饒舌バナナ









ルフィが歌っている。
微妙に音程が外れているのはご愛嬌だろう。袋からバナナを1本1本と取り出しては、もしゃもしゃっと食べてごっくんすると、次のバナナを剥きながらまた歌う。

バナナがするっととんでった
バナナーはどーこへいったかな

「答え。俺の腹ん中」
ししし、と、ルフィは大きく膨れた腹を撫でながら笑った。
「…あきれた。それもう全部食べちゃったの?」
ナミが溜息をついた。
「うん。少しあきれるのはしょうがねぇ。バナナって最初から最後まで同じ味だし、腹はいっぱいになっても肉みてぇな満足感がねぇしな」
「…あんたの味覚なんかどーでもいいんだけど。しかも言葉通じてないし」
バカね。そういってナミはまたひとつ溜息をついた。





「…俺も」、教室の隅でサンジがつぶやいた。
「…バカねって、俺もいわれてみてぇ…」
その隣にはゾロが立っている。そこが彼の席だからだ。サンジは自分の席に座ったまま、頬杖ついてはひどく羨ましそうな表情でルフィとナミを見た。
「そんなわかりきったことなら俺がいってやってもいいぞ」、ゾロが帰り仕度をしながら返事した。
「バカめ」
空になったデカイ弁当箱をしまう。
もちろん、彼は教科書の類など一切持ち帰らない。
「バカめバカめバカめバカめ」
繰り返して、
「どうでもいいが、あんま怒ると脳の血管ブチ切れんじゃねぇのか」
ディバックをひょいと肩に担いだ。どうやら帰り支度が整ったらしい。そしてサンジが怒鳴った。
「ふざけんなっ!てめぇにバカ呼ばわりされる覚えはねぇ!しかもてめぇのソレは近くて遠い!つうか遠すぎるわっ!」
「俺じゃ不満か?」
「黙れバカッ!」
そういって、教室を出て行くナミとルフィの後姿を目で追い、彼らの姿が視界から消えると小さな溜息をついた。
「おい。お前の筋肉脳で考えてみろ。想像力の乏しい脳でちったァ想像してみたらどうだ?あのナミさんの可愛いあの唇で『バカね』なんて言われるんだぞ?モイスチャライジングで、しかもふっくらグラマラス、偏光パール入りで、良く分かんねぇけどすげぇだろ」
まったく意味はわからないが、なんとなくすごそうなのは分かる。
するとサンジがまるで拗ねたように下唇を突き出し、
「…いいよなァ、女の子の唇はさ。きらきらしてまるで宝石箱みてぇだ。きっとフルーツの香りがすんだろうな…。甘くてさ…。その濡れた唇で『ふふっ。バ、カ、ね』なんて言われた日にゃ…」
ずっとバカでもいい。俺は生涯女湯なんざのぞかねぇ。のぞきたくても我慢する。つうかルフィが羨ましい。羨まし過ぎて憎い。と、ぶつぶつぶつぶつ呪詛のようなひとりごとをつぶやいた。
ふと、そのサンジの唇に何か付いているのがゾロの目に留まった。
「おい。なんか付いてる」
ここ。と、ゾロは自分の唇でそれを教えたら、
ここか?と、聞き返してサンジは自分の唇をむにゅっと無造作に引っ張った。
煙草のフィルターみたいだ。おそらく休憩時間にどこぞで隠れて吸っていたのだろう。白い紙のようなものが、薄い色した唇にこびり付いている。
サンジの指でむにゅっと引っ張られ、ごしごし擦られ、その唇が少し赤くなった。
――アホの唇はよく伸びる。
そんなことを思いつつ、ゾロは教室を後にした。










その翌日のことだ。ルフィがバナナを食べて、また歌った。

バナナンバナナン、バーナアナン

ゲフッと最後に大きなげっぷをすると、彼は大きく膨らんだ腹をゆっくり撫でた。シャツのボタンが弾け跳んでいる。
「…旨いんだが、飽きた」
「おいしかったならいいじゃない。大切なのは満腹感でしょ。全部食べ終わってから文句言わないで欲しいわ」、ナミが心底呆れ返った表情だ。
「違う。そりゃ満腹感も大事だが、一番大切なのは満足感だ」、ルフィが反論した。
「同じようなもんじゃない」
「全然違うぞ!霜がぶりぶり降った冬島牛から始まって、デザートのようにジューシィな水水肉で締めくくった時の、あの極上の満腹感とバナナを一緒にするな!…しかもちょっと腐りかけてたぞ、ナミ」
「やっぱ重要なのは満腹感じゃないの、バカね。それにバナナは腐りかけが美味しいってきいたわ。知らなかったの?」
そんなの知らねぇと、不満気に口を尖らせるルフィの耳をナミは引っ張った。
「さあ、いいから帰るわよ。用事があるんだから」





「・・・デザートに水水肉?アレってデザートだったのか?肉に始まって肉で終わるのかよ?」
また二人の会話に聞き耳立てていたサンジがボソッとつぶやいた。
「暗れぇ奴だな。いいたいことがあんなら奴らに言え。うっとおしい」
さすがにゾロが突っ込みをいれた。
「ふん。いちいちうっせえんだ、おめぇは。どうせ俺が選ばれたんじゃねぇし…、余計な口出しは不要つうか、どうせ俺なんか部外者だし…」
そして机に『の』の字を3回書いて、
「チクショーーー!何でナミさんは俺を選ばねぇんだ?ナミさんの頼みならば、俺ァ腐りかけのバナナでも何でも我慢するし、そもそもバナナなんかいらねぇ!」
怒鳴ってから、机に突っ伏した。
「ナミみてぇな女にフツーの男は無理だぞ。ルフィみてぇに、頭のネジが5〜6本ぶっ飛んでるような奴が意外とお似合いだ」
お前もネジがぶっ飛んでるように見えるが、ただゆるんでるだけだとゾロが言うと、すぐに文句を言い返すかと思われたサンジがちらりとゾロを見た。
「そういや、お前もナミさんに選ばれなかったんだよな?」
すると、心外とばかりの表情でゾロが反論した。
「選ぶ?ふざけんな。頼まれてもやなこった。嫌な言い方すんじゃねぇ」
「小学校からナミさんと一緒だったんだろ?それなのに信用ねぇのな」
「それとこれは関係ねぇ」
「意外と頼りないと思われてんのかもな」
ゾロが低い声で呻った。
「……てめぇ、俺に喧嘩売ってんのか?」
「そうもおもえれば辛いのは俺だけじゃねぇかもな。てめぇと一緒じゃ慰めにもなんねぇが」
「だから、お前と一緒にすんなっ!」
怒鳴るもサンジには届かない。
はァー、と、また溜息をつく。そんな彼の唇は色素が少し薄くて、そしてアヒルのように尖っている。
その唇の内側に、また何やら付いているのが見えた。
「ゴミ」
「…は?」
「また付いてる」
わざわざ教えてやったのに、ふうんと気のない返事をして、
「…いいよな、てめぇはさ。そんなことしか気にならねぇでさ、つうか、他に考えることねぇんか?ねぇんだろ?たとえば世界征服とか世界平和を願う心のゆとりとか。今や時代はエコで、もしもお前が死んだらCO2がすっげ減るんだろうなァなんて俺だってわかるくらいエコでさ、なんか無駄に酸素を消費してそうだもんな。だけどさ、人の唇についてる小さなゴミを気にしてる奴には無理かもな。エコがムチャクチャ遠くて、ほんっといいよなてめぇは、考えることが少なくて。羨ましいぞ、脳の皺が極端に少なくて、もうつるっつるで」
そういって、アヒルみたいな顔で物憂げにまた溜息をついた。
世界征服と世界平和は同義語なのか。何がエコでエコとはなんなのか。そんな疑問はひとまず置いといて、
「だから、ゴミが付いてるっていってんだろ」
バカめバカめ。どの口がそれを言うか。いつも隠れてタバコばっか吸ってやがって。だからお前は持久力がねぇんだ頭も悪ぃんだ。そう心でつぶやくと、唇をおもいっきり摘んだ。
やはりよく伸びる。
ゾロは改めてそ思った。そしてアヒルみたいにガーガー喚いたけれど、それを全部無視して、手助けという名目の元、その唇をさらに引っ張った。










「……またバナナか?」
そのまた翌日のことだ。さすがのルフィも見るなりうんざりした顔をした。
「何よ。文句があるわけ?それとも、私の好意が受け取れないとでも?」
放課後のことである。クラスメイトが殆どいなくなった教室で、ゴミ袋のように大きな袋に入ったバナナを、ナミはグイとルフィの胸に付きつけた。
中を開ければ、太くて立派なバナナの房がごろごろ入っていた。確かに太くて立派だが、黒い斑点もぼちぼち付いていて、少しばかり痛々しいようすだ。
「お前の好意はところどころ腐ってる」、不満気な顔で、それでもルフィはバナナを口に運んだ。
「口直しに肉食いてぇ…」14本目でそうつぶやき、38本目で「ゲフッ」と大きなゲップをして、「…ぅ。バナナ臭ぇ…」、顔を顰めて自分の息から顔をそむけた。
ナミがゾロとサンジを呼ぶ。
「ねぇ、あんた達もどう?大丈夫よ、お金は取らないから」
そういって、残りのバナナを二人の前にさし出した。

「ナミさん、あれはもう解決したのか?」
サンジが訊ねると、
「うん」
ナミが笑った。
ゾロは既にバナナに手を伸ばし、剥いている。
「これで最後だから、みんなで全部食べて。あのね、ゲンさんが箱でたくさん持ってきてくれたの。どうせ食べきれないからどこかに売ろうと思ったんだけど、元が完熟だったから買い手がつかなかくて、だから今回はルフィの御礼にしちゃった。私はもう少し青い方が好きなんだけど、これはこれで美味しいわ」
「完熟といえば聞こえはいいが、ほぼ腐りかけに近い」
すると芝生のように短く毛が生え揃った後頭部を、サンジが容赦なしに叩いた。
「ど阿呆っ!!ナミさんがくださるものにケチをつける気か!この熟れ熟れバナナはナミさんが持ってきてくれたんだぞ!このばちあたりめがっ!」
「叩くなこの野郎っ!口だけにしろ!貶したわけじゃねぇぞ!」
怒鳴りつつ、ゾロはまたバナナに手を伸ばした。
「たとえるならば、熟女バナナというか、ねっとりしてる。おまけに甘すぎる」
もぐもぐもぐもぐ、ハムスターのように頬を膨らませながら、それでもまた次のバナナを食べようとしている。
「……意外とマニアだなてめぇは。それとも、ただ単にテリトリーが広いだけか?俺はナミさんと同じで、どっちかっていえばもっと青臭い乙女バナナがいい」
「ちょっと、そんな生々しいものにたとえないでよ」
「俺はもうバナナはいんねぇ」
ルフィがバナナ臭い息でバナナから顔をそむけた。

「で、その野郎はどうしたんだ?納得したのか?どうせ最後は喧嘩になったんだろうが」
ゾロが横目でナミを見た。
「あたり。結果はいわなくても分かるわよね」
彼女が意味ありげにニッと笑った。
何がどう気に入ったのか、「おいらの嫁になれ」、そういってナミに結婚を迫る男が現れた。もちろん彼女にその気などないが、如何せんしつこい。その男を排除する手段としてナミはルフィを選んだ。
選ばれたものの、なにをどうしたらいいのか分からず、ボーっと立ったままのルフィをナミが肘で突いた。相手の男と対峙したときのことだ。
「ほら。なんかいってよ。仮にもあんた彼氏でしょうが」
「彼氏?彼氏は何を言えばいいんだ?」
ルフィは本気でわからないようだ。
「…もう手間がかかるったら。あのね、『俺の女に手をだすな』とか、『いくら可愛いからと、ヘンな色目使ってタダですむとおもうな』、『すみませんじゃすまないことも世間じゃままあるだろう』、『謝罪と誠意はわかりやすく形にすべし』とか、まあ、いろいろな言い方があるじゃない。ちょっとは頭使ってよ」
「……面倒臭ぇな。ようするに」
売られた喧嘩は買っていいんだろう、と、ルフィは自分に対する攻撃を軽々と避け、拳をグッと強く握り締めるやググッと腰を落とし、そして嬉々とした表情で相手に飛び掛かっていった。
もちろん、ルフィが勝利したのはいうまでもない。




「……彼氏?」
サンジの口がぱかんと開いた。
「…なんでルフィが彼氏なんだ?」
呆然とした表情だ。
「だからそいつを欺く為だろ。そこよりも他に突っ込むところがあんぞ。立派に恐喝だ」
ゾロがバナナを食べながら指摘したが、サンジの耳には届いていないらしい。
「ただのストーカー対策用ボディガードだろ?それに、今の話じゃ一日でけりがついてんじゃねぇか。ヤツを叩きのめして決着ついたんだよな?…なんで、つうか、おいコラ、ルフィ!!!昨日はナミさんと二人で何処に寄り道しやがった!なんだ、彼氏って!俺ァ、そんなの聞いてねぇぞ!!」
ルフィの胸倉を乱暴に掴み、サンジが詰め寄ると、「…サンジ…あんまり揺らすなって…う…バナナが……逆流する…出る……もったいな」、ルフィは慌てて自分の口を両手で押さえた。



「あの男、ペットショップの店長だって。ヘンな動物マスクをしてるヘンな奴だと思ってたけど、でも女を見る目はあるわ。この私を選ぶなんて。ま、可愛いからしょうがないかもね」
そういってナミは小さな舌をぺろりと出して、自分の持ってきたバナナを手にした。キレイに皮を剥いて、丁寧に筋も取り除いてから、ぱくりとそれを頬張った。
「うん。ちょっと痛んでるところはあるみたいだけど大丈夫ね。あ、話を戻すけど、ゲンさんに貰った残りのバナナをアレがお詫びとしてどうしても引き取りたいっていうから買い取ってもらったの。昨日はその荷物運びにルフィが付き合ってくれたってわけ」
いかにもナミらしい話だとゾロは思った。どうせ押し付けるように残りを買い取らせたに決まっている。昔からこういう女だ。
そんなことを考えながらさらにバナナを食べた。
するとサンジが不満気に口を尖らせ、
「なんで!?荷物運びなら俺だってやったのに!どうぜサルかなんかのバナナだろ!つうか、俺ならそのバナナでケーキ焼いて売りさばけたのに!なんでルフィなんだ!!」
喚いた。
デカイ口開けやがって。
そう思いつつ、ゾロは3本目のバナナを剥いた。
「そうね。サンジくんに頼んだほうが儲かったかも。でも、私があえてルフィに頼んだかわかる?」
サンジが首を傾げた。
「きっとあなたが勘違いすると思ったから」
サンジが首をぶんぶんと左右に振った。俺は絶対に勘違いなんかしないと言い張る男にナミが問いかける。
「じゃ、もしも、『サンジくんは彼氏』とあの男に紹介したら、どうする?」
どうするもこうするも、もしもの例えで舞っている。
ピンク色、ハート散らして、アホが舞う。
ゾロは心で句を読み、もぐもぐと口いっぱいにバナナを頬張った。
「だからよ。冷静に対処できないでしょ?」
そんなことないといわんばかりに、サンジが唇を突き出した。
どう見てもアヒルだ。ゾロは心の底からそう思った。
その隣にいるナミを見れば、彼女の唇はピンク色だった。つやっつやに輝いている。これがモイスチャでヘンコウでグラマラスなのかとまじまじ見れば、ただテカテカしてるだけのような気がしないでもない。
「じゃあ、マリモに頼まなかったのはなんでだナミさん?別にルフィじゃなくても、これでも良かっただろ?バカだから力だけはあるし」
バカの上にこれ呼ばわりでゾロに話を振った。
「だって」と、ナミがチラリとゾロを見て、
「すぐ怒るし怒鳴るし、嫌味ばっか言うんだもん」
その返事にサンジが嬉しそうに笑った。積年の胸のつかえでも取れたかのような、とても満足気な表情だ。
ゾロはムッとしながら、
とりあえず、まずはバナナを食い終わったらだ。いいたいことは山のようにある。ありすぎて、どこから話していいのか困るくらいある。なにはともあれ、忘れないようにしようと思いつつ、食べ終わったバナナの皮を袋に投げ捨てた。
大きな袋に皮がいっぱい入っている。いつの間にそんなに食べたのか、とにかくすごい量だ。つられるように、ゾロはまたバナナを手にした。へんな競争心でも出てしまったのか、またはただ何も考えていないだけか。
その隣ではサンジがまだ喚いている。
「たとえ仮だとしても、ルフィが彼氏はねぇだろっ!なんで俺じゃねぇんだ!」
その口から、ひらひらとピンク色の舌が泳いでいるのがゾロの目に止まった。唇と同じでよく動きまわる舌だ。そして唇はさまざまに形を変え、目まぐるしい速度で動いている。
ゾロは思い出した。
あれは引っ張ったとき、とても良く伸びた。
指先にそのやわらかい感触が蘇ってきた。
「はい、もうその話はおしまい」
話を締めるや、ナミは2本目のバナナを手にした。
「サンジくんも食べれば?」
すると、
「…や、俺は後で、残れば」
微妙な顔で何故か薄笑いをした。
「何で?もしかするとバナナは嫌い?ルフィなんかすごく食べたわよ。大きな箱で10はあったのに、もう残りはこれだけだもん。7箱しか奴に売れなかったから、ちょっと赤字だけど」
モスチュアライジングな唇でパクッとバナナを咥え、
「貰いものでも赤字なのか?」
ルフィの疑問をさり気なく無視した。



「気遣いがいらないから気が楽だわ」
ナミがチラッとルフィを見る。
「…俺だって、俺にだって気なんか遣わなくていいのに…」
サンジがむくれて、また唇を尖らせた。
どう見ても立派にアヒルだ。だが、その唇は色素が薄いからかもしれないけれど、そう悪くない。絶対口にしないけれど淡いピンク色できれいな色をしている。アヒルのくせに元の形も悪くない。
ゾロはもぐもぐもぐもぐもぐバナナを食べて、食べながらさり気なくサンジの口元を観察した。一体どうした訳だろうか。そこから目が離せなくなってしまった。
「俺だったらバナナなんかいらねぇのにさ…」
「もう済んだ話じゃない」
そんなナミの言葉を無視して、
「でも」と、まだ不満を訴えるサンジの唇、
「だって」と、ころころ形を変えて、いつまでも動くピンク色の唇、
その唇から見え隠れするピンク色の舌先、饒舌なその口に、
「……んもう。サンジくんったら、しつこいっ!うるさいっ!」
ナミは途中まで剥かれた黄色いバナナを突っ込んだ。
煩い口を塞いだつもりなのか、完熟したまっ黄色のバナナがピンク色の唇に吸い込まれるように、それはサンジの喉深くまで押し込まれた。





ゲホッ。
ゴホッ。
苦しそうに、涙目で激しく咳き込むサンジの背中をルフィが叩いた。
「バカだなァ、サンジは。女がしつこくされて喜ぶのは惚れた男だけだってマキノが話してたぞ」
とんとんとんとん、リズミカルに背中を叩く。そして、
「しかも何でゾロまで一緒になってむせてんだ?完熟バナナはねっとりしてるから、気をつけねぇと喉に詰まらせちまう。丸のみは本当に危険なんだぞ。食いプロである俺がいうんだから間違いねぇ」
ゲホ。
ゲホホッ。
苦しそうな咳をする、ゾロの背中をとんとんとルフィは叩いた。








チャリ置場までいく途中のことである。
隣を歩くゾロにむかって、サンジが唐突に話し始めた。
「結局のところ、ナミさんがボディガード兼荷物運びとしてルフィを選んだのは、手元に大量の熟れ熟れバナナがあったからだと思う。頭のいいナミさんのことだから、おそらく効率的に処分したかったんだろう」
ルフィにバナナは良く似合う。
サンジは自分を納得させる形でそう結論付けた。
その口端には、またまたゴミが付いている。
おそらくまた煙草のフィルターだ。
バカめ。帰りがけにまた便所でタバコを吸ってやがって。
ただそう思っただけなのに、
「いや。バナナならてめぇも似合う」
どうしたわけか、考えてもいなかった台詞がゾロの口から飛び出た。
「俺?別に似合わねぇだろ?」
サンジが首をかしげ、
「ルフィにかなうわけがねぇ。バナナは猿と奴の為に生まれてきたような食い物だ。相性良すぎだ」
しつこいくらいバナナとルフィの因果関係を強調する。
「バナナが嫌いなのか?」
「何でそんなことを聞く?」
「ただ思っただけだ。で、ホントはどうなんだ?」
「別に嫌いじゃねぇ。食えといわれれば食える。料理もする。ただ好きじゃないだけだ。とくに完熟系が…」
そういって面白くなさそうに下唇を突き出す男のそのに付いているものがゾロには目障りで仕方ない。
阿呆めが、また引っ張ってみるか。と、そう思ったとたん、

ゴホッ。

喉から何かが込み上げてきた。

ゴホン。

ひとつふたつ咳払いして、ゾロはそこから意識的に視線を外し、自転車置場へと足早に向かった。















END


2008/8.19  「毬藻料理」へ続きます。