7days 5
打ちっぱなしのコンクリート壁は汚染されたかのようなシミを滲ませ、無機質な冷たさを隠そうともせずに地肌を曝け出している。温もりも窓すらない殺風景な部屋だった。
いや、部屋といえるほどの広さはないかもしれない。狭い場所にあるのは鉄で出来た簡易ベッド、そして天井からぶら下がった笠のない白熱灯、たったそれだけだ。
ゾロは担ぎ上げたものをベッドへ置くと、背後でガチャっと扉の小窓が開いた。
見知らぬ男が顔を覗かせている。
「ようやく戻ってきたか。遅かった」
扉をあけて、食事の乗ったトレイを差し出した。遅かったというだけあって、飯がすっかり冷めきっている。肉の切れ端が浮いた粗末なスープはただの濁った水にしか見えなかった。
サンジが無言で起き上がり、男が手錠を背後から前へと置き換えた。そして立ったままのゾロに向かって、
「こいつの飯が済んだら手錠をベッドに繋げておけ。食器は指定の場所に戻せ。それと、てめぇにゃまだ用事がある。残っていろ」
用件だけ伝え、男は部屋を出ていった。
まるで鋼のような、硬く屈強な身体をした大男だ。初めて見る顔である。
ゾロは小さく鼻を鳴らし、扉から意識的に視線を外した。
「飯は?」
低い声が聞こえた。ゾロの眉がピクッと上がり、すると今度ははっきりした声で、
「てめぇは飯食ったんか?」
男が話しかけてきた。
「食った」
少しばかり返事に間があいた。何を勘違いしたのか、ゾロが自分に話しかけられていると思いもしなかったからだ。
返事を聞くなり、硬そうなパンを小さく千切り、口に放り込んで、それをスープで流し込んだ。
ただ黙々と、静かに口に運んでいる。
「不味いだろ」
思わずゾロの口から言葉が飛び出した。ただ無意識に本音が口をついてしまっただけで、会話を望んでのことではなかった。
サンジが僅かにゾロを見た。そして、
「…すげぇ不味い。作った奴の顔が見てみてぇ。飯と同じで、さぞや小汚ねぇ野郎なんだろうさ」
無愛想に返事して、ひとつ小さな咳をした。
コンと軽い咳が止まらなくなって、コンコンと次第に激しくなっていって、そしてついに堪え切れなかったのか口を押さえながら嘔吐した。手から溢れた汚物が床に流れ落ちる。
「無理すっからだ」
男に向かって布切れを投げた。あんなことをされた後にすぐに飯が喉を通るわけがないと思う。
「…う…せぇ。無理しなきゃ体力がもたねぇ…」
袖元で乱暴に口を拭った。
「いくら強がっても出ちまってる」
「でも全部じゃねぇ。少しくらい吸収されるはずだ」
そういって布切れで床の汚物を処分してから、懲りずにまたスープをゆっくりと口に運んだ。
「息が詰まりそうな部屋だ」
この閉塞感はなんだろうか。ゾロは低めの天井を見上げた。部屋全体を覆うような奇妙な重苦しさがある。
「部屋?」
するとククッと喉で笑い、
「違う」
ゾロに強い視線を向け、吐き捨てるようにいった。
「ただの檻だ」
扉が開いて、茶髪の男が入ってきた。
「へぇ、飯が全部食えたのか?」
空いた食器を見て、驚いたように目を開いた。
「なんにせよ神経が太くて何よりだ。調教するとショックからか飯が食えなくなっちまう奴ばっかでさ、正直弱った奴を仕込むのはあんま好きじゃねぇ。手加減できるわけじゃねぇし、万一死なれちまったら面倒なんてもんじゃねぇからな」
まるでひとり言のように、誰にいうでもなく、男が一人で話しながら道具を広げる。
「だけど相方は得意だ。極限までガキ共を追い込んで、弱り目に付け込むっていうか、だがそんなのは俺の好みじゃねぇ。気を遣いながら調教するなんざ真っ平だ。それをお前は優しいからとか嫌味いいやがって…」
いいつつ、並べた道具をひとつひとつ確認した。
透明なカテーテルに袋、薬らしきチューブが数本と2本の金属棒、それと液体の入ったボトルだ。
薄いゴム手袋をはめ、装着具合を確認しているのか、揉むように指先を動かした。
「器用貧乏つうんだっけ?指先が器用だと都合よく使われちまってさ。つうか、何でもかんでもやらされんのは結局俺だ。アホくせぇなんてもんじゃねぇぞ」
茶髪がゾロをチラリと見た。
「手錠を後ろ手に戻して、そんで次は両脚を大きく広げさせて、暴れねぇようちゃんと押さえてろって手順なんだが、お前ってひとつひとつ指示しねぇと、なァんにもできねぇんだっけか?」
眉がピクッと動き、ゾロは無言で立ち上がった。
太さ4〜5mm程度の細い金属棒に何かの液体が塗られた。
白く半透明でどろっとしている。
「心配すんなって。沁みたりしねぇからさ。まずは滑りを良くしとかねぇとな」
先を広げるようにして、狭い尿道に金属棒が吸い込まれていく。腰がピクッと反応した。
「中が少し赤くなってやがんな。感染症起こすと面倒だから先に薬でも飲んどくか」
くるくると棒を回してから深く差し込んでから寸前まで抜く。それを数度繰り返すと、腰がその行為から逃げるように動いた。
「…っ、あっ」
男の手が同じ動きを繰り返す。その度に腰が反応した。その動きは艶かしいようにも見える。
そして茶髪の男は棒を抜くと、今度は太い方を取り出した。直径はおよそ8〜10mm、長さ約10cm、ステンレスの棒だ。先端にいくほど太くなっていて、上部には金属のリングが付いている。
茶髪の男がその棒に茶色の透明な液体を塗った。
「いいか、ちゃんと押さえてろ」
棒を尿道にあてがった。
ぬるりと茶色の液体と共に、太く尖った先端がみるみる内に埋め込まれていく。サンジが上半身を激しく捩った。
「い、いっ、痛うっ!…やっ、やめっ!」
一度戻され、
「うっ…」
また深く埋め込まれる。
「やっ、嫌だ!痛っ、あっ、熱いっ!」
悲鳴に近い声をあげた。
「わかったわかった、ここが感じるってんだろ?」
「死ねっ!クソが!」
「おいっ!しっかり押さえとけっ!」
茶髪が怒鳴る。
身を捩りながら暴れる身体をゾロは背後から抱きかかえた。上半身はともかく、相変わらず脚力が半端ない。油断すると持っていかれてしまう。ビリビリと呻りをあげる筋肉を、ゾロはさらに開放した。腕に力を注ぐ。
「ちゃんと水分は取らせただろうな」
指先を上下に動かし、茶髪の男が訊いた。返事がないと下からゾロを睨んだ。
「おい聞こえてんのか?ぼさっとしやがって、居眠りこいてんじゃねぇだろうな」
「うるせぇ。俺が居眠りしてたら、てめぇなんざとっくに蹴り飛ばされて壁の模様になってる」
男が口端で小さく苦笑いした。
「で、飲ませたか」
「そこに残ってねぇなら飲んだんだろうさ」
「チッ、どいつもこいつも可愛げがねぇったら」
空になったコップを確認すると、茶髪は金属棒を根元まで埋め込み、リングを雁の部分でギュッと絞った。
そしてボトルを取り出し、横たわったままの男の口にそれを含ませた。
嫌がって顔を背けるのを無理やり顎を押さえ、強引に唇を割ってそのまま水を流し込む。
「変なもんじゃんねぇし、ただの水だって。そんなツラすんじゃねってば。ったく、手間かけさせんなよな」
忌々しげな舌打ちと共に一本を空にすると、男は布で手を丁寧に拭きとった。
「ひとまず終わりだ。後でまた来るから。これが終わったら夜には導尿すっから暴れんじゃねぇぞ」
道具を片付け、茶髪が立ち上がると床から声がした。
「…抜け」
「さて、俺も不味い飯でも食ってくるとするか」
「…クソが、抜けっていってんのが聞こえねぇのか…」
両腕を拘束されたまま床に転がされ、その呻りのような声を無視して男が立ち上がった。
「ったくさ、嫌がらせのような飯ばっかこさえやがって。ここのコック共は揃いも揃って重度の味覚障害者だ。どうしようもねぇ」
「おいっ!」
そのまま出口へと向かう。
「さあ、てめぇも出ろ」
茶髪の声に、サンジの視線がゾロに移った。
眼が合った。ぎゅっと唇を噛み締め、青い眼が少し潤んでいるようにも見えた。
「ほら。さっさとしろってば!」
「待て!抜けっていってんだろ!クソ野郎っ!」
茶髪が怒鳴るとさらに大声をあげ、扉を閉ざされるのと同時に、その怒鳴り声も灰色の部屋に封印されてしまった。
「何を塗った?」
廊下に出て、半歩前を歩く男の背にゾロが話しかけた。
「何が?」
「さっき何かしやがっただろ」
「たいしたもんじゃねぇさ。ただ」
ちょっとだけ痒くなるやつだと、つまらなそうな顔で茶髪が返事した。
「痒くなる?薬みてぇなもんか?」
「だからそんなたいそうなもんじゃねぇんだって。ただむず痒くなって熱をもったようになるだけだ。皮膚の表面ならそれだけで済むが場所が場所だ。粘膜にはかなり効くんじゃねぇの。だから今は身悶え中、即効性だ」
「おい」
茶髪が振り返ってゾロを睨んだ。
「てめぇで聞いといて、なんでそんな不機嫌そうなツラするんだァ?」
「さあな。俺のツラなんか気にするな」
前を向いたまま素っ気なく返事すると、男が床に唾を吐き捨て、そしてゾロにむかって話し始めた。
「あのまま何時間か放って置くだろ。それからまたあそこを弄ってやると今度はひーひーよがる。そりゃもう辛いのか良いのかわかんねぇツラで、大概の奴はボロボロ泣きやがる。そら痒いところを擦られれば、どんだけ痛くてもやっぱ気持ちいいわな」
「そんなことは聞いてねぇ」
無視して男が話し続ける。
「で、その頃にゃ膀胱もパンパンだからそのまま出させるんだが、でもいくらしたくても最初は出ねぇんだこれが。薬の所為かもな」
茶髪を無言のままで横目で睨むと、
「だからションベンすれば薬も流れて楽になるぞーとか適当なこと言いながら、またちんぽの中をぐりぐり穿ってやったり、下っ腹を押したりしてるとどうにか出んだけどさ、泣きながらしやがんだこれが。いろいろ面倒だが、下地さえこっちで作ってやりゃションベンでも感じる、つうか、尿道そのものが性感帯になる。そうやってガキ共を客の要望する商品に仕立て上げるのが俺の仕事だ。この島は客に快楽を提供し、対価として金を落とさせる場でしかない」
ゾロを見て、
「ここが寺院じゃなくて残念だったな」
嗤うように顔を歪ませ睨み返した。
廊下を歩き、途中で男は右に曲がった。食堂のある方向だ。
男が思い出したように振り返った。
「誤解がねぇよういっておくが、奴らは拉致されたわけでも、人攫いにあったわけでもねぇぞ。親や親戚に売り飛ばされてきたガキはごろごろいるけどな、その他の奴らは自分の意思。薄汚ねぇ金に釣られ、勝手に堕ちてくる屑共だ。同情は不要。ただてめぇでこの仕事を選択しただけの話ってわけだ。嫌もクソもねぇ」
薄暗い空間に男の声が、
「もう射精させねぇのかって聞いてたろ?させることになったから。可哀想にさ、お優しいてめぇのおかげだ。感謝のあまり泣かれるじゃねぇの?」
そして堰を切ったかのように、渇いた、甲高い笑い声が廊下に響き渡った。
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2011/09.17