昼下がりに妻は眼を閉じる








「おしゃぶり姫?」

服からぽとりと落ちたライターを見て、サンジは眉をひそめた。








サンジは23歳の新妻だ。
男だが妻である。夫なる人物も男だ。だがふたりは結婚して、何故か入籍もして、今は新興住宅地に近いとある団地に住んでいる。
結婚したのは昨年の暮れ。
付き合いの長い悪友達に、「見たくないんだが…」、「まさか本当に結婚するとは」、「頼むから式でキスはしてくれるな」、「ウェディングドレスだけは着てくれるなよ」、皆からたくさんの祝福を受け、サンジの勤務するレストランで式を挙げた。
そのレストランが店の改装、オーナーのぎっくり腰、サンジの結婚等の事情が重なり、今は半年間の休業を余儀なくされている。






ピンク色のライターを見つけたその日、サンジのケータイが鳴った。
「あんたか。久しぶりだな。元気だったか?」
電話の主はレストランの納入業者であるエースだ。親しい友人の兄でもあり付き合いは長いが、店は改装中なのでしばらく会っていない。
『たいした用件じゃないが、時間はあるか?』
「何処かで待ち合わせでもする?」
『いや、俺がそっちに出向いてもいいけど』
「そう?なら、来れば」
『簡単に場所を教えてくれ』


エースが団地に来たのは午後2時を回っていた。


「なかなかいい部屋だな。しかしルフィから聞いてはいたが、本当に結婚したとは」
物珍しげに部屋を見渡す。
落ち着いた色調でまとまった部屋は、新しい家具、ブラインド、観葉植物など、どことなく新婚の匂いだ。
「旦那は?」
「仕事。つうか、旦那とかやめろ。気色悪ぃ」
「それでも旦那には違いないだろ?」
椅子に腰掛けタバコに火をつけて、サンジはそっぽを向いた。
「そうむくれんな。ずいぶんと機嫌悪そうじゃねえの」
「確かに良くねえ」
ピンク色のライターをエースに投げ渡した。
「おしゃぶり姫?」
それを見てゲラゲラ笑いながら、
「それって焼きもち?ホント可愛いなァ」
「いくらコックでも誰がそんなモン焼くか。それと可愛いとかも言うな。かっこいいならともかく。そんなことより、何か用事があったんだろ?」
「ん?そっちはたいした用件じゃねえから、すぐに済む」
久しぶりなのにつれないと、エースは腕を伸ばしてサンジの頬を指で撫でた。
「あんたはすぐにそれだ…。どうせ浮気するならレディ相手がいいんだよな…。もともと野郎は好みじゃねえんだよ」
「浮気?俺は浮気じゃなくてもかまわねえけど。だけど奴もしてんなら、そんな気兼ねすることないだろ?」
指がサンジの頬から口元へ。口にあるタバコを外して唇に触れ、やさしく撫でて、
「俺の気持ちは知ってるくせに」
「本気じゃないくせに」
「そういうなよ。こんな新婚部屋を見せつけられて、俺の方が焼いちゃうだろ?いろいろ想像しちまう」
サンジの唇に指をいれた。

「いやらしい想像すんなよ」
エースが笑う。

「ハハ。なァ、これって昼下がりの情事ってやつ?」
サンジが笑って、かすかに白い歯がみえた。
「団地妻の危険な遊戯とも。ほら、もっと口を開けて」
「あんた、そういうの好きそうだもんな。言葉で女を壁に追い詰めて、そこら辺の路地裏でヤっちまうタイプだろ?」
「あ、何で俺の好み知ってんの?」
「この指、噛んでもいいか?」
「お前の好きなように」

「…すっげ、いやらしい…」
エースが微笑む。鼻の上に散らばったそばかすも一緒になって微笑み、午後の太陽が黒髪をやわらかく照らして、
「お前の顔のほうがいやらしいけど…。そういう顔でヤツを誘うのか?」
「誘うには明るすぎる。もっと暗くなったほうが好みだぜ」
「お日さまには秘密をみててもらったほうがいい」
「秘密?」

ん?と首を小さく傾げ、指を入れたままエースはサンジに顔を近づけた。

「…なァ、眼を閉じてみて」

「何故?」

「眼を瞑れば、俺が誰か分からないだろ?違いを探してみろよ。奴と違うところを。たとえばこの指の動きとか、匂い、体温も」

「…俺ってゆるい?ゆるそうに見える?」

エースが微かに笑い、その唇が触れて、



あちぃ…



小さく笑いながらサンジが呟いた。












「誰か客がきたのか?」
その夜、ゾロがキッチンにいるサンジに声をかけた。
サンジのライターは銀色のジッポだ。テーブルの上に置かれた見慣れないライターはオマケで貰うようなもので、しかもピンク色。
自分はライターに限らずこだわりはないが、サンジなら絶対に使いそうにない代物だ。だから客でもきたのかとゾロは考えた。
何気なしにそれを手にとって、そこに印刷された文字を見たゾロは思わずライターを隠すように掌にぎゅっと握り締めた。

「…やっぱ、てめぇのかよ…」

キッチンから風呂上りのサンジがゾロを睨んでいた。
もしかすると、他の誰かのものをただ偶然持っていただけかもしれないと考えてみた。もしや、誰かの悪戯かとも。
「ちょっと待て、こりゃ…」
同僚の付き合いだ、止むに止まれずだと言い訳しようとしたゾロに、
「まあ、会社じゃいろいろ付き合いもあんだろ」
突然、サンジは醒めた口調になった。
「てめぇも風呂入ってくれば?」
立ったままのゾロに、
「どうせまた迷子になってたんだろ?この団地にきてから真っ直ぐ帰れたためしがねえもんな。今日はB号棟あたりで迷ったか?疲れてんなら、酒でも呑んで早く寝たほうがいいんじゃねえの?」
風呂上りのビールを飲みながら、
「ん?どうした、変な顔して」
サンジは口端だけで笑った。


「おい。何で怒らねえ」
「だって、付き合いなんだろ?仕方ねえ」
そして、ゾロが詰め寄った。

「…何かあったのか?」
「別に。そういや、今日は久しぶりにエースに会ったぜ。アイツも式に呼べばよかったかな?いまさら言っても仕方ねえけど」
「何処で?」
「ここで」
「ここに来たのか?ヤツが?」


エースのことはゾロも良く知っている。友人であるルフィの兄で、サンジの店の納入業者だ。
黒髪に均整のとれたボディ。優しげだが、どこか危険な匂いのするエースはもてる。女はもちろん、男にももてる。
そのエースがサンジに気があったのまでゾロは知っている。おそらく本気じゃないとは思っているが、でもかなり面白くないのも事実だ。


「何しにきやがった?」
「用事があったから」
「店も休みなのに、お前にどんな用事があるってんだ?」
意味深な笑いをするサンジをゾロは問い詰めた。
「……まさか浮気しやがったんじゃねえだろうな?」
「したのはてめぇだろ?」
「俺がしたから、てめぇもするってのか?ふざけんじゃねえぞっ!たかが風俗と一緒にするな!比べモンになんねえだろうがっ!」
「せっかく俺が穏便に済ませてやろうと、おとなしくしてりゃあ…。たかが風俗だと?おい、正直に話してみろ、どんなレディだった?」
可愛かったか?若かったのか?フェラは上手かったかよ?気持ちよかったか?おっぱいデカかったんかよ!ちくしょおおおおお!おしゃぶり姫に俺もしてもらいたかったぜ!てめぇばっか、いい思いしやがってよお!俺なんか、ひとり寂しく団地妻してるってのに!「今晩のお献立は何にしようかしら?」、「あら、今日はお魚が安いわね」、「今日も迷子?早く帰ってこないかしら」、「んもう、せっかくのお料理が冷めちゃうわ」なんて、健気にもほどがあんだろうが!悲しくて涙が出てくんぞ、くそったれが!

サンジがキレた。


だが、ゾロにだって言い分はある。
誰も好き好んで行ったわけではないし、同僚の付き合いというのも本当の話だ。
その相手は『姫』から程遠く、可愛いとかの基準外で、年はおそらく自分よりも母に近く、胸はおそらく昔は大きかったと思うが悲しいかな垂れていた。
自分のブツを咥える頭を見ながら、染め残しの白髪があるな、などと思いながら半勃ちの状態で無理やり出したとは、ゾロは口が裂けても言いたくない。


「…とにかく、俺のことよりお前だ。エースの奴と何かあったんか?全部、包み隠さずいってみろ」
ゾロの声は怒気を含み、眉間の皺は深く、
「そんなに知りたい?訊いたことを後悔すんじゃねえぞ」
そしてサンジが冷ややかに笑った。
「口で説明するより、何をしたか見せてやろうか?」





ソファーに腰掛けて、サンジはパジャマの前を開く。
ゆっくりと指を口に含み、唇を舌先で舐めて、そして唾液が絡まるその指で自分の乳首に触れた。
「…おい。しながら眼を閉じるけど、てめぇは俺に触んなよ。ち…っくしょ…、ここだけでこんな感じちまうなんて…、てめぇはロクなことを仕込まねえ…」
小さく尖って、唾液に濡れるものをその指が擦り、片方の手で布越しに自分の股間を揉んだ。
「おい、奴にそんなことをさせやがったんか!」
自分の胸倉を掴もうとする腕をサンジは弾いた。
「触んなっていっただろうが。このくらいで腹立てるんならこの先は教えてやんねえよ。どうする?」
凶悪な人相でゾロが唸り、そして身を引いて、
「……もう少しだけ我慢してやる」
眼の前の男を睨み付けると、
「なら、ローション持って来いよ。引き出しに入ってるからさ。ホットローションの方な」
減りが早くて困ると、またサンジが意味深な笑いをした。




透明の液体がサンジの腕をつたう。指でまた胸を摘まみ、その手を自分の股間へと持っていった。
「…ん…、おしゃぶり姫の口もこんなに温かかったんかな?暖かく、湿ってて…」
大きく開かれた足と、手の動きと共に色素の薄いペニスがぬらぬらと濡れる。
余計なことは口にするな。おしゃぶり姫はもういい。思い出したくもないからヤツにされたことだけしろといいたい。知りたいような知りたくないような、出来ればぶん殴ってやりたい気分だ。
愛撫だけならまだいい。良くはないが、まだ多少は許せる。


指がペニスの先を何度も撫で、根元を扱くと2本指がアヌスへと入った。

「…ん、あっちい…」
ローションがサンジの中に熱を送る。滑らかな液体は容易に指を奥へといざなう。
「て、めぇ…、そこまで……。シャレんなんねえぞ、そりゃ!ババアにチンコ咥えられた俺とは比べモンになんねえだろうがっ!」
「…え、ババア…って?」
「そこは聞き流しとけ。それより…」
「なら、黙って見てろよ…。『どうかお手は触れませんように、お客様』ってな。初めてだろ、こんなの見せてやんの…」
最初で最後だから、とくと見ておけと、サンジがまた眼を閉じて大きく身体を反らせた。


大きく左右に開かれた、足の間から見えるもの。
溜息のような甘い吐息と。
濡れ光る指。
切なげに眉を顰めて閉じられた眼と、その指の動き。

ずっと眼を閉じたまま、もうペニスには触れずに片方の手は穴を広げ、もう片方の指がそこに入ったまま中で動かされている。突くように2本の指が蠢き、捻るように艶めかしく、小さな穴は濡れた指をすっぽりと呑み込んだ。



「くそったれが…。おい、そのまま足を開いてろ。続きは一発ヤってからだ」
凶悪な人相で昂ぶる股間を押さえ、圧し掛かろうとしたゾロを、
「…何回いったら理解できるんだ、この出来の悪い脳味噌は…。俺ァ、怒ってんだぜ、ゾロ…」
暗く、深く、地脈を流れる溶岩のように怒っていると、サンジが潤んだ眼できつく睨み返した。





「…すっげ、熱い…」
どうしようもなく気持ちいいと、終わりが近いサンジのペニスから滴が零れる。

「デカかったか、奴は…?」
ゾロがサンジに声をかけた。
「…ん、熱かった…。すっげ、熱くて、奥まで…」

「ソコだけでイけるくらい、気持ちよかったか?」
「んっ…」と、肩を揺らして、

「ちゃんと奥まで突いてもらったんか?」
「もっ、と奥も…」と、腰も揺すってアヌスを濡らす妻の姿は、とても人に見せられないくらい、眼が潰れそうな程いやらしい。





一回イかせてからが、その瞬間が勝負だとゾロは考える。
泣こうが喚こうが、ぶち込む。
蹴られようと殴られようと、力で捻じ伏せてぶん殴って、縛り上げてとりあえずは折檻、お仕置きだ。淫らな妻にはそれが相応しいと、そんな自分の考えにゾロは思わず顔が笑ってしまった。口実を与えてくれた男に少しだけ感謝したいくらいだ。
どうやらサンジは女にやきもちを焼いているらしい。
この女好きが女にやきもち妬いて、それを素直に表現できなくて、そして何故か怒りながらいやらしいオナニーショーをご披露している。どこまで本当かは別にして、おそらく大半は自分に対する嫌がらせだ。
ゾロは思う。とんでもないものを拝ませてもらって、どこまでも美味しい男だと。
エースのことは後でじっくりと問いただせばよいだろう。
サンジが本当のことを話すかどうかは判らないが、ゾロは負ける気がしない。だが、何故か勝てる気がしないのも事実だ。





サンジの身体が細かく痙攣している。短い息と、ピンク色に染まった頬と胸、ずっと閉じられた眼と、蠢く指。


もう秒読み段階に入っているようだ。
そして、ゾロはカウントした。





















その日、サンジのライターコレクションが増えた。
赤いリボンをつけた小さな箱をエースから貰った。
メッセージカードには、

HAPPY BIRTHDAY SANJI

一日早い誕生日の贈り物。







そして、最後にサンジが呟いた言葉。



「なァ、どこまで本当だと思う?当ててみろよ」




















おしまい






団地妻連の方々から嬉しい御言葉を頂戴しました♪


オマケ座談会
@K:ぶほっは、鼻血がっ!狩野さん、なんつーものを書かれたんですか。
S:かかかかかかか狩野さん・・っ(前屈み) 目の前に見えるようなんですが!
S:紅く染まった白い肌とか、溢れ出る液とか、誘うような顔して睨むサンジの表情とか!
H:ひゃああ、か、か、狩野さん。こ、こ、これは、お客様にはおさわり厳禁!!拝観料はお高いですよね。
N:あああああ!!悶え死ぬ・・・!!(どたんばたん)サンちゃんのオナニー!!はぅぅ・・・
N:ええいこんな淫らな団地妻を嫁にするなんて羨ましいったら!
@K:嫉妬のオナニーショーもどっかんですが、これ、エースにーちゃんとはいたしたのかどうかが謎なところがみそですね。
M:うわ〜、本当がどこまでか、わからないところが素敵v
Y:エースはこういう役回りが心底似合います。いや、実際そうに決まってる。
Y:真相は藪の中で、妄想がめいっぱい膨らみます。
N:ほんと、エースとはどこまでイッたのかも気になるところですが、ゾロが無事にぶち込めたのかも気になるところです。
Y:ゾロも反省するがいい!相手がどうあれ風俗は感心せんな!
Y:でも、サンジが激怒したおかげでこんなヨダレモノな展開になって、私たちはハッピーです。こんなに怒ってもらえて果報者!
Y:本当のことはサンジは絶対言わないでしょうから、しばらく悶々とするがいい(笑)
M:でもこのサンジ、薄情そうに見えてすごくゾロを愛してるのがわかる。ちゃんと怒って淫らに見せて、可愛いなあ。
H:ほんとのところは兄ちゃんに聞いてもわからないのでしょうね・・・・くぅぅ、気になります。
N:はぁぁ妄想だけでご飯が何倍も食べれそうです!狩野さん、ごちそうさまでした♪