。たしかに美味い団子だけど、いろいろな意味ですべて半減してしまったような気がする。








「これさ、残りはおじやで食おう。ふんわりと玉子を散らしてさ」
ゾロが頷き、ウソップとしてももちろん異議はなかった。たとえサンジがホモで、目の前の男にいつもケツを撫でられていようと、一流コックであるヤツの作る飯は美味いのだから。
ぐつぐつぐつぐつ鍋が煮えてゆく。蓋から吹き出る湯気とともに、いい匂いがふわんと鼻をくすぐる。もわもわもわもわ、白い湯気にはやはり幸せがあるのだと、ウソップは束の間の幸せを噛みしめ、少しばかりカヤを思うのであった。早く一人前になって彼女を迎えにいきたい。そして二人でいつか、小さくても暖かい幸せを築くのだと。

「もうそろそろか」
サンジが鍋を開け、取り分けようと中腰になるやいなや、ゾロを睨みつけた。
「だ、か、ら、ケツ触んなって!」
「ドアホッ!ケツについてた糸屑を取ってやっただけだろ!いちいち怒鳴んな!」
「そりゃてめぇだ!糸屑とかいって、最近、相手してやってねえから溜まってんだろ。てめぇは無駄に絶倫だもんな」
「ふん、溜まってんのは自分だろうが。少し触られたくらいで過剰にギャアギャア喚きやがって」
「溜まってねえから。俺にはアンナちゃんがいるし、溜まる暇がねぇ。カレンちゃんはてめぇに消されちまって可哀想に、あんなに可愛かったのに、まだまだ現役でいけたのに」
「…エロコック」ゾロの眉がつり上がって、
「…ホモリーマン」サンジが睨み返した。

これ以上、二人が余計なことを言い出さないうちにとウソップが止めに入って、
「まあまあ、いいじゃねぇかサンジ。そんなにむきにならなくても。どうせいつも触られてんだろ。それより」
会話に水を差すつもりが、間違って油を注いでしまった。ウソップにしてみれば、サンジの尻なんかよりも、早く鍋をどうにかして欲しかったのである。おじやが食べたい。なのに、
「いつもじゃねえぞ、前言を撤回しろウソップ」
「いつもだろ?しかもてめぇはしつけぇ」
「しつこくされて喜んでんのはおめぇだよな?なんでもかんでも俺の所為にすんな」
「…俺がそれを喜んでると?」
「…ひいひい啼きながらな」
話がだんだんおかしな方向にずれていく。
そして物騒な顔をしたサンジがゆらりと立ち上がって、小さなこたつが揺れた。
「見解と立場の違いってやつか…。てめぇとはいつか決着つけなきゃならねぇと思ってたぜ…」
同じく、ゾロがゆっくりと腰を上げて、
「見解?立場?バカか?おめぇの認識が足りねぇんだ、ちっとは自覚しろ。イヤよイヤよも、何とかってな」
ちょっと待ったとウソップが声を掛ける間もなく、二人に挟まれたこたつがガタガタッと揺れて、鍋がゆらりと傾き、慌ててそれを押さえようとしたウソップの鼻に、鍋から飛び出たおじやが降り注いだ。

「ア、ア、ア、あっじいいいいいいいいいい!」










「チッ、せっかくのおじやが…」
「てめぇが文句いってんじゃねぇ。作った俺が一番がっかりしてるってのに。ほら、そこにも拭き残しがあんぞ」
「ウソップ、そろそろタオルを冷たいのに交換したほうがいいんじゃねえのか?」
ゾロがウソップに声をかけた。その鼻には冷たいタオルがかかっている。
洗面器に張った氷水でそれを軽く絞って、また鼻にかけて、ウソップがぽつぽつと語った。

「なァ、おめぇら、知ってるか?人という字はだな、人と人とがこう寄り添って、助け合って人になるんだと。大切なのは思いやりの心だと思うぞ、俺は。喧嘩をするなとはいわねぇ。喧嘩するほど仲がいいってことわざもあるしな。喧嘩といえば、おめぇらは高校ん時から喧嘩ばっかしてたが、もしや、アレはアレで仲は良かったんか?全然そうは見えなかったが。まあ、それはいいとして、お互いもう25になるしさ、そろそろ落ち着いてもいいんじゃねぇんかと思うぞ。あ、結婚しろとかいってるわけじゃねぇから、間違っても誤解すんなよ?それとだな、これは要望でもあるわけだが、おめぇら俺の前ではいちゃいちゃすんな。手を繋ぐなんざもってのほかだ。見たくねぇから。だからな、俺が言いたいのは、人と生まれたからにはお互いをもっと信頼して、ふたり支えあって、いや、俺の眼のとどかないとこでだぞ?やっぱ見たくねぇから。話が長くなっちまったが、おめぇらちょっと指を出してみろ。人差し指をこうすると人になんだろ?人という字はだな………………」















END



2007/2.4  2011/11.11改稿