注意※エーサンです。ゾロサン前提ではありません。サンジ、片思い中っぽなもよう。
Butter Fingers
昼間なのに部屋が薄暗いのは、天気の所為かもしれない。
窓の外は、濁った色の建物と灰色の空だ。建物の間に生えている樹木まで、色が滲んでくすんでいる。
サンジはさっきまで着ていたシャツを脱ぎ捨てて、薄手な長袖のパーカに取り替えた。眩しい南の海に広がる、白い砂浜の色だ。
今月買ったばかりだった。ただのパーカのくせにバカ高かったけれど、でもそんなのは無視して洗濯機でゴンゴン洗った。数回洗ったら、いい感じに着用感が出てきた。よれよれも嫌だがバリバリの新品を着ていると思われたくない。
もう一度、ガラス窓の向こうに目をやった。
晴れていたらよかったのに。
せっかく青空に映える色なのに、忌々しい曇り空にすっぽり同化してしまいそうだ。
時刻を確認してから家を出た。ちょうどいい頃合だった。ジーンズの腰に付いている鎖がジャラリと鳴って、カチリと小さな鍵音、鍵をポケットに無造作に突っ込んで、コツコツと硬質な靴の音が外へ飛び出した。
電車で3駅。ひとつ手前で降りて、そこから次の駅へ向かって歩く。
天気が悪いからだろうか。人通りがいつもより少ないような気がする。繁華街を抜けたらますます人気がなくなった。
その時、ぽつりと、空が落ちてきた。
冷たい滴だ。
コンビニで傘でも買えばよかった。サンジは少しだけ後悔した。
本降りにはならないだろうが、すぐに止みそうにない雨だ。
パーカにうっすら染みができてしまった。雨を吸い込んだ薄い生地は、灰色の呪いで空と同じ色になった。
だからといって足早に歩くと、それだけ早く駅に着いてしまう。できるだけゆっくりと歩いて、数少ないチャンスを生かさねば。
サンジはポケットから煙草を出した。
口に咥えて、ライターを探した。だけどポケットにもタバコの中にもライターが見つからない。気づかぬうちに落としてしまったのか、または家に忘れてきただけか、どちらにしてもハッキリとした記憶がなかった。ただ、煙草に火をつけるものがないのは確かだ。
小さく舌打ちして、サンジは煙草だけ咥えた。煙草だってもうすぐ雨に濡れてしまうだろう。せっかく買った服だって全部ねずみ色になってしまうかもしれない。
それに――。
背後から声がした。
「サンジ?」
10mくらい後ろから、自分の名前のようなものが聞こえる。
「サンジ」
今度はハッキリと聞こえ、心臓がドキッと脈打った。
カーキ色のランニング、下は黒のハーフパンツ、荷物を肩に掛けて、そして手に透明なビニール傘を持った男がいた。
細い霧のような雨、それは銀の糸だ。
天から降りそそぐ恵み。きらきらと輝く銀の糸が、地面で、肩で、ぱちんと音を立てて弾け、心臓の鼓動が大気を震わせた。
ぱちんぱちんと、雨が銀色に弾ける。
「何でこんなところにいる?学校はどうした?」
「ちょっと用事があって」
だから早退したと、サンジが返事をするとエースが近づいてきた。
「バラティエか」
エースの家とバラティエ、そう近いわけではないが利用するのは同じ駅だ。
子供の頃は遊び場のように、ただ祖父にくっついていったけれど、大きくなるにつれて行く機会が減った。よんどころない事情でもあれば手伝いにいくが、そうでなければあまり近寄らない場所になった。
「チビナス!てめぇは俺の店を潰すつもりか!」
わざわざ手伝いにいって、自分では良かれと思ってしたことで怒鳴られ、または蹴られ、まったくの無償なのにこの仕打ちはないだろうと店から足がだんだん遠のいていった。
だけど、サンジは生まれて初めてバラティエに感謝した。
「今から帰るのか?」
さりげなく訊いてみた。
肩に掛かったディバック。もちろん聞かなくたってわかる。そんなの知っていたけれど、わざわざ自分から晒すバカはいない。
「すっかり長居しちまった」
家は居心地いいからと、エースがビニール傘を差し出した。
「いい。あんたが濡れる」
「どうせ駅まで行くんだろ。俺と一緒じゃ嫌か?」
傘をふたりの間におくと、口端でニッと笑った。
コンビニで買わなくてよかった。
サンジは人生二度目の感謝をした。しかも傘にだ。
ふと冷静に考えれば、我ながらいろいろ終わってる気がする。思わず飛び出そうになった溜息を慌てて飲み込んだ。
少しよれよれになったビニール傘から、パシパシ小さな音が聞こえる。そんなどうでもいい音が、何故か自分の鼓動のように聞こえてしまう。聞かれたくない。それを打ち消すように、サンジはまたエースに問いかけた。
「なァ、大学って楽しいか?」
「それなりに。お前はどうする?進学?それとも店を継ぐとか」
自分の代だけでいいと思っているのか、または継いでもらいたいと考えているのか、祖父の考えはまったくわからない。貰うのは壁に叩きつけるような蹴りばかりで、その真意はまったくわからなかった。
「調理師免許は取っておいて損はねぇと思うんだが、それが役立つかどうかはわからねぇ」
現時点での正直な気持ちだ。
「そうか。そろそろちゃんと考えといたほうがいいかもな」
そういって、エースは顔を上げ、ビニール傘から空を見上げた。
サンジはだんだん腹が立ってきた。自分の気の利かない話題に、気の利かない返事に、ここまでの会話をリセットして、やり直せるものなら、もう一度やり直せないかと真剣に考えてしまった。
もっと話を繋げるような。そう、もっと楽しい話はないだろうか。そしたら気づいてしまった。
共通の話題はルフィだけだ。
そして同級生ならばまだしも、ルフィはひとつ年下で、いくらつるんで一緒に遊んでるといっても、わざわざ話題にするようなことはあまりなかった。
となると、残るはバラティエ。何回か店に来てくれたらしいが、それをどう話題にしろというのか。パティやカルネ、ジジイらがどんなに凶暴で、今まで何回殴られたかをいえばいいのだろうか。
また口から漏れそうになった溜息を、サンジはグッと飲み込んだ。そんなの聞かれてしまったら今までの苦労が台無しだ。
線路沿いを並んで歩いていると、建物に挟まれた細い路地奥をエースが指差した。
「昔、といっても俺らがガキの頃だが、あの奥に小さな食い物屋があったんだ。ガキら相手だから安くて、駄菓子に毛が生えたようなもんばっかだったけど」
指差す方をみても、そんな店があるようには見えない。はてと思っていたら、エースの言葉が過去形だったことにようやく気づいた。
「ルフィがえらく気に入っていて、しょっちゅう通い詰めてたら、ある日そこの爺さんが無謀なことをしてな」
サービスのつもりだったのか、または子供だからと高をくくっていたのか、
「1000ベリーで食い放題なんてやりやがった」
あっという間に在庫がなくなって、2日目で店を畳んだらしい。
「この付近にゃ食い放題の店はねぇ。30分でこれだけ食べたらタダ、なんてのもな。半分以上はルフィが原因で、残りは俺かもしんねぇが」
エースが笑った。
「ルフィはガキの頃から人の十倍食い意地が張ってて」
知ってる。サンジは心で相槌打った。
「俺らの爺さんってのが、これまたわけのわからん男で」
エースの話が続いた。
「大雨で増水した川に放り込まれ、その濁流を見事に泳ぎ切ってみろと言われたり」
「パチンコ屋のアドバルーンに繋がれ、空に放り出されたりとか」
「珍しく動物園に連れていってくれたかとおもえば、猛獣の檻に叩きこまれたりとかもした」
懐かしそうな目で笑った。
孫にも世間にも傍迷惑以外何者でもないエース達の祖父は、それでも『お前たちの為だ』と、頑固に言い張ったという。
サンジは笑いながら口がむずむずしてきて、思うより早く口が動いていてしまった。
「俺のジジイはそこまでじゃないが、それでも凶暴さだけはまだ現役だ。店だと尚更で」
ガキの頃に手伝いのつもりでじゃが芋を剥けば、
「たわけ!芋が2割方小さくなってやがる!勝手にダイエットさせるんじゃねぇ!」
頭の天辺から蹴られ、または、
「…食いモンはてめぇのおもちゃじゃねぇって、何回いったらわかるんだ、チビナスがあああああーーー!」
3軒向こうのコンビニまでふっ飛ばされたこともある。
エースが笑った。
「どこの家でも爺さんにゃ苦労してんな」
鼻のまわりのそばかすまでくしゃっとなって、こんな雨の日なのに、此処だけまるで太陽のようにパッと輝いた。
『君は僕の太陽だ』
なんてくさい台詞を、サンジは女の子にいったことがある。けれど、今初めて知った。そういうことって、本当にあるんだって。
しとしとと降る雨が透明な傘を濡らす。
ふと、エースの肩が濡れていることに気づいた。
そんなに大きい傘ではない。コンビニで売っているような、どこにでもありそうなビニール傘だ。自分の肩だって濡れているけれど、そんなのはどうでもよくて、でもエースまで濡らすわけにはいかない。
傘を持つ手を、グッと押して自分から遠ざけた。
「濡れてる。俺はホントにいいから」
「いいって。気にすんな」
そういって傘を元の位置に戻すと、少し驚いたような顔になって、
「なんだお前?氷みてぇ」
傘の柄と一緒に、サンジの指先を握りこんだ。
「ちゃんと傘ン中に入ってねぇから。まさか遠慮してんのか」
右手の指先がエースの手に包まれている。熱い手だ。
サンジは眩暈がしそうだった。
甘い痺れがじわじわっと指先から広がって、熱が溶岩となって血管を流れ、あまりの熱にどうかなってしまいそうだ。
熱が身体中ぐるぐるぐるぐる回って、バターになって溶けてしまうだろう。
銀色の糸が傘に、肩に、そして地面で、きらめく音をたてて弾けていく。
ふと傘の上を見ると、天から大粒な雫がバラバラッとこぼれてきた。
音が大気を震わせる。
甘い痺れに身を委ねているうちに、雨と、熱と、空気と、そして身体が全部混じって溶けてしまいそうな錯覚を感じた。いや、ただ誰も知らないだけで、おそらくもう溶けているんだと思う。
でも、そんなことは顔に出さない。嬉しそうな顔なんて、絶対に見せない、気づかせない、気づかれたくない。いくらなんでも恥ずかしすぎる。
サンジは全力で何もなかったような顔をした。
ゆっくりと駅に向かって歩いた。そしてあるものを心に思い描いた。
ケーキだ。上質のバターをたっぷりと、その上澄みでしっとりとした甘いバターケーキを焼いてみたらどうだろう。
焼き立てのケーキは熱く、表面はサクサクで、ふんわりと漂うバターの匂いと共に、きっとしあわせな味がするに違いない。
そして、そのケーキにはやはり紅茶だ。
いい葉っぱを選んで、カップも温めて、沸かしたてのお湯で、きちんと時間まではかったりとか、そんなのもたまにならいいだろう。
なんてことを考えていたら、駅についてしまった。
ぬくもりから離れてしまうのがなんとも名残惜しい。
そして、まだとろけてる指先で、サンジは切符を買った。じんと痺れて、もうすっかりバターなのに、それでもボタンを押せるのが不思議なくらいだ。
「ちょうど快速がくる」
エースが時刻表を見上げた。
もちろんサンジは知っていた。前もってルフィに話を聞いていたから、わざわざ時間を調節しながらここまできた。すべては努力の賜物、邪な念かもしれないけれど、これも思うが一念である。
今は一緒に時刻表を眺めている。そんな時間がむず痒いくらいに愛おしくてたまらない。
「で、お前はあっちのホームじゃねぇの?」
線路を挟んだ反対側は下りだ。自宅に帰るならば向こうのホームだが、
「いや。ついでだから買い物してく。俺は快速じゃねぇけどさ」
サンジは此処に留まる理由をみつけた。
さすがに快速まで一緒に乗り込むわけにはいかない。だけど、各駅停車が来るまで待つというならば、話に無理がないはずだ。
ホームに快速が入ってくるとテロップが流れ、さして時間を置かずに、目の前を電車が空気を切り裂きながら入ってきた。エースの黒い髪が湿った風に揺れる。
気づかれないようにそっと見ていたら、ふいに振り返ってサンジに問いかけた。
「ルフィはお前らに迷惑かけてんだろ」
思わず苦笑いをしてしまった。
よくいえば天真爛漫、活発で破天荒なルフィに振り回されることは多かった。でも友達だ。
「確かに。でも嫌ならとっくに付き合いはねぇ」
「そうか。面倒かけるが頼むな」
目の前で電車が止まった。
「そういや、ルフィがお前のこと褒めてたことがある」
「俺?」
「サンジの飯は最高に旨いってな」
当たり前だ。と、言いたいところをグッと我慢した。店にはあまり行かなくなったが料理くらいは出来るようになった。あれで覚えなかったら蹴られ損ではないか。
ドアが開いた。人がどんどん降りてくる。
「ルフィはかなり無茶をしやがる。行き過ぎたと思ったときは、悪いが止めてやってくれ。放っておくと何処までも突き進んじまう」
「わかった」
ホームに甲高いベルが鳴り響いた。エースは乗り込むと、ドアの向こうで立ったままサンジをみた。
「見送りにきてもらったのなんざ初めてだ」
ドキッとした。どこまでばれてるのだろうか。
そして、エースは無造作にたたんだビニール傘を、サンジの前に差し出した。
「傘?ルフィに渡しておけばいいのか?」
最後までルフィかと、サンジは少しうんざりした思いでそれを受け取った。
兄弟仲が良くて、羨ましいやら妬ましいやら、ほとんど嫉妬に近い気がするが、それを認めるにはあまりにも理由が情けなかった。自分には兄弟がいないので、それがわからないのだと思うしかない。
すると、エースが少し意外そうな顔で、
「いや」
言いかけてドアが締まった。
「おい!どうすんだ、この傘!」
ドアの向こうに問いかけると同時に、電車が動き出した。どんどんと加速しながら、カーブの所でこっちを見るエースがみえたと思ったら、雨の中に吸い込まれるように遠ざかっていった。
預かっておいてくれと―――
そう聞こえたのは気のせいだろうか。または、へんな願望があるからそう聞こえたのか。
サンジは手の中の傘をぎゅっと握り締めた。
あまり強く握るとポキリと折れそうな、どこにでも売っているような安物のビニール傘。荷物になるので、ただ預けられたような気がしないでもない。
だけど、確かに聞こえた。
お前が預かっておいてくれ、と―――
「くそったれ…。俺に期待させてどうすんだ…」
サンジは低く言葉を吐き捨てた。
いっそ抱きついてやりゃよかった。
どんな顔をするだろう。
男が、しかも弟の友達が、いきなり抱きついてきて、自分の腕の中でバターのようにとろけていく様をみたら、エースはどう思うだろうか。
なんてことを考えてしまい、
――なんの怪奇現象だそりゃ。
思わず自分でツッコミを入れてしまった。
「…こんな傘ひとつで喜んじまったりとか…」
そんなことを呟いたら、今度は知らずのうちに叫んでいた。
「だァーー!アッホくせーーーーーっ!」
ホームの薄暗い天井を見上げ、あまりの恥ずかしさと居た堪れなさと、そして嬉しさに心が震えて、もうどうしていいかわからない。
すると、ふと視線を感じた。
濃い黄色のフード付ジャケットを着た鼻の長い男が、少し離れた場所から、訝しげな目でこっちを見ている。
「……なんでてめぇがここにいる?つうか、いつからいやがった?」
「今電車からおりたとこだ。変な奴がいるなァと思ったらおめぇだった」
頼むからやめてくれ。俺は友人として恥ずかしいと、ウソップは気まずそうに目を逸らして、露骨なくらい大きな溜息をついた。
「…うっせぇな。俺にだって事情があんだ」
「ホームでひとり叫んでる事情なんざ聞きたくもねぇが、学校はどうしたんだ?」
互いに私服だ。
「ちょっと用事があったから早退した。お前は?」
「俺は病院。かあちゃんの」
ウソップの母は身体が弱い。いつも入退院を繰り返している。滅多に帰ってこない父がいるにはいるらしいが、ほぼ母一人子一人な状態だ。そのウソップが学校を休んで、この時間に此処にいるということは、それなりに事情があるだろう。
サンジの事情とはえらい違いだ。
「お前、この後は用事あんのか?つうか、病院行ってたんだろ。昼飯は食ったんか?」
ウソップに訊ねた。
「いいや。まだだ」
「そうか。ならバラティエに来い。俺が作ってやる」
「おめぇんち?そりゃ有難てぇが、あの爺さんに怒鳴られねぇか?」
「へっ。クソジジイなんざどうにでもなる。可愛い孫がとびきり鼻の長い友人の為に飯を作るんだぞ。邪魔なんかさせてたまっか」
「……聞けば聞くほどおめぇと爺さんに血の繋がりを感じる」
「一緒にすんな!俺ァ、ジジイにゃ似てねぇ!」
サンジが怒鳴ると、ウソップがまた小さな溜息を吐いた。
駅から出るとまだ雨が降っていた。
「サンジ、ほら傘を出せ」
そういって、ウソップがサンジの右手を見た。その手にはビニール傘が握られている。
「たいした雨じゃねぇし。このまんまでもいいだろ」
「なんで?」
「…なんでって。俺と相合傘するつもりか?」
「はァ?おめぇの考えてることはとんとさっぱりだ。なんで相合傘?ただ雨が降ってるから傘をさすだけだろうが。野郎同士で訳がわからん」
そう、ただ二人で傘をさして歩いただけだ。そう考えるとまた心が切なくなるが、でも指先にはまだ甘い痺れと熱が残っている。手の中には傘がある。
どうにも傘をひらくつもりがないサンジの様子に、ウソップは諦めて小雨の中を歩き出した。女尊主義だからしょうがないかと思う。ふたりの横を、傘を持たない者が足早に駆けて行った。
「わからんついでに聞くが、さっきはなんで叫んでたんだ?」
「……なんつうか」
「なんつうか?」
「……乙女になっちまったような」
「乙女?誰が?乙女はホームで叫ぶのか?」
「…いろいろ…大声で叫びたいような……」
「………」
思わずウソップは口を閉ざした。乙女とか訳がわからない。そんな単語がおもいきり相応しくない男が、小さく口を尖らせながらぼそぼそ呟いている。
これ以上余計なことは聞かないほうがいいかもしれん。ウソップの本能が警告を発した。
ふたりの間に少しだけ沈黙が流れると、
「…あ。大丈夫だよな?」
サンジが心配そうに、いきなり己の股間に手を置いた。もぞもぞとそこを握っている。
「おおい!やめてくれ!少しは人目を気にしたらどうだ!そりゃ相合傘より気にするところだろっ!」
「いや。ガラにもねぇことしたりして、なくなっちまったらどうしようかと。お、よかった。ちゃんと2コある」
「…そうか、タマがなくなったかと思ったか。それはそれで大変だが、俺はおめぇの頭の方が心配だ…」
確かにイカレてるかもしれない。それもかなりだ。だんだん小降りになってきた雨に打たれながら、サンジは自嘲気味に笑った。
5月。高校3年で、この春17歳になったばかりだ。
物心がついてから、サンジは今までたくさんの恋をした。
これは運命の恋だ、好きだ、愛してる、君は女神だ太陽だ、なんて台詞を掃いて捨てるほど言った。くるくると移ろいやすい、お安い恋だと馬鹿にされたりしたが、思ったことをそのまま口にしていた。
けれど――
生まれて初めて、誰にも言えない、誰にも打ち明けられない、秘密の恋をしてしまった。
END
※拍手御礼SSとしてアップしたものです。 2009/05.09